第261話 過去と今が交わる時 ――カイトの仲間達――
のっそりとした動きで、第二会議室の扉の前に立ったソラ達。中からは、楽しそうな声が聞こえてくる。
「……はぁ。おっしゃ!」
溜め息を吐いて、更に気合を入れて扉に手を掛けるソラ。しかし、一向に扉を開ける気配が無い。それに、由利が首を傾げて問いかけた。
「どうしたのー?」
「……いや、開けたくないな、と」
「いや、そこは男として開けなさいよ」
気合を入れたものの意外な小心さを発揮したソラに、魅衣が呆れ返ってため息を吐いた。とはいえ、魅衣は決して扉に近づこうとしないが。
「……ああ、ソラ。お前も呼ばれたのか」
そうして、しばらく決心しかねていると、同じく非常にのっそりとした動きで瞬と凛、そしてアル達先ほど戦っていた面子でも特に目覚ましかった者――具体的にはルクスに認められたエルロードと息子二人、ブラスとリィル、カイト相手に最後まで立っていられたティーネ――が現れる。
全員、顔が非常に嫌そうであるか、緊張で強張っていた。嫌そうなのが冒険部の面々で、強張っているのが公爵家の面々である。彼らも全員呼び出しを受けたのである。
「……先輩、どうぞ」
瞬達が来たのを見て、ソラが即座に瞬にドアを開ける事を譲る。
「いや、お前がやれ、先に手を掛けていただろ?」
「いえいえ、先輩こそ、どうぞ」
「いや、お前が……」
そう言って譲りあう二人を前に、遂に魅衣の堪忍袋の緒が切れた。
「あー、もう! いい加減に開けなさい!」
そう言って、ガラガラ、と大きな音を上げて扉を開ける。
「うわあ! びっくりしたー……」
そうして扉を開けると、大きな音を立てて勢い良く扉が開けられたので、中のルクスが驚いていた。居たことには気付いていたが、まさか勢い良く開くとは思っていなかったのだ。それでも、紅茶を落とさない当たり、英雄というわけか。
「お前ら……ノックぐらいしたらどうだ?」
カイトは大きなソファに深く腰掛け、頬杖をついて気怠げな顔で座っており、逆の手でその胸にしなだれかかるティナの髪を弄んでいた。クズハとユリィがその横に、ユハラとフィーネがその世話をしていた。どうやらステラも隠形の魔術を解いて会話に参加していたらしく、姿を見せてカイトの後ろに立っていた。
「魅衣よ、友として一つ言わせてもらえれば……時折、お淑やかさを無くすその癖だけは、直した方が良いぞ?」
勢い良く扉を開いた人物を見たティナが、呆れて苦言を呈した。
「あう、ごめん……」
ティナの苦言はもっともな物なので、魅衣が真っ赤になって照れる。もともと少々ガサツなのは彼女の家柄に起因することであるとは知っていたのだが、当人がおしとやかで無いかどうかは、また別だろう。それ故の苦言だった。
「ほう、これが日本の学生たちか……まあいい、入れ」
苦笑しつつもそう言って、ウィルが偉そうに一同に入るように命ずる。ここらは、皇族としての癖であった。そんな彼は足を組み、偉そうに頬杖をついてソファに深く腰掛けている。おそらく最も偉そうなのは魔王であるティナでは無く、彼だろう。
「あ、すいません……失礼します」
そう言って魅衣が真っ赤になりながら、一礼して入室する。そうしてそれを見て、ティナが後ろの一同に対して、入室を促した。
「ほれ、お主らも入らぬか。いくら祭りがまだ続いておるからといえ、そんな所に突っ立っておっては通行の邪魔となろう」
「えっと……失礼します」
まず、最も扉に近かったソラと瞬が一礼し入室し、最後は最も遠かったエルロードら特殊部隊の隊員たちが入室し、扉を閉める。
「まずは、諸君。ご苦労だった。今日一日、非常に楽しませてもらった」
「いや、なんでお前が一番に言うんだ」
全員が入室し、開口一番で労いの言葉を掛けたウィルに、カイトがツッコミを入れる。
「む?……確かに、それもそうか」
つい癖で労いの言葉を掛けたウィルだが、正式に招かれたわけでもないのに一番始めに労うのはどうかと思ったらしい。カイトの言葉に少し照れた様子で苦笑していた。が、そんな様子の二人に対して、夫婦揃って姿勢正しくソファに腰掛けているルクスが口を開いた。
「まあ、間違っちゃいないんじゃないかな? 一応、彼も観客だったわけだし」
「まあ、な。だが、この場合はクズハが最適じゃないか?」
「そういう意味では、お兄様が最適の様な気も致しますが……この場には、正体を知る者しかいませんし、概ね企画立案はお兄様です。お兄様が労うのが適切かと」
立場で言えば、皇帝であるウィル、公として見るならば、今回の最上位の賓客であったクズハ、カイトの正体を知る者しかいないのであれば、第二回トーナメントの総責任者であるカイトが労うのが筋であった。それ故のクズハの言葉だった。が、そんな事を気にしないバランタインの鶴の一声によって、とりあえずの決着が着く。
「あん? 別に誰が労おうと問題ねえだろ? あー、これ、マジで俺の現役に欲しかったわ。おい、皇子様。これめちゃくちゃ良いぞ」
物珍しさにマッサージチェアを見つけて腰掛け、ティナに使い方を聞いて気持ちよさを気に入ったバランタインがウィルに至福の表情で告げる。
そうしてバランタインに薦められ、ウィルは物珍しさも手伝ってもう何台か有るマッサージチェアの一つに腰掛ける。そして、その気持ちよさに愕然として、カイト達でさえ滅多に見ない至福の表情を浮かべた。。
「何?……なっ、これは……何故俺の執務室にこれが無かったんだ……」
「気に入ってもらえて何よりじゃ」
そう言って、ティナが嬉しそうに頷く。当然の如く、マッサージチェア等というものは学園に有るはずもなく、当たり前だが、カイトもそんなものに心惹かれたことは無く、ティナに作らせたことは無いので、エネフィアに元々有ったわけでもない。ティナが――公爵邸に密かに建造中の温泉と一緒に――作り、運び込んだのである。
「……まあ、取り敢えず、全員、お疲れ様」
滅多に無い至福のひと時を味わう親友にカイトは苦笑し、とりあえず軽く全員を労う事にしたらしい。更に続けて言う。まあ、クズハやティナ、ユリィが居る関係上、かなり偉そうな態度なのは仕方がないだろう。
「エルロード達も最後のエキシビジョンマッチ、ご苦労だった。それなりの具合に仕上がっていて、満足していた」
「うん、こっちはルキウスが僕の戦い方に気付いてたし、アルフォンスとエルロードは筋は悪く無い。後は、加護をもっと早く使える様になるとベストかな」
カイトの労いに続けて、ルクスが称賛と苦言を織り交ぜた言葉を送る。
当たり前だが、エルロード達とて加護を使えないわけではなかったのだが、使おうとすると、それを見切られて入りの時点で各自潰されていったのである。ソラ達は知らなかったのだが、加護を使うのにも兆候がある。その兆候を見極められて、食い止められるのだった。
「俺ん所は<<豪炎砲>>を使える様になってたな。まあ、悪くねえ。あれと俺のやった<<炎巨人>>以外を見つけられりゃ、集団戦としちゃ上出来だな。その代わり、個人面じゃあ、まだまだ、だ」
「はっ! ありがとうございます!」
入り口の所で直立不動で立っていたエルロード達に、カイトとルクス、バランタインが各々の得た感想を述べる。それを受けた軍所属の一同が敬礼で答えた。そうして三人からのお言葉が終わり、最後にウィルが口を開いた。
「うむ……俺としても後世の軍人である貴公らが育っていて嬉しい限りだ。現在の我が国においては貴公らが最高の力量と聞く。我らが守ったこの国と民を、よろしく頼む」
「はっ! この身命に代えましても、守り抜きます!」
皇帝、しかも歴代最高と伝えられるウィルから直々に頼まれ、一同が震えながら再度敬礼で答えた。
「なーんか、対応チガクね?」
「ふん、威厳の差だ」
どこか拗ねた様子のバランタインの言葉に、ウィルが笑う。そうして一通りの称賛と労いが終わり、ティナが口を開いた。
「で、全員、いつまでつったっておるんじゃ。席は十分に用意されておる」
もともと50人以上居る教員たちを全員収容し、それでもかなり余りのある作りである第二会議室は、かなり広い。全ての机や椅子が撤去された今、人数分以上のソファやテーブルを置いても、問題は無かった。
だが、やはり相手は皇帝や自分達が最も尊敬する始祖達だ。それを前にして座るという行動をして良いのかどうか判断が出来なかったのである。
「いえ、しかし我らは……」
「気にするな。勅令だ」
「はっ! ありがとうございます!」
そう言って、エルロード達は手近なソファへと着席する。流石に皇帝からの勅令では、軍属の彼らに否やはなかった。ソレを見て、お互いに顔を見合わせてソラ達も席に座った。
「勅令って便利だな」
ティナを撫でていた手をクズハへと向け、今度はクズハの頭を撫ぜながらカイトが言う。
「こんな事に使う俺も俺だがな。俺か初代皇王陛下しかいないだろう。兵士や客人を席に座らせる為に勅令を下したのは」
そう言って笑うが、仲間達の誰も、笑ってそれに違和感を覚えない。そして、再び扉が開いた。
「よっしゃ! この最高の機会を逃してなるものですか! カイトくん、インタヴュー、プリーズ!」
真琴が勢い良く入室し、再びドアを勢い良く閉める。魅衣よりも遥かにお淑やかさが存在していなかった。真琴は呼んでいなかったのだが、どうやらこの機会がかなりレアなチャンスであることに気付いたらしい。大急ぎで飛んできたのである。
「……先輩。先輩はもっとお淑やかさを持たれた方が……」
大人の姿で先輩と言うものだから、若干の違和感があるが、真琴は気にしない。どちらかと言うと、イケメンとなった事でダメージを受けていた。
「うぐっ……って、誰?」
イケメンとなったカイトに言われ、真琴が少しだけ恥ずかしそうに照れた。と、そこで、真琴が見知らぬウィルやルシア、同じく大きな状態のティナに気づく。
「エンテシア皇国第十五代皇帝ウィスタリアス=ユリウス=エンテシアだ」
「ルクスの妻、ルシア、と申します。死人の身ですが、よろしくお願いします」
「やはり気付かぬか。ティナじゃ。ユスティーナ=ミストルティン、2年A組のな」
「クズハ様付きメイドの、フィーネです」
「公爵家メイド長、ユハラですよー」
真琴の疑問を受けて、初見の面子が自己紹介を行う。ステラは一度真琴と会っているので、自己紹介しなかった。真琴率いる報道部が東町の解禁に際して、新聞を作る際にインタビューをしたのである。
「お、何だユハラの嬢ちゃん、メイド長にまで上り詰めてたのか。早く言えよ」
「あはは、バランのおじさんとルクスさんが居なくなって250年。メイド業ずっと続けてましたからねー。お兄ちゃんは今は総警備隊長です」
「へえ、今は彼がやってるんだ。昔は僕が兼任してたけどねえ……」
「ほへ? 全員……本物?」
何故か増えてる英雄たちと後輩の変わった姿に、真琴が唖然となる。
「まあ、死んでるがな。呼ばないと拗ねる奴とか、ナンパ対策、それとメイドが集まっただけだ。気にすんな」
「あはは、大丈夫だよ。さすがに愛しいルシアの前で女の子をナンパすることなんてしないよ」
「まあ、相変わらず上手なんですから」
ルクスをよく知る面子が、ごちそうさま、と思い、居なかったらするのか、とよく知らない面子がそう思う中、真琴がカイトに問いかける。
「ねえ、一体どうやったの? 死んだ人は魔術や魔法を以ってしても、蘇らせられないんでしょ?」
「ああ、無理だ。どう足掻いても、死者蘇生は不可能。これは歴史が証明している……まあ、説明しにくいんだが……生き返ってるわけじゃない。パソコンで例えると、世界の記録から対象となる人物の記録を読み込んで、更にそれを現在にコピペ。そうすると、擬似的には今に対象が居る、ということになる。とは言え、当人は既に死んでいる、というのが世界的な正解だから、時間経過で消されるが」
「うん、全くわかんない」
「うん、オレもそう思う。だが、そういう感覚なんだよ。コピペだコピペ、それで納得してくれ」
カイトはそう言うと、肩を竦める。カイトも感覚的にやっている以上、理論的に説明しようとすればどうしても齟齬が出る。そうして、幾つか疑問に答え、真琴がそれをメモする。そうしていると、窓が叩かれた。
「ん? ああ、クーか」
そう言ってカイトが外に紅い小鳥が滞空している事に気づく。同じく気付いたユハラが、窓を開けて、クーともう一羽の小鳥を招き入れた。クーはティナに言われて、イクサを連れてきたのだった。
「主、連れてまいりましたぞ」
「おお、そうか。ご苦労であったな」
「はい……おっと、ありがとうございますな」
ウィルから投げ渡されたクッキーを見事にキャッチし、それを食べ始めるクー。基本、旅の最中はカイトとウィルが動物型使い魔の餌やり係と化していたのであった。
「ほう……これは見事だな」
そうして、連れて来られた一羽の鳥を、カイト達が注目する。一羽の鳥は、皇都に居るイクサが作った使い魔であった。
「ああ、ティナが見事と称賛するのは仕方が無いな」
どこからどう見ても単なる小鳥の様相に、カイトが唸る。
「お恥ずかしいことですが、全く気付きませんでした……」
初日の段階でその存在を伝えられていたクズハだが、フィーネやユハラも含めて、言われるまで気付かなかったのだ。それほど、僅かな違和感しかなかった。おそらく未だに隠密重視の構成ならば、クズハでさえ、気づいていなかっただろう出来栄えだった。
「初日は偽装重視にしておったからの。気付いたのは余とカイトぐらいではないか?」
「ほう……それは頼もしいな。喋れるのか? 名は?」
そう言ってウィルが嬉しげに使い魔へと問いかける。ティナやカイトでしか気づけなかった、ということは、よほどの実力者でも気づけないということなのだ。それだけの実力であれば十分に誇ってよかった。
そして、彼女は言うまでもなく、皇国の人財だ。それ故に元とは言え皇帝としてそれだけの人材が居る事をウィルは喜んだのだった。
「はっ。まずはこのような使い魔の身での参上、無礼のほどはご容赦頂きたく存じます」
そう言ってイクサが、ウィルに対して臣下の礼を取れぬ無礼に許しを請う。彼女は既に、彼等が本物であるということを疑ってはいなかった。それだけの力量が彼女に備わっている証であった。
「良い。そもそも、俺が呼び出したわけではない。貴公の使い魔をティナが呼び出し、俺が興味をもったまでのこと。その程度の無礼には目を瞑ろう」
「はっ、ありがとうございます。現皇帝陛下の庇護の下、御身がお作りになられた教導院にて教鞭を努めさせて頂いております、イクサ=フィールスと申します。専攻は魔導理論学。それと皇国史とその他幾つかを修めさせて頂いております」
さすがにこの面子相手に横柄な態度で臨む事の愚がわからぬわけはなく、イクサが丁寧な口調で問いかけに答える。尚、彼女の本体は授業中なので、完全に緊張状態となっているイクサを学生たちは大いに不審がっているが、そんな事を気にしていられる場合ではなかった。さすがに彼女も、まさかこの場に呼ばれるとは思っていなかったのだ。
「皇帝直下教導院は今は名を変え、皇国立魔導大学校と名を変えています。ウィル様の居た時代から、更に学科や専攻、学ぶ種族などが多種多様に増えたことに加え、教導院をモデルケースとし、皇国内に学校が増えたことで、名を改めました」
「ほう、それは良いな」
クズハの解説に、ウィルが満足そうに頷く。彼の施行した政策の中には、当然教育制度改革も含まれる。ウィルは特に熱心に教育政策へと取り組んでいた為、それが広まった事が嬉しかったのである。
「彼女は現在の皇国の研究者の中でも、特に有数の力量を持つ研究者として、我が公爵家でも支援させて頂いております。まあ、この様に多少無茶をなさるのが、玉に瑕では有りますが……」
「申し訳ありません」
イクサは本心からの申し訳無さを滲ませて謝罪する。本来ならば、クズハまで報告が上った時点で、何らかの譴責が有るべきなのだが、この力量を見せた事を以て、不問とした。バレた場合でも、公には、新型の使い魔の性能検査である、と言うつもりであった。それぐらいには、今回の使い魔の出来栄えは素晴らしかった。
だが、その程度の無茶は彼らから見れば無茶に入らないらしい。ウィルが苦笑しながら頭を振った。
「その程度、カイトに比べればマシだろう……貴公の様な使い魔を創れるだけの研究者を有せた事、誇りと思う。現代ではないものの、皇国皇帝の一人として、礼を言わせてもらおう。感謝する」
「はっ。身に余る光栄です」
イクサは、その言葉に遠く皇都で戦慄する。死したとは言え、偉業では初代に並び、治世であれば歴代最高と名高いウィルである。本来はありえぬ栄誉、それも、対内的に見れば現皇帝よりも圧倒的な栄誉なのだ。それがわからぬ彼女ではなかった。
「うむ。今後も、その知恵を皇国の為に役立ててくれ。」
「御意に」
そうして、謁見らしき奇妙な会合が終わったので、カイトが本題に入ろうとする。
「さて、これで呼んだ全員が揃……へ?」
そうして、呼んだはずのない三人――真琴も呼んだわけではない――が居ることに、カイトは漸く気付いたのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第262話『過去と今が交わる時』