第268話 消失 ――未知との遭遇――
カイトは試験の開始と共に、魔導機を天高く舞い上がらせる。そうして、コクピット内部のモニターに表示される状況を、適時ティナに報告する。
「各部良好。此方の情報だとまだ強度等に問題は無いな。外気温は摂氏10度。寒いな。凍結とかは大丈夫なのか?」
『そちらは問題ない。曲がりなりにも魔法銀じゃし、対策もしておる。では、次に脚部バーニアを点火してくれ』
まさか高度の上昇に伴う気温変化に対処していないなどという初歩的なミスはしていないだろうが、と思ったカイトの問いかけに、ティナが呆れながらうなずいて、更に指示を飛ばす。それを受けて、カイトは操作系を操作して、飛翔機に火を入れた。
「脚部バーニア点火……問題無し」
『うむ、此方のモニターも問題無し。では、一度脚部バーニアを切って、グレイスのブースターユニットを点火してくれ』
「了解……脚部バーニア・オフ。グレイスのブースターユニット点火」
一度脚部のバーニアを切ったことで、速度が落ちるが、今度は大剣のブースターが点火したことで、再度加速する。
『良し、では再度グレイスのブースターをオフにして、大剣を変形させ、ブレード・ウイングを展開。その後、再度のブースターの点火じゃ』
「了解、ブレード・ウイング展開……展開状況問題無し。グレイス・ブースター点火……問題無し」
カイトの操作に合せて、大剣が翼の如く開かれる。そして再度グレイスのブースターユニットに火を入れた所で、奇妙な声が響いてきた。
『では、次は補助……む? どうした?』
計器を観測していたティナだが、更に試験の指示を飛ばそうとして、カイトの顔がどこか遠くを見る物である事に気付いて問いかける。
『あの、カイトさん?』
ティナの様子に気付いた瑞樹が割り込んで問いかける。どうやら向こう側でも何かおかしなことが起こった、と理解出来たらしい。少し慌てた様子だった。
「何だ?……そうか、もっと速く飛びたいか。良いだろう」
それら一切を無視して、カイトは獰猛な笑みを浮かべ、頷く。
「全ブースター点火。補助スラスター、オン。これでいいのか?」
自分達の問いかけを無視して全ての加速装置を点火し始めるカイトに、ティナが目を見開いて驚いた。そんな指示は一切していないのに、まるで誰かからの指示を受けている様子だったのだ。ティナでさえ理解出来ない現象に、彼女が滅多にない焦りを浮かべる。
『何をしておる! そんな指示しておらんぞ! ……何!』
何か異変が起こった、それを察知したティナは、カイトから操縦権限を奪おうとするが、魔導機側から拒絶される。自分が設定していないシステムが、彼女の干渉を拒んだのだ。
「くっ……結構持っていかれるな。だが、悪くない」
全部のブースターを点火したことで、カイトに掛かる負担も加速度的に増大するが、カイトは更に獰猛な笑みを深める。戦いと同じ感覚が、彼の身には宿っていた。そうして彼は、誰かと会話を続ける。
「そうか、お前もか……ん? 成る程、こいつを使えばいいのか。んじゃ、いっちょ全力でやるが、くたばんなよ? お前がくたばると、オレも拙いからな」
どうやらその未知の存在との会話内容は、カイトにとっていたく気に入った物らしい。カイトはティナから説明されていない動作を行なう。
それに合せて、背面に取り付けられた魔力の強制排出口から、膨大な魔力が放出される。それによって、多少のロスが生まれ、速度が落ちる。
『おい、カイト! お主何と会話しておる! いや、それより何故此方からのアクセスが拒絶されるのじゃ!』
「ちょっと、黙ってろ。おい、なんかBGM掛けろよ。ロックなの……あ? わからん? しょうがない、確か洋楽のロックって欄にあったはずだから、適当に掛けろ」
それに合せて、コクピット内部にはロック調の音楽が流れ始める。だが、それは直ぐに変わった。
「……ん? こっちの方が良い? まあ、好きにしろよ。お前の誕生祝いだ」
カイトの言葉に応じて、別の曲のまま、固定される。掛かったのは、和製アクションゲームのクールだが、ノリの良い派手な曲であった。どうやら、入っていたゲームの特典サウンド・トラックのデータから引っ張ってきた様だ。カイトの音楽プレーヤーに入っていたのだから当然だが、カイトの好みでもあった。
だが、そんなカイトと魔導機の行動に、ティナは本当に心の底からの焦りを浮かべる。何が起きているのか、彼女の知識を以ってしても、理解が出来ないのだ。
『誕生祝い? 何のことじゃ?というか、何故勝手に曲が掛かっておる! お主さっきオフにしたはずじゃ! 何故なんの操作もしとらんのに音楽が掛かる!』
だが、ティナの疑問を無視し、カイトは魔力を総身に漲らせる。
「んじゃ、行くぜ! 全ブースターフル・スロットル! うぉおおおおおお!」
カイトの雄叫びに合わせ、魔導機の機体全身に膨大な魔力が宿る。それに合せて、キィンという澄んだ音が響き、背部の魔力排出口が全展開され、6対の排出口からは、まるで翼の様に虹色の魔力が噴出する。
更にはブレード・ウイングの先端からは巨大な魔力の刃が生まれ、周囲の空間を切り裂いていく。そして、カイトは音を遥か遠くに置き去りにして、更に天高く舞い上がった。そうして、一瞬だけ、カイトは横に不審な物を見つける。
「あれは……アウラの空中庭園……なのか? 気のせいか?」
カイトは見慣れて、そして忘れる事の無いある物体の存在に気付いて、思わず瞠目する。しかし、音速を遥かに超える速度で動く魔導機は一瞬で通り過ぎ、振り向いても既にそこには何も無く、真偽の程は確認できなかった。
そんな光景を焦りを含んで見つめるティナをよそに、他の一同はある種の陶酔を孕んだ目で見ていた。カイトの魔力により生まれた排出口からの魔力の噴射はカイトの魔力由来であるが故に、虹色だ。
それ故に、まるで魔導機から虹色の翼が生えている様だったのである。それは青空の下で、兵器が出すとは思えない程に非常に綺麗だったのである。
「綺麗……」
カイトの乗る魔導機から生えた6対の翼を見て、桜が呟く。それは神々しくもあり、神を象った様にさえ思えた。そして、それは同じくお嬢様で見識の深い瑞樹も同じ印象を抱いていた。
「まるで神話に語られる堕天使ですわね……」
「それの様に堕ちねば良いがの……全く、無茶しすぎじゃ……機体の各部にオーバーパワーによる内部破損が生じておる……終わったらオーバーホールせねばならんのう……次の試験はまた先延ばしになるのう……はぁ……」
瑞樹の言葉を聞いて計器を観測しながら溜め息を返したティナだが、そんなティナの言葉に、ユリィが小さく、楽しげに呟いた。
「その前に、皆がカイトに堕ちてるけどねー……まあ、でも……今度は、堕ちないでね」
楽しげで、どこか物悲しげなユリィの呟きは誰にも聞かれる事なく、風に乗って消えるのだった。
そんな一同の事は露知らず、カイトは尚も楽しげに空の散歩を楽しんでいた。
「機体各部への影響は? 此方のモニターからは問題ない。まあ、内部断裂は気にするな。元々覚悟してたんだろ?……と、そうだ。ティナ途中に何か見えたんだが、そっちで確認出来ないか?」
全力で飛翔した後、カイトが出力を落として問いかける。尚、外気温は既に零下を大幅に下回っている。まあ、既に高度10万メートルなぞ遥か後ろだ。これぐらい寒くて当然だった。
『……今の所は許容範囲内じゃ。後、何か、とは何じゃ?』
少しだけムスッとした表情で、ティナが答える。当たり前だが理解不能な行動をやられた挙句、無視され続ければ彼女だって怒りもしよう。
「いや、なんか庭みたいなのが見えたんだが……つーか、墓見えた」
『墓? ああ、あの墓か。いや、此方からは何も捉えておらぬが……で、一体何が起きておるんじゃ?』
カイトの問いかけに計器を見直すティナだが、そんな墓の様な物は見受けられなかった。まあ、機体に取り付けたカメラの幾つかがカイトの馬鹿の所為で弾け飛んでいたので、その影響が大きいのかもしれないが。そうして調べた後、ようやく問いかけに答えてくれたカイトに、ティナが問い返す。
「そうか……気のせいだったのかもな。どうにもこいつに意思が宿ってたらしい。よく言うだろ? 人型に力を入れてはならない、って」
『何じゃと!?』
「で、そいつが言うんだよ。もっと速く、高く飛びたいってな。どうやら、こいつは空を飛ぶのが好きな奴らしいな」
『嘘、と言いたいところじゃが……判断出来ぬな』
カイトの言葉に、ティナが現状での判断を保留する。判断に足りるだけの情報が無いのだ。それに先ほどカイトは未だ説明していない機構を勝手に、まるで導かれる様に見つけ出していた。それが魔導機そのものの意思であるならば、説明が出来る。なので、今の判断を保留したのであった。
「にしても……さすがに数ヶ月前からほっぽってたのはひどい、ってさ。なんだよ、帰ってから二ヶ月ぐらいで試作機のひな形は出来てたんじゃないか」
『うぐ……武器やら何やらは出来ておらんでな。まあ、歩いたり程度は出来たんじゃが……』
「まあ、技術者として万全を期したんだろ? それはわかってるってさ。只、ほっとかれたのが気に入らないだけだそうだ」
どうやらティナはティナで色々とやっていたことは、魔導機側でも把握していたらしい。被造物に苦言を呈されて少し慌てふためくティナに、カイトは微笑みながら告げてやる。
『む、それはスマヌと思うておる。じゃが、放っておいたわけではないぞ? きちんとメンテナンスや調整はしておったし、その間外装なども取り付けておった』
「だ、そうだ。……成る程、知ってる、ってさ」
『それは分かったが……お主、何処にその知性が宿っておるかわかるか?』
それに呼応するように、コクピット内部のカイトの目の前にある赤い球体が光る。その様子はコクピットブロックに取り付けたカメラを通して、ティナからも把握出来た。
「……オレの前にある球体だそうだが……これは?」
『おお、お主と機体の間の遣り取りをするメインユニットか。そちらはお主の専用機に移植する予定の奴じゃな。動作は周囲の魔法陣でトレースしておるが、武装等の変更には搭乗者の意思を魔力から読み取って行っておる。それを行っておるのが、そのメインユニットじゃな。一応それに人工知能を搭載することで、機体の補助をするようにしたかったんじゃが……天然物が出来たか』
ティナは少しだけ残念そう――作ろうと思っていたのに、勝手に出来ていた為、残念なのである――ではあるが、同時に嬉しそうに頷く。自分でも初めて見る現象を見て、子供の様に興味深々なのであった。そうして彼女はカイトからの言葉を聞いて、納得した様にうなずいて更に続けた。
『何故かある時赤く変色したので可怪しいとは思っておったが……何ら不具合は無かったので時折ある最高品質の魔石特有の現象と流したのじゃが……そういうことじゃったか。もしやすると、他の変色するという話も意思が宿ったのやも知れぬな』
言われてみてティナは納得する。そんなこともあるのか、と物珍しげに頷いていた。
「成る程。もともと意思を宿せるようなっていた部分に、魔力を流したことで意思が宿ったわけか。まさに、魔力とは意思の力、ということだな」
正解、というように、目の前の球体が光る。それに、ティナはいよいよ、魔導機に宿った意思の存在を確信する。が、続いたカイトの言葉に、ティナは首を傾げる事になる。
「まだ、生まれたての所為で話したりは出来ないようだが、何時かは出来るようになりたい、とのことだ」
『……お主はどうやって読み取っておるのじゃ?』
てっきり声が聞こえていると思っていたティナ。不審げに問いかける。が、そんなティナに対して、カイトが悩みながら答えた。
「ん? そりゃ、んー……あれ、どうやってんだろ? なんか女の子の声がするかと思えば、こいつだった、的な? 頭に響いている感じ? 多分、あれだな。双方向に遣り取りしてるから、紛れ込ませてんだろ」
どうやらメインユニットに宿った意思そのものも確証は無いらしく、弱々しく光る。一人と一個共になんとなくわかるのだが、どうやって、と問われれば、分からないらしい。まあ、二人共技術者や科学者では無いので、仕方がないといえば、仕方がないだろう。が、ここでカイトが放ったある単語に、ティナが思わず呆れ果てた。
『また女か……お主の願望ではあるまいな?』
まあ、さしものティナも、無機物まで女性化されては呆れるしか無いだろう。しかし、ティナの言葉を否定するように、メインユニットが何度も強く光り輝く。どうやら女であることは否定しがたい事実なのだろう。
「だ、そうだ」
『わからん』
「曰く、お前が調整とかやってたから、どうやら女性的な因子が表に出たらしい。もしオレだったら男だったのかも、て」
見れば分かるだろう現象をあっけらかんと返したティナに、カイトが聞いたままを伝える。彼女の言だと数ヶ月もの間ティナという膨大な力を持つ者が調整を行っていたので、女性的な意思が宿った、との事だった。しかし、この説明をされて、ティナも思わず納得するしかなかった。
『む、そう言われれば納得するしかあるまい……魔力の波形には男女の差がある、とは聞く話じゃ。それの影響やもしれぬのか……』
ありえない話では無いので、ティナが不承不承に納得する。が、やはり未知の現象だ。どこか納得が行っていないのは、仕方がない。
「まあ、本来はもっと時間が掛かるらしいんだが……お前が強すぎた所為で5ヶ月程度で意思が宿ったらしいな。更にオレが乗ったことで、急加速に成長、オレと遣り取り出来るようになった、というわけらしい」
『成る程の。偶然中の偶然、というわけじゃったのか』
これがもし、調整していたのがティナではなかったのなら、まだ宿っていなかったのだろう。それを考えれば、この二人の組み合わせであったからこそ、意思が発露したのであった。そうしてティナが全ての情報を精査しようとして再び計器に目を落として、大慌てで声を張り上げた。
『っと! おい、カイト! そろそろ停止しろ!』
「あ?……まだ飛ぶってよ。んじゃ、最後にもう一回全力やっか?……良し、良い返事だ! おぉおおおお!」
一人と一機が吼える。魔導機は再び背面に翼を展開し、一気に急加速して上昇を始める。最後と言うわけで、お互いに最大限の力を放った様だ。今までで最高の加速度、いや、設計限界を超えた値を記録する。
『おい! バカイト! それ以上はならん!』
「おぉおおおおおお……お?」
ティナが止めるのも聞かずに、上昇を続けたカイトとその愛機――予定――の試作機だが、ふと違和感を感じる。ふと気づけば双子の月が見えたのであった。そうして、カイトは一度機体を虚空に着陸させる。さすがに、これ以上の上昇は危険と踏んだのである。が、もう遅かった。直ぐにティナからの怒声が通信機に乗って飛んできた。
『だから待てと言うたのじゃ、バカイト!……お主、あの時点で成層圏に近づいておった。必然、そうなるわな』
「おい、待て。もしかして、全力でずっとやってたら第一宇宙速度超えんのか?」
ティナは暗に、エネフィアの成層圏を突破した、と告げていた。それに、カイトが頬を引き攣らせて問いかける。その言葉に、ティナは呆れて溜め息を吐いた。
『理論上は、お主の専用機とお主ならば第三宇宙速度まで到達するはずじゃ。じゃが、其奴では第一までも到達せぬ筈じゃったのじゃが……さっき計測した値は最高で第二宇宙速度を超えとるのう。どうやら魔導機とお主の意思が一致し、共鳴したことで相乗効果を生み出し、機体の性能を上昇させたらしいの』
「って、事は、ここって……」
改めて明言されて、カイトが確証を求めて問いかける。それに、ティナが盛大な溜め息と共に、答えを告げてやった。
『宇宙キターじゃな。おめでとうバカイト。お主が栄えあるエネフィア初の宇宙飛行士じゃ。勝手にやりおって……まだ亜空間に固定しておるお陰で宇宙線などの処理も出来ておるし気密性も十分じゃからなんとでもなる物を……この無茶の修復は大変じゃぞ……』
ぶつくさと文句を言い始めるティナだが、それ以前にカイトは不安が過る。宇宙に来たということは、大気圏に突入しないといけなかった。如何にカイトといえど、生身でそんな事が出来るかどうかは知らない。やれと言われても困るし、やったことは勿論無い。
「……どうやって降りるんだ?」
『そのまま落ちろ。一応、理論上は試作機でも肩のシールドを全展開し、更に安全策にグレイスを前面に展開すれば、大気圏突入も問題なく可能じゃ……全く……余の計画を完全無視しおって……離脱用外装ブースターは開発の予定を切り上げるかのう……宇宙戦艦はまだ1年以上先じゃというのに……』
「うーっす……ん? まて、今の台詞何だ? なんかむっちゃ聞きたくねえ言葉入ってんぞ」
最後の台詞に気付いて、カイトは思わず突入準備を整えながらティナに問いかける。それにティナはしまった、と言う顔をして、大慌てでサウンドオンリーという表記に変えた。
『な、なんのことじゃ?』
「降りたら聞くからな? んじゃ、おりんぞー。補佐よろしく」
カイトの言葉に合せて、メインユニットが光る。そうして、カイトはエネフィアの蒼い大地へ向けて、再び加速する。そして大気圏突入を果たし、難なく着地。どうやら、大気圏に突入しても問題無さそうである。まあ、機体は使い手がカイトの所為で出力に耐え切れなくてボロボロだが。
そうして魔導機が地面に降り立つと同時に、カイトは馴染みの顔に気付いて、コクピットブロックから顔を出して挨拶する。
「おーす、ただいまー。なんだ、ティア、ミース、来たのか」
「うむ、ミースを此方のギルドホームへと送る予定じゃったからのう」
そこに居たのは手を振るティアとミースだった。大分と環境が整ったことと、学園に残っている生徒の精神的なケアが一段落ついたことで、ミースが本格的にマクスウェルの街のギルドホームに詰める事になっていたのである。此方にもけが人が多いので、この間の降霊術の一件の様に最悪の事態が起こった時に備えてもらうことにしたのだった。
ソラ達上層部の面々が今日公爵邸に来ていたのは、その迎えの為であった。カイトとティナも同じく迎えに来ていたのだが、少しだけ早目に来て、魔導機のテストを行っていたのである。どうやらカイトの暴走の所為で、庭で合流する事になってしまったようだ。
「カイトー、荷物の運び込み終わったから、後でギルド加入申請書に署名お願いねー」
そう言ってティアの横の手を振る。大抵は彼にぶん投げだ。それが、許嫁の在り方、とは彼女の言である。まあ、カイトも慣れているので、文句は無いが。それに返事をして、カイトはコクピットブロックから飛び降りる。
「了解了解。んじゃ、後で執務室に持ってきてくれ」
「こぉんの、バカイトが!」
そうして機体から降りて早々。ティナから拳骨が降り下りる。が、その瞬間カイトがティナを突き飛ばした。
「何!?」
「ちぃ! 油断した!? いや、そんなレベルじゃ」
そうして、次の瞬間、カイトの姿は公爵邸の何処からも、消失した。それも、全員の目の前で。
「御主人様?」
椿が不安そうにそう呟くが、返事は無い。そうして、椿がパタリ、と倒れる。
「椿ちゃん!」
急いで桜が助け起こすが、目覚める気配は無い。そして、桜も誰もが理解していた。消え去る瞬間のカイトの顔が、滅多に無いほどまでに、危機感に染まっていた事に。明らかに、いたずらでは済まされない状況だった。そして、ティナが即座に行動に移った。
「急いで公爵邸全域に阻害結界を展開しろ! カイトを問答無用で転移させるなぞ、相手は相当な手練じゃ!」
「了解です!」
ティナの指示に答えた公爵家の使用人達の顔にも、ソラ達の誰もが見たことのない焦りと真剣さがあった。そうして一度公爵家への指示を出し終えて、ティナは即座に桜達に指示を下す。
「ここにおる者は全員、今の一件を内密にせよ。場合によってはかなりの大戦になる可能性も否定できん。民に無用な心配を与える必要は無い。桜、お主は冒険部には急な依頼でカイトはユリィと共に数日の間外に出る、と言え。ユリィ、お主も近づくな」
一応、今のところでも数日掛かるような依頼では単独受諾は禁止しており、カイトが率先して破る事は無かった。少なくとも、ユリィと一緒に受けている。不信感を与えないためにも、ユリィと一緒に出た事にするのが、妥当であった。
それを受けて、桜は一度首を振って不安になる心を抑えつつ、今の自分に為すべき事を考えて、頷いた。それに対してユリィは当然だが、即座に了承を示した。
「え……あ、はい!」
「うん、了解!」
「クズハ、余も出るが、今夜は冒険部の防備に張り付く。捜索隊の編成はお主に任せるぞ」
「はい、お姉様! では、私は緊急の捜索隊を編成して参ります!」
全ての指示が飛んだ事で、クズハがフィーネ達を連れて駆け足で公爵邸へと急ぎ、舞い戻る。そうして、カイトの捜索隊が結成されたのは、この数時間後だった。が、その間、カイトは一度も、連絡を送ってくる事はなかったのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第269話『再会』
次回、満を持して彼女の登場です。あ、宇宙艦隊の登場の予定はありません。本編後ぐらいなら、ありえるかも、レベルです。