第250話 第二回トーナメント―団体戦―
トーナメント3日目となり、カイト率いる一同が去った後の実況席。真琴とユリィが再び席に着いて、実況を再開する。
『失礼致しました。突発で撮影会が開始されてしまいました』
『ごめんねー』
この発言に女性陣一同は満足気に許し、男性陣一同は一部どうでも良いと考える面子を除いて、恨みがましい呪詛を発していた。だが、そんな事を気にするはずの無い二人は再びテンションを戻して、実況・解説に戻る事にした。
『ではでは!気を取り直して注目チームの紹介と、参りたいんですが……申し訳ない!』
そもそもの切っ掛けは真琴の手痛いミスなので、真琴は実況解説席にて頭を下げる。
『さっきので時間食っちゃったから、注目チームの紹介は取り止めなんだー……』
『いや、ほんとーに、申し訳ない!』
そう言って、真琴は再び頭を深く下げる。
『良い! 面を上げえーい!』
頭を下げた真琴に対して、ユリィは何故か偉そうに机の上で威張る。尚、この瞬間だけユリィは魔術で強引にBGMを変更して時代劇風にしていた。多分、気分だろう。
『ははっ! と、こんな馬鹿やってると再び放送委員より怒られますし、選手たちも待っていることなので!』
『最終日、団体戦ー!』
『スタート!』
二人が同時にそう言って、ゴングが鳴り響いたのだった。
「桜華、悪いがサポートを頼んだ。決して攻撃は行なうなよ」
「はい、マスター」
カイト達の初戦の戦場は森林だった。戦闘が開始してすぐ、カイトは桜華から送られてくる視界を皐月へとリンクする。そして、空高く舞い上がった桜華の視点で、皐月は相手チームの旗の位置を確認する。今のところ、敵影は見当たらなかった。
「確認したわ。旗はここから北側に4キロ程進んだところよ。進軍をお願い。」
カイトと皐月は旗の直援として、旗の下で待機することになっている。皐月は打ち合わせの通り、指揮官役として、全体の指揮を行なう予定である。
「了解よ。じゃあ、暦ちゃん、ゆーひくん、前衛、お願いね。睦月、行きましょ」
そう言って年長者の弥生が進軍組の纏め役として、進軍を開始する。
「皐月、お前はあまり前に出すぎるな。」
「ええ。後ろから、全体を把握する。決して先行を許さない。夕陽!前に出過ぎよ!」
『っと!すんません!』
通信機を通して送られてきた皐月の言葉に、やや単独行動気味になっていた夕陽が気づいて後ろへと戻る。
「サポートは任せろ。」
夕陽がきちんと隊列に戻った事を確認し頷いた皐月に対して、カイトが告げる。そうして全身を覆うように纏った大きめのローブを翻し、左手に持った杖の調子を確認する。これを使うのは随分久しぶりだが、今でも、しっかりと手に馴染む感覚があった。
「あんた、ほんとに形から入るの好きね。」
如何にも魔導師然としたカイトの服装に、皐月が苦笑する。当初の予定通り、カイトが魔術師役として、サポートを務めるのであった。
「……これは別にそんなわけじゃないんだけどな。」
やや懐しそうに語るカイトは、背負った荷物の位置を調整する。荷物は真っ赤な布で覆われており、その全貌は把握できないが、カイトの身の丈ほどもある、巨大な荷物であった。
「あと、本当に使えるんでしょうね?」
背中の大荷物を指さし、皐月が眉を顰める。中身については見せてもらっているが、到底使えるとは思えない代物であった。杖にしてもそうだが、今日いきなりカイトが持って来た物なのであった。理由ははぐらかされたが、そこにあった僅かな感情を見て、皐月はそれに了承を示したのだった。
「安心しろ。これだけは、何があっても使い方を忘れん」
「そっちもだけど……秘策よ」
カイトの近接戦士としての印象と、魔術ならばティナという印象のせいで、カイトがあまり魔術が得意ではないというイメージを持っている皐月は怪訝そうな顔で問いかけた。尚、このカイトとティナのイメージは学園生全体が持ち合わせている。
「そっちは何回も練習させただろ? 後、オレを誰だと思っている?」
「そうね……睦月! 姉さんから少し遅れてるわ! あんたヒーラーなんだからって、あんまり遅れないで!」
『あ、うん!』
そうして適時全体の指揮を取りながら、しばしの間交戦が起きぬままに時が過ぎゆく。
「……カイト、これ、どう思う?」
皐月がそう言って、桜華越しに見える視界の確認をカイトに依頼する。
「なんか、歪んでない?」
そうしてカイトが桜華の視界を借りて見たものは、自チームの4人だけしか映っていない。作戦では桜華の視点を用いて旗があると思われる場所を確認し、予定ルートを進軍する予定であったのだが、少しだけずれて進んでいた。
「だな……結界、それも方位を惑わせるタイプの物か。簡易ではあるが、微小なズレであるが故に気付きにくく、それ故に対処が遅れやすい。今はまだ少しのズレだが、何時かは大きなズレに変わるな。対処すべきだ」
「ええ……姉さん、皐月よ。」
『なあに、皐月ちゃん。』
「ちょっとだけずれているわ。どうやら敵のトラップに引っかかったみたい。でも、修正は可能。少しだけ北西側に移動して。もし、またズレが出たら連絡するわ。」
『ええ、お願いね。』
通信機の通信を終了させ、皐月が武器を構える。
「さて、カイト。働いてもらうわよ。」
「まあ、そうなるだろうな。」
同じくカイトも杖を構え、魔術を待機させ始める。
「ほんとなら交戦して逃がした敵程度を倒すつもりだったけど……どうやら無傷での戦いになりそうね」
「それは草原と水源の場合だろ?」
皐月の言葉にカイトは楽しげな笑みを浮かべながら告げる。どうやら、相手の策略は此方の進軍ルートをずらし、自軍は直進することで、無傷かつ相手よりも先に旗へと進軍を可能にするつもりなのだろう。カイト達も似た手は考えていたのだが、ここまで広域に結界が張り巡らされている事は予想できず、少しだけ修正を迫られた。
「本来ならば、少しだけ進行ルートをずらして戦闘は避けるつもりだった。それが多少にずれただけだ」
進軍の際、少しだけ直進ルートからずれて交戦を避けるつもりはつもりだったのだが、妨害の結果、少しだけ予定から遅れる事となった。
「それ、相手が4人の時もそう言える?」
「さて、な。だが、こっちは遠距離と中距離だ。防衛はなんとかなるだろ」
「期待してるわよ」
そう言って二人が武器を構える。そうして、カイトが防御用の魔術を張り巡らした瞬間、防御へ向けて水球が衝突した。
「ちっ……さすがに気付かれるか」
そう言って茂みから出て来たのは、瞬と生徒3人である。誰も杖を構えていない所を見ると、誰かが魔術師を兼任していたのだろう。
「……初戦は先輩か」
「お前が魔術師? 意外だな……全員、油断はするな。相手は学園で最強の男だ。魔術が使えるはずが無いと言う幻想は捨てておけ」
瞬はカイトが今まで近接武器を使い続けていたので、てっきり団体戦でも前線を張るものだと思っていたらしい。かなり警戒感を露わにしている。
「カイト、あんたは旗と私に対する攻撃に対処をお願い。私は近づいてくる敵を迎撃するわ」
「ああ、任された」
そう言って、少しだけ前に出る皐月を見て、カイトは一歩だけ後ろに下がる。そもそもで魔術師が最前線で戦うのは色々と可怪しい。なので、この陣形なのだった。
「また天音なのね……」
簡易的に隊列を組んだカイトを前に、ある女生徒が呟いた。
「ん?ああ、桐ケ崎か。初戦はまたお前か。」
4人の中に昨日のクラスメートが居た事に気付いたカイトが、苦笑する。
「ん? お前杖は?」
昨日と異なり、短剣を持っている桐ケ崎に、カイトが眉を顰める。
「あっちもこっちもメインよ。あんただけが複数武器持ちだと思わないことね」
「誰もそんなことは思っていないが……な!」
カイトと桐ケ崎との会話を隙と見た瞬が、カイトへと一気に距離を詰めて槍を突き出す。
「はっ!」
更に繰り出される瞬の連撃を、カイトは全て魔術で防壁を創り出して的確に防御する。カイト自身は動かず、槍の先端を狙い障壁を設置し、範囲を犠牲にして防御力を増した障壁で攻撃を防ぎきる。見た目の派手さは無いものの、かなり玄人受けする防御方法であった。
「ちっ!魔術障壁の一点集中か!」
「何時も言っている、まだまだ魔力の扱い方が甘い、技と魔術の範囲が大雑把、とな」
そうして、カイトは幾つもの障壁を展開し始める。一つ一つがかなり小さな、10センチ四方の障壁であった。これを操って、全てを防御しようというのだった。
「オレとて攻めるだけが能ではない。行くぞ……と言っても此方からは攻撃しないがな」
「ち、魔術の使い方では圧倒的に上か……全員!一気に攻めきるぞ!時間はない、速攻戦で行け!」
カイトが防御に回っている以上、攻めきるにはかなりの労力が必要となる、瞬は即座に判断して全員に指示を下す。先ほどの攻撃は、カイトの防御能力を測るためのものであった。
「はあ!」
そうして、再び瞬が先陣を切って戦いが開始された。
「……わかったわ、姉さん。そっちも頑張って。カイト、姉さん達も戦闘を開始したって……たぁ!」
戦闘が開始されて5分。通信機を使い、連絡を受け取っていた皐月が、再び武器を振るう。
「わかった……ちぃ!」
なんとか人数差の不利と比較的得意ではない魔術での防戦ということで、カイトが攻めあぐね、舌打ちをする。
「どうした! 息は……あがらんか!」
瞬は楽しそうな様子で、カイトへ向けて攻撃を繰り返す。その全ては、カイトの障壁によって阻まれていたが、他の三人との連携――特に遠距離が可能な桐ケ崎の魔術――でかなり苦戦を強いられていた。
「先輩! 今使い魔から連絡で、敵が旗まで辿り着いたらしいです! 数、此方と同じく4!」
「ちぃ! 予想以上に早かったか!」
どうやら皐月が瞬達の策に気づくのが早かったらしく、予想より少し早く交戦が始まったらしい。瞬が舌打ちして一旦距離を離す。カイトは追撃を掛けたかったのだが、他の面子が一気に攻撃速度を増したことで、追撃出来なかった。
「全員、少し頼む!」
「了解です!」
一度距離を取った瞬は、一度目視で旗との距離を測ると、槍の形を変形させる。それは、いつも使っている投げ槍の形であった。
「すぅ……はぁ……」
そうして、幾度か呼吸を整え、槍へと魔力を極限まで集中させる。
「<<雷よ>>」
瞬がそう呟いた瞬間、槍には更に雷が宿る。加護の力を更に練度を高める事で武器に加護の力を出来る様になる。それを行ったのだ。
「なに!?」
その様子に、皐月が目を見開いて驚く。どうやら、加護のもたらす効果にはまだ馴染みがなかったらしい。それに対して、最上位の祝福という力を得ているカイトは瞬がかなり昔から瞬が加護を隠していた事を知っていた。なので、対して驚きもせず、身構える。
「征け! <<神雷槍>>!」
大声と共に放たれた槍は、巨大な雷を纏う槍へと変化する。それに合せて、残りの面子は影響下から離れ、一度呼吸を整え、防がれた場合に備えた。
「……何枚かくれてやるか」
そう言って、カイトは障壁を何枚も重ねて槍の進路へと展開させる。
「おぉおおお!」
カイトの障壁に衝突する瞬間、瞬が一気に槍へと魔力を注入し始め、それに合せて雷が輝きを増す。
「ちっ! 予定変更だ!」
この程度であれば数枚犠牲にすれば防げると考えていたカイトだが、立て続けに魔力が注入されたことで予想を修正し、後ろの障壁数枚を変形させ、盾の形に変形させる。そして、その数枚を重ねあわせる。
「<<大英雄の盾>>」
カイトが小さく呟くと、障壁が実体を持ち、革が貼られた盾に変わる。革の数は7枚である。単なる武器技や加護の力を加えただけであれば、問題なく防ぎきれる。
だが、それを両者加えるとなると、現在設定している障壁の強さでは対処しきれなかった。確かに障壁の強度を強くしたり、かなり上位の技を使えば余裕で防ぎきれるが、そうなると見ている観客たちに疑問が起きる。その為、此方も同じく武器技を使うしかなかったのだ。
「投げ槍と言えば、コイツだ!」
かつてトロイア戦争にてヘクトールと呼ばれる英雄の投擲を防いだ英雄アイアスの盾を創り出す。後は両者の技量と魔力に掛かるが、そこは勝敗が決定していた。
「ちぃ!」
カイトが自身と同じく<<武器技>>を使用したのを見た瞬は、即座に魔力の注入を終了させる。この思い切りの良さは、瞬の持ち味の一つだった。
「良い手だ!」
瞬が魔力を切った事を見たカイトが賞賛する。通じないと見るや、切り札でも取り下げる潔さは賞賛に値した。そうして、ぶつかる槍と盾だが、槍は一枚も貫けずに、爆発、消滅した。
あのままやっていても数枚は貫けただろうが、今の瞬では確実に最後の一枚――伝承では投擲は最後の一枚で防がれており、現に最後の一枚はかなりの強度を有していた――が貫けない。それを知っているわけではないだろうが、何かを感じたのであろう。
「はぁ……はぁ……」
若干肩で息をしながら、瞬は額に流れる汗を拭う。
「勝つのなら、あのまま他の面子に攻撃を続行させるべきだったな。特に、桐ケ崎には攻撃をさせ続けるべきだった」
「ちょっと! 危ないじゃない!」
カイトの無情な策略に、桐ケ崎が抗議の声を上げる。だが、これにカイトは苦笑しながら適切なアドバイスを贈る。
「別になにも近接でやれ、とは言ってない。魔術でも投石でもあるだろ」
身体強化の施された彼等の投石ならば、一発でも最早手榴弾程度の威力がある。それを投げるだけでも、十分にカイトに全力で瞬の攻撃を対処させないことは出来たのである。そして、その次の瞬間。
『勝負あり! 勝者、神楽坂三姉妹と下僕チーム!』
そんな放送が響き、戦闘が終了する。どうやら、弥生達が目標を達成したらしい。
「変な名前付けるな!」
「えー、いいじゃない。それで。というか、どう見てもそうだし」
真琴のネーミングセンスで勝手に付けられたチーム名に、カイトが突っ込みを入れる。尚、皐月は得心がいった様に頷いていた。
『まあまあ……それで、今の戦いは……』
そして真琴とユリィ、詩織が三人で今の戦いを解説し始めるが、途中で瞬に質問が飛ぶ。
『あの……一条先輩。あのシャクティって何ですか?インド神話に似た名前の槍が有ったんですが……』
「ああ、あれか……あれはソレを模した物、らしい。」
さすがにほぼ全力に近い<<神雷槍>>を放ったことでまだ少しだけ肩で息をしているが、なんとか話ができる程度には回復していた瞬が答える。
『模した?じゃあ、あれはシャクティの偽物、なんですか?』
「らしい……まあ、武器の詳しい説明はそっちの方が詳しいんじゃないか?」
『あ、はい。シャクティはインドの神話の軍神インドラの持っていたとされる……』
高校の図書館としてはかなり大きめの天桜学園の図書館にはインド神話を扱った書物も有ったはずである。瞬の発言はそれ故で、詩織が<<神雷槍>>の説明を開始する。それを背に、カイトと皐月は控室へと向かい、第一試合は終了したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第251話『第二回トーナメント』
2015年10月29日 追記
・誤表記修正
誤『魔術が使え無いはずが無いと言う幻想は捨てておけ』
正『魔術が使えるはずが無いと言う幻想は捨てておけ』
2018年2月18日 追記
・誤表記修正
『多少大幅』という意味不明な言葉から、『大幅』を抜きました。