第295話 仲間
カイト達がカルマの森に入って3日目午後の、まだギリギリ明るい頃。2日目に結界の強度を上げた事が功を奏して、二人は殆どトラブルも無く、森を抜ける事に成功した。
「はぁ……今日はカルマと二回戦っただけで済んだわね……」
「お陰でなんとか想定より少し早めに森を出れたな」
森を抜けて少しした所にあった小さな小川の近くを本日の野営地と定めた二人。二日目に狩った獲物のお陰で、食糧事情は大幅に改善され、肉に困ることは無くなった。
というわけで、元々料理が出来ないことが発覚したメルと交代で狩りに出る予定だったのだが、その必要は無くなってしまっていた。まあ、カルマに対して少し予想外の出来事もあったので、これはこれで幸運だったのだろう。
「こっからは食料を多めに消費していくか。荷物減らしたいし」
カイトは腰に付けた小袋から本日の料理の為に必要な用意を整えながら、料理の算段を行う。本来、カイトならば異空間に全ての荷物を収納して手ぶらで旅出来るのだが、メルの前ではそんな高度な技を使えない。
なので多少高値ではあるが、冒険者達旅人用の収納用小袋――内部が異空間化しており、見た目以上に荷物が入る腰に付ける袋――をこの際なので購入したのであった。使い終われば冒険部の備品としてしまえば、使っていない期間を減らせると考えたのである。
「うーん、この調子だとなんとか明日の早い内には次の宿場町に着くわね。明後日の夜は馬車かな」
メルが荷物から地図を取り出し、現在位置を確認する。更に方位磁石の様な魔道具等を使用し、現在位置を割り出していた。これは冒険者として道無き道を行く場合には必至のスキルだ。まだこういった道無き道を行く事に不慣れなソラ達はまだしも、カイト然り、メルも当たり前に出来るのである。
そうして地図を片手に現在地を確認していたメルを注視していたカイトに対して、それに気付いたメルが首を傾げた。
「……ん? どうしたの?」
「今どの辺だ?」
如何にカイトといえど、大精霊達に問いかけるならまだしも、地図も方位磁石も無しに現在地がどこかはわからない。それ故に、メルに問い掛けたのである。
「んー、マクスウェル東街道4つ目の宿場町の南西約70キロってところね。私達の足なら、明日の昼には着くと思うわ」
「まあ、カルマの森が真東に抜けるルートしか無かったから、若干通り過ぎているのは仕方が無いか。このまま一度西に戻って4つ目の宿場町まで行くか?」
3つ目の宿場町で足止めを食らい、そこからまずは1日南南東へ向かって移動、カルマの森に入って、更に真東へ3日移動したのだ。山越えをしなくて済んだのだが、その代わり直進出来なかったので多少の時間が掛かったのであった。
「そうするしか無いわね。若干逆戻りだけど、そのまま進むより早いもの。あのジーマ山脈が楽に越えられる所だったら、良かったんだけどね」
少し残念そうにメルが呟く。彼女では、ジーマ山脈を踏破できるだけの経験が無かったのであった
「標高数千メートルの山を舐めんなよ」
カイトは料理をしながら、楽しげに告げる。まあ、メルもそれを把握しているがゆえに残念そうだったが、セカンドプランにも含めていないのだ。
ジーマ山脈は最低で標高3000メートル以上の山が連なる難所なのだ。高い物では5000メートルを超えている。本来ならば標高2000メートル程にあるジーマ渓谷を通過したかったのだが、梅雨の長雨の影響でここへ至る道が崩落したらしい。
後は山を越えるか、カルマの森を抜けるのが3つ目の宿場町から4つ目の宿場町への最短ルートなのだが、山越えは標高と魔物との戦闘を考えればカルマの森以上に自殺行為であった。此方を通るとメルが言い出していれば、確実にカイトも激怒しただろう。
「わかってるわよ。だから始めからプランに入れてないでしょ」
「わあーってるよ」
料理しながら、カイトが頷く。当たり前だが、メルがわかっていないとは思っていない。ただ単に言っただけだ。まあ、メルもそれがわかっているから、声に少し呆れが含まれているだけだった。
そうして、カイトは現在地の割り出しとこれからの旅のプランを考え始めたメルを横目に料理をしつつ、今までの事をクズハ達と相談する為に、念話を使用する。
『おーう、オレだ』
『何ー?』
念話をすると即行でアウラからの反応が返って来た。そんな義姉にカイトは苦笑を浮かべるが、即座に本題に入った。
『ウチの領地にカルマの森が在るのを知っているな?』
『ええ……何か有りましたか?』
『ああ……』
クズハからの返事を聞いて二人がきちんと居る事を確認すると、カイトは森に入ってからの事を伝えていく。
『というわけだ。此方が警戒していた事もあるが、出会ったのはその2体だけだった。ディーネ達が言っていた活性化というのがあの2体によって引き起こされていたのなら良し。だが、何かの突然変異の兆候の可能性もあり得る。どこかの部隊で良いから、調査をさせておいてくれ』
カイトもあの後大精霊達の力も借りつつメルに隠れて分身体などで密かに調査を続行したが、結局結界を掻い潜れる程の実力を持っていたのはあの2体だけだった。
これを出会ったのがカイトが居る時で良かったと言う幸運と見るか、そんなのに遭遇するとは不運だ、と見るかは見方の差だろう。少なくともカイトは前者だった。自分でなければ、とぞっとするしか無かったのだ。
『承りました、お兄様。とりあえず渓谷の復旧に空軍の大型魔導鎧と飛空艇の空挺部隊が居ますので、そちらから部隊を分けて調査をさせておきます』
『大型と飛空艇出すの?』
『森は広大ですし、安易に人員を派遣すると被害が拡大しかねないでしょう? アウラがサボっている内に飛空艇の数は増えていますから、別に問題が無いんです』
アウラはようやく仕事が始められたとは言え、まだ把握しきっていない事は多い。それ故に、飛空艇の普及率についても把握しておらず、少し意外そうだったのだ。
とは言え、説明を受ければ裏まで直ぐに理解するのが、彼女の凄さだ。感心した様な声が響いて来た。
『おー、凄い。いつの間にか大部隊になってる』
『そう言う事だ。じゃあ、後は任せた』
『うん』
『承りました。あ、お兄様。それと復旧状況ですが……』
自らの要件が終わると、クズハから土砂崩れに対する報告を受ける事になり、料理をしつつ、カイトは様々な報告を受け、念話を終了する。
「渓谷の復旧はままならず、か。不幸中の幸い、か。カルマの情報は得がたい……良し、後はハーブで飾るか」
確かに結界内でメルが襲われると言う不運も有ったが、それでも最悪は避けられた。森に入った事は結果だけを見れば幸運と判断して、カイトは料理の仕上げに取り掛かる。
クズハ達からついでに受けた報告では、復旧にしても梅雨時と言う事も加わって若干遅れが出ているとの事なので、やはり森を抜けたのは正解だっただろう。そうでなければ、明日もまだ出発の目処さえ立っていない事になる。
更には森に入らなければカルマの情報も本格的な被害が出てからになっただろう。カルマに襲われた、という情報は残念ながら、報告の件数は実際の被害件数よりも遥かに少ない。上がってくるのは本格的に被害が出てからになってしまうのだ。喩え今回の様に突然変異と思える様な状況でも、襲われた事を語りたがらないのはどこの世界でも一緒だからだ。
その前にトップである自分が発見して対処が出来たのは、まさに不幸中の幸いとしか言えなかった。
「おっし、出来たぞー」
「わーい」
カイトが出来た料理をテーブル代わりにした岩の上に置く。流石に結界内部で使うテントなど必要不可欠な物は持ち運べても、そこまで大きな荷物を持ち運べる訳ではない。こう言った現地調達出来る物については現地調達をするのが、旅の基本だった。
「今日のディナーは鹿の香草焼きとサラダ、スープは買った鳥肉と鶏ガラが余ってたから、そいつ入れた」
「頂きます」
カイトの説明をそこそこに、結構空腹だったらしいメルは食事にありつく。それにカイトは苦笑しながらも頷いて、自分も食べ始める。
ちなみに、オシャレそうな名前を言った通り、カイトの料理はきちんと見た目にも華やかだった。まあ、メルがお嬢様だろうな、ということで彼女に合わせたのだが、それは彼女の琴線に触れる物が有ったらしい。少し不満気だった。
「はい、どうぞ」
「……相変わらずあんた料理上手いわね。言いがかり、ってわかってるんだけど、なんか無性に腹立つわ……ウチの小夜もかなり上手いのに、それ超えてるって……」
「知り合いに野菜とのバランス足りてないだのムニエル作れだのと煩い馬鹿共が居たんだよ……その食事作る手伝いしてりゃ、自然とな。まあ、てめえらで食いたい食料は調達して来てたから、良しとしたんだけどな」
口を尖らせたメルに対して、カイトが少し懐かしげな顔で告げる。実は料理については、カイトは少しだけ得意だったのだ。まあ、詳細を語る必要も無く、美食家二人と口煩い元魔王の所為でレベルアップしたのだが。
まあ、メルは不満気ではあるが、単独行動していない冒険者で料理が出来るのは女でも稀だ。なにせ本来はパーティーの誰か一人、もしくは二人が出来れば良いのだ。なにも全員が出来る必要なぞどこにも無い。
と言う訳で、カイトやティナでさえ、冒険部の必至スキルとして料理を必修にせず、希望者のみにしていた。これは狩りも一緒だった。
これは役割分担さえ決めてしまえば、狩り・洗濯など他の必至の事と分業するのも可能だからだ。現にメルの本来の役割はこの狩りと洗濯だ。洗濯についてはカイトが必要ないだけで、自分の衣服についてはきちんと自分で洗濯している。
単独行動でも無いのに全てを一人でこなしてみせた挙句、料理に至っては店で出せるレベルの物を作れるカイトの方が実は少数派だったのである。
まあ、そのカイトもユリィに植物の採取は任せているので、完璧では無いのだが。それを知らぬメルが拗ねるのは仕方が無いだろう。先輩としての威厳形無しだった。まあ、実質はカイトの方が圧倒的に先輩なのだが。
「それに、こんなもん慣れだ。誰かがやってて興味持ったんなら、そいつから教えてもらえ」
カイトは苦笑しながら、慣れ、と告げる。当たり前だが、カイトとて何も最初から料理が出来た訳では無い。当然だが、旅の当初には料理が出来る仲間が居た。出来る様になったのは、その後だ。
と言うのも、ユリィは300年前はまだ小さい姿しか取れない。となれば必然、旅の料理はカイトメインとなるしか無かったのだ。ユリィも出来なくは無いが、カイトの分を作ると体力的にかなり疲れるらしく、あまり料理をしたがらなかった。
「うぐ……小夜に教えて貰おう……」
「ま、ゆっくりやってけ。そのうち楽しさに目覚めると、宮廷料理なんて作れる様になるかもよ?」
「が、頑張るわ」
二人は楽しげに談笑しながら、食事を食べていく。そうして、宿場町前の最後の夕食も終了し、カルマの森を越えた事で幾分弱い――野営の為の結界を張る魔道具は使い捨ての為、予算上何時も何時もカルマの森で使った程度の高性能の結界は使え無い――結界を展開して眠りに就いたのであった。
そうして再び日の出から旅を再開して、昼を少し過ぎた頃。二人は漸く4つ目の宿場町に到着する。
「着いた……」
「今日はベットで寝たいわ……」
疲れた様子の二人が肩を落として安心する。途中それなりに大規模の魔物の群れに遭遇してしまい、二人では討伐に時間が掛かって、予定より少しだけ遅れたのであった。おまけにスタミナについても予想を上回る量を消費してしまっていた。
「はぁ……どうする?」
「どうする、って、何が?」
主語の抜けたカイトの言葉に、メルが首を傾げて問い返す。それを受けて、カイトは更に詳細を口にした。疲れていたからあまり詳しく話したくなかったらしい。
「まず宿探すか、馬車の状況を確認するか、どうする?」
「まず、宿探しましょ。荷物置きたいわ……」
「同感だな……」
「お昼食べて、馬車の状況を確認しましょうよ。流石にお腹ぺこぺこよ……」
「だな」
そうと決めれば、まずは行動だ。二人は今宵の宿を探し、昼食を食べる事にして、移動を始める。そうして、昼食をかなりしっかりめに食べた二人は改めて馬車の停泊所に移動して、状況を確認した。
「馬車の状況はどう?」
馬車の停泊所に居る職員に向けて、メルが問いかけた。馬車が居ない所を見ると、少なくとも今すぐ乗れるという事は無さそうだ。
「現在、ジーマ山脈の崩落事故により、マクスウェルに向かう一部区間が通行止めとなっております。復旧には今しばらくのお時間が……」
申し訳無さそうに、職員がメルに答えた。が、これはメルも知っているので、苦笑して頭を振った。
「ああ、いえ。それは知っているわ。ポートランド・エメリアに向かう道は?」
「……少々お待ちください……はい、特に問題なく、当駅から折り返しで運行しております。本日ですと、最速2時間後の出発となります」
「明日の始発は?」
さすがにメルもこれから出発するつもりは無いので、明日の便を尋ねる。なぜ無いのかというと、やはり魔物の襲撃を考えたから、だ。疲れた身体でもし戦いが起きれば、必然ミスも多くなる。それを危惧するのは当たり前だった。
「朝の5時が始発となります。その後は8時、10時の順です」
「そう、ありがと」
メルは礼を言い一礼する職員を背に、カイトへと相談する事にした。
「……明日の8時の便が最適ね」
「まあ、そうだな」
メルの提案を、カイトも考えるまでもなく同意する。朝早すぎても、今度は夜行性の魔物や朝食を狙う魔物の襲撃に遭いかねない。それを避けるならば、魔物が朝食を食べて活動が少し鈍くなる8時頃の出発が丁度良かった。逆に遅過ぎれば次の宿場町に到着するのが夜遅くになり今度は視界の悪い夜間での戦闘を考えなければならなくなり、それはそれで避けたかった。
そうして二人は相談を終えると、大してやる事も無いので自由行動にした。
「んじゃ、今日はのんびりするかね」
「あ! ちょっと、待ってよ!」
歩き始めて宿場町にある商店街に行こうとしたカイトに、メルが追いかけて来た。
「男避けぐらいしてよ」
メルはそう告げるとかなり気恥ずかしげではあったが、何処かのカップルよろしく、カイトの腕を取って自分の手に絡ませる。傍から見れば、仲の良い冒険者のカップルだろう。
「あん? 冒険者にんなもん……いや、必要か」
メルの言葉に周囲をふとみれば、自分へと殺気立った男共の視線が矢のように降り注いでいた。美少女のメルと一緒だった上、カップルで二人旅をしている様な感じだったのだから、仕方が無い。
まあ、その心情は分からなくもないので、カイトはメルの提案を受け入れる事にして、メルの腕に自らも腕を絡ませた。此方に気恥ずかしさは無い。
ちなみに、結構有るな、とカイトは腕に当たる柔らかだが、弾力のある膨らみをそう評したのであった。
それから一時間、二人は買い物をして今日の宿屋に戻ってきていた。
「やっぱり、男が一人居ると便利ね」
メルが本当に有難そうな顔でベッドに腰掛けて溜め息を吐いた。カイトという男避けが居たお陰で、ナンパされずに済んだのだ。代わりにカイトがガラの悪い冒険者に絡まれたが、問題となることは無かった。全てほんの少し力を解放したひと睨みですごすごと逃げ去ったのだ。
そうしてそんなメルのつぶやきに、カイトは前々から思っていた事を問いかける事にした。
「なんだ、やっぱ女三人組の旅だったのか?」
「まあね。従姉のエメと、私の付き人だった小夜って娘よ。小夜は過保護でちょっと暴走する娘だけど、私にとっては可愛い妹みたいなものよ。どっちも幼いころから一緒だったの……それに、こんな状況でもなく男が居たら、後で実家が煩い事ぐらいは分かるわよ」
クスリと笑ったメルの言葉に、カイトも確かに、と笑って同意する。家出しているだけでも確実に何か言われるのだ。それに男が加わったとなると、ややこしい話になるのは目に見えている。
とは言え、今回は事情も事情だが、男と二人旅と言う危ない橋を渡っているのだ。カイトについて調査がされるのは確実だろう。まあ、カイトもそこらは受けた時から覚悟の上だったので、もう諦めて残してきたステラに対処を命じていたが。
「まあ、本当は一人で出よう、って思ってたんだけど……今思えば、早計だったわね。小夜もエメも居ない今回で、本当によく理解したわ」
「居なくなって気付く事も有るさ」
メルの不明を嘆く言葉に、カイトは微笑んで同意する。メルが今回の旅路で多くに気付いた様に、カイトもまた、仲間を失ってどれだけ何も出来ないのか、と何度も思い知らされたのだ。それ故に、カイトは自分一人では出来ぬ事が有る事を悟り、誰かを頼る術を覚えたのである。
そしてそれをメルもきちんと理解出来ただけでも、今回の旅路は彼女にとって実り有るものだろう。仲間二人も実家も色々と言いたい事は有るだろうが、今回の経験は実家に帰ってからも良い経験として活かされる事になるだろう。
友人とは言え侍女という少女が居る旅路ではなく、真に個人として動いた今回だからこそ、これは見えたのだ。実家から、仲間から離れて初めて見えた事も有るのだ。こればかりは、否定出来ない事だろう。
「そうね。だから、改めてお礼を言うわ。ありがとう、カイト。そしてもう暫く、よろしくね」
「……別に礼を言われる事じゃない。オレは依頼を受けて、お前は依頼人だ。報酬分の働き位は、してやるってだけだ」
「……そうね。報酬分位は、働いてもらうわ」
メルは照れてそっぽを向くカイトに微笑んで、そう告げた。カイトとて改めてしっかりとお礼を言われれば、恥ずかしくもなる。
そうして、二人はこの日はゆっくりと骨を休めて、更に数日馬車に揺られ、予定よりも若干の遅れを得つつも遂に目的地へと到着するのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第296話『港町』