第281話 世界とは
瞬やソラがそれぞれ新しい一歩を踏み出してから数日後。マクスウェルの街自体がにわかに活性化していた。なんの前情報もなしにイキナリ大挙して皇国の検査官、それも上級検査官達が大挙して興奮した様子で街に入ってきて、それが様々な噂を呼んでいたからだ。
まあ、そんな事はお構いなしにアウラはぼんやりと今の仕事に向かい合っていたが。
「アウラ様。此方が最後の検査になります……いや、申し訳ありません。かの大英雄様にこのようなお手を煩わせる事をするなぞ、本来は私達も祖先に怒られるのですが、何分これは皇国の規則ですので……」
「おー」
アウラはぽやん、とした様子で、完全に緊張している検査官の言葉に従って検査機に手を載せる。各個人固有の魔力波形を計測して、本人かどうかの検査を再度行っていたのである。この魔力の波形だけは如何な魔道具、魔術であっても偽装不可能で本人確認の為に使われるのだった。再度検査をやっている理由は何度検査しても結果は一緒、という単なる煩型への言い訳にすぎない。
アウラの今の仕事とは、とどのつまり自分が大英雄カイト・マクダウェルが義姉、アウローラ・フロイラインであるということを確定させる為の検査を受ける事だった。まあ、一日に数回こういった検査を受けるだけなので、大して自由が拘束されているわけでもない。
「はい、有難う御座いました。この検査結果は明日には出ますので、本日はこれで終わりとなります」
「ん」
検査官の言葉を聞いているのかいないのか、ぽやん、とした様子でアウラは頷いた。数日に渡る検査はこれで、本当に終わりだった。
ちなみに、当たり前だが一度目でアウラはアウラ当人との確定が出ており、既に皇帝レオンハルトにも報告済みだ。その為、今は本格的に皇帝レオンハルトの予定が組まれ、アウラ帰還を一般に報せる準備に大忙しだった。
「終わりましたか?」
「クズハ様……はい、たった今」
「でしたら、もう身柄を受け取っても問題ありませんね?」
「お手数をお掛け致しました」
クズハの言葉に、クズハに従っていた検査官達のまとめ役が頭を下げた。そろそろ検査が終わる、という報告を受けて、クズハがアウラを出迎えに来たのである。
アウラの身柄は一応、皇国預かりだった。曲がりなりにも大英雄を家族とは言え一貴族が拘束するなぞあってはならないので、皇国預かりと便宜上したのである。まあ、それでも居たのは公爵邸の彼女の自室なので、一応は表向きの扱いとして、である。
「今までの試験で全てアウローラ様と確認が出ていますし、今回の検査でも確証を出せるでしょう。今まで、お時間を拘束してしまい、申し訳ありませんでした」
「ん」
検査官達の言葉にアウラは頷く。彼女は別段そんな事は気にしてはいない。基本的に、アウラが気にするのはカイトに関する事が大半で、残りも家族――ユリィやクズハら公爵家の面々――に関する事だけだ。なのでカイトが関係していないので大して気にする事ではなかったのである。
「では、アウラ。私達の家に戻りましょう」
「おー」
クズハの言葉に従って、アウラはマクスウェルにある研究所から公爵邸へと移動を開始する。が、歩くのが面倒だったらしい。
「クズハ、こっち」
「?」
手招きでクズハを呼び寄せたアウラは、そのままぽやん、とした様子で何かの準備を始める。まあ、準備は一瞬出終わったが。
「ほい」
とん、と杖を鳴らすと、彼女は平然とした様子で転移術を発動させる。それも、クズハやその護衛として来ていた面々も一緒に、である。
「……は?」
それを、残されていた面々はしっかりと見ていた。当たり前だが、転移術というのはそんなぽやんとした様子で出来る術でもないし、そもそもで10人以上を転移させるなぞ以ての外だ。普通にやろうとすれば、大規模な儀式など様々な準備が必要なのだった。
「……なあ、これ、どう判断すれば良いんだ?」
「検査が無駄、か……<<次元の聖女>>以外にこんな事が出来てたまるか」
今の圧倒的な転移術を見せられて、全員が最早検査結果を待つ必要を感じない。なにせ今の行動はアウラ以外に出来るはずが無いからだ。
「おい、一応検査結果は適当にまとめておけ」
「はい」
当たり前だが、今回のまとめ役とて今の一件は見ていた。なので、彼も同じく検査の必要性そのものに疑問を抱いていた。それ故、彼はもうなげやりに言い放ち、受けた部下も苦笑を浮かべながら同意する。そうして、この数日後。再びマクスウェルに皇帝レオンハルトが訪れて――今回はきちんと通達している――、記者会見が行われる事になるのだった。
「で、アウラ……本格的なお仕事は皇帝陛下の許可が降り次第、ということになるので、その前に一つお兄様からお願いがあります」
「なに?」
ぽやんとした様子だったアウラだが、カイトの名前が出れば反応が速かった。
「世界について、冒険部に教えてやってくれ、だそうです」
「ん」
二つ返事でアウラはそれを了承する。面倒というような風も無く、即座に決断していた。義弟の頼みは絶対らしい。まあもともとカイトから天桜学園を地球に帰還させる、ということは知らされているし、その手伝いをしてくれ、とは既にお願いされているのだった。
「ということでカイトのお姉ちゃん、アウラです」
「紛らわしいから一応言っとくけど、カイトは勇者カイトだからねー」
アウラが返事をしてからは早かった。トントン拍子に彼女は手配を進めていき、冒険部のギルドホームの一室を借りる手配を整えると、ユリィを補佐に早速講義を開始したのである。
ちなみに、半分以上の生徒が話を聞けていない。圧倒的な美女であるアウラに男女問わずで見蕩れてしまい、話が聞けていないのだった。
「まず……世界について。みんなはどれだけ把握してる?」
「えっと……どういう意味ですか?」
アウラの問いかけに桜が首を傾げる。世界について、と言われても意味がわからないだろう。それはエネフィアを指すのか、それとも世界という概念そのものを示すのか、理解出来なかった。
「ん……この世界という概念について。この世界とは、いったい如何なる物か」
桜の言葉にアウラが噛み砕いて問いかけると、誰もが首を傾げるだけだった。誰も、そんな事を考えた事はなかったのである。それを見たアウラは、始めから解説する事にしたらしい。一つ頷くと、ホワイトボードに記載を始めた。まあ、あまりわかりやすい書き方ではなかったが。
「ん……まず、第一に。世界は生きてる。世界も生き物……だから、意思を持つ。この世界に魔力が満ち溢れているのも即ち、世界に意思があるから。魔力とは、意思の力。世界の中に居る私達も、その世界の一端。だから、私達も世界に満ちる魔力を使える……でも、どれだけ使えるのか、というのは人それぞれ。その差がどうやって決まるのかは、誰にもわからない」
アウラは頭を振って、わからないことはわからないと明言する。確かに、等しく世界の一端であるとするのなら、使える実力に差があっては可怪しいはずである。
だが、カイトが圧倒的な能力を持ち合わせる様になったように、ティナがもともと莫大な力を持ち合わせていた様に、今の天桜学園の面々が弱い程度しか持ち合わせていない様に、生まれながらにして、育つ過程で、差は生まれていた。その差が何で決まるのか、というのだけは、世界の意思を把握出来ぬ彼らには、わからぬ事だった。
「世界は意思を持つ、というのなら、世界と対話を果たせれば、私達は元の世界に帰る事も可能なんですか?」
「……それは無理。まず、世界と対話なんて出来ない。情報量が比じゃないし、世界にそんな行動を起こす事はまず、ない」
桜の問いかけを受けて、アウラがその考えを否定する。桜は世界という圧倒的な存在のちからを借り受けられれば、世界を超える事も不可能ではないのでは無いか、と思ったのである。
「世界は貴方達も知るように、いくつも存在している。多分、貴方達が此方に飛ばされたのは、その衝突に依るもの……世界を水槽だと思って、貴方達を魚だと思えば良い。水槽同士がぶつかって、お魚さんがその衝撃で飛び出る。そして、隣の水槽に移った」
どうやらアウラはホワイトボードに絵を描くのは面倒だと思ったらしい。魔術で水槽と魚の映像を創り出すと、水槽同士がぶつかって魚が跳び跳ねて移動する映像を見せた。
「この距離がどうなっているのか、というのはわからない……三次元じゃないし、既存の理論じゃこの距離を計測する事は出来ない。私も百年近く研究したけど、距離がある、ということとその距離が不変では無い、という事がわかっただけ。多分、みんなが飛ばされたのは、距離が離れていた所からそれなりの速度で衝突した所為で普通は越えられない水槽の壁を越えてしまった」
「そうなんですか?」
「たぶん」
桜の問いかけに、アウラが真顔――にしてはぽやん、とていたが――で推測だ、と言い含める。当たり前だが、彼女はその現場に居合わせたわけでもないし、その時学園に何か探査機でも貼り付けていたわけでもない。
おまけに今回の転移は不慮の事故、突発の事件で測定器による観測情報はマクスウェルの研究所が定点観測的に収集していた物が最も良いデータで、殆どデータさえ無いに等しかった。推測しか出来ないのは仕方がなかった。
「とりあえず話を戻すけど、世界にある意思はおそらく、生存本能に近い物が大半。そこの魚が移動させられたからって多分、どの世界も気にしない。気にしても、おそらく別の水槽のお魚が別の水槽のお魚を強引に呼び出した時ぐらい、だと思う。私達は水無しでは生きられないけど、水は魚が居なくても存在出来る。奪われたならまだしも、魚が元いた水槽に戻りたい、って言っても水槽にどんな事が起こるのかもわからないのに、水が動いて衝突してくれるなんてありえない」
アウラは水槽に例えた話がしやすかったのか、映像をそのままに解説を行っていく。だが、これは言われれば分かる話だった。誰も自らが傷付いてまで、たった一匹の魚の為に動こうとはしないだろう。それが自分の生死に関係する可能性があれば、尚更だ。
そして桜達としても、それを強要することは出来ない。なにせ水槽と水はこの世界に住まう者達と共用しているのだ。もし再び衝突させて万が一何かがあれば、その責は全て彼女らに振りかかる。それは償いきれるレベルではなかった。
「多分、カイトが帰還するときに魔力の必要量が少なくなったのは、この距離が縮まったから。転移に必要な魔力量は距離に正比例して増大する。当然、距離が縮まれば低くなる。多分帰還後には、また必要量が高まったと思う」
思う、ではなく真実高まった事をアウラも知っているのだが、ここでそれに言及するのはカイトが帰還している事を知っている事になる。まあ、それはカイトの正体を知っている者には、きちんと高まる事が伝わっていた。
「世界間を越える転移術は、言うなれば貴方達お魚がぴょん、って水槽の壁を越えてジャンプすること。だから、貴方達がもし地球に帰還するなら、この距離が近くなる瞬間を狙うべき。貴方達はどれだけ頑張ってもカイトよりも遥かに下。カイトみたいに馬鹿げた出力で強引に移動出来る、なんてありえない。間違っても最大まで離れた時は狙わないのが前提条件……最悪もっと別の水槽に着地することになる」
アウラはそう言うと、いくつもの水槽を無数に生み出す。その中の水槽の一つから魚を飛ばせ、しかし隣の水槽にたどり着く程の飛距離は出させず、水槽の間を落下させていく。そうして落下した魚の行く先は、また別の水槽だった。
「この水槽にどんな水とお魚が居るのかは、誰にもわからない。運が良ければエネフィアみたいに支援が受けられる世界かもしれないけど、そんな馬鹿げた賭けはしないで」
アウラはそう言って、頭を振る。そうして彼女は魚の泳ぐ水槽の映像を消去すると、纏めに入った。
「纏める。まず、前提条件は世界の距離が最も最小になった……衝突の瞬間を狙えるのがベスト。ベターは距離がなるべく近づいた時。だから、まず貴方達が為すべきことは貴方達の地球が何処にあるのか、を調べる事。私もまだ正確な距離と方角は探査中だった……どうやってか、動き続ける地球の場所を探さないといけない」
これが、第一条件だった。当たり前だが、帰る家の方角がわからない事には誰も帰る事は出来ない。それを調べる事から始めるのは当たり前だった。ここまでは、冒険部の面々も把握している。
ちなみに、ここでアウラは何も言及していないが、実は地球の位置を探る為のビーコンとなり得る物がある。だが、それは皇国で最重要の国宝に位置している上、軍事兵器の側面もあるので、この場で許可も無い相手に言及することは出来なかった。カイトでさえ、冒険部では誰にも話していない。
「次に、貴方達は私やカイトとは別の転移術を開発しないといけない」
「なぜ、ですか?」
カイトという存在の馬鹿さ加減を知らない生徒が、アウラに問いかける。とは言え、これは上層部は既に把握していて、かと言って指摘出来ない事だったので、ここで遂に疑問が出たのだった。
「ん。さっきも言ったけど、貴方達はどう足掻いてもカイトにはなれない……貴方達ではカイトやティナが使った膨大な魔力を前提とした世界間転移術は使えない。貴方達は貴方達でも使える物を開発しないと、ジャンプも出来ない……カイト達の様に膨大な魔力……速さで強引にするか、私の様に泳ぐ速度とかジャンプの角度とか色々工夫してジャンプするか、しか無い。でも、貴方達は私の方法しかない」
「まあ、カイトが帰ってからになるが……研究開発班と別に研究室の様な物を作るしか無いか……」
これは既に上層部では密かに検討されていた事だが、あくまで今の指摘を受けて、という感で瞬が提言する。今までも古文書や魔術の研究に冒険部にも研究開発班は存在していたのだが、それをもっと大きくしよう、という事だったのである。
「ん、そうすべき。場合によっては皇都の研究所やウチの研究所にも協力を依頼するのが、妥当。あそこには転移術に関する研究室も存在している。世界間転移についても、一応の研究対象。流石に術式を開示してくれることは無いだろうけど、力を借りない手はない」
瞬の言葉を、アウラも認める。そうして、新たに道筋が決定した冒険部は、主が居ない間にも、出来ることを話し合う事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第282話『意外な事実』
2015年12月1日
・誤字修正
『にしてはぽやん、どていたが』→『にしてはぽやん、とていたが』
・表記修正
アウラの台詞『手を借りない手はない』について、手がくどいので『力を~』、に変えました。