第275話 メルの試験
アウラを引き連れ冒険部のギルドホームへと帰還したカイト。そうして始まった騒動に、メルが引き寄せられ、騒動が終わりを告げた。
「あ、メルさん」
「あ、桜。今日は貴方の所のギルドマスターは見つかった?」
「ん? オレへの客か?」
メルの言葉に、カイトが振り返る。つられて、ひっついていたアウラもメルの方を向いた。
「貴方……こんな所で何してるの!」
どう見てもアウラがへばりついて胸をあて、カイトを誘惑している様にしか見えない現状に、メルが眦を上げる。どうやら彼女は生真面目な性格らしい。まあ、こんな天下の往来で人目も憚らずイチャイチャしているのも悪いだろう。
「おー?」
そうしてメルに強引に引き剥がされたアウラだが、さすがに状況について行けなかったらしい。
「あんたが何者かは知らないけどね! こんな所でふしだらな行為はダメよ!」
メルはアウラを引き剥がすと、お説教を始める。まあ、流石に目の前の天族がよもや昨日彼女が言っていたアウラ本人とは思わないだろう。平然とお説教をしていた。
だが、アウラはカイトの説教ならまだしも、初見の女の子のお説教なんぞ気にする事は無い。
「……誰?」
お説教をしているメルを指さし、アウラはカイトへと問いかける。が、当然カイトも知らないので、取り敢えず近くに居た桜へと問いかける。
「人を指さしてはいけません……で、誰?」
「あ、メルさんです。カイトくんを探してらっしゃったんです」
「ああ、そうだったのか……これは失礼しました。冒険部ギルドマスターのカイト・アマネです」
そう言って柔和な笑みを浮かべ、カイトはきちんと整えられた一礼を行なう。一応、初対面の相手なので、きちんとした応対を行おうとしたのだ。
「あんたがあのカイト? ふーん……」
昨日からの一日で、メルは更なる噂を聞いてきたらしい。これから依頼をしようとする相手だ。調査するのは当然だ。が、彼女にとって良い噂を聞けなかったらしく、その噂に違わぬ状況にかなりのしかめっ面だった。とは言え、これは仕方がないだろう。
行方不明だ、といって言っていたのが姿を表した時、傷だらけだったり疲れ果てていたならまだしも、ヘラヘラと笑いながら女といちゃついていたのだ。それは誰だって不機嫌にもなるし、ここに来るまで努めて思っていた下手に出る、というのも阿呆らしくなるだろう。
「何処行ってたの? 昨日は消えた、とか言われたけど、随分と元気そうじゃない」
「申し訳ありません。少々依頼を受けていまして……」
これについてはカイト側に非があるので、素直に頭を下げる。が、この言い分には即座の反論が飛んだ。
「だから、昨日そっちの桜から、それが嘘だって聞いたわよ」
当たり前だが、カイトはたった今帰って来た所だ。桜がメルに大して僅かにでも事情を漏らしているという事を知らない。なので隠蔽用の情報を言ったのだが、そうであるがゆえに、半眼で睨まれた。まあ、先ほどまでのお説教の影響でヒートアップした影響も大きかった。
「うぐっ……オレだって急だったんだが……つーか、侍らせてねえよ」
カイトもカイトで、そんなメルに対して舌打ちする。まあ、此方も此方でいろいろとあって何時もはやっている性格の抑制が解けている為、仕方がないだろう。
様々な状況が、二人の良くないタイミングとなっていたらしい。お互いに本来相手に見せるべき態度を見せないのだった。
「何?」
「いや、失礼しました。なんでもありません」
「……はぁ。ちょっと落ち着きましょ。とりあえず、はい、これ」
が、どうやらメルは一昨日の経験からこのままではその時のなぞり直しだと思い直したらしい。一度手でお互いに落ち着くように示すと、メルは紹介状をカイトへと手渡す。
「紹介状か……本物ですね。受け取りました」
「腕利き、って聞いたんだけど、ホントかしら?」
「まあ、腕は保証しますよ……なんなら、試験でもしますか?」
カイトは丁寧な口調で、不敵に笑う。依頼人に信頼させる為の物だったのだが、これがメルに対しては逆効果となってしまった。
彼女は冒険者・カイトに依頼をしたのであって、こういった長としての対応を望んでいなかったのだ。
まあ、カイトが今までのメルの状態から見抜かなかったのが悪いだろう。カイトとて、何時も何時でも正解を導き出せるわけではないのだ。こういうふうに読み違えてミスもする。
それに怒ったわけではないが、メルはお言葉に甘える事にした。昨日の冒険部の大剣士達の実力もあり、きちんと確かめようとしたのだ。まあ、ここまで手っ取り早かったのは、おそらく今までに積もり積もった物が彼女をそうさせたのだろう。
「じゃあ、遠慮無く。指定は大剣。行くわよ!」
「は? ちょ!」
抜き放たれた一撃を、カイトはすんでの所で避ける。まさかリップ・サービスに乗ってくるとは思っていなかったのだ。
とは言え、これはきちんと手加減がされていた事をカイトも見て取ったので、そこまで強く文句を言うわけにはいかなかった。依頼内容によっては、実力を問う事もあるのだ。急ではあったが話を持ち込む側が試験をした所で、問題になるわけではない。
それどころかメルは問答無用ではなかったので、まだ良い方と言えた。殆ど碌な教育も受けておらず、粗野で乱暴というのが世間的な評価である冒険者からみれば、このメルの対応は上等な部類だ。もっと無茶苦茶な試験をされたことのあるカイトからしてみれば、きちんと宣言して、此方の言葉を受けてからなだけマシだった。
「はぁ! たぁ!」
「ちょ、おい! いきなり何しやがる!」
「あんたが言ったんでしょ! 私はそれに乗っただけよ! 男ならグダグダ言わないで、自分の言葉に責任持つ!」
メルは会話をしながら、大剣で連撃を放つ。そうして続く連撃を、カイトは余裕で避けまくる。とは言え、先の一件の煽りで性格は元のままだ。
「つっ! ちょこまか動かないで! 貴方みたいな女誑しは一度痛い目をあわさないと気が済まないのよ!」
「動くわ! つーか、女誑しってなんだ!」
舌戦を交わしながら戦いを繰り広げた二人だが、いつしかどこかメルによる苦言に近くなっていた。それに、カイトはどこか懐かしさを感じつつも、文句を返した。
なお、彼が懐かしさを感じたのは、今の彼の周りにはこんな風に苦言を呈する人物が居なかったからだ。それ故に、こんな風にあけすけと文句を言ってくれる存在が懐かしくなったのであった。
「貴方の事よ! それで、大剣は創らないのかしら!」
大上段から思い切り振りぬかれたメルの一撃は、地面を砕き、大きく岩盤を打ち上げた。
「ちぃ! 避けるだけじゃ、じゃじゃ馬ならしはダメか!」
避けるだけでは試験は終わらない。そう思ったカイトはついにやる気になる。カイトは律儀に大剣と鎖を顕現させ、鎖を使用してメルの打ち上げた岩盤へと接続。上へと自らを引き寄せ、そのままギルドホームの敷地を囲う塀へと登った。
塀の幅はおよそ15センチ程で、この上で大剣を振るうには、それなりの技量が必要だった。試されたのなら試し返すのが、カイトの本来の流儀である。
こんな風に本来の流儀が出て来ているのが見える所を見ると、カイトも何時も以上に、本来の性格に戻っていたのだろう。いつしか彼もメルに対して苦言を呈するようになっていた。
「第一! んなこと、初対面の奴に言われたくないわ!」
「うるさい! それに、化けの皮が剥がれ落ちてるわよ!」
確かに、とは心の奥底で思うメルだが、もう二人共売り言葉に買い言葉、だ。適当にカイトの正論を切って捨てて、メルも塀の上へと登る。
そして、彼女もまた、カイトへと塀の上で器用に大剣を振るう。それにカイトは少しだけ感心する。どうやら彼女もそれなりに大剣を使い熟しているらしい、と見て取ったのだ。
こういうあたり、まだまだ、メルよりもカイトの方が一枚上手なのだろう。まあ口で返すのは、やはり罵声だが。
「仕事だ仕事! てめえみたいな流れにゃわからんだろうがな!」
「あんたみたいに裏表使い分ける奴が一番嫌いなのよ!」
「お前の好き嫌いで仕事してんじゃねえよ!」
久しぶりに熱くなったカイトが、メルの攻撃を受け流した隙を利用して、攻撃に転じる。その動作に、メルが思わず瞠目する。数多の武器を使い熟す事は既に調査済みだ。
なので大剣にしてもそれなり、と思っていたのである。が、今見た所では、自分に勝るとも劣らない、と思えたのだ。
「つっ! 受け流された! 中々に上手い!」
「そりゃどうも!」
受けた評価に、カイトが笑みを浮かべる。カイトは大剣を横薙ぎに振った勢いを利用して、回し蹴りを放つ。メルはそれを大きく後ろに跳び下がって回避する。
「強い……単なるナンパ男、ってわけじゃなさそうね」
どうやら一通り言い合って更に剣撃を交わした事で、メルは落ち着けたらしい。てっきり権力を笠に着て、女を誑し込んでいた不逞者と思っていたメルだが、カイトの実力を見て、評価を改める。
「誰よりも、頭一つ……ううん、頭2つは飛び出てる。それに、純粋な人間じゃない。混じり者ね……」
混じり者。エネフィアでは即ち、異族同士の混血児の事だ。メルはカイトを異種族同士の子供であると判断したのである。
なお、彼女の見た見立では、今の桜達はランクC上位の実力者に匹敵していた。ソレに比べて、カイトは内包する力も、見せている力も、全てが圧倒していたのだ。これだけの実力があれば、彼女が探している冒険者として最適であった。
「謝るのは後……まあ、女の敵だから謝る必要ないけど……取り合えず、先達として、勝たせてもらうわよ!」
メルはカイトへと一気に肉薄する。そして、横薙ぎに大剣を振り抜いて、戦いは第二幕へと突入したのだった。
「二人共、器用だな」
そんな二人の戦いを見ていたソラが、呆れて呟く。自分なら、回し蹴りをした時点で落ちること請け合いであった。ソラは昔からバランス感覚が無いのである。そんなソラの言葉に、由利が引き攣った顔で反応した。
「足場、15センチも無いよー」
「……カイトが性格元に戻っているな」
そんな二人を他所に、カイトが先ほどから少し楽しげに声を上げていた事に気付いた瞬が呟いた。そんな瞬に対して、ティナが苦笑してカイトの事情を教える。
「まあ、状況が悪かったのう。あれだけの騒動があり、素に戻っておったのじゃ。いつもの抑えた性格に戻しておる暇が無かったのじゃろう……どうしたのじゃ、クズハ」
「あ、いえ……あの、メルという冒険者。何処かで見た様な……と」
メルを見ながらどこか悩んだ様子のクズハに気付いてティナが問いかけると、クズハは記憶を辿りながら胡乱げな顔で答えた。それに、桜がメル当人から聞いた情報を告げる。
「メルさんを、ですか? 確か、最近までは此方に居なかった、と聞きましたが……」
「そうですか……気のせいかもしれませんね」
ランクBであれば、クズハは個人的な繋がりを有していないわけでもなかった。が、どうやらメルとは馴染みでも無かったクズハは、桜の言葉に、冒険者を大量に受け入れた時に見たのかも、と結論付ける。
魔物の集団が街の近くに現れると、人手不足のマクダウェル家では冒険者を大量に雇い入れる事が無くはないのだ。その時だろう、と思ったのである。そうして一人頷いた所に、アウラが声を掛けた。
「クズハ……そろそろ離して」
「ダメです」
アウラの言葉に、クズハは首輪に繋がった鎖をしっかり握る。逃がすものか、という怨念が籠っていた。100年もの怨念だ。おそらくカイトぐらいでなければ、逃がす事は出来ないだろう。
ちなみに、当たり前だがこんな明らかにおかしな事をメルが気付かぬはずがない。なので実はクズハは一番始めにメルに気付いた時から自分の姿と手に持った鎖を魔術で隠蔽していたのである。いくらなんでも公爵代行が美女を首輪と鎖で拘束して従えていた、なぞどう良い風に見たとしても公爵家の風聞に関わるのである。
そんなこんなでメルによる試験に見えたカイトによる試験を観察していた一同だが、ある行動に、瞬が興奮して、目を見開いた。
「おい! 今のどうやった!」
そうしてその次の瞬間、戦いは終わりを告げるのだった。
カイトとメルの戦いの第二幕は、一見メルが押しているように見えた。
「はぁ! ふっ! たっ!」
メルは距離を詰めて攻撃を連続させる。攻撃の手を緩めず連続させることで更に大剣の遠心力を利用し続け、更に攻撃を加速させていくのだ。
おそらく、メルはスロースターターの戦い方だろう。攻撃を続ける毎に、攻撃は鋭く、速さは加速していった。
「あんまり後ろに下がると、そのうち落ちるわよ!」
「ご心配無く!」
メルの連撃に、カイトも連撃で応じつつ、メルの体術は後ろに下がることで対処する。カイトは本来スロースターターではないが、大剣士としての戦い方は如何なる偶然か、彼女と同じスロースターターだ。
なので、同じく加速していっているだけだ。カイトとしてもメルを潰そうとしているのだが、メルが対応できている、とも言い換えられた。
「後2メートル!」
「だから、ご心配無く!」
「追い詰めた! ふふ! 今まで貴方に騙されてきた女の子の恨み、受け取っておきなさい!」
そうして遂に、メルは塀の端にカイトを追い詰め、横薙ぎに振り払った。この状況では、後ろに跳び下がって避ける事は出来ず、また、受け止めれば反動で落ちる。
当たり前だがこんな所で超高等技術である飛空術を使うわけでは無いので、一同が万事休すか、と思われたその時、カイトが少しだけ後ろに下がった。
「ほい、っとな」
「は?」
ナンパ男を追い詰めて勝った。そう思った瞬間、メルは有り得ない物を目にする。そして、呆然とする中、カイトがメルの後ろから大剣を突きつけた。
「王手……格式高くチェックメイトの方が良いか?」
「あんた、今の何やったの?」
大剣を突き付けられたまま、メルは見たものが信じられず、思わず素の表情で問いかける。
さて、何があったのか、と言うと、カイトが後ろへ下がった瞬間、カイトの身体は落下する事無く、メルを中心として円にスライドして、自分の後ろに回ったのだ。なんら魔術の発動の兆候はなかった。瞬が驚いたのも、これである。
「あ? 普通に考えて、飯のタネを答えると思うか?」
「それは……まあ、そうよね。っと、その前に、試験、合格よ。乗ってくれて、ありがとね」
謝罪では無く、メルは乗ってくれた事に対するお礼を述べる。試験の導入部があまり褒められた手段ではなかった事に後々になって気付いて、少し気恥ずかしかった事も大きかった。
「はぁ……別に構わねえよ。そもそも、慣れてる」
そんなメルの言葉に、カイトは肩を竦めて溜め息を吐いた。慣れとは嫌な物だが、こんな試験は慣れっこだ。なので、カイトもことさら問題にするつもりはなかった。そんなカイトの素の表情に、メルが照れたように告げる。
「今みたいに普通に素の顔をしてくれれば、別に突っかかったりはしなかったわよ」
「だから、仕事だ、つってんだ。」
「うぐっ……」
これはメル自身の理由だが、仕事向けの笑顔だから、嫌なのであった。とは言え、これは明かせないので取り敢えずは飲み込む。
まあそうは言っても、言い淀んだメルを見て、カイトには原因が理解出来た。他ならぬ自身も似たことを思った事があるから、だ。が、メルの段階は遠の昔に通りすぎた所だ。なので、これはメルがまだ自分に比べて精神が幼く、我の強い少女であるが故に、と受け取る事にした。
「で? 試験は本当に合格か? もう一度、次は性格面、なんか言うなよ?」
「ええ、合格よ。あと、流石にそんな性格面の試験なんてしないわよ……女慣れしてそうな奴の嘘を見抜ける程でも無いし」
カイトの問いかけに、メルが口をとがらせて頷いた。カイトの実力については疑いがない。メルが探している人物に適するのは、カイトしか居ないと彼女は判断したのであった。
「はいはい……場所を移すぞ。依頼書やらなんやらやらんとな」
そうして、最後の部分は小声だったので聞き取れなかったカイトは、再び肩を竦めて、塀から下りる事にするのだった。
そうして、地面に下りて直ぐにカイトがやったのは、アウラを送り出す事、だった。
「取り敢えず、依頼内容を聞くから……アウラ、お前は仕事しろ。」
「やだ」
そう言ってアウラは再びへばり付く。それを受けて、再びメルが眦を上げた。
「だから! ふしだらな事しない!」
「そうです! 羨ましい!……じゃない、人前です!」
最早言い切ったクズハだが、急いで訂正する。ちなみに、メルの試験が開始した時点で彼女は姿が露呈しているのだが、幸いメルも一緒に怒っていた為、大して気にも留められなかった。
が、カイトの方はそれに気づいて、ため息混じりにクズハ――とアウラ――が居る事をメルや他の冒険部の面々に疑問に思われる前に、彼女らの隠蔽に移る事にした。
「椿、客人を執務室に案内しておいてくれ。で、えーと……メル、でいいのか?」
「いいわよ。だってこれから先暫くは旅一緒にするんだし」
カイトの問いかけに、メルは頷いた。まあ、確かに暫く一緒に行動しよう、というのに苗字というのは、あまりに他人行儀だろう。
「じゃあ、メル。悪いが、先に執務室へ向かっておいてくれ。受付やらで書類を受け取ってくる。後、一仕事有るからな」
「承りました。では、メル様。此方です」
「……わかったわ。もうあんなふしだらな事しちゃダメだからね」
「むー」
カイトは椿に命じ、メルを執務室へ案内させる。それを受けて、メルはまだお説教したりなかったらしいが、依頼を優先する事にしたらしい。少し不満気だったが、椿に従って執務室へと向かっていった。
メルを送り出したカイトの一仕事とは、執務室へ向かう前に、アウラを公爵邸へと向かわせる事だった。なので、カイトはメルを送り出して直ぐに、アウラに向き直る。
「ぶーぶー」
そんなカイトに不満気に見えない無表情で不満を表すアウラだが、カイトはこれ以上居させるわけにも行かないので、切り札を切る。それはどちらにせよ公爵邸に帰れば否が応でも知る事になるのだが、彼女を動かすには十分な切り札だった。
「アウラ、一ヶ月後に海行くんだが……お留守番しとくか?」
「え?」
その言葉に、アウラがぴくり、と反応する。それに気付いたクズハが、追い打ちを掛ける。カイトに仕事がある以上、彼女にはそれを邪魔する、という選択肢が存在していない。それ故の速攻の追撃だった。
「あ、お兄様。今年の新作の水着を手に入れたんです。見ていただけますか?」
「お、楽しみだな。女性陣は新作にしたんだったな?」
そう言ってカイトは、目線で桜達に合わせろ、と送る。そして、相手は手練手管の相手を見ているお嬢様達、だ。それがわからぬはずはなく、即座に乗ってくれた。
「あ、はい。楽しみにしていてください」
「ええ、そうですわね。折角殿方に見ていただくのですもの。気合い入れさせていただきましたわ」
「余は2種類用意したぞ! 勿論、両方じゃ!」
ちなみに、ティナが胸を張って言った両方、とは子供用と大人用である。昼は冒険部が一緒の時は子供用を使い、夜は人気がなくなってから、大人用を使うつもりであったのである。
が、実はこの一手は切り札であると同時に、悪手でもあった。当然だがカイトの騒動に巻き込まれて帰り時を失い、そのまま一緒に居たティアにも聞かれていたからだ。彼女は何かを企んでいそうな表情をして、呟いた。
「なんじゃ、お主ら。海へ行くのか……では、たまさか妾も一緒に行くかの。グライアとグインにでも声を掛けるか……」
「……この中に入れられる私の気持ち、誰か理解してくれないかな……」
楽しげなティアの言葉を聞いて十分に美少女であるのだが、若干――というかかなり――胸が残念な魅衣が少しだけ落ち込む。ティアもスタイルは抜群で、胸もかなり豊かだったのだ。それを想像して、思わず彼我の戦力差を思い出してしまったのである。
「アウラは今まで引きこもってましたから、溜まったお仕事していただかないといけませんよね。働かざるもの食うべからず、うちの家訓を忘れたわけじゃないですよね」
「クズハ、急いで帰ろう。仕事、早く。ユリィ、色々教えて」
表情は変わらないものの、アウラは目が燃え上がっていた。そんなアウラはいつの間にか小型化していたユリィをむんずと引っ掴むと即座に歩き始め、首輪の鎖を持つクズハを引っ張る。
「だ! ちょっと! アウラ! 早いです!」
「きゃあ! ちょっと! 羽が捩れかかってる! 私壊れ物なんだから、もうちょっと柔らかく持って、って昔から言ってるでしょー!」
「がんばれよー。ステラ、悪いがアウラがサボってこっちに来ない様に当分見張ってくれ」
「ふふ、ああ。わかった。主は仕事、頑張ってくれ」
ドタバタと去って行く四人を、カイトは見送った。ステラを付けたのは、アウラは今は燃えているが、飽きる可能性があったから、だ。そうして、カイト自身も一同を引き連れて、執務室へと向かうのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第276話『ペアへの誘い』