第245話 第二回トーナメント―二日目・昼食―
第一回戦を事もなく終了させたカイトは、選手用に与えられた控室へと戻りティナと相談することにした。
「次は草原か。相手よりもフィールドがわかるのは当たり前だが……これだとすぐに相手もわかるな。」
遮蔽物も何も存在することのない草原では、相手の旗も対戦相手も丸見えで、場合によっては即座に戦闘が終了することもある。現に第一試合が草原であった幾つかの組み合わせは、まともに戦闘も起きずに旗が破壊され、戦闘が終了していた。
「パートナーは誰にするつもりじゃ?」
「取り敢えずは三葉は却下だな。この状況で遠視の魔術は使い道が無い」
「妥当じゃな。では、一葉か二葉か。何方じゃ?」
「……そうだな。一葉、一緒に来い」
「イエス、マスター」
そう言って三葉と同じく、フードを深く被った一葉が進み出る。
「ほう、それは如何に?」
カイトの選択に、ティナが理由を問いかけた。
「遮蔽物のない草原での妥当な戦闘は飽和攻撃だ。相手が遠距離に不足だと思うならば二葉でも良いが、相手が最悪二人共遠距離の魔術師の可能性もあり得る。その場合はコチラが攻め手を欠きかねん」
「成る程の。妥当じゃな」
「一葉、オレはお前が撃ち漏らした魔術を双剣で切り捨てていく。オフェンスはお前に一任する。遠距離から敵の掃討か、旗の破壊を行え」
「御命令のままに」
一葉は恭しく一礼すると、二人はそのまま再び戦場へと向かうのであった。
『さて、第二試合! 注目はやはり先程暗殺者として活躍した天音選手の所! 今度は一切の遮蔽物のない草原ですが、どのような采配を見せてくれるのでしょうか!……おや? どうやら先ほどと連れている使い魔が異なるようですね。いい加減に顔を見てみたい物ですね』
『……見ないほうが身のためだねー』
当然だが既に美少女の顔を拝んでいるユリィが半眼となっている。
『ほう……それは少し楽しみですが! ではでは! 第二試合、スタート!』
そうして、ゴングが鳴り響いた。
「相手は……どこだ?」
カイトは開始早々、周囲を見渡して敵影を確認しようとする。しかし、どこにもその姿は無い。草原なのに、見えない。その意味する所は一つしかなかった。
「……ふっ」
カイトはふと後ろから殺気を感じて刀を取り出して振り向き、攻撃を防いだ。草原で見えないのなら、つまり身を隠したとしかありえない。そして、暗殺者が狙うのは、背後から、だ。それがわかっていれば、対処する事は容易かった。
「げ! カイトか!」
「翔か……今の<<消足>>はなかなかだった。まあ、オレ相手じゃなけりゃな。」
カイトは後ろから迫っていた翔に称賛を送り、一葉を確認する。するとそれなりに至近距離まで翠が近づいてきており、一葉との魔術の撃ち合いになっていた。
ちなみに、<<消足>>とは足音を消す技の一つで翔の様に牽制役や後ろに回る事を主とする戦士が多用する技だった。
「一葉! 押しきれるようならそのまま押し切ることを許可する!」
「イエス、マスター」
「ちぃ! こりゃ旗の直援じゃなくて、そのまま旗ねらや良かったか!」
一旦剣戟を中断し、翔が距離を取った。彼はスカウトとしての技能を活かし、ここまで密かに忍び寄ったのだろう。そうしてそのまま後ろから仕留めるつもりだったのだが、相手が悪かった。
「相手の確認を怠ったお前のミス、だな」
カイトも顔を確認することは少ないが、それでも相手の力量と武器ぐらいは確認する。今回、どうやら翔は相手が徒手空拳と見て取って、格闘術の使い手と思って先制攻撃を繰り出した様だ。本来はそれで良かったのだろうが、相手はカイトだ。悪手だった。
「お前、空手部の奴と見分けつきにくいんだよ」
翔が一度間合いを取って、苦笑を浮かべる。純白のロングコートは確かに、空手家等の道着と見間違えやすく、白系統の防具を使用している空手部と間違えられたのだろう。
「はっ!」
「ちぃ!」
そうして幾度と無く、繰り返される剣戟。だが、結果は当たり前だ。実力差はもとより、カイトは主力を担う戦士で、翔は斥候を行う戦士だ。そもそも暗殺に失敗した時点で、まともにやりあって勝てる道理は無かった。
「あー、こっれダメだ。やっぱ勝てね」
「何だ? 諦めるのか?」
「いーや、切り札使う。翠さんにもカッコいいとこ見せたいからな! <<四元開放>>!」
そう言うと、翔の短剣が一気に白く光り輝く。翔はカイト相手には小手先の技では勝てないと見て取って、切り札を切ったのだ。
「おらよ!」
そうして翔が今までで一番の速さをみせる。残像を置き去りに、翔は一気にカイトへと肉薄する。この速さこそが、彼の最大の持ち味だった。
「勝てぬと見るや切り札を出し惜しみしないのは良い手だ! だが!」
それに対して、カイトは同じく短剣を創り出す。
「<<裏・四元開放>>!」
「はぁ!?」
カイトが放った言葉に呼応し、短剣は黒く光輝き、翔の<<四元開放>>と衝突する。お互いの短剣はお互いの力と衝突し合い、遂には相殺しきった。
「基本4属性が出来るなら、応用すれば複合と上位でも出来る、とは考えなかったか? そもそも、改良してこそ、オレの武器技は生きる。素で使うのはまだまだだ」
してやったり、そんな顔で翔を見るカイト。翔はそんなカイトに苦笑する。カイトが翔に教えた<<四元開放>>とは、基本4属性――火、風、水、土――を短剣の内部で融合し、突き刺した瞬間に一気に解放する技である。それ故に一点に力が集中し、貫通力と威力が増大するのである。
カイトはそれを更に応用し、上位と複合の4属性――光、闇、雷、氷――で行っただけであった。威力を抑えて相殺するようにしたのは、カイトからの手心であった。
「げ、そんな考え方もありか……こっちは奥の手だったんだけどなー」
そう言って翔はもう一振り、予備の短剣を取り出す。ソレを両の手で構えると、再び意識を集中させる。
「<<四元開放>>、二連!」
翔がそう言ってカイトに飛びかかろうとした時、勝敗が決した。
『勝者! 天音タッグ!』
「へ?」
飛びかかろうとした姿勢のまま、翔がぽかんと口を開ける。ソレに合わせて、両の手の短剣も光を失う。
『いやー、すごかったですね。4人共撃ち合い、斬り合う姿は非常に見ものでした』
『そだねー。でも、決め手となったのは、あのフードの使い魔の攻撃、だね。霧雨選手と撃ち合っている間、ずっと自分に意識を向けさせ続けて、密かに彼女の真後ろ、旗の方へと魔術を展開。それで旗を狙撃するんだもの。これは旗から注意を逸らした霧雨、山岸選手の不手際だね』
「ごめん、翔。負けちゃった」
「ああ、いや、こっちこそすんません……旗から注意を逸しちまいました」
「ううん。それは私も一緒」
そうして慰め合う二人に対し、カイトと一葉も会話を始める。
「申し訳ありません、マスター。勝手に旗を狙撃しました。御命令は押し切れ、というものでしたが……」
少しだけ申し訳無さそうな気配を滲ませつつ、一葉が頭を下げた。
「いや、上出来だ。戦場では常に上官から指示が得られるとは限らん。出来る時に勝利を狙うのは正しい判断だ」
「ありがとうございます」
カイトからの褒め言葉に、一葉は少しだけ喜色を滲ませる。とは言え、何も全て褒められるわけではなかった。
「ただ、できれば今後は念話で一言相談してくれると助かる。指示が得られる時には得ておいた方が得策だ」
「御命令のままに」
再び恭しく一礼する一葉。そうして、再び控室へと戻っていったのであった。
「おつかれ。一葉、ご苦労であった」
そうして控室に戻ったカイトをティナが出迎えた。
「ありがとうございます、創造主様」
「それで? 次は昼開けじゃが、それまでどうするつもりじゃ? 余は一葉と三葉の調子を見てやりたいとは思っておるが?」
「屋台を巡って昼食を食べるとするかな。何かいるか?」
「では、ヤキソバを。出来たてじゃぞ?……二葉、少々サポートを頼むぞ」
そう言って作業にとりかかるティナを尻目に、カイトは外にでるのであった。
「おーう、カイト。そっちも勝ったようだな」
そうして外に出たカイトに声を掛けたのはソラ。横には由利が一緒に居た。
「ああ、ソラか。お前も勝ったようだな。上出来だ」
ソラの結果も既に聞いているカイトは、ソラの健闘を称える。
「こっちゃかなりやばかった。相手が桜ちゃんと瑞樹ちゃんっつー高火力かつ高技能タッグだ」
「ソラが二人を抑えてくれなかったら、旗を狙撃できなかったよー」
「ほう……あの二人を相手にもたせられるか。タンクとしては上出来だな」
ソラの言葉に、カイトが称賛を送る。近接でそれなりに高技能を誇る二人を相手に、注意をそらす事ができれば壁役として上出来であった。
「あ、カイトくん」
噂をすればなんとやら、桜と瑞樹が少しだけ落ち込みながら、やってくる。
「はぁ……負けてしまいましたわ」
「ああ、二人共、お疲れ様」
「二人共、頑張ったけどねー。ソラが頑張ってたからね」
どうやらユリィと一緒にいたらしく、ユリィが桜の肩から飛び立ち、カイトの肩に着地する。
「ソラさんの攻撃は鋭くは無いのですが……私達も壁役が無い分回避に回らざるを得なくなって、つい旗への注意がおろそかに……」
「最近、ソラさんも指揮官としての鍛錬を積んでいらっしゃる様で、恐ろしい限りですわ……」
「ふふん! 最近色々あったからな!」
少しだけ照れた様子で、ソラが胸を張る。
「って、ことで、カイト。少々相談あるんで、また乗ってくれ」
「またか……わかった」
最近折に連れてカイトに相談を持ち込む様になったソラ。大抵は新技の開発に関することなのだが、今回は少しだけ様子が違うようであった。
「サンキュ。酒もってくよ」
「あいよ……で、みんな昼食は?」
この時間に屋台に出て来る、ということは全員昼食が目的なのだろう。そこで、カイトが尋ねたのだが、正しく昼食を食べに来たとのことであった。
「じゃあ、食べに行くか」
そうして、一同連れ立って屋台を巡っていたのだが、丁度2-Aの所まで辿り着くと、ソースの良い香りが漂ってきた。
「お好み焼きと……ヤキソバか。激辛も有りますよ、激アマも? なんだこりゃ?」
激辛はともかく、激アマとは如何に、一同が首を傾げると、中から店番の少年が出て来た。
「お、天音! らっしゃい!」
クラスメートの男子生徒が一同を見つけて声をかけた。日に焼けた、健康的な肌の少年だ。筋肉もそれなりに着いている。まあ、学園に残っていても農業をやっているのだから、当たり前だった。
「おーっす。なあ、激アマってなに?」
「聞きたいか……聞きたいよな?」
「……ああ」
かなり自信満々なクラスメートに、ソラとカイトが一度顔を見合わせて頷いた。
「昨今、マクスウェルでは甘味が流行っていると聞いた。そこで! 我ら一同が考えだしたのが! この、お好み焼き風スイーツだ!」
そう言って男子生徒は出来上がったばかりのお好み焼きをみせる。
「お好み焼きの代わりには厚めのクレープ生地を使用し、中にはイカの代わりにお餅をやフルーツを野菜っぽく使用。焼き上げるときには焦げ付かない様に注意する。ソースの代わりにはチョコソースを使用してかつお節代わりには削ったチョコレートを乗せて、紅しょうがの代わりは刻んださくらんぼのシロップ漬け、青さのりの代わりに……」
「意外と力作だ!」
ソラの驚きの声が響いた。学園祭っぽい屋台であったので、かなりネタ作になっているのだろうな、と考えていた一同。まじめに答えられてびっくりした。
「どうだ! お前らが必死こいて戦っている間に、俺達もレベルアップしてんだ!」
「主に農作業だけどな!」
更に後ろから聞こえてきた声に、店番一同が大笑いする。どうやら、健康的に日焼けしているのは、学園の外に出来かけている畑作業のおかげなのだろう。みれば、それなりに筋肉が出来上がっていた。
「ま、それ以外にも街でバイトもしてる奴も多い。コネ作ってくれたお前らにゃ、感謝してるぜ」
「じゃあまけろ」
「それとこれとは話が別だ。で、食べてくのか?」
「じゃあ、貰うか……誰が何する?」
折角頑張ったようなので、買うことにしたソラが振り返って、一同へと問いかける。
「えーと……じゃあ、私は焼そばを」
桜が挙手して発言したのを切っ掛けに、全員がそれぞれ希望を言う。
「焼そば4、お好み3! デカアマ1! チビアマ1!」
試しに全員で激アマを食べようと頼んだ所、大きいのを提案してくれたので、遠慮なくそれを頼んだ。値段は1.5倍にされたが。チビアマは小さいやつで、ティナへのお持ち帰り用であった。
「うーっす!」
そうして十分少々待っていると、料理が出来上がったようで、次々と搬出されはじめた。
「はーい、天道さんと神宮寺さんの分の焼そば、お待ち!」
「ありがとうございます」
「次はユリィちゃんと小鳥遊さん……ユリィちゃんは食べれるのか?」
どう見ても体長20センチほどの妖精が、普通の人間一人前のお好み焼きが食べられるとは思わなかった。とは言え、確かに、この状態ではユリィも食べることは出来ない。この状態では。
「あ、大丈夫大丈夫。よっと」
「……は?」
応対していた男子生徒だけでなく、後ろで調理していた生徒たちも全員が口を開けて動きを止める。いきなり大きくなったユリィに、思わず白昼夢でも見たかな、と思ってしまったのだ。
「ありがとう。由利、はい」
そんなことは気にせず、大きくなったユリィは動きを止めた男子生徒から勝手にお好み焼きと焼そばを受け取って、焼そばを由利へと渡す。
「うん、ありがとー」
「おっきくなってるー!」
そうしてようやく事態を把握した生徒たちの悲鳴が木霊し、周囲の生徒たちも此方に注目する。そして、大きくなったユリィに気づいて、同様の反応をするのだった。
「……と、取り敢えず、おい、天音、天城。お前らの分だ」
なんとか驚きから復帰したクラスメートは、顔を引き攣らせつつも二人へとお好み焼きを渡した。
「お、サンキュー。ほい、カイト。お前の分」
「ティナちゃんのチビアマと焼そばはまってくれ。後で渡す」
「悪いな。今使い魔の調整に手間取っているらしくてな」
「いや、いいってこった」
そうして、再び調理に戻るクラスメート。それを見つつ、一同は手を合わせる。
「頂きます」
一同が揃って合唱し、それぞれの料理を口に運ぶ。そして、次の瞬間。
「げふ!」
カイトとソラが揃ってむせた。
「ソラー! 大丈夫!」
「わぁ! カイト!」
「なんじゃこりゃー!」
「から! 水! 水!」
二人があまりの辛さに涙目で水を求める。何故か普通の焼きそばを頼んだはずなのに、中に辛味成分が大量に入っていたのである。
「はっ! てめえらこっちが農作業に汗かいてる間に、勝手に彼女作ってんじゃねえ!」
「そーだそーだ!」
「つーか、天音! てめえ何股してんだ! 羨ましすぎんぞ!」
「虚しい男の怨念喰らいやがれ!」
「てめえらなんてことしやがる!」
怨念の篭った言葉を投げかけるクラスメイト達にソラが涙目になりながら抗議の声を上げる。
「俺達の感謝が籠った激辛、たんと味わえ!」
「んなこたどうでもいい! 水だ! 水!」
そんな騒動はさておいて、カイトが水を求めていると、横から水が差し出された。
「はい、どうぞ。あ、私に甘いの貰えますか?」
「ああ、スマン……ぷはぁ」
「あ、これは美人のお姉さん! 今日も来てくれたんっすね! 甘いの一つ! 他のお姉さん達は今日は一緒じゃないんっすか?」
「ええ、今は別行動です。後で合流します」
「はーい、甘いのいっちょ! おねーさんにはサービスしておきます!」
先ほどまでとはうってかわって、一気ににこやかなスマイルで鼻の下を伸ばすクラスメート達。
「ふふ、ありがとうございます。カイト、大丈夫ですか?」
「いや、先程は水をど……うも……」
女性から水を差し出されたので、カイトが取り敢えずお礼を言おうとして女性の方を向く。そして、一時停止。美人のお姉さん、ということで女性は確かに美人であった。
大学生程度の、非常に均整の取れた体。青色の長い髪に端正な顔、身に纏う服は水色がメインのワンピースに、濃い青色の上着を羽織、上品なお嬢様、といった風貌であった。まあ、要には。
「ディーネ!」
そう、水の大精霊ウンディーネであった。
「お邪魔しています、カイト」
カイトの呼びかけに、ディーネは品よく頭を下げた。
「お邪魔しています、じゃない。何故居る?……それに、今日も?いや、それ以前に、他のお姉さん方?」
「……それはこっちも聞きたいな。またお前の知り合いか?誰だ、紹介しやがれ」
完全に据わった目でカイトを見る生徒たちだが、その前にソラ達が止めに入った。
「いや、知らない方がお得な人達だ……」
「……ええ。知らないほうが良い事も世の中多いですわ」
ディーネの正体を知る一同が、溜め息を吐いて制止する。そして、何故か来ているディーネに対する尋問が始まるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第245話『第二回トーナメント』
2015年10月23日
・誤表記修正
翠の苗字が神城になっていました。全て本来の霧雨に変えました。
2015年10月24日
・誤記修正
誤;純白のロングコートは~見間違えにくく、~
正;純白のロングコートは~見間違えやすく、~
誤;ソラさんの攻撃は~回避に回らなくを得なく~
正:ソラさんの攻撃は~回避に回らざるを得なく~