第290話 トラブル発生
前々回あたりで話数に狂いが生じていたので、修正させていただきました。
カイトとメルがマクスウェルの街を出発して数日後。ジーマ渓谷へと向かう最後の宿場町にて事件は起こった。
「はぁ!? 渓谷で地滑り!」
メルの悲鳴が小雨が降り注ぐ宿場町に木霊する。数日前に降った大雨によって、ジーマ山脈が一部崩落し、街道が通行止めとなったらしい。馬車の中にてその通知が響いたのである。
「あー、そいや今梅雨真っ盛りだもんなー」
今も降り続く小雨を眺めながら、カイトがぼんやりと呟く。エネフィアにもきちんと四季は存在しているが、季節ごとの移り変わりはかなりゆっくりとしたものだ。季節を楽しめる日本人としては嬉しい限りなのだが、一方で困った問題も発生していた。
「こっち、梅雨長いもんな……」
メルの悲鳴を聞きながら、カイトがぼやいた。そう、一つの季節が長く続く事によって、降雪期や梅雨の期間が長くなっているのだ。それ故、降雪や降雨による被害は大きくなり、比較的北に近いマクスウェルでも例年雪が積もっていた。
これが更に北の魔族領の最北部、冷魔達や氷魔達が住まう極寒の地となると、真冬には一日に積雪300センチ、15メートル以上雪が降り積もる事も珍しくない。
尚、参考だが、地球では積雪量ならば日本の滋賀で11メートル、降雪量ならば日本の230センチが最高値なので、この値がどれだけ馬鹿げているかわかるだろう。まあ、住人達がそんな極寒を問題としない種族なので、問題は無いのだが。
「洪水は大丈夫だよなー……」
メルと係員の話し合いを見ながら、カイトはぼんやりと呟いた。水害の多い日本で育ったので、カイトはそれなりに熱心に水害対策は施行している。もともと川幅がかなり広いエネフィアの河川には水害対策はあまり施されていなかったのだが、今ではカイト主導で堤防等が川沿いに造られているので、公爵領に限定すれば洪水等の被害はかなり無くなっていた。起こるとすれば、一部の川幅が狭い河川だけであった。
「で、終わんねえな」
そう言ってカイトはメルへと視線を送る。どうやら何時復旧するのか、どの程度のものなのか、と聞けることを全て聞いている様だ。まあ、重要な事であるので、別段止める必要も無いかと思って止めていない。
「うーん……まあ、これは森確定として……取り敢えず、クズハにでも連絡取って見るか」
メルの表情はかなり泣きそうで、結構大きな災害が起きていた事が察せられた。なので場合によっては災害対策部隊を派遣させる必要があるので、確認をとっておきたかったのである。そうして、カイトは暇なので即座に念話を使用する。
『クズハ、アウラ。聞こえるか?』
『お兄様。旅路はどうですか?』
『おー、カイト。久しぶり』
『ああ、久しぶりだ。ジーマ山脈の渓谷が崩れたらしいんだが、報告は上がってるか?』
『はい、昨晩崩落したらしいです。およそ1.5キロに渡って通行止めにしております。申し訳ありません』
クズハはカイトが該当するルートを通過すると知っているので、済まなそうに答えた。いくらカイトと言えど、崩落した道を通らせるわけにはいかなかったのだ。
クズハはカイトが無事に通過出来る事を知っているが、メルが安全に通れるかどうかは別なのだ。仕方がないだろう。
『いや、いい。それで、災害対策部隊は?』
『既に出動済みです。恐らく、明後日には到着するかと』
『なら復旧は早くて一週間後か。後は雨次第だな。おけ、サンキュ』
カイトはとりあえず既にクズハ達が動いている事を知り、満足する。
どうやらかなり広範囲に渡って崩落したらしく、復旧には魔術を併用してもそれなりに時間を要する様だ。カイトがノームとディーネの力を借りて即時復旧させることもできるが、部下の仕事を奪う事になるし、そもそも正体がもろバレであるので、やる訳にはいかない。
『予報では明後日あたりから晴れるとのことですが……お兄様の場合は大精霊様方に尋ねた方が正確ですね』
『そうすっかな。んじゃ、相方に不審に思われる前に切るな』
クズハは公爵家が抱えている気象予報士からの報告を告げたが、それ以上の存在が常に側に居るカイトに告げるまでもなかったので、苦笑気味だった。それを受けて、とりあえずカイトも予定の見直しの為に彼女らに問いかける事にする。
『カイトー、早く帰って来てねー』
『おーう。土産買ってくるわ』
『わーい』
『楽しみにしてますね、お兄様』
義姉と義妹の嬉しそうな声を聞いて、カイトは念話を切る。そうしてふと再びメルの方を見ると、メルが此方に戻ってきていた。
「通行止め、ですって」
「森かー……食材買ってくるか」
「うぅ……お金が……」
若干悲しそうなメルを放っておいて、カイトは宿場町に有る冒険者用の商店街へと向かうのだった。
「うーん、肉が高い。香辛料は安いが……」
どこかの主婦の如く、カイトとメルは数軒梯子しながら必要な物資を買い集める。ちなみに、メルは別の店で値段をチェック中である。
「カイト、あっちの店が安かったわよ。3日分で大体銀貨1枚分ぐらい」
「銀貨1枚か……それでも、それなりに高いな……」
なるべく安く済ませたい。二人からはそんな思いがにじみ出ていた。尚、カイトはお金を持っているのだが、その身に流れる大阪の血か、それともかつての旅路の癖か、なるべく安く高品質な物を得ようとする癖がついていたのである。ちなみに、ユリィにも同じ癖がついていた。
「うん、狩ろう」
それから数軒を更にはしごして、肉がそれなりに高かったので、カイトは狩りをすることに決定する。獲物を捌くための道具は常に持ち歩いているので、問題は無い。
「でも、一週間も大丈夫なの?」
当たり前だが、狩りだ。毎日獲物が取れるとは限らない。それ故にメルは尋ねたのだが、カイトとてそれぐらい理解している。
「3日分持ち込んで、大抵は狩りで済ます。うん、いつも通り」
「あんた、もしかして狩り、したこと有るの?」
地球では狩りなどする必要が無い事と言う情報を彼女は冒険部の学生から密かに入手している。この事は情報流出の一環として後にカイトが頭を痛める事になるのだが、そんな事を今のカイトが知る事はなかった。
「あ? 何か可怪しいか?」
「いえ、日本って狩りなんてする必要ないんでしょ?」
「別にオレがしたこと有るのとは別関係だろ? 所詮は一般論だ」
何故そんなことを知っている、一瞬焦ったカイトだが、即座に一般論だと言うことで誤魔化す。それを聞いて、メルも確かにそうか、と思い直したらしい。
「まあ、そうね……」
「まあ、食材調達については任せてくれ」
「じゃあ、私が料理担当ね」
一応対等な関係なので、役割分担はすべきか、と思ったメルがそう言う。カイトも同じことを思ったらしく、メルの言葉に何ら疑いなく同意した。
「わかった、まかせた……とは言え、雨が何日続くか、だな」
さすがに雨天行軍は避けたいので晴れるのを待つ必要があった。
「今すぐ出ぱ……嘘よ、嘘。わかってるわよ」
今すぐ出発、と言おうとして、カイトが睨んだのでメルは笑って手を振った。
「そりゃ、良かった」
どうやら本当に嘘だった事を把握して、カイトも苦笑を浮かべる。まあ、数年以上冒険者をやっているのなら、これぐらいは把握して当たり前だった。
ちなみに、二人が雨の中の森を嫌厭しているのには、きちんと理由がある。主に魔物に遭遇した時に滑って足場を取られる上、雨に濡れて防具や武器の整備が大変になるのだ。おまけに森の中で豪雨となるとあまり進めない上に危険なので、結局は時間が掛かる。焦った所で一緒なのであった。
「良し……なら、今日中にあんたを誘惑してみせるわ」
「まだやんのかよ……」
「当たり前よ! 誘惑しても効かないのなんて、私の沽券に関わるわ!」
「アホか……てめえ程度の色気じゃ効かねえよ」
「なんですってぇ!」
ここまでの馬車の中でも何度かメルはカイトを誘惑しようとして失敗していたのである。なのでカイトの言葉を受けてヒートアップして――と言うより、カイトが意図的に挑発して誘惑を失敗させている――再び論争が繰り広げられる直前、少し離れた所で新聞の号外が配られ始めた。配っているのは新聞社の職員らしい。
「号外号外だよー!」
その言葉に、二人は顔を見合わせ、号外を受け取ることにする。冒険者として、号外が出る程の情報は知っておく必要が有るのであった。
「アウローラ・フロイライン様、ご帰還の号外だよー!」
その声に、カイトは納得し、メルは大きく目を見開いて驚いて、号外を受け取る。実はカイトが二人に連絡を入れたのは、まだ会見前だと言うのがわかっていたから、というのも大きかったのである。
「見せて!」
「はい、どうぞー」
配っていた職員から号外を一部受け取り、メルは慌て気味に新聞の内容をくまなく読み込む。当たり前だが、アウラは本来は大英雄で、女冒険者にとっては――容姿を除いて――憧れに近い。興味があって当然だったのである。
「100年も行方不明になっていたアウローラ様がご帰還って……これ、ホントなの?」
メルはそう新聞社の職員に尋ねる。すると、新聞社の職員は頷いて近くの喫茶店を指さした。
「ホントさ。なんだったらあそこの店でテレビを見せてもらうといい。今丁度記者会見してるはずだよ」
「嘘! 行きましょ!」
「あ、おい!」
メルはカイトの手を引っ張り、ずるずると喫茶店まで連行する。そうして喫茶店に移動すると、他にも同じ情報を得たらしい宿場町の人々が近くのテレビを覗きこんでいた。
「あれが、アウローラ様?」
入った喫茶店では、案の定アウラ帰還に関する記者会見が行われており、ぼやー、とした感じのアウラと、外向きのお上品な笑顔のクズハ、猫が大量に乗っている荘厳で美しい顔付きのユリィが着席していた。この三人の揃った写真は非常に画になるので、明日の各紙トップは確定だろう。ちなみに、当然だがその中央にはアウラと並んで皇帝レオンハルトが居た。
「やっぱり、お綺麗ね……」
取り敢えず何も頼まないのも迷惑なので、二人して紅茶と軽めの食事を頼み、案内された席に座る。そうして座るやいなや、メルはどこか陶酔に近い表情で溜め息を吐いた。
「うん、そうだねー」
完全棒読みのカイトだが、メルは気付いていない。尚、おまけにメルはアウラと会っている事にも気付いていなかった。あの日クズハに首輪で繋がれていた天族の女性こそがアウラであったと知れば、この評価も変わっただろう。
「あなた達異邦人にはわからないかもしれないけど、彼の勇者様はそれは偉大な方だったそうよ。貴方も同じ名前の男なんだから、少しはシャンとしたらどう?」
少し光悦の表情が混じった顔で、メルがカイトに問いかける。それにカイトは半眼となり、再び棒読みで答えた。
「そうですねー」
自分がその勇者です、とは口が裂けても言えない。若干憧れの入っているメルに、夢を壊すような事は出来ない。勇者として。
「あんたしゃんとする気ないでしょ」
「必要が無いからな」
そもそもで、本来の勇者はこれで、クズハは暴走妹、アウラはヤンデレブラコン姉、ユリィはいたずら妖精だ。シャンとした所で、その程度も計り知れようものだった。とは言え、メルの方はメルの方で、そんなカイトにはいまいち興味が無いのか、どこか陶酔を含んだ顔で呟いた。
「にしても、やっぱり勇者ってカッコ良かったのかしら」
「さあ、少なくとも社交場でうつつを抜かした、なんて話は聞かないけどな」
「誰かさんとは大違いで?」
「社交場には出たことが無いな」
「まあ、そうでしょうね」
カイトの言葉に、メルは少しお上品にクスクスと笑うのだった。そんな雑談をしつつ、カイトは精霊たちに明日の天気を尋ねる。
『誰か居るかー?』
『はーい、いつも通り待機中のシルフィです!』
カイトの問い掛けにいの一番に応じたのは、元気な声だった。声の主は言うまでもなくシルフィだ。だが、そんな彼女に対して、カイトは少しがっかりした声を送る。
『お前か……ディーネいねえ?』
『ひど!僕だって一応大精霊だよ!?』
『じゃ、オレの今いるあたりの明日から数日の天気教えて』
『ディーネー。明日の天気は?』
カイトの質問を即座に丸投げする風の大精霊。出来なくはないが、面倒だっただけである。まあ、この展開が読めていたからこそ、カイトは始めからディーネを望んだのだが。
『明日の天気ですか?……これから三日ほどは晴れです』
少しだけ何かを探る気配があり、ディーネが答えた。水の流れから、明日の天候を予想したのだ。ちなみに、シルフィの場合は風の流れから雲の状況を把握して、と天気予報には少しだけ手間を掛けるので、面倒だ、とのこと。
『サンキュー。じゃ、明日から森に入れるな』
『マクダウェル領のカルマの森に入るおつもりですか?』
『どーせ、聞いてたんだろ?』
常にカイトの精神世界に居る彼女らの事である。先ほどの会話も聞いていた可能性は高い。なのでの問い掛けだったのだが、帰って来た答えは案の定である。
『はい。あそこ一帯が少し活性化していますので、ご同行の方の安全には配慮してあげてください』
『活性化? 何か有ったのか?』
『いえ、偶発的な物です。特に水辺にはお気をつけを』
『わかってる。カルマ共の生息地は水辺が多いからな』
ディーネの忠告をありがたく受け取って、カイトは大精霊たちとの会話を終了する。あまり長く話していても不審がられるからだ。
「どうしたの?」
案の定、やはりぼんやりとしたカイトを不審に思ったらしく、メルが問いかける。まあ、目の前でいきなりぼー、とされれば当然である。
「ん? いや、明日の天気はどうなるかな、と」
「明日も雨だそうよ。出発は明後日になりそうね」
「ん? そうなのか? 明日は晴れって聞いたぞ?」
「嘘! だって今テレビで……」
メルの言葉にカイトが目を遣れば、テレビのニュースは天気予報になっていた。どうやら大精霊達と話している間に、会見は終了した様だ。そして確かに、明日は昼まで雨の予報となっている。それに、カイトは苦笑した。
「ああ、大丈夫だ。あっちよりも確実な予報士に聞いた」
なにせ天候をも左右できる大精霊たちに聞いたのである。確実性で言うなら、ハズレ無しである。
「ま、今日は後で足りない荷物でも買いに行くか」
「ふーん……まあ、早いならそっちの方が良いんだけど」
「はい、お待ちどう様」
どこか釈然としないメルだったが、とりあえずは軽食が届いた事もあり、会話を一時中断する。そうして、カイトとメルは届いた喫茶店の紅茶と軽食を食べるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第291話『カルマの森』
2015年12月10日 追記
・表記修正
『クズハに首輪に~』→『クズハに首輪で~』に変更しました。
『メル』とすべき所が一つ『クズハ』になっていたので、修正しました。
会話文末から『。』が消えていなかった所について、修正しました。