第273話・改訂版 望む者
昨日上げた物の改訂版になります。かなり大幅に変更しておりますが、一応ストーリーは問題なく繋がるようになっていると。
改定前の物については既に全部削除させていただいております。様々な方からのご指摘、有難う御座いました。
カイトが消えた翌朝、ティナが一部生徒に自身らの正体を告げ、カイトの捜索に向かった後。執務室には瞬達と、告げられた神崎達5人が残っていた。
「で、どこまでが真実なんだ?」
聞いたものが信じられず、菊池が瞬に問いかける。それに、瞬は頭を振って、告げた。
「全部、だ。何もかもが、な」
「げぇ……ってことは、魔王と勇者、って奴か……」
「わかるがな……まあ、戦いを見てみればわかる。桁が違う。それ以前に、そうでなければ、こんな建物や手厚い支援なんて、受けれないだろ?」
怪訝な様子だった菊池に対して、瞬は今更な事を問う。それは少し頭が回るのならどう考えても、可怪しいと気付ける事だった。そして、この場に居る面々は大なり小なり、何らかの裏がある事を疑っていた。
「やっぱ、裏有りだったのか……」
「当たり前か。そうでなければ、わざわざ特殊部隊が教練に来てくれるはずがない」
「……そう、だろうなぁ」
白崎と綾崎が、お互いの言葉に同意しあう。もともと、幾ら勇者の縁があるとはいえ、あまりに可怪しい程に手厚い支援が受けられたのだ。それを疑問に思う者は、彼らにとどまらず、生徒達の中にも少なくなかった。
「300年経っても、影響力を行使出来る、か……一体何をやればそうなるんだ?」
「さあな、世界を救えば、なんだろう」
「そんな奴のピンチ、か……」
最早、自分たちには想像も出来ない領域である。一同、溜め息しか出ない。本来ならば、彼等も手伝いたいのだが、足手まといにしかならない。そうして、一同が無力感に包まれていると、こんこん、と扉がノックされた。
「あ、はい! 開いてます!」
桜が扉の外に伝える。すると、外からミレイが顔を覗かせた。シロエが買い出しに出ている為、自分で来た様だ。
「あのー……大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です」
「お客様が来られてます。昨日の……」
「あ……そういえば……」
彼女の非常に言いにくそうな態度を見て、桜もメルが今日また来る、と言っていた事を思い出した。かなり焦った様子の彼女を思い出して、桜は朗報を告げられない事に少しだけ落ち込む。
「昨日の? 誰か来てたのか?」
「ええ、ちょっと……はぁ」
事情を知らないソラが桜に問いかける。桜はそれに答えると、溜め息と共に立ち上がった。昨日の事情を知っているのは、ティナと桜だけである。自分が出るしか無かったのだが、昨日の去り際を考えると、気が重たくなった。
「あの、メルさん?」
「あ、桜、だっけ? 昨日はごめんね?」
どうやらメル当人も売り言葉に買い言葉と後々気付いたらしく、素直に謝る。それに、桜も気を取り直して、微笑んで謝罪を返した。
「いえ、此方こそ、ティナちゃんが申し訳ありません。」
「で、今日は居場所掴めてる?」
「ごめんなさい……」
「はぁ……ごめん。じゃあ、どこらへんかだけでも教えてくれる? 一応、私もランクBだから、そいつの行けるとこには行けるわ。腕も私の方が上だから、迷惑にもならないはずよ」
桜の謝罪に対して、メルは溜め息を一つ吐いて、大まかな場所を問いただそうとする。実は桜には――と言うか、冒険者ユニオンにも、だが――言っていないが、メルには大凡の居場所を探る能力が備わっていた。なので、後はそれを頼りに探しだそうとしたのだ。
「……あの……一つ、だけ、約束してもらえますか?」
「いいわ」
少しだけ、桜は悩む。どこまで話して良いのか、と考えたのである。連日連夜来てくれている、ということは向こうはかなり急ぎの用事なのだ。それを勘案したのである。
「絶対に、外では言いふらさない事、と約束してください。」
「……どういうこと?」
桜の真剣な眼に、メルは嘘がないと見抜いて、逆にここまで真剣になる事に訝しみを浮かべた。明らかに、タダ事では無い、という事が理解できたのだ。
「メルさんは、私達の特殊な事情はご存知ですか?」
「……ええ、それは知っているわ。貴方達は異世界日本……いえ、地球から来た、んでしょ?」
メルはエネフィアにおいて誤解されている『異世界=日本』という事に対してきちんと『異世界=地球』と明言して、把握していることを示す。
なお、この誤解されている理由は、ひとえにカイトに事情がある。カイトが異世界とはどういうものだ、と聞かれた時に日本では、と断りを入れて答える事が多く、それが一般に伝わる間に彼が言う『地球では、と言う意味では無く』という文言が消え失せて、いつしか『地球という異世界がある』では無く、『日本という異世界がある』と言う風に浸透してしまったのだ。所謂伝言ゲームだった。
「はい……えっと、じゃあ、その時に何があったのか、については?」
「そりゃ、伝わっている限りは知っているわ」
伝わっている限り、と断りを入れて、メルはとりあえずで聞いている限りを伝えていく。まあ、当たり前だがメルはどこかの諜報機関に所属している、とかでは無い――その場合でも隠すだろうが――のだ。なので知っているのは、皇国が公式に発表している事だけだった。
「ぐらいよ」
「ええ、それで、大体あっています」
メルから説明された事の大筋に対して、桜が頷いた。確かに、彼女が語った事は間違いでは無く、周知されている事だった。
「それで、それがどうかしたの?」
「いえ……実は……先日、カイトくんが消えました」
始め、メルは言われた事を理解できなかったらしい。一度手を前に出して、桜に待った、と示した。
「……ちょっと待って……あなた達ってそんなにぽんぽんどこかの世界から消えるの? ウチのご先祖様じゃないんだから……」
当たり前だが、どの世界においても転移術や召喚術というのは各々の分野の最奥に近い。そんなものがポンポンと出来る、なぞ考えたくはなかった。
「いえ……それが……わからないんです」
「じゃあ、何よ」
消えた、と言ってその後は何もわからない、と言った桜を、メルが少しだけ睨む。まあ、消えた、と言われてこれだけだ、と言われても納得はし難いだろう。だが流石に桜でも独断で言えるのは、ここまでだった。
カイトはかつての大戦の英雄だが、そうであるが故に、カイトからその正体の隠蔽の必要性についてはカイトからもティナからも説かれている。
確かに今回は自らの尻拭い、ということで冒険部の本当に極一部の幹部には暴露したが、それでさえ、数ヶ月に及ぶ入念なチェックを入れていたのだ。如何に桜といえども、ティナ達に相談も無く安易にこれ以上は話せなかった。
「ここらだと……テラールにでも行ったの? あそこはジェイク伯父様が言うには何かがまだあるから、近づくな、って事だったし……」
「テラール?」
メルの言葉に首を傾げた桜だが、そんな彼女の表情が嘘では無いのを見て、メルはこの発想は間違いと気付いて、更に深い溜め息を吐いた。
「遺跡よ、大昔の……公爵領の遺跡の中でも特に初代皇王陛下で有名になってるのだけど……その様子だと、知らない様ね」
「ご、ごめんなさい……」
メルの顔にはかなりの呆れが混じっているのを見て、桜は照れたように謝罪する。ちなみに、これはメルが傲慢というのではなく、正真正銘、桜が把握していないのが可怪しいだけである。まあ、冒険部の大半がそうなのだが。冒険部は基本的に帰還に関係のある遺跡は調査しているが、それに関係の無い遺跡は把握していないのだった。
「それでもないとすると……」
「いえ、そういうのではなくて……」
「は? まさか街で消えた、とか言わないでよ?」
桜はそのまさかだ、と言いたいのだが、信じてもらえないだろう、とも思っていた。当たり前だが、街の結界の中には、強制転移・召喚を防止にさせるような結界の類も存在している。
これは、ティナとアウラの合作だった。300年経過しても――実際には研究・開発はされているのだろうが――これを破れる事が無い、と一般市民達は信じているし、信じられているが故の疑惑だった。
これは300年前の大戦において転移門があった事と、軍事上脅威がある、と判断した相手を先代魔王・ティステニア側が強制的に召喚、問答無用に処刑した事からの対処だった。逃れられたのは、強制召喚を力ずくで防げた者だけだ。ティステニアを上回るティナが復活した事で強制召喚は無効化はされたが、その恐怖だけは、どの国にも存在している。
実はティナが責任を言及されながら何ら処罰がされなかったのも、この結界を作れたのが、ティナとアウラの組み合わせしかなかったからだ。まだ残党がのさばっていた当時においては、責任を追求するよりも、恐怖に対処させるしかなかったのである。
「そんなの出来るのなんて、今のこの世じゃあアウローラ様ぐらいしか居ないわよ? そのアウローラ様にしても100年前から行方不明だ、って言うし……」
「だから、わからないんです……」
まあ、一応の筋は通っている。なぜ消えたのかわからないのなら、どこに行ったのかもわからないとしても、わからない話では無い。それを見て取ったのだろう。メルが背もたれにもたれ掛かって、深く溜め息を吐いた。
「あー……なんでこうなってるのかしら……ホントなら今日には出発だったのに……」
「ごめんなさい……」
桜が謝罪すべき事では無いのだが、落ち込んだ様子のメルを見て、思わず桜は謝罪する。それを聞いて、メルは落ち込みながら、口を開いた。
「はぁ……別に桜に謝ってもらう事じゃないわよ。そういうことなら、仕方がないし……」
「えっと、あの……カイトくんじゃないと、ダメなんですか?」
あまりの落ち込みように、桜がメルに問いかける。それに別に減るものではないし、とメルが試しに問いかけた。
「じゃあ、大剣を使える奴」
「え? それなら結構居ますよ? えっと、一応冒険部にも、えーっと……確か記憶しているだけでも、5人程居たはずです」
「えぇ!?」
桜の言葉にメルが大いに驚いて、ずり落ちて椅子から転げ落ちた。そして立ち上がって、目を見開いて、大声で桜に問いかけた。
「ちょ、ちょっと、どういうこと! ユニオンじゃここのカイト、って奴しか居ない、って聞いたわよ!?」
「い、いえ! そう言われても私もユニオンの職員じゃないので!」
メルはあまりに驚いた上にふかしじゃないのか、と疑っているらしい。桜の服をひっつかんでガクガクと揺らしていた。が、その桜の言葉にどうやら確かに、と思ったらしい。とりあえずは落ち着いた。
「じゃ、じゃあそいつらでもいいから、呼んで!」
「え、あ、はい……ちょっと待って下さい」
試しに聞いてみる物だ、と桜は苦笑しながら執務室に設置された内線を使い、ミレイにお願いして大剣使い達を呼び出してもらう。と、そうして暫く待っていると執務室に全員を集めたのだが、そこで、メルは即断した。
「あ、こいつら却下」
「は?」
呼ばれて即座の却下に、全員がぽかんとなる。理由も無しの即決だった。
「弱い。ダメね」
「よ、よわ……」
メルの断言に、生徒達はいきり立ちそうになるが、それを見てメルが行動に移った。何ら前動作も無く護身用の苦無を抜き放って、全員に投げつけたのである。しかも、それを目の前でいとも簡単に停止させてみせた。
「……」
「せめて、これぐらいは対処してみせなさい」
苦無を投げつけられた誰も動けなかった。それにメルは呆れではなく、失望を滲ませる。なにせこれは全て、本物では無いのだ。単なる幻影だった。それを、苦無を消失させる事で示してみせた。
投げつけられた得物が真実か幻かにさえ気付いていないようでは、彼女の求める最低限の力量にさえたどり着いていなかったのである。大剣云々以前の話だった。
なお、今のは彼女の力量からすれば、単なる手慰みにも等しかった。失望は当然であった。そうして試験をしてみて、メルは何かを思い出した様だ。はっと気付いた顔をした。
「ああ……思い出したわ。あの時の二人の片方が、カイトって奴ね?」
「……はい」
「納得よ。あいつなら、確かに私の望みに合致するわ」
桜が頷いたのを見て、メルは勝手に納得する。どうやら知らぬ所でカイトはメルのお眼鏡に適ったらしい。
ちなみに、これは桜が知らない事なのだが、紹介される相手には、一定のルールが存在している。それはユニオンから信頼されているか否か、だ。カイトは当たり前だが実績も全てが伴っているので紹介が可能と判断されたのであって、母数が少ない事もあるが、他の公爵領の大剣士達は除外されたのである。メルは初の利用とあって、この事をきちんと理解しきっていないのであった。
「はぁ……また明日来るわ。お願い、出来れば、何か続報を手に入れておいて」
「……頑張ります」
自分が求める相手はやはりカイトしか居ないらしい。そう判断すると、メルは桜に懇願するように告げて、落ち込んだ様子で歩き始める。それを桜はメルをロビーの外まで送り届け、再び中に戻ってくる。
「カイトくん、何処行ったんですか……」
そうして、誰にも聞かれないように、桜は密かに呟いた。その眼には、薄く涙が、浮かんでいたのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第274話『マクダウェル家勢揃い』