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第276話 改訂版 ペアへの誘い

 改訂版の投稿を持ちまして、前版は削除させて頂きました。ご了承ください。

 アウラとクズハ、ユリィ、そしてステラの四人を公爵邸へと送ったカイトは執務室へ向かい、既に腰掛けていたメルが座るソファの前に腰掛けた。それに合わせて、他の面々は各々の仕事用のデスクに腰掛けて、仕事に戻った。


「では、改めて……カイト・アマネだ」


 カイトは交渉の席についたことで、改めて自己紹介を行なう。先ほどはフルネームは聞いていなかったし途中から変な事になったので、改めて、自ら名乗ったのである。


「メル・エルンストよ」


 カイトの言葉を受けて、メルもカイトの意図を察して、優雅な動作でフルネームを名乗る。そうして、彼女の語ったフルネームの名前に、カイトは目を見開く。

 だが、そんなカイトの顔を見て、メルが笑った。実はこれは一般的に間違われやすい事で、同時に、それ故に彼女の様な者はよくわかっていたのだ。


「別に、エルンスト姓は一般的な物よ。若干貴族みたいな名前だから、他国の人はよく間違えるわ」


 どうやらメルもご多分に漏れず、カイトの驚きは慣れている物らしく感づいて補足する。エンテシア皇国の皇族姓であるエンテシアと似た響きの有るエルンスト姓は、他国の一般人や皇国でもそれほど常識に聡くない者が良く勘違いし易いものであった。


「あ、ああ、そうか……」


 カイトとて、エルンスト姓が貴族と間違われやすく、なおかつ一般的な物であることは知っていた。では、なぜ驚いたのか、というと、エルンスト姓を彼の友人が偽名として使った事があったから、だ。なぜかその彼の顔が浮かんだのである。


「何故、あいつの顔が出て来たんだ……」


 そうつぶやくと、カイトはメルの顔をまじまじと確認する。どこか気品の有る顔付きで、所作も冒険者というより、上流階級の作法が仕込まれている。性格こそ貴族の娘にあるまじきじゃじゃ馬だが、身に付いている所作は俄仕込みでは無く、恐らく、元は何処かの名家の子女なのだろうと察せられた。

 カイトはそれ故に、名乗られた名前とそのにじみ出た所作にかつての友人が思わず出て来てしまったのだった。


「何?」

「いや、失礼した。なんでもない」


 どうやらメルの顔をまじまじと見つめていた事に気付かれたらしい。どこか怪訝そうな顔で問いかけられて、普段の抑えた性格で謝罪したカイトだが、それにメルが少し不満気に告げる。


「あと、それやめて。あまり仕事向けの顔って好きじゃないの」

「いや、だが、一応仕事なんだが……」

「じゃあ、依頼人からのお願いよ。それに、依頼はちょっと長くなるの。仮面を被った相手と一緒に、ってあまりいい気分じゃないのは分かるでしょう?」


 メルの言葉は最もだった。これから一緒に旅を、というのなら、そんな相手が本性を見せていないのなら、誰も信用はしない。これが始めから隠していたのならバレないだろうが、もう露呈した後だ。なのでメルの言葉に理があるので、カイトは抑えていた感情を解き放つ。


「はぁ、はいはい……どうした?」


 仕方なしにカイトは抑えていた魔力を解き放ち、性格を元来の物に戻す。が、そうしてメルを見れば、かなり警戒が滲んでいた。


「魔力を抑えていたってわけ?」


 自分と戦った時よりも抑えられているが、それでも圧倒的と感じられる魔力を浴び、メルが思わず身構える。身構えたのは戦士であるが故の性だった。

 そうして、それに今度は正真正銘の混じりけのない不敵な笑みを見せて、改めてカイトが自己紹介を行う。今度は冒険者としての名乗りだった。


「さあ? じゃあ、改めて、だ……ランクCの冒険者カイト・アマネ」

「は? ランクBじゃないの?」

「ああ……何か問題か?」

「私に匹敵する実力、って言って探してもらったから……ランクB冒険者、メル・エルンストよ。道中でランクBには上がってもらうわよ。これは、依頼人としての、命令よ」


 明らかにランクCを遥かに上回る実力を見せたカイトに、メルが半眼で睨む。ランクCにランクBの冒険者が負けたとあっては、外聞に悪かった。そうして、カイトは肩を竦めて答えた。


「ここ最近忙しかったんだよ。まあ、道中で上げれるなら、それに越したことは無いか」


 確かに、いつまでもトップがランクCのままでは問題かな、と思ってはいたので、道中で上げてもいいというなら、そうさせてもらったほうが良かった。

 なお、カイトがここ当分忙しかった、というのは本当で、彼は第二回トーナメントの予定の調整や今度の海への旅行の調整に忙しかったのだった。そうして、カイトの答えを聞いて、メルが頷いた。


「ええ、それでいいわ。ランクB昇格には監督が必要だもの。それは依頼料の一環として、私がやらせてもらうわ……それで、依頼は迷宮(ダンジョン)探索の同行よ。報酬は道中のドロップ全部。ただし、最下層のボスドロップと宝箱はこっちの取り分。最下層の宝箱については、状況によっては相談に応じるわ」


 メルの言葉に、カイトは意外感を感じる。カイトを探しまわっていたと聞いたので、かなり困難な依頼かと思っていたのだが、迷宮(ダンジョン)探索ならば、それなりに冒険者からの依頼としては一般的な物であった。これの為にメンバーを急いで探す程とは思えなかったのだ。

 ちなみに、馴染みの冒険者等に迷宮(ダンジョン)入場の際の条件が満たせる者が居ない場合などに、ユニオンに紹介を頼む事が一般的なのだ。そうして組まれたパーティを、迷宮(ダンジョン)パーティと冒険者達は呼んでいる。冒険者達が馴染みとなる場合の、最たる理由であった。


「なんだ、単なる迷宮(ダンジョン)パーティか。中々に好条件だな」


 とは言え、出された条件はかなりの好条件だった。なので、何時も赤貧の冒険部の長たるカイトが乗り気になる。最下層のドロップと宝箱は確かに高価な物も多いが、運さえ良ければ、道中でそれ以上を稼ぎだす事もできる。条件としては対等であったのだ。

 ランクBが複数居ないといけないのなら、現状の冒険部では受注は不可能だ。稼ぎとしても悪くはないので、カイトとしても受けるには十分な理由になり得た。


「まあ、ギルドマスターなら、敢えて説明の必要は無いわね」

「まあ、普通にな」


 メルの顔と言葉に、カイトは肩を竦めて呆れる。これは一般的な常識だった。それの意味するところはそのまま、迷宮(ダンジョン)へ潜入する為のパーティだ。


「敢えて説明されるまでも無いから、先に進めるとして……それで、何処へ行くんだ? ここから近場だと、北西のウルスか南のアーシムか?」


 別にこれは当たり前だ。知らない方が可怪しい。なのでお互いに気にする事なく、カイトはメルに先を促す。しかし、メルはカイトの予想を大きく上回る場所への依頼だった。

 なお、カイトは内心で自分の後ろで『それ何?』と顔を見合わせていたソラ達に呆れていたが、ユリィが嬉しそうに――アウラが発見された事が皇城に伝わり、仕事云々ではなくなって逃げてきた――説明していたので、放っておく事にした。


「ポートランド・エメリアの迷宮(ダンジョン)よ」


 メルの言葉を聞いた瞬間、カイトは一気に依頼を断ることに決めた。その迷宮(ダンジョン)はある理由から、冒険者達の間で有名なのであった。カイトも、できれば行きたくない迷宮(ダンジョン)である。なので、即座に却下を告げる。


「自殺志願者なら別の所に行ってくれ」

「ん? なんか問題あるのか?」


 カイトが場所を聞いた瞬間、一気に不機嫌になったので、思わず興味を持ったソラが尋ねる。それに、カイトは呆れを多分に含んだ声で答えた。


「あそこに行くのは馬鹿か自殺志願者、もしくはよほどの自信がある奴だけだ。ランクBの冒険者が挑むには、厳しすぎる」

「知ってるわよ。だから、貴方に依頼したんでしょ」

「はぁ……その理由は?」


 メルの言葉に、カイトは改めて理由を問いただす。その迷宮(ダンジョン)はカイトが帰還後に発見された物なので、実際には行ったことが無い。

 しかし、その噂はカイトにも伝わっており、メルの実力であれば、困難な場所と言えた。だからこそ、行くならばそれ相応の理由が必要だとしか思えなかったのだ。


「……最後のボーン・ソードダンサーよ」


 カイトの問いかけに、メルは真剣な目をして告げる。その眼には僅かな怯えが見えた所を見ると、どうやらメルも自分の不利については把握しているのだろう。

 それに、カイトは意図を悟る。いや、それしか無いのだ。なので、カイトは頭を掻く。行くには行く理由がある。そして、それを語らないのにも。だから、問いかけた


「……正気か? 買ったほうが確実だし、生命の危険も無いぞ?」

「わかっちゃう、か……一介の冒険者に買えると思う? いいえ、それこそ、高位の貴族……ううん。皇国の皇帝陛下だって、運が良くないと買えないわよ。そんなの今から喩え娼婦の真似事をして身体を売った所で、お金を稼ぐだけでも3年以上は掛かるわ……それでも、運が良くないと、市場に出回らない。それぐらい、貴方も分かるんでしょう?」

「……ちっ」

「そいつって、どんな奴なんだ? と言うか、何が目的なんだ?」


 カイトの舌打ちに、メルは真実、カイトが自分の求める物を把握していることを悟る。理解した二人だけの会話に、理解出来ない瞬が問いかけた。

 ちなみに、これはカイトが理解出来たから可怪しいだけで、普通の冒険者なら、理解出来ない。なので瞬が正しかった。メルは既に秘密が露呈している事は把握したので、カイトが語るのを止める事はせず、語るに任せる事にした。


「ボーン・ソードダンサーとは、4本腕の骨の魔物だ。4本全てに剣を持ち、かなり俊敏な上に攻撃力が高く、4本の腕から繰り出される連撃が演武に見えたことから、ソードダンサーの名前が付けられた。ランクBでも最上位に位置し、純粋に実力が高い。おまけに死霊であるから物理防御能力が高く、斬撃が効きにくい。大剣で挑むには、相手が悪すぎる」


 物理攻撃が効きにくく、それなりに遅い大剣使いに対して、ボーン・ソードダンサーは最悪の相性と言えた。しかも、対する場所が悪すぎたのだ。それを聞いて、瞬が少しだけためらう様に、問いかけた。


かつての奴(ブラッド・オーガ)とどちらが強い?」

「比べるまでもないな……ソードダンサーだ。たかだかゴブリンの進化した奴と、昔のオレのダチが警戒する相手。比べる必要も無い。おまけに、ポートランド・エメリアの迷宮(ダンジョン)といえば、大剣士ペア限定。手数が足りなさすぎる。奴と大剣で戦うなら、少なくとも4人は欲しい。ペアなんて馬鹿もいいところだ」


 カイトは首を振りながら、道理を説いた。手数と素早さで劣る相手に、動きの遅い大剣で挑む怖さ、というのはカイトは身にしみて理解している。かつてはたった一人で戦っていたのだ。その恐怖は嫌というほど知っていて、身に沁みて理解していた。

 なお、昔のカイトの友というのは、ルクスの事だ。彼でも警戒する、と言うことを敢えて暗に示したのであった。

 ちなみに、ペアとは二人組のパーティで、トリオが三人組、それ以上は単純にパーティと呼ばれる。そうして、更にカイトは続ける。


「本来はランクAの冒険者が挑む迷宮(ダンジョン)だ。難易度に対してドロップも悪い。行く意味がなさすぎる……本来は、だ」


 本来は、とカイトは区切る。本来は、である以上、そうでなければならない理由があるのだ。そしてその理由をメルも認めている以上、それが正解だ。その理由を前提とするのなら、カイトであっても、そこに行っただろう。


「一応、念のために聞いておく。今でどれだけだ? まだ時間がある所を見ると、リッチ系統だと見るが……」

「1ヶ月よ……一応、治癒術者(ヒーラー)の娘が面倒を見てくれているからまだ、保つけど……」


 メルの1ヶ月という言葉に、カイトは内心で舌打ちする。同じく聞いていたティナも内心で舌打ちしていた。今回、事情を把握して、間に合うなら、二人でなんとかする事も出来た。そして、しよう、とも思った。

 だが、既に時遅し、というレベルだったのである。幸いなのは、まだ、最悪には至っていなかった。なので、カイトは更に問いかける。


「その治癒術者(ヒーラー)の実力は?」

「……皇城の術者達とくらべても、遜色無いわ……いいえ。並の術者となら勝てるって断言する」


 カイトの言葉に、メルはどこか泣きそうな顔で答えていく。これだけ事情を聞けば、もう誰にも何が起きているのか理解出来た。つまり、メルの仲間の誰かが何らかの危険な状況に陥っている、ということだった。そして、カイトは更に問いかける。


「相手は?」

「リッチ・キングよ……公爵領西端の街のカタコンベで討伐依頼を受けて、討伐したのはよかったんだけど……その後、私をかばって……」


 彼女の焦りの原因は、おそらくこの自責の念だろう。自分をかばって仲間が死にそうになり、なりふり構わなかったのだろう。

 この心情は他ならぬカイトだからこそ、よく理解できた。いや、メル以上に、理解していた。彼とてかつて数多の仲間を失い、それどころか自らの手でも屠っているのだ。仲間を失う苦しみを誰よりも、それこそ今失わんとしているメルよりもよく、理解していた。

 カイトとて仲間を助けれるのなら、どこかの国を襲撃することを厭う事もないだろう。そして、旅の折には、何ら躊躇いなく何度もどこかの国軍や貴族を相手に喧嘩を売っていた。そうである以上、カイトの心はここで、決まった。


「呪いに飛び込めた馬鹿と、一ヶ月も保たせられたその治癒術者(ヒーラー)に賞賛を贈ろう……紛うこと無く、二人共良い腕だ。奴から呪いを受けて一ヶ月なら、既に死んでいても可怪しくない」


 メルの言葉を受けて、未だに治癒を続けているだろうメルの仲間にカイトは心からの賞賛を送る。メルの言葉が真実ならば、紛うこと無く、その治癒術者(ヒーラー)は超一流の腕前を持っていると言ってよかったのである。そしてそれに耐えている者も、である。


「……ありがとう」


 カイトの言葉に、メルは頭を下げる。彼の今の言葉は混じりけなしの賞賛だった。確かにカイトの心情として自殺行為とも思える呪いへの介入は頂けなかったが、それを知ってなお庇えた事も、賞賛に足り得た。カイトにとって、仲間の為に命を顧みぬ事が出来る者は、十分に賞賛に値したのである。


「依頼に対して、改めて確認しておく。今の依頼は嘘で良いな?」

「……はい」


 カイトの言葉に、メルは申し訳無さを滲ませて頷く。そう、メルがカイトに出した依頼は嘘だった。理由は簡単だ。依頼内容があまりに危険過ぎるから、だ。受けてもらえぬ可能性は限りなく高かった。いや、受けてもらえる可能性がゼロ、と言っても良いだろう。だから、メルは嘘を吐くしかなかったのだ。

 既に判明している通り、メルにも譲れぬ物がある。正直に言った所で、断られるのが道理だ。彼女が貞操を差し出そうとし決意していたのも、頷ける話だ。彼女の貞操を追加報酬に入れた所で、まだ、足りぬ。それだけの依頼だった。

 だから、カイトは彼女が吐いた嘘を不問とした。仲間の為に吐いた嘘を糾弾することは、カイトにだけは出来なかった。そうして、カイトは自らの見抜いたメルの本当の依頼を、口にした。


「依頼内容は……最下層。ボーン・ソードダンサーの持つ『解呪の勾玉』の奪取……それで間違いないか?」

「……ええ」


 カイトの言葉をメルは認める。これが、本当の依頼だった。『解呪の勾玉』。本来は莫大な準備を必要とする呪いの解呪を一瞬で為してしまう奇跡のマジックアイテム。

 本来、呪いに関する魔術は人道上、禁呪とは別に禁止にされている。だがそれを差し引いても、貴族達は呪われる事は多い。

 なにせ、権謀術数の渦巻く闇の中、だ。密かに暗殺をしようというのなら、これほどよい手段は無い。呪いは簡単だ。何らかの生け贄を捧げれば、簡単に出来る。そして、人の身では解呪も難しい。カイトやティナ達でさえ、解呪の準備にはそれ相応の準備を必要とする。

 それ故に、この『解呪の勾玉』を貴族達は金を山のように積んででも、手に入れようとする。時には国が手に入れようとするだろう。

 だが、この厄介な所は魔物の場合だ。魔物の場合、呪いは相手を討伐した時に発動する。それが出来るかどうかは、その魔物による。今回、運悪く、出来る相手と戦った、という事だろう。


「普通の相場なら、目もくらむような大金を積む……いや、それ以前に市場に出回る事はまず、ない。それを目的にする馬鹿が居ないから、だ」

「ええ……だから……お願いします」


 カイトの吐いた言葉に、メルは涙と共に頭を下げる。なりふり構わぬ、というのなら、それは彼女の頭についても道理だ。今更頭を下げる事に躊躇いは無い。今回の依頼は、普通ならば受けられる事の無い依頼だ。困難過ぎる。カイトでさえ、困難と断言する。だから、メルはもう全ての手を打った以上、頭を下げるしかなかった。


「ミスリル数千枚の依頼……無理を言っているのは、わかっているわ。でも、お願いします」


 メルは頭を下げたまま、再度カイトに頼み込む。ミスリル数千枚。これが、本来の相場だった。困難ではあったが、冒険者達は誰もが、率先して受けたがる。見返りが大きいのだ。相手は貴族。こんなものを求めようとする、ということは、自分か重要な関係者が呪われている、と言っているような物だ。口止め料を含めても、それこそ、当分は豪遊して暮らせるだけの見返りが保証されるのである。それこそ、マクスウェルのストラの娼館で最高級の娼婦全員を一年間侍らせた所で、困らないだけの額が手に入るのだ。

 相場が、これだ。そんな事情を知る冒険者達が、お金の無いメルからの依頼を受けてくれるはずはないのであった。だから、彼女は嘘を言うしかなかったのである。


「……阿修羅相手に馬鹿をやらなかったことは、ほめておこう」

「……それぐらい、私だって分かるわよ」


 カイトの言葉に、メルが顔を上げて拗ねた様に答える。メルの望みが叶う相手は、このエネフィア広しと言っても、この二体しか居ない。そして、カイトが上げた名前は、間違いなく、彼であっても戦う事を忌避する相手だ。だが、遭遇出来る可能性であれば、此方の方が可能性はある。メルは確かに形振り構わなかったが、無為無策でなかった事を、カイトは褒めたのだ。


「それでも、勝ち目は無いぞ?」

「わかってるわよ、そんなの……でも、だからってどうしろ、って? 見捨てる事なんて出来ないわよ」


 ランクBの冒険者が二人だけでボーン・ソードダンサーを倒せるということはあり得ない。だが、それでも、メルも引く気は無いらしい。まあ、当然か、とカイトはそれに笑った。そして、それが答えだった。


「……わかった。この依頼、受けよう」

「ホント! ありがとう! じゃあ、今すぐ行くわよ!」


 そう言ってカイトの手を引っ張り、出ていこうとするメルだが、その前にカイトが再び引き止める。ちなみに、メルが今直ぐ行こう、と言うのは何ら不思議ではない。なにせまだ昼前だ。度に出るのに遅い時間ではなかった。


「待てって……どうやって行くんだ?」

「馬車よ! チケットももう買ってるわ!」


 どうやらカイトが行方不明であった間にメルは諸々の用意を整えていたらしく、手にはチケットが握られていた。それをずい、っとカイトに突きつけていた。


「良いから一回座れ! 報酬も決めてないし、依頼書も書いてないだろうが!」

「あ……そっか……ごめん」


 どうやら熱くなったり先走ったりするのは、彼女の素の性格なのだろう。カイトは溜め息を吐いた。それを受けて、メルも落ち着いて謝罪して座った。


「で、改めて報酬は? バレた時を考えて、そんだけじゃ無いんだろ?」

「うん。えっと……流石に悪いから、加えて、最下層のお宝と旅の同行中、私の貞操を貴方に差し出」

「馬鹿か、お前は! 初対面の相手に貞操差し出そうとすな!」


 改めての報酬の相談に入ったのだが、メルがかなり来恥ずかしげに出した追加報酬に、カイトが再度熱くなる。

 まあ、当然だろう。カイトとしては売春は頂けない。買う気も必要も無い。そもそもそんな事をすれば大揉めだ。ちなみに、カイトとしても殆どぼったくるつもりは無く、加えて最下層の宝箱で、と言う程度にするつもり――これでも馬鹿みたいに安いが――だった。

 だが、メルとしても引ける事ではなかったらしい。メルが机に両手を付いて冒険者としての道理を説いた。まあ、その声が上ずっていたのは、気恥ずかしかった事が大きいのだろう。顔は真っ赤だった。


「これでも私も冒険者よ! 依頼に対しては正当な対価を支払わないと、冒険者の名が廃るわ! もし上手く行ったら妥当どころかこれでも足りないでしょ! でも、お金は無いんだもの! 処女ならちょっとはプレミア付くって本で読んだもの! ちょっとは足しになるでしょ!」


 メルの言葉に始め呆れていただけのカイトだったが、メルが処女と断言した事にカイトは思わず椅子からずり落ちそうになって、なんとか立ち上がり声を張り上げた。


「って、お前処女かよ! しかも本で、ってお前はどんな本読んでんだよ! イラネーよ!」

「はぁ!? 美少女の処女じゃ足りない、っていうの! なら何! まさかあんたの子供でも産めっていうの!?」

「言わねーよ! つーか、悪化してどうすんだ! それに面倒とかどうするつもりなんだよ!」


 確かに、メルの言っている事――若干の混乱は見受けられるが――は間違いでは無い。行動に正当な対価が払えないのなら、働いて返すのが道理だ。だが、お互いに冒険者である以上、出来ることは限られていた。

 となれば、人である以上、何をかは明言しないが、溜まるものは溜まる。そして長旅となれば、解消方法は多くはない。相手が男で、自分は女。自分で処理するのも一苦労だ。ならば、と自らの性を差し出すのは決して、対価として可怪しい物ではなかった。

 カイトとしても報酬として言われた事はあるし、大抵の若い男性冒険者はそうだ。ギルドとして固まっている冒険部が珍しいだけの話だった。だからこそ、ユニオンの職員がわざわざメルに注意したのだ。とは言え、その条件を女性側が出したとして、それを受け入れてもらえるかどうかは、また別だが。

 ということで、カイトは依頼は受ける事を決めたが、メルの貞操については首を頑として縦に振る事はなかった。それがどうやらメルの琴線に触れたらしい。いつしか全く別の所で二人はヒートアップし始めていた。


「つっ! 良いわよ! じゃあ絶対にあんたを落としてみせるから! 見てなさい! 美少女が本気になっったらあんたなんて簡単に落ちる、って証明してみせるわ!」

「はっ! やれるもんならやってみやがれ! もし出来たなら、ヒィヒィ泣こうが喚こうがガキが出来ようが許してくれと懇願しようが毎晩気が済むまでやってやるよ!」

「言ったわね! 絶対よ! そっちが頼もうと、やめたげないから!」

「はっ! そっちこそその時になって吠え面掻くなよ!」

「どっちが! あんたこそ」

「あぁ!?お前こそ」


 売り言葉に買い言葉。そう気付くのは、かなり先だろう。メルとしては、対価を払えない事に対する申し訳無さから。カイトとしては、女の貞操を対価に差し出されると碌な事が無いと知るが故に。お互いに、お互いの意見を譲れない。まあ、メルとしては自らの器量に対する矜持がなかったとはいえないだろうが。

 そうしてヒートアップする二人に対して、処女だのやるだの下世話な言葉を連呼しないで欲しい、と冒険部の一同が待ったを掛けるのは、もう少し、先である。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第277話『旅支度』

 次回で今章は終了です。次章はこの続きでは無く、残留組のお話になる予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん このメルって人も頭おかしい そもそもカイトが許可したからと自分が助けて欲しい立場にいて依頼も嘘をついてそれでいて自分が嫌な女たらしを見たらキレるわ沸点低いわ偉そうだわって 頭が悪い …
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