第269話 再会 ――姉――
ついに彼女が登場。そしてあまあまへ。
カイトが消失する少し前。ユニオンのマクスウェル支部に一人の女性冒険者が訪れていた。
「ふう……この街も久しぶりね。おっと、感傷に浸ってる場合じゃないわ。早く紹介してもらわないと……場合によっちゃ別の街にまで行かないと行けないしね」
女性冒険者はそう言うと、足早にユニオン支部の扉を開く。どうやら少し焦っているらしく、扉を開く力が少しだけ強すぎて、大きな音がなった。が、まあこの程度はユニオンに居れば慣れっこだ。だから、誰も気にせず、普通に彼女の応対にあたってくれた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件ですか?」
女性冒険者がユニオンの受付の席に座ると、すぐに受け付けの女性が出て来た。受付の女性はミリアよりも少しだけ年上の先輩職員であった。さすがに慣れが出ており、応対にも確かな物があった。
「えっと、冒険者何だけど、仲間を紹介して欲しいの」
そう言って、女性は自分の冒険者登録証を提示する。これが規則だし、それを知っている以上、無駄に時間を食いたくないので先んじて出したのだ。
「ランクBの冒険者、メル・エルンスト様ですね? 少々お待ちください……はい、確認しました」
女性冒険者は、桜が冒険者登録の日に出会ったメルであった。受付の女性は、魔道具を操作してメルの冒険者としての来歴を呼び出し、本人である事を確認する。
「それで、仲間をお探し、とのことですが、此方での紹介は初めてですか?」
登録されている情報から、メルが紹介制度を使用していない事を見た女性が問いかける。これも規則だった。メルはどうするかを一瞬悩んだが、利用する以上不手際があっても困るので、仕方がなしに説明を求める事にした。
「ええ、そうなのよ。前に居た街でも一度聞いたけど、できればルールを教えてもらえるかしら」
「わかりました……まず、此方で紹介する人のルールとして、ユニオンから信頼された冒険者しか紹介できません。また、紹介制度を利用するにしても、利用する方がユニオンから信頼されていなければ、利用できません。ですので、なんとかと言う冒険者を紹介して欲しい、とおっしゃられましても、紹介出来ない場合があります。冒険者同士の諍いを避けるためなので、その点はご了承ください。また、紹介した方と揉めたとしても、此方で責任は負えません。これもご了承ください」
さすがに冒険者同士の相性までユニオンが面倒見切れないので、仕方がなかった。ちなみに、この紹介についてはランクB以上の冒険者が利用出来る――一応、事情があればそれ以下でも認められる――制度なので、今の所、冒険部では誰も利用出来ない。
「紹介した場合は、その旨を本部長ないしは支部長から記した書状が渡されます。ただ、相手にも事情が有りますので、すぐに会えなかったり、却下されたりする可能性は有ります。その点は納得して頂くか、交渉して頂くしかありません。また、メル様はかなりの美少女ですので、対価として身体を求める様な冒険者にご注意ください。そういう場合は即座にユニオンへご報告ください。警告ないしは処分が下されます」
「その点は嫌と言う程理解しているわ。それじゃあ、武器を指定して、というのは可能?」
メルとて今まで美少女として何度も荒くれ者から身体を淫らな眼で見られているので、その点は自己防衛出来ている。それ故、今までは古い付き合いの仲間や気のおけない馴染みの冒険者としか組んで居なかったのだが、今はそうは言っていられなかった。彼女としては、最悪自らの身体を差し出してでも、力を借り受けなければならなかったのである。なのでメルはそれを話半分に聞き流して、先を促した。
「可能です。とは言え、使用武器を登録されている場合に限り、ですが。当然ですが、管轄下に条件に合致する冒険者が居なかった場合、紹介出来ない事になります。その場合、最も近くにある街に居る冒険者が所属するユニオン支部を紹介することになります。当該冒険者の安全の為、現所属ユニオン支部以外では氏名等をお教え出来ない、とご了承ください」
「ええ、承知しているわ。ここに来たのもそれだから、よ。それで、紹介してもらえるのかしら?」
どうやら、前に居たユニオンの支部でも同じ説明だったらしい。なのでメルはそれに納得すると、もう聞く事は無いと先を急かした。かなり焦っているらしく、少しだけ焦りが顔に表れている。
「メル様は十分に可能と判断されております。では、条件をおっしゃって貰えますか?」
「武装は大剣。ランクはB以上。前に居た街で、公爵領ではここにぐらいしか居ない、と言われたの。まだ居るかしら?」
街から街へ移動する冒険者がまず行なうのは、ユニオン支部へ行く事だ。そうしなければ、依頼は受けられない。それ故、冒険者の居所は、大凡であれば、ユニオンは把握しているのであった。どうしても必要なのに、公爵領ではここにしか居ない、と言われ、メルはもはや藁をも縋る思いなのであった。
「少々お待ちください……該当件数1件。確かに今もこの街に居ます。ですが、これは……そんな冒険者が居るなんて、聞いたことが……」
「どうしたの?」
受付の女性が険しい顔をしたので、メルが身を乗り出して尋ねる。居るのがわかっているのに、当たれないかもしれない。彼女はそれにもどかしさを感じていた。
「すいません。紹介可能なんですが……支部長以外に連絡不可、となっています。少々お待ちください。今支部長を呼んでまいります」
そうして十分後。受付には支部長であるキトラと先ほどの受付の女性が腰掛けていた。
「初めまして……では無いですね、お久しぶりです」
「一度しかお会いしていないのに、覚えておいででしたか。ありがとうございます」
当たり前だが、これから紹介を受けようというのに、喧嘩腰になるつもりはない。なのでメルは柔和な笑みで挨拶を返した。
「いえ、それで、ご紹介の件ですが……事情をお聞かせ願えますか? 該当の冒険者は実力としてはこの街一番と言えるのですが、それ故、かなりの事情がありまして……安易にご紹介出来ないのですよ」
内心で、この街どころか世界一なのですが、そう思うキトラだが、口には出さない。そうしてそれを受けて、メルが口を開いた。
「ええ、実は……」
その後、理由を聞いたキトラは、紹介するのもやむ無し、と該当する冒険者、即ちカイトを紹介する事にしたのであった。だが、残念ながら、この時には既に、カイトが居なくなっているということを、彼らはまだ、知らなかった。
その、数時間後。カイトはようやく意識が覚醒し始めた。
「んー、んん……くすぐったい……」
強制転移の衝撃で気を失ったカイトは、顔を舐められる感覚で気絶から少しだけ復帰する。そうして、僅かに復帰した意識で、周囲の状況の把握に努める。
とりあえず何か柔らかな物の上に寝ていて、上には暖かな、どこか生き物に似た暖かみと重みを感じた。そうして、顔に意識を戻せば、ぺろぺろ、という擬音が似合いそうな小さな水音と共に舐められており、くすぐったかったので、なんとか手を動かして払おうとする。
「ん、んん……伊勢、か? うおあ!」
漸く意識がはっきりしてきて、眼を開ける。そして、次に思い切り後退りしようとして、出来なかった。首に、鎖に繋がった大きな首輪が繋がれていたのだ。おまけに、強引な転移の負荷なのか、身体が満足に動かなかった。警戒するに足る状況だった。
ちなみに、伊勢とは大昔に飼っていた狼型の魔物――魔物とわかったのは後年だが――である。アウラとクズハに頼まれて公爵家で世話をすることになったのだった。ちなみに、カイトの愛竜の日向と共に今も健在である。
「どこ! いや、誰だ!」
「ん、うるさい。あと、思い切り引っ張ると、苦しい……あんっ!」
なんとか離れようとするカイトだが、美女が釣られて動き、二人で倒れこむ。そして、偶発的にカイトの手が美女の胸を握る。しっとりとした暖かな柔らかい感触が手の全体に伝わり、なにか手のひらに固い物が当る感触がある。
「おわ! 悪い! って、裸!」
カイトは大慌てで美女の胸から手を離し、更に目線をそらす。カイトが目覚めて、まず目の当たりにしたのは、美女の顔である。周囲はかなり薄暗かったのだが、舐められる距離まで近づいていれば、簡単に美女とわかった。それも、とびきりの美女だ。その美女が、カイトの顔をぺろぺろと舐めまわしていたのである。
尚、首の首輪の鎖は、女性の首に着けられた首輪に繋がっている。鎖の長さは1メートルも無く、あまり二人が離れられない様になっていた。
「え、っと……お前も捕まったのか?」
何故、自分の顔をなめていたのか、というのは横に置いておいて、カイトは美女に問いかけた。首に首輪が嵌められ、気絶していた現状と、強制転移から考えて、カイトは自身が捉えられている可能性をまず考慮に入れたのである。
また、現在も転移魔術で帰還しようにも妙な力に阻まれて転移できないので、それが一層、捕獲されているという可能性を真実と思わせていた。身体が満足に動かないというのも、それに拍車を掛けていた。
「おー?……捕らえられたって、どういうこと?」
美女はコテン、と小首を横に傾けた。本来のティナに匹敵するかなり整ったスタイルでそれなりに高身長の美女だが、行動の一つ一つがどこか、子供っぽかった。
「いや、この首輪……捕らえられてるんじゃないのか?」
「おー。それ、私が着けた」
ぽん、と手を叩いてあっけらかんと言い放った美女に、カイトが目を大きく見開いた。まさか、そんな展開が待ち受けているとは思っていなかったのだ。
「は?」
もしかして、ヤバイ奴なのか、とカイトはそんな考えが頭に浮かんだ。そして、カイトは大きく距離を取ろうとするが、鎖に阻まれて遠ざかれない。そんな行動に、美女が少しだけ顔を顰めた。
「カイト、ちょっと苦しい……」
「あ、悪い……ん? オレ、自己紹介してないぞ?」
自身の名を呼ばれ、カイトが眉を顰める。自身を知っていて、捕えたならば、最悪この女性が敵である可能性があったのだ。
「? 必要無いよ?」
美女はカイトが自己紹介することを、何故か必要ないと言い切る。
「は?」
そうして、段々と暗闇に目が慣れてきて、美女の全貌が把握できてくる。薄い銀色の腰まで有る長い髪に、ティナに匹敵するスタイルの整った体躯。身長こそティナには及ばないが、それでも、160は余裕であるだろう。そうして、背中には最も特徴的な物があった。
「翼……天族か?」
そうして、カイトが慣れてきた目で、落ち着いて美女の顔をよく観察する。端正で、整った顔立ち。しかし、顔は殆ど無表情に近く、どこかぽやん、として眠そうな印象があった。そして、その整った顔立ちは、カイトにはどこか、懐かしい印象があった。そうして、何故か頭のなかでかつての姉の顔が過る。
「いや、待て。確か百年前まではあれだったはずだ。」
カイトはクズハが見せてくれた写真を思い出し、自分の考えを否定する。200歳を超えてからは成長の遅い天族が、100年で一気に成長するとは思えなかった。しかし、美女がその考えを肯定する様に、行動を起こした。
「うぅ……カイトぉ」
そう言って、見つめられていた美女は涙目となり、ドサリ、とカイトを押し倒す。
「これ、おねえちゃんの。おねえちゃんのなの」
そういってすりすりと頬ずりする美女。おまけに、くんくんと匂いまで嗅がれた。自分にこんな行動をする人物は、カイトは長くない人生だが、一人しか思い出せなかった。
「って! やっぱアウラか!」
まあ、そもそも自身に対して姉と言い張る人物は一人しか居ないので、カイトは漸く正体を認める。というよりも、こんな変態もかくやな行動を取る人物が二人も三人も居て欲しくなかった。
「おー、やっと名前呼んでくれた」
自分の名前を読んでくれた事に感極まったのか、アウラは思い切りカイトに口づけをする。有無を言わせず、自由が聞かない事をいいことに、何の情緒もへったくれもない濃いキスを、である。
「んー! んー!」
思い切り、容赦無く舌まで入れる口づけは、およそ三十秒ほども続けられ、カイトの口の周りはアウラの唾液でベチョベチョとなっていた。
「んん……ふう」
アウラはカイトの上で起き上がると、一呼吸ついて、カイトをじっと見つめて、自分の口の周りについたカイトの唾液をペロリと舐め取る。そうして、ご馳走を味わう様に味わって、飲み込んだ。
「おい、ちょっと待て。一度落ち着け。」
目は潤み、鼻息は荒く、カイトをじっと見つめるアウラに、カイトが一度待ったを掛ける。このパターン。何度か経験したことがあるような気がしたのだ。
「おー?」
その言葉に、一度アウラが首を傾げる。カイトはよっしゃ、と思い、一度身を起こそうとする。
「ダメ」
しかし、その前にアウラが再び伸し掛かり、押し倒される。そうして、カイトが思い起こすのは発情期の動物だった。
「発情期の猫か!」
「ふー!」
その言葉を肯定する様に、アウラは再びカイトの唇に貪りついた。
「んー!」
「ん……ふう……おー、やっぱりカイト液は美味」
「何だそりゃ!」
昔にカイト酸かカイトミンとか言っていた気がするが、それの亜種か溶かした物なのだろうか、と心のどこかでカイトは思う。もしくはこの300年で彼女の中に新規合成がされた新物質かもしれない。
「こうなりゃ、ルゥ!……あれ? ルゥ? ルゥさん! 桜華? 月花? ファナ? あれ? なら転移は! 近距離でもダメ! 念話! 無理!」
以前ストラから受けた助言の通り、使い魔達を手当たり次第に召喚しようとするカイトだが、誰からも応答が無い。だが、これは当然だった。それをアウラが指摘する。
「ここ、使い魔の召喚不可の空間。邪魔者は来ないよ? 後、召喚術の研究してるから、転移と念話は出来ない。変なの呼び込まれても困るから」
これは、ある種のルールだった。当たり前だが、異世界の研究を、それも召喚術系の研究をする以上、実際の実験では他の世界から良くないモノを呼び出す可能性は十二分に存在している。それが起点となり、世界が崩壊する可能性さえ、無くはないのだ。なので、周囲の空間と完全に隔離するのは最低限のルールであり、マナーだった。それを、カイトもようやく思い出す。
「な……だが、こんな所で何時も何時も襲われてたまるか!」
「おー?」
カイトは勇者時代もなかっただろう程に、気合と根性で起き上がる。貞操の危機だ。火事場のクソ力だった。そうしてアウラを横に座らせると、ゆっくりと口を開いた。
「とりあえず、落ち着こうぜ」
「うん」
「なあ、姉さん? 一応、オレ達は義理とは言え姉弟だ。良いな?」
「うん」
敢えてカイトはアウラを姉――時々名前では無く、こう呼ぶ――と言い、アウラに言い聞かせる様に語る。
「だから、まあ、こんな事はいけないと思うわけよ」
「んー……でも、許嫁」
「あ……」
アウラからの言葉に、カイトは思わず呆然となる。そう、カイトは養子は養子でも、婿養子に近いのだ。義理とは言え姉弟だから云々、という理屈は通用しなかった。そもそもそう言った関係有りき、のお話だったのである。
「それに、私、頑張ったよ? ほら、綺麗になった」
そう言ってどこかアウラは微笑み、自らの肢体を誇る様に、腕を開いてその裸体をカイトに見せる。出る所はきちんと出ていて、引っ込む所はきちんと引っ込んでいる。その肌は引きこもっていたからか透き通るように白く、彼女ら天族の誇りである2枚の翼もきちんと手入れされている。確かに、約束した通りに、綺麗になっていた。
「……はぁ……」
カイトは自分の負けを、そしてどこか不安げな彼女のかんばりを改めて把握する。
不安なのは当たり前だ。彼女はこの100年。ずっと孤独に耐えて、カイトとの逢瀬だけを心の寄る辺にしてきたのだ。その相手に気に入られるかどうかは、彼女にとって何よりも重要だった。だからこそ、カイトはその答えを行動で示した。
「姉さんは綺麗になったよ。うん、ありがとう」
「ん」
カイトからの口づけを受けて、アウラの眼から涙が流れた。カイトからのキスは、何よりものご褒美だった。それだけで、300年の月日と、100年にも及ぶ孤独と疲労が無くなった気がした。
ただ、弟ともう一度出会い、褒められたいが為。それだけの為に100年も孤独に、カイト達とは別の戦いを続けていた彼女の純粋で無垢な想いを拒む事は、カイトには出来なかった。いや、誰にも出来ないだろう。
そうして、アウラは最愛の義弟と数百年ぶりの、カイトは数年ぶりの義姉との逢瀬を得るのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第270話『再開』