第17話 閑話 スニーキング・ミッション
第17話で語られている一週間の中で、最終日直前の出来事です。第17話をお読みでない方は先にそちらをお読みください。一部、本編に先行してメインキャラが登場しています。
ネタ回なので、後書きも本編からの続きの様な感じになっています。つまり、いつも以上に長いです。
「待たせたな!」
とある男、否、少年が闇夜の中、建物の側で機械に向かって語りかけた。少年は額にバンダナを巻きつけ、腰をかがめて立っていた。周囲には、同じ年頃の少年たちが数人居る。
時刻は夜20時を少し回った所で、周囲は2つの月が照らす月明かりでしか照らされていなかったが、月が2つあるからか、それなりに明るかった。
「やあ、S……とでも言って欲しい?」
機械から響く声が、陽気に返した。機械、つまりは部活生用に与えられた新型PHSの多人数チャット機能を利用して、統率役となっている生徒に対して言ったのだった。
「なんだよ、オダコン。きちんと乗ってくれよ。せっかくお前をオペレーターに起用したんだからよ。」
そう言うのはS、ことソラである。ソラでSなのだ。
オペレーターの生徒の名前は小田原 紅雲。略して、オダコンなのである。現代文化研究会所属の生徒で、活動内容がゲームやアニメ等であったため、生徒からは誰ともなく、アニ研と呼ばれていた。
ちなみに、彼の名前が紅雲とかなり厳ついのは、彼が小田原流書道の家元の息子だからであった。彼も全国大会で入賞するなどの業績を打ち立てているのだが、趣味はゲームで、彼の部室には達筆で『○欲を持て余す』等という意味の分からない文句が日替わりで飾られていた。
「巻き込まれるこっちの身にもなってくれよ……というか、こういうのなら、僕じゃなくてカイトに頼んだ方が確実なんじゃないかな?彼、こういう統率得意っぽいじゃん。僕も一人二人ぐらいならサポートできるけど、10人以上になると無理だよ。」
「そう思っていの一番に誘ったけど、あいつは不参加だってよ。」
「……それ、カイトから漏れないのかい?」
「さすがにその辺はあいつも容赦してくれる……と思う。」
ソラと共に天桜学園部活棟側に居る男子生徒の一人が、少しだけ不安げに言う。彼もソラとともにカイトを一緒に説得した面子の一人であった。
「翔、時間とルートは確かにあってるんだろうな?」
「おう、この数日間、皆で必死になってえーっと、マクダウェル家?の軍人さんの巡回ルートを探ったんだから、確実だ。巡回ルートの関係で一直線には行けない。この為に三日間寝ずにプラン練った作戦班と、情報収集班に感謝しろ。」
ソラに尋ねられて、翔が手書きの地図を取り出して答えた。地図には詳細な巡回ルートが記されており、ここまでの彼らの苦労の結晶であった。
「おっと、ストップ。少ししたら巡回の……来たぞ!」
その場に居る数人の生徒達が、息を殺して巡回の兵士をやり過ごす。
さて、彼らが公爵家の兵士たちに隠れてこそこそと何をしようとしているのか、というと、答えは単純だ。
「此方HQ!屋上のサムより報告!湯気を確認した!ターゲットはバスに入ったぞ!」
湯気、そんなものが夜に起きる事態は、そこまで多くはない。夜に湯気が上がるとすれば、その多くは入浴だ。そして、今の時間は女子生徒達の入浴時間であった。つまりは、覗きである。
そんなこんなで作戦開始を待っていたソラ達だが、本部と化していたアニ研の部室からの通信で、息を殺して手を合わせた。
「良し!目標ポイントは4階の室内プール!合言葉はワン・フォー・オール!オール・フォー・ワン!」
「ワン・フォー・オール!オール・フォー・ワン!」
男子生徒の音頭に応じるように、PHSから複数の声が響いた。別働隊の声だ。
「チームSはこれよりルートAを使用して、目標ポイントを目指す!」
更にソラの音頭で、一同は息を殺して、密かに部室棟の内部を登り始めた。同じように、別働隊も行動を開始しする。ある者は敢えて見つかり陽動となるため、ある者はソラ達が見つかった時の予備役となるため、行動を開始したのである。
「……っと、この先、通路で3分巡回と遭遇だ。」
そんなこんなで道中少なくない犠牲者を出しながらも、彼らの亡骸を涙ながらに踏み越え、彼らは遂に3階まで辿り着いていた。
「隠れ場所はわかってるな!」
「おう!」
小声で合図を取り、各々所定の隠れ場所へと逃げこむ。ソラが逃げ込んだのは、廊下掃除用の掃除道具が片付けられているロッカーであった。
「誰だよ、こんなとこにグラビアのポスター張ったやつ……」
前の部室はラグビー部であったので、彼らだろう。
「翔、後まだか?」
「……良し!行ったぞ!」
唯一外を覗ける場所を隠れ場所としていた翔が、巡回の兵士が立ち去った事を確認して、PHSへと投げかけた。
『此方オダコン。チームAが2階で捕獲されたよ。』
「サバゲーのチームAが?」
『うん……残念だよ。』
「ああ、尊い犠牲だった……」
ソラを除く一同が鼻を鳴らして、散っていった友を悼む。
「絶対入手して見せるぞ!」
今回の目的は、誰か一人でも、女子生徒達の入浴写真を入手する事だった。その為に、多少の犠牲は初めから考慮に入れていた。
「おう!」
翔の言葉に、チームメイト達が小さく頷く。
『ソラ、どうしたんだい?』
PHSから響くオダコンの声が、ソラが無反応なのに気付いて問いかけた。
「……えーと、こんばんわ?」
「……こんばんわー。」
オダコンの声に対して、帰ってきたのは二人の少年の声。一人はソラの物だが、もう一人はオダコンには馴染みがなかった。チームメイトの一人か、と思ったオダコンは、ソラに対して再度問いかけた。
「何やってるんだい?」
『ソラ、どうしたんだい?天桜学園男子生徒に伝わる秘伝ポイントまで、あと少しなんだ。音頭を取った君が居なくちゃ始まらないだろ?』
「あ!馬鹿!」
ソラがPHSから響いてきた声に、戸惑いながらもPHSの口の部分を抑える。
「覗き?」
「あ、いや!その!」
ソラはしどろもどろになりながらも、対する少年に何とか答えようとするが、その前に、翔が訪れた。
「おい、ソ……あ。」
「あれ、君は……」
そう言って振り返る少年。ここで終わりか、そう思ったソラは、思わず土下座した。
「頼む、アル!見逃してくれ!」
そう、相手の少年はアルであった。
「げっ!」
その他の男子生徒達も、反応の無いソラを不審に思い、見に訪れたのが間違いであった。
「君たち……一体何やってる、って聞くまでも無いよね。」
先ほどPHSから流れてきた声を聞けば、何が目的かなど聞くまでもなかった。そんなソラ達に対して、アルがやれやれ、と言った体で肩を竦めた。万事休す、誰もがそう思った次の瞬間、アルの口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「なんで僕も誘ってくれなかったんだい?」
「へ?」
誰もが唖然となる中、アルはソラを立ち上がらせ、いそいそと隊列に加わる。
「じゃ、行こっか。」
「え?え?」
状況が理解出来ない状況で、アルが問いかける。
「どうしたの?行かないの?」
「お、おう。お前、騎士だよな?」
「騎士だけど……」
「いいのかよ、騎士が覗きって?」
「僕は騎士の前に男でありたい。」
簡潔だが、はっきりと言い切られた言葉は、今の彼らにとって何よりも信頼をもたらした。そうして、一同は無言で握手する。
『おーい、ソラ。大丈夫かい?』
「ああ、オダコン。ジョンを仲間にして、潜入を続ける。」
ソラがオダコンに告げる。ジョン、とは英語で言うところの名無しの権兵衛である為、なんら意味は無い。一応偽名なのは、アルへの配慮からか。
『ジョン?何があったんだい?』
「強力な助っ人が手に入ったぞ!」
小声で嬉しそうに翔がオダコンに告げる。
『???』
オダコンの首を傾げる気配が、PHSから感じられた。
「へー、こんなので連絡を取り合ってるんだ。」
アルはソラ達を興味深げに観察している。初めて見る携帯電話に、興味津々であった。
「ああ、これか?まあ、ホントなら携帯でも使いたかったんだけどな……って、それは後だ!急ぐぞ!」
そうして、一同は更にアルを加え、5階の室内プールを覗ける天桜学園男子生徒秘密の覗きポイントまで、再び潜入するのであった。
「うむ!こういった大きな風呂も良いのう!」
一方、魔術で改装してお風呂と化した適度な深さと温度の室内プールでは、現在ティナを含めた女生徒達が入浴していた。ティナは滅多に無い巨大なお風呂に、かなりごきげんであった。身体を洗い終え、室内プールの前で、その裸体を一切隠すこと無く、胸を張って高笑いしていた。
「ティナちゃん、前は隠そうよー。」
未だ身体を洗っている最中である由利が、いくら女しか居ないとは言え一切隠さないティナに苦笑して注意する。
「ティーナーちゃーん!」
そんなご機嫌なティナに、魅衣が後ろからティナの胸を掴む。
「きゃう!魅衣!やめるのじゃ!」
後ろから羽交い締めの要領で胸を掴まれた―もしくは揉まれた―ティナは、お風呂の熱気以外の要因で顔を朱に染める。
「え、何このすべすべ……もち肌……」
「えー。」
魅衣に触発され、シャワーで泡を流していた由利が一旦手を止めて、ティナのふとももに手を伸ばした。
「わー、ホントだー。うらやましー。」
「きゃう!……いい加減にやめよ!」
ティナがなんとか身を捩って二人から脱出し、隠すように身体を掻き抱くティナ。
「よいではないか~」
どこかおっさん臭いセリフを吐く魅衣に、ティナは危険を感じて一気にプールに入って、腰掛ける。
「あ!もう……」
逃げられた魅衣は少し残念そうに、ティナの横に座る。
「にしても……思ったんだけどさ。ティナちゃんってやっぱり……生えてない。」
小声で呟いた魅衣が、ティナの下半身に目を遣る。
「何じゃ?」
「ううん、なんでもない……ほんとに私と同い年なの……」
「???」
「ムダ毛も一切無いしねー。」
首を傾げるティナの横、魅衣とは逆側に由利が腰掛ける。
「む?それは、まあそうじゃな。」
魔術によって一切の身体機能を操作できるティナにとって、ムダ毛を生やさない様にすることなど、朝飯前であった。そもそも、この子供の姿とて、作り物なのだ。ムダ毛処理程度造作もなかった。そうして、暢気に女子会じみた会話を繰り広げていると、ふと、プール全体がざわめく。
「……負けた……」
ある女生徒が、絶望感を滲ませながらお風呂に沈む。
「……あれを同じ女だと思うから、負けたと思うのよ。神よ、悪魔よ、人類外、そう思うの。」
ある女生徒は、もはやヒトではないと思うことで自らを鼓舞する。
「皆さん、楽しそうですわね。」
「そうですね。そういえば、瑞樹ちゃんと一緒に入るのは、初めてでしたっけ?」
「楓さんとは一緒に入ったことがお有りなんですの?」
「ええ、これでも幼馴染みですし、お祖父様達が仲が良かったので、それなりにお泊り会などもしていました。」
そう言って桜と女生徒が楽しげに室内プールに入浴する。女生徒の名は神宮寺 瑞樹。
大和撫子然とした桜に対し、彼女はお嬢様然とした、プロポーションが非常に取れた美少女であった。彼女は英国人のクォーターで、髪は金色、目は青、どこからどう見ても外国人であった。身長は桜よりも若干高い程度だが、胸や尻などは桜よりも目に見えて大きかった。天道財閥と双璧を成す大企業神宮寺の娘の一人である。
ちなみに、神宮寺と天道は両方共が日本を代表する大企業で、企業分野も多少被っており、企業同士の仲はそれなりに険悪なのだが、当人たちの仲は至って良好であった。
「負けた……」
その二人に遅れること一歩。かなり落ち込んだ様子の女生徒がゆっくりと虚無感を滲ませながらその後ろを歩いていた。此方の女生徒の名は、桜田 楓。桜田校長の孫娘であった。彼女は身長こそ桜と同程度だが、胸や尻と言ったパーツは桜よりも小さかった。ただでさえ幼馴染みの成長っぷりに絶望感を抱いていたのに、おまけとばかりに更に上の瑞樹が現れたのだ。絶望を通り越して、もはや虚無しかなかった。
「おお、桜。お主も来たのか。」
「ええ、カイトさんも手伝ってくださっていましたが、さすがにここ最近忙しかったので……今日はゆっくり入ろうかな、と。」
既に転移してから6日。多くの生徒達が復帰し始め、なんとか平静を取り戻し始めていたのであった。その為、それに合わせて生徒会や教師たちも忙しくなっていたのであった。
「あら、此方は……」
「ああ、瑞樹ちゃんは初めてでしたっけ?ティナさんです。」
「ユスティーナ・ミストルティンじゃ。」
「神宮寺 瑞樹ですわ。」
そうして、由利や魅衣、楓も含めて自己紹介し終え、一同は再びのんびりとお湯に浸かるのであった。
「良し!4階を突破!」
丁度その頃。ソラ達はアルの助けを借りながら、4階を足早に突破していた。アルの魔術によって姿を隠した為、見つからずに済んだのだ。
「でも、どうするんだい?これから先は姉さんが守ってるよ?」
そう言って一隊の中頃に居たアルが問いかける。
「へへ、ちょっと待ってろって……こっから更衣室に入るんだが……お、あったあった。」
そう言ってソラが取り出したのは、室内プールに続く更衣室の鍵だ。当然だが、男性用更衣室の物である。
「まあ、更衣室の一角って実はプールと隣接しててな?それを知った大昔の先輩の一人が、密かにロッカーの間の隙間に穴を開けて、覗ける様に改造したんだと。」
彼らも、彼らの先輩もまた、又聞きの形式で聞いたことなので、正確ではなかった。しかし、そんなことは重要ではない。重要なのは。
「覗けるの?」
「おう。確認済みだ。」
そういうのは、一同の最後の案内役たる水泳部の男子生徒だ。彼は実際に、女生徒達の水着姿を覗くため、何度か利用したことがあるらしい。鍵を持ちだしたのも、彼であった。
「良し!開いたぞ!」
そう言ってソラが扉の鍵を開け、静かに、小さく扉を開ける。
「おい、急げ!誰か来る前に、閉めるぞ!」
中に入って後ろを振り向いたソラが、後ろに続く面子を手招きする。
「よっしゃ!」
そうして、全員が室内に入室し、扉を静かに閉める。そして、中から鍵を掛けた。それが、彼らの逃げ道を塞ぐとも知らずに。
「良し!おい、誰狙いだ?」
水泳部の男子生徒が、一同に向かって問いかける。
「俺は……まあ、天道さんだな。」
言い出しっぺということで、水泳部の男子生徒がまずは暴露する。
「神宮寺様を撮れれば、幸いだ。」
そう言うのは、とある男子生徒。
「俺は……ティナ様で。」
別の男子生徒がそう言う。彼は途中で合流出来た、数少ない別働隊の生き残りであった。
「ロリコンかよ。」
「なんだよ、そう言うソラは誰だよ。」
「あ?……まあ、……だ。」
ボソリ、と頬を朱に染めて呟いたソラの声は、あまり聞こえなかった。
「あ?誰だよ。」
「だから!」
「おい!大声出すな!」
「っと……ここを曲がった角のロッカーと壁の間がもく……て……き……」
翔がソラの口を抑えた所で、先頭を行っていた水泳部の男子生徒の動きが止まる。
「おい、どうした?」
「詰んだ。」
水泳部の男子生徒が、硬直した状態で答えた。
「へ?」
先頭の男子生徒が曲がり角から出たところで止まったので、後ろのソラや翔達が疑問に思い、顔を出した。そこには、一人の美少女が仁王立ちしていた。
「皆さん。こんな時間に、こんな場所に、何の御用でしょうか?」
目的の場所の前に仁王立ちしていたのは、リィルであった。
「姉さん……」
「アル!貴方もですか……」
深く、非常に深く溜め息を吐くリィル。頭が痛いとばかりに、こめかみを抑えていた。
「えーっと、これは……」
なんとか言い訳をしようとしている翔だが、リィルは問答無用と槍を構える。尚、槍は刃引きしている。
「問答無用です!」
そうして、逃げ道を失った哀れなネズミたちが、ネズミ捕りに掴まったのであった。
「あれ、何やってんの?」
風呂から上がり、湯上がりに窓辺で牛乳を飲んでいた魅衣が遠く、グラウンドで正座させられているソラ達を指さす。
「さあのう。何ぞ馬鹿でもやろうとしたのではないか?最近、魔術を使えないか勉強しておったしの。大方模擬戦とか言いつつ、何ぞ変な術式でも使ったのじゃろう。」
事情を全て知るティナが笑ってソラ達を見下ろし、コーヒー牛乳を呷る。リィルがあの場に居たのは、ティナの差金であった。学園入学時に魔術で学園全体を走査した彼女は、例の覗き穴の存在を知っていた。更に、彼女は密かに部活棟に出入りする人間を見張っていたので、始めからソラ達の動きは全て知っていたのであった。
「ふーん。ま、ソラも居るしそれもそっか……あれ?あれってアルって子じゃなかったっけ?」
そう言って牛乳を呷る魅衣。
「そうだねー。ティナちゃん、あれってアルってヒトであってるー?」
「おお、そうじゃ。大方あ奴が教えたんじゃろ。」
その説明に納得したのか、魅衣と由利は湯冷めしないように、窓辺から離れる。それを確認し、ティナは小声で呟いた。
「ふん。まあ、あそこまで頑張った褒美に、少しは花園を拝ませる権利を与えても良かったのじゃが……ここには心に決めた者もおろう。その者達と、想い人達に失礼じゃ。悪く思うでないぞ。」
ティナはそう言うと残ったコーヒー牛乳を飲み干し、小さく微笑むのであった。
「リィル。アルには後で余が直々に特別メニューを課す。あまり虐めてやるな。余の分を取っておけ。」
念話を用いてリィルにそう送り、ティナは一度、自室に戻るのであった。
お読み頂き有難う御座いました。