第256話 伝説の英雄達 ―始祖達と子孫達―
数話前から第XXX話というのがずれていましたので、昨夜の内に修正させていただきました。申し訳ありませんでした。
公爵軍が全員入場し、真琴のアナウンスへ指導が入り、真面目な物に変わる。
『さて、皆さん! 遂に両者入場されました!』
『圧倒的な力を有する英雄たち三人を前に、一体公爵家の皆さんはどの様な戦いを繰り広げるのかなー!?』
他人事だと思って、公爵軍の誰もが、ユリィの言葉に悪態をつく。まあ、事実他人事だし、そもそもユリィがカイトと一緒にならないだけ、マシとも言えた。そうして、ユリィはそんな教え子達の様子を見て、笑いながら声を張り上げた。
『はーい、皆! 他人事だと思いやがって、って顔してるけど、他人事だよ! あ、でもそれだけじゃ可愛そうだから、一つアドバイス! 全員、死力を尽くしても勝てないのは確定してるんだから、取り敢えず全力であたること!』
公爵家が全軍を上げても、当時最弱のクズハに及ばないのだ。死力を尽くしてもカイト達の誰にも勝てないのは目に見えていた。後はどれだけ食い下がれるか、なのである。
『いいの、それで』
『いいのいいの。皆理解しているから』
真琴が頬を引き攣らせてユリィに問いかけるが、ユリィは平然と答えた。まあ、なにせ彼女にとって彼らは教え子だ。なのでいい加減でも良かったのかもしれない。
まあそもそもの魔導学園でのユリィの姿は猫被りなので、本質を知ればこんなアドバイスでも諦められた、という所も大きい。
『えー、っと。よくわかりませんが、あんまり長引かせてもなんなんで……第二回トーナメント、最終戦!』
『エキシビジョンマッチ! 過去と未来の共演!』
『ファイ!』
そうして、開始を告げるゴングが鳴り響いたのだった。
「中軍、お兄様へ向けて一斉攻撃! 両翼の二陣は進軍し、正面のお二人へと攻撃を仕掛けなさい! ただし、全ての準備を整えるまで、行動は開始する必要はありません! それ以外の各部隊の指示は各指揮官に一任します!」
ゴングが鳴り響いて早々、クズハが号令を発し、指示を下した。相手は自分が戦った所で勝ち目の無い相手。そもそも一気に攻め立てる以外に方法はなかった。そうして全軍に指揮を送ると、動き始めた両翼を各々の指揮者にまかせて、クズハは自身が指揮する中軍の指揮に入る。
「お兄様相手に遠慮は無用です! 全力でやりなさい!」
号令に合せて、クズハ自身も率先して多数の魔術を展開する。それに合せて、クズハ麾下の隊員たちも、魔術の詠唱を開始する。
「我々の隊は全軍連携で行くぞ! 天竜と同じフォーメーションだ! 空から行くぞ!」
「メインはアルフォンスで行け! 他は俺と共に援護に回るぞ!」
「了解!」
ルキウスとエルロードが右翼の指揮を取り始め、アルがメインでルクスへと攻撃を仕掛けられるように隊列を組み始める。
「此方は各員で取り囲み、包囲攻撃を仕掛けなさい! <<炎武>>を使える者は時間がかかっても構いません! 使用なさい! あちらは此方が向かうまで行動に出ることはありません!」
対して左翼では戦闘向きでないブラスが、後方から指揮を行う。その指揮を受けて、<<炎武>>を使える者が、準備にとりかかる。後は、全体の行動準備が出来るのを、待つだけであった。
「こっちから行くのは無しだな」
カイトはホルスターから双銃を抜いて、くるくると弄ぶ。クズハ達の魔術を全て、双銃で迎撃する算段である。
ちなみに、彼だけは、本物なのだ。相手方の気合の入り方が何処か悲壮さを滲んでいた。まあ、両翼の方には逆に始祖と戦う事に対する畏怖が多分に滲んでいたが。
「そうしないと、一瞬で終わるからね」
ルクスは剣を抜いて、隊列の変更を待つ。顔には柔和な笑みが浮かんだままで、今すぐ社交場へ行ってダンスすることになっても、問題の無い様な落ち着きっぷりである。ルクスは相手の進軍に合せて、一気に空へと上がるつもりだ。
「ま、戦場じゃないんで、大目に見てやるか」
バランタインはハルバートを担いで何時でも行動に移れるようにしているが、顔は暢気そうにあくびをしていた。ルクスと同じくバランタインも相手の進軍に合せて戦闘を開始するつもりだが、此方はそのまま地面を一気に駆け抜けるつもりである。
カイト達は、クズハ達公爵軍の面々の準備が整うまで、行動に出ることはない。元々、どれだけハンデを課そうとも、彼等の勝利は確定しており、現代の公爵軍の面子、ひいては自身や仲間の子孫達がどこまでやれるようになっているのかが興味の的なのだ。彼等の全力を見る前に、終わらせるのは本末転倒であった。
「ふぁあー。寝み。死人でも眠くなんだな」
一向に戦闘を始められないので、バランタインが大きなあくびをする。そんなバランタインに対して、同じく呼びだされているルクスと、何故か呼び出した張本人たるカイトが少し驚いた顔をして問いかけた。
「それ、ホント?」
「そうなのか? このレベルでの再現はお前らが初めてだからな。相変わらずすげえな、オレ」
「知らなかったのかよ。」
『……すっげー、余裕そうなんですけど、大丈夫なんですか? 結構向こうは殺気立ってますけど……』
あまりに余裕そうな三人に、真琴が心配になって問いかける。相手は曲がりなりにも現代最強の部隊と名高い特殊部隊なのだ。心配になるのも無理は無い。
尚、今回はエキシビジョンマッチということで、放送が内部にも聞こえるようになっている為、問題なく会話出来る。まあ、そんな解説を入れても一切勝敗が変わりそうにない、ということが大きかった。
「あぁー? ああ、問題ない問題ない。この程度なら、あー、ミスラタの防衛戦より楽だろ」
「あれと比べちゃダメだよ」
真琴の言葉にバランタインは気だるげに司会者席を振り向いて、ひらひらと片手を振って大丈夫だとアピールする。そこには一切の気負いは無く、圧倒的強者である者だけが得られる余裕があった。そんなバランタインにルクスも苦笑するが、此方もその程度の認識でしかなかった。が、そう言われても真琴はその『ミスラタの防衛戦』というものがわからない。なので、分からないなら問いかけるまでだった。
『詩織ちゃーん、ミスラタの防衛戦ってなにー?』
『え? あ、はい! えーと、ミスラタの防衛戦……ミスラタは双子大陸のイオシス南部にあった砦の名前です。統一歴前1年に起きた戦いで、連合軍結成前に勇者様一行が防衛に回られた戦いの中でも有数の激戦であったと伝えられています』
詩織は辞書を片手に、解説を開始する。ちなみに、エネフィアでの年号は全大陸統一で統一歴が用いられている。300年前の多大陸連合軍結成を元年とし、それ以前を前何年、後は無記述に何年と表している。
新しく年号を創ったのは、軍事行動を取るにあたり日時をあわせる必要性が有ったのだが、何処かの国の年号を使用しようとなり、それはそれで揉める結果となったのである。
それでは本末転倒なので、カイトとバランタインの苛立ち紛れの『それならいっそ新しく作れよ』という鶴の一声の下、全員が本末転倒である事に気付いた事もあり、新しく年号を創ったのである。
そうして、詩織の解説を受けて、ユリィが解説を続けた。
『現在でもイオシス大陸中央部に位置するヴァルタード帝国の帝都守護を担う砦の中でも最重要の一つだね。帝都を目指す上で最も安全かつ大きな街道を使用するなら、あそこの砦を通過しないといけない。迂回する事もできるけど、その場合はかなり厄介な魔物との遭遇を考慮に入れないといけなくなる。南部から軍勢等の大規模輸送を考えるなら、どうしてもあそこを通らないと行けないかな。それ故に、300年前では帝都へと北上する大規模な魔族軍との決戦場となり、残存するヴァルタード帝国軍の約4割、救援として訪れた勇者一行による大規模な迎撃作戦が行われて、砦は半壊するも、迎撃に成功。この一戦により、各国に大規模な魔族の軍勢相手でも迎撃が可能な戦力が有ることを知らしめ、本格的に反攻作戦が可能となった事を知らしめたという、象徴的な作戦でもあったよ。』
補足説明を入れ始めるユリィに、バランタインが懐かしそうに思い出を語り始めた。
「俺たちゃ、包囲された砦の援軍に、街道じゃなくて獣道通ったなー。あいつは厄介だった」
「懐かしいねー。コカトリスだっけ?」
ルクスが笑いながら当時を思い出す。コカトリスはその特殊能力からランクSに分類される魔物で、単体の戦闘能力はランクB程度で決して強くはない。
しかし、魔力を込めて睨まれるだけで石化させられるというかなり厄介な力を有していたので、ランクSに分類されていたのである。
「お前、危うく石化して石像にされそうになってたな」
懐かしげに笑うルクスを見て、カイトが笑いながら告げる。まだ全員旅の始めの頃で、今ほどは強くは無かったし、ティナも居なかった。その為、ランクSとAの魔物数十体に囲まれ、危うく命を落としそうになったのである。
尚、大戦終了時にはランクS十体程度ならば、誰か一人で十分に事足りる程に強くなっていた。ティナの課した鍛錬のおかげであった。まあ、元からの才能もあったが、ここまでぶっ飛んだ実力になったのはその所為とも言える。
「あぁー……そういやルシア嬢ちゃん、わんわん泣いてたな」
「いやぁ、あれは危なかったね。ホント、アウラに感謝だよ」
カイトの言葉にバランタインは懐かしげに笑い、ルクスは照れくさそうに笑みを浮かべた。
今では当人も良い思い出だが、当時はまだ全員で旅を始めてすぐで、幼い容姿のアウラがかなり高位の治癒術者であると信じられていなかったルシアは、最愛の幼馴染であるルクスが半身以上が石化したのを見て大泣きしたのである。
「お? そろそろ準備できたか?」
懐かしいな、と全員で語り合っていたら、どうやら公爵軍の面々の用意が出来たらしい。バランタインが喜々として武器を構える。
「じゃ、行こっか」
ルクスも武器を構え少しだけ浮き上がり、何時でも飛び立てる状態になる。当たり前だが、彼は何か飛翔機を持っているわけではない。彼自身の力で、浮遊しているのである。
「そだな。お前ら、久々だからって、ミスるなよ?」
カイトは双銃を前面に突き出し引き金に指をかけると、展開する魔術の総数を数え始める。まあ、その数が30を超えた所で面倒になってやめたが。
「カイトこそ、久々の再会だからって、気合入れすぎて失敗なんてかっこ悪いよ?」
「ま、そんときゃそんときだろ。さぁ、ガキども、楽しませてくれよ!」
「総員撃ち方始め!」
バランタインの遠吠えにも似た大声とクズハの斉射命令に従って、魔術が数百発カイトに向けて放たれる。
どれもコレもが単発でランクB程度の魔物ならば一撃で消し飛ぶ様な魔術だが、カイトは獰猛な笑みを持って全方位から迫り来る魔術を双銃で迎え撃つ。そうして、カイトの周囲で、様々な色の花火が上がり始めたことが、本当の戦いの始まりの合図であった。
「おぉおおおお!」
カイトが引き金を引いたのと同時。宙に浮かぶエルロード達へとルクスも一気に距離を詰めて攻撃を繰り出した。
「総員、防御態勢! 密集陣で対応しろ!」
相手部隊の隊長たるエルロードは何ら補助無しで浮遊した挙句、とんでもない速度で迫り来て一瞬で距離を詰めたルクスに驚愕するも、即座に命を下す。
「あれ? この程度は余裕なんだ?」
様子見程度で放った一撃だが、難なく受け切られ、少しだけ嬉しそうにルクスが笑った。まあ、逆にこの程度が受け切れないと流石にルクスでも激怒しかねなかったのだが。
「当たり前です。我らは貴方様の子の子。見損なってもらっては困ります」
「あはは。それはいいね。うん、君たちが僕の直系?」
ルクスの問いかけに答えたエルロードと、その横に居るルキウスとアルを見て、ルクスが問いかける。三人が、集団の中で最も自身に似た気配があったのだ。それに、エルロードは顔を引き締めて頷いた。相手は紛うこと無く、自分達が最も尊敬をする相手。こんな戦いの場にも関わらず少しの緊張が滲んでいたのは、致し方がないだろう。
「は。現当主エルロードと申します。此方は息子で長男のルキウスと次男のアルフォンスです」
その言葉に合せて、二人が武器を仕舞い、最敬礼で答えようとして、ルクスが止める。
「あ、いいよ。敬礼は……君たちは戦闘中に敵に敬礼するのかい?」
「はっ、申し訳ありません。自分は長男のルキウスです。恐れ多くもルクス様より名を頂きました。」
「自分は次男のアルフォンスです。恐れ多くもルクス様の子、アルフレッド様より名を頂きました。」
二人は思わず敬礼しそうになる自分の身体を抑えて、自己紹介を行う。それに、ルクスは頷いて、二人の姿をしっかりと確認する。
「うん、ルキウスは僕に似た体格と、ルシアに似た金色の髪。でも……その目の綺麗な青色の目は僕で何処か端正な顔はルシア似かな。アルフォンスは……うん、間違えるはずもなく、僕に似た顔だね。でも、目はルシアと同じ赤色だ。でも、その銀色は僕の特色が出てるのかな」
自分の子孫が自分と愛する人の血をしっかりと受け継いでいるのを見たルクスは、非常に嬉しそうに頷く。
「じゃあ、今度は僕らの力をどれだけ受け継いでいるのか、見せてもらうよ!」
そう言って、ルクスは一瞬にして隊員の一人の後ろへと移動し、エルロードの部隊の各個撃破を開始するのであった。
「うおりゃあああ!」
ルクスと時を同じくして、バランタインも地を蹴ってその巨体に似合わぬ俊敏さで一気に距離を詰めた。
「総員、避けなさい! 始祖様の強撃は受けきれる物ではありません!」
ブラスの言葉に、リィルを含めた全員が飛び上がる。そして、跳び上がった後には大きな炎の塊が通り過ぎた。ハルバートがバランタインの攻撃に合わせて巨大な火を纏い、巨大な火のハルバートとなったのである。
「どおっりゃああああ!」
跳び上がった一同へ向け、更にバランタインは炎を纏わせたハルバートを振るう。そして、ハルバートから伸びた炎が一同を襲う。
「つっ! させません!」
しかし、衝突の瞬間、ブラスが魔術で創り出した鞭を使用し、炎の軌道をそらす。
「ほー、やるじゃねえか……と言いたいんだが、この程度は様子見だ。出来なきゃ失望だ」
ドン、と轟音を立てて、ハルバートの柄を地面に叩きつけたバランタインだが、そうは言うものの、少しだけ嬉しそうであった。そうしてバランタインは暫く動きを止めて、ブラスの顔をしげしげと観察する。
「お前は……どっかでフォルネウスの血が混じったな? あいつは俺と違って少し病弱だったし、俺とも母ちゃんとも違ってかなりのイケメンだったからな」
フォルネウスはバランタインの三男の名前である。病弱で戦闘向きでは無かったものの、かなりの知恵者として名を馳せた。どうやらブラスが戦闘向きでなく、その顔が端正であることを見て取ったバランタインが、大凡を見て取ったのだ。それを、ブラスは認めた。
「お分かりですか? 4代前の御当主が、従姉妹であったバランタイン様の三男の血筋の娘と婚約されています。そのおかげか、3代前の御当主の妹君はかなりの美姫かつ優秀な戦士であられ、皇室に正妃として召し抱えられまして、現皇帝陛下の祖母として祀られております」
「……げ、ってこたあ、皇族か?」
本来ならば名誉なことなのだが、簡潔にだが自身の血脈の略歴を聞いて、バランタインは非常に嫌そうな顔で問いかけた。彼はもともと奴隷であるし、流れ者だ。なのでかなりお硬い風潮は苦手なのである。
「はい。その際に、それまでの武勲と合わせ、爵位を授かりました。爵位は男爵です」
「うへぇ……お前らよくやってられんな」
バランタインはブラスの言葉に嫌そうな顔を隠そうともしない。当たり前だが彼にも爵位授与の話は幾度かあったが、その全てを断った。バランタインとしては、そんな厄介事はごめんであった。
「あはは、閣下の無茶に振り回された始祖様よりは楽かと……閣下の無茶っぷりは当時からですか?」
主に対してあるまじき言い分だが、バランタインは大笑いしてそれを許した。
「いや、まだ抑えてんな。あれはまだ3割……いや2割か?」
嫌なことを聞いた、そんな顔を全員がするが、バランタインが構えたのをみて、此方も構え直す。
「カイトのあれはまだこっからが本番だ。俺達が最盛期の10%で出て来た程度で無茶だなんだと言ってたら、やってらんねえぞ。本来なら、全力でもやれるぜ?」
「怖い話だ」
そう言って再び指揮を振るい始めるブラスに、バランタインはニィ、と笑みを浮かべる。
「さあ、行くぜ! てめえら全員当分は立てなくしてやるから、覚悟しとけ!」
そう言って再び俊足をもって一同の中心へと躍り込み、全員を相手に大立ち回りを開始するのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第257話『伝説の英雄達』
2015年11月5日 追記
・表記修正
前『彼はもともと奴隷だし、~』
後『彼はもともと奴隷であるし、~』
口調が砕けていたのを修正しました。