第283話 本領発揮
ティーネのど忘れと言うハプニングによって急遽決定した魅衣・桜・瑞樹・椿による日舞のお披露目。練習が殆ど出来ていない、と言った椿を除く三人をVRシミュレーターを模した魔道具の中に放り込んだティナは、即座に次の行動に移った。
「次は……着物じゃな。となれば、弥生じゃな」
ここまでやったのだから、全ての手筈を整えるか、と思ったティナは、執務室にて残る面々とクズハ、アウラに連絡を回すと、即座の行動に移る。
そうしてまず考えたのは、必要となる道具だ。幸い天桜学園には和琴や三味線は存在していたので、そちらは問題が無い。だが、問題は屏風や着物といった細々とした小道具だった。流石に当てが無い屏風はともかく、着物については対策は直ぐに考えついた。なので、ティナは即座に1階の被服室に居る弥生の所に行き、事情を説明する。
「というわけじゃ」
「ええ、ちょっと待ってね」
どうやら彼女にしても久しく見ていない、呉服屋の本分とも言える純粋な着物を見る事に興味を引かれたらしい。少しだけワクワクした様子で出立の準備を整える。
当たり前だが、冒険部にも天桜学園にも着物は無い。公爵家には無くはないが、それでも四人のサイズに合っている物があるとは限らない。その為、着物がある場所、即ち中津国まで行かなければならないのだ。
「えーと……この間採寸したのが……あったわ。これで良いわよ」
弥生は学園生全員の採寸記録の入った棚の中から、一週間ほど前の第二回トーナメントに向けて採寸した三人のデータ――流石に椿の物は公爵家にある為、三人分――を入れた封筒を取り出して、大きめの鞄の中に入れる。
中身は防具などの調整の為に必要なスリーサイズや体重の他、被服の為に必要な型紙などが入っているので、一応最重要機密に位置するデータであった。一応、なのは本来そこまで重要視する情報では無いのだが、多感なお年ごろの影響から最重要機密に指定させられたのである。
「うむ。中継地に……変な話じゃが余らもポートランド・エメリアへ立ち寄り、1時間程滞在する。その後、再び転移で中津国じゃ。そこで燈火に会えばなんとかなるじゃろ」
「着物は久しぶりねー。なんかわくわくしちゃうわ」
弥生はまだ見ぬ異世界の着物に少しだけ心惹かれながらティナの手を取る。異世界の着物と、日本の着物。何がどう違うのか、と呉服屋の娘として、興味が無いわけがなかった。
ちなみに、なぜポートランド・エメリアを中継地にするのか、というとそこが中津国に最も近いからだ。流石に一度の転移で皇国の調査機関にバレない様にするには、距離的に何処かを中継地とせざるを得ず、最も近い場所を中継地として選んだのである。
なお、1時間滞在する理由は簡単で中津国の入国管理局と即興で打ち合わせを行う必要があったからだった。燈火から連絡は既に行っているし許可証は持っているので、先方からの連絡待ちなのであった。
「では、ゆくぞ」
「じゃ、お願いね」
「うん、いってらっしゃい」
そうしてバレない様にカイトの部屋へ向かった二人は転移術で一路カイトとメルに先駆けてポートランド・エメリアにたどり着く。
「……あら。やっぱり海が目の前にあるのね」
「そりゃ、そうじゃろう。ここは港町。それも大陸有数の港町じゃからのう……っと、こんな所につったって居るわけにもいかんな」
そうして二人が転移した先は、ポートランド・エメリアにある公爵家が持つ邸宅の一つだ。流石に自分達がこんな所に転移術で現れたのがバレるとろくなことにならない事ぐらいは把握している。その為、バレない位置に転移したのである。
そうしてその部屋の一つに転移したのだが、港町の一等地に邸宅は存在していた為、窓からは海が見えた。
「まあ、流石に1時間では大した事は出来ん……が、じっとしておるのもなんじゃろう。近場じゃったら出歩いても良いぞ」
「あら。じゃあ、お言葉に甘えて」
ティナの言葉を受けて、弥生が少し散歩に出る事にした。弥生は実はランクB~Aの冒険者にも匹敵する実力を持ち合わせている。ナンパ男達が実力行使に出た所で、余裕で対処出来る。なので一人歩きをさせた所で問題は無いと判断したのであった。
「さて……余は少し寝るとするかのう……」
連絡を待つ間ティナは一眠りを決め込んで、大きなあくびと共に部屋に備え付けのベッドに倒れこむのだった。
ティナが眠ってから約1時間後。弥生も帰ってきて、中津国の燈火からも返答があった。
「では、ゆくぞ」
「ええ」
燈火からの連絡では大した問題も無いので、受け入れる、ということだった。なので二人は再び手を取り合うと、部屋を後にして中津国にある燈火の私室へと転移術で移動する。すると、燈火の私室では既に彼女が待ってくれていた。
「おお、来おった来おった。久しいのう、ティナよ」
「おお、燈火。久しいのう」
二人は軽く抱き合って久しぶりの再会を喜び合う。
「すまぬな。今回は急な来訪で手土産も持てんで。何分おっちょこちょいな部下が少々忘れてしもうてのう」
「知っとる。妾もあれのおっちょこちょいぶりは110年前から口を酸っぱくしておるのになぁ」
二人は笑いながら、今回の急な来意について語り合う。そうして、更に燈火は弥生に気付いた。
「おぉ、おんしがカイトが言っておった弥生……皐月や睦月はおらんのかえ?」
「ええ……今回は急だったもの」
燈火の問いかけに、弥生は少し気の抜けた返事を返す。というのも、これは仕方がない。弥生の視線は彼女の着流した優美な着物に注がれていたからだ。そんな弥生を見て、燈火は扇子で口元を隠しながら、ティナの方を向いた。
「くくく……やはりおんしは服屋の娘よなぁ……ま、それでよかろ。で、ティナよ。今回は経済を回してくれるのが、手土産になろう。妾もそりゃ、苦い顔はせぬ」
「うむ。着物4人分。たんとせしめるが良い」
もともと燈火は政治家で経済人だ。なので弥生を見て、これは妥協しないタイプだ、と踏んだのだ。後は如何にして妥協しない中で如何にして最高の品を買わせるか、という算段をしていたのである。
そうして、挨拶もそこそこに三人は暁にある高級服屋に移動する。その店は既成品も売ってくれているかなり大きなお店だった。そこに入るやいなや、燈火は弥生に問いかける。
「ふむ……それで、如何ような品をお求めじゃ?」
「そうねぇ……とりあえず、横二人はどうするの?」
「む……そうじゃな。流石にあの美姫をそのまま裏方と言うのはあまりに味気ないのう……ふむ……両側に和琴の二人に、少々離れた場所に瑞樹、中央で魅衣が舞うとするかのう」
弥生の問いかけに、ティナが少し考えこむ。本来、日舞である以上魅衣しか舞台には上らない。だが、今回はそもそもで音楽会である以上、舞よりも和琴などの音楽がメインだ。それに応じた舞台設計をしないといけなかった。
「むぅ……余も覚えれば良かったのう。そうすれば金と黒、そして茶の魅衣が栄えたじゃろうに……いやいっそ舞台に上がるだけでも……」
「そもそもおんし、森の音楽会に出られるのかえ?」
「……む、そういえば余はまだ帰還しておる事を晒しておらんかったな」
頭を悩ませていたティナに対して問うた燈火の一言に、そもそもティナは出演できない事を思い出した。そんな自分に笑いながら、ティナは舞台について考えこむ。
「舞台については木漏れ日があるが、そこまで明るいわけではない。幻想的な明るさ、と言うべきじゃろうな」
「うーん……なら、魅衣ちゃんはこっちの赤と黒はやめるべきね。舞台によっては暗くなりすぎるかもしれないわ。やるなら赤色と藤色……柄は藤の物はあるかしら?」
「少々お待ちを」
弥生の言葉に応じて、店員が該当する着物を探しに行く。その間に、弥生は自分の中で舞台のイメージを作り、それに見合った衣装を考え始める。
なお、弥生も当然だが日舞の演目の一つ『藤娘』は知っている。それ故に、魅衣の着物については話を聞いた時から大凡のイメージが出来ており、即座に決定する事が出来たのである。
「魅衣ちゃんがメインである以上、あまり目立つ色は避けたいんだけど……でも今回は音楽がメイン。桜ちゃん達もそれ相応に目立って貰わないといけないわね」
こういったセンスの問われる事は弥生の腕の見せ所で、彼女の好む所だ。やはり、弥生は本分は職人なのだろう。こういった困難な問題に直面してこそ、いきいきとしていた。
そしてこうなれば、最早専門家では無いティナや燈火に出る幕は無い。そっと意見を言う事はあっても、方向性を決める事は出来ないのだ。なので、二人はそれを横目に話し合う。
「どうじゃった、日本は?」
「なかなか、楽しい国じゃったよ……お主と同じ九尾の狐を何尾か見たぞ」
「こここ……そうかえ? それらは男を誑かす狐狸精よ。さぞ、カイトの味を好んだじゃろうな」
燈火は珍しく狐らしく笑い、遠く異世界の同類に思い馳せる。妖族と燈火らは名乗るが、その実は狐の獣人の一種だ。それ故、異世界には同じような存在が居ても不思議では無い、と思っていたのである。まあ、正確には獣人の一種に過ぎない上独自の進化を辿っているので、獣人と一緒くたには出来ないのだが。
「まあのう。お主然り葛の葉然り……なぜああも狐は他を謀るのが好きなのじゃ?」
「知らん……それとも、魔帝様が解き明かして下さるのかえ?」
「無理を言うでない」
燈火の問いかけにも似た言葉に、ティナが苦笑する。狐が謀るのが好き、と彼女は言ったが、それにも例外はある。現に同じ九尾の狐である燈火の姉の月花は至って生真面目だ。結局、何が原因なのかは、分かりそうもなかった。まあ、燈火と月花だけを見れば、姉妹の関係が影響をしていそうなのだが。
そんなこんなな話をしていると、弥生がどうやらイメージが固まったらしい。着物を幾つか見繕って戻ってきた。
「こんなのどうかしら?」
そうして弥生は幾つかの着物を提示する。それは個々の印象を損なわない様に幾つかの柄をあしらった優美な着物だった。そして、それを見て、ティナも自分の中の舞台のイメージを整えると、ゴーサインを出した。
「うむ、良いな! 燈火よ、では、これを買うぞ!」
「うむ、まいどあり」
二人の言葉を受けて、燈火が店の者に購入の意図を伝え、梱包をしてもらう。値段は総額ミスリル銀貨20枚程で、日本円に換算すると約200万だ。オーダーメイドではなかった事、裾の調整などの細かな調整を自分で行える事で、4着でもそこまで高くはなかったのである。まあ、その代わり素材が一流の物を使っているので、それでもかなり高くなったのだが。
ちなみに、当たり前だが主役の魅衣の物が最も高かった。というより、周囲の三人の物は敢えてワンランク落とした安い物を選んだのだが。
「では、慌ただしゅうてすまんな」
「うむ。今度はカイトも連れて来い。たまさか姉上のお小言も聞きたくなる」
別れ際、二人は軽く挨拶を交わし合う。物品を手に入れれば、即座にマクスウェルにとんぼ返りだ。時間は無いのである。
そうして二人がマクスウェルにあるティナの研究所に戻った頃には、練習を一通り終えて各々の小道具の状況を確認している魅衣達4人の姿があった。
「はーい、4人共。一度着てみて欲しいんだけど、着付けが出来ない娘は?」
「申し訳ありません、弥生様。生憎私は着物の着付けは……」
「他には?……なさそうね。じゃあ、椿ちゃん。いらっしゃい」
弥生はそう言うと、一度梱包してもらった着物を全員に手渡して、椿の着物の着付けに入る。意外に思うが、なにげに椿にも出来ない事はあるのだ。まあ、習っていないのだから、当たり前だ。
ちなみに、この情報はティナにとって、意外と重要な情報だった為、彼女が一瞬目つきを変えたが、誰にも気付かれなかった。
なぜ重要なのかというと、これは彼女を望んだ貴族は少なくとも、中津国に関係のある者では無い、という左証なのだ。関係があれば、外交として中津国の着物を着る可能性が無きにしもあらずとなり、椿も確実に習得させられる。即ち、中津国に関係するルートには椿が居た組織に関係がある組織は無い、ということだった。目下椿が居た組織の内情を調査している各国にとって、少しの情報でも欲しいのだった。
「わぁー……やっぱり魅衣さんは着物似合いますわね」
「その藤模様もよく似合ってますよ」
瑞樹と桜が着飾った魅衣を褒める。が、一方の魅衣は浮かない顔だ。そうして、魅衣は浮かない顔のまま、小さくどんよりとして、呟いた。
「わかってる……わかってるのよ。二人に何ら悪意が無いことは……」
そんな魅衣の視線が注がれる先は、帯に持ち上げられた二人の胸だ。二人共周囲の女子生徒から見れば脅威のレベルに存在しており、逆に平均的にも満ちていない魅衣にとっては最早恐怖の象徴だ。二人に似合う、と言われれば、必然自身に胸が無いから、としか思えなかったのである。まあ、魅衣はきちんと被害妄想だ、と理解出来ていたが。
「うぅ……いっそカイトに揉んでもらおうかな……」
ぺたーん、ではないが、無い胸を見て魅衣が悩む。実はなにげに今のこの場に胸囲に関する悩みが無い――と魅衣が思っているだけで、大きいには大きいなりの悩みがあるらしい――のは、彼女一人だった。そんな魅衣の感情はつゆ知らず、桜と瑞樹はお互いの着物を観察しあっていた。
「桜さんは桜色かと思いましたが……桜の花をあしらわれた着物なんですね」
「瑞樹ちゃんは白色の小さな樹の柄……もしかして、瑞樹の瑞の字と樹という字に掛けて甘露を表しているのかもしれませんね……」
「多分、各々の名前に掛けているんですわ」
「うむ。椿には椿の柄のあしらった着物にしておる。」
瑞樹の言葉を聞いたティナが、それを認める。
「一応、屏風とかも考えてみんなの服のベースの色を決めたけど、流石に魅衣ちゃんのだけはどうしようもなかったわ。そこの所はごめんねー。まあ、今度カイトと一緒に選ぶといいわ。あそこのお店、反物も良いの置いてあったから、よかったら私や公爵家の面々で縫うわよ」
椿の着付けを手伝いつつ、弥生が魅衣に謝罪する。魅衣の着物は演目柄どうしても藤の花を選んだのだった。
「ああ、良いですよ。もともとこの服もわかってますし」
弥生の謝罪に対して、魅衣は気を取り直して首を振る。もともと日本舞踏をやっている彼女もそれは承知の上だ。そうして、全ての準備が整って、再び彼女らは演目の練習に戻るのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第284話『お嬢様会』