第244話 第二回トーナメント ――初日――
カイトとティナがエキシビジョンマッチを行ってすぐ、観客たちは呆気に取られていた。
「すげぇ……」
それは見た者全てが得た感想である。これだけは、公爵軍やクズハ達、天桜の生徒や教師達全てが一致した感想だった。そして、誰かが拍手を始め、それが周囲へと広がり、遂には万雷の拍手と歓声に変わった。
『すっごー! いや、今のなんですか!』
漸く興奮が訪れた真琴が、一瞬素に戻って隣に戻ってきていたユリィへと問いかける。
『ふふ、二人の趣向を凝らした舞台は楽しんでもらえたかな?』
『いやいやいや!楽しむとかそんなレベルじゃ無いですから!あれ、学生レベル超えてない!』
この真琴の素直な感想は、この演目を覗き見ていた使い魔の主の女も共有していた。
(何なんだ、今のは! 私ら研究者たちでも、いや、皇城の魔術師達でも無理だぞ!)
彼女は誰も居ない部屋で、大声を出す。バレてはいけない、と消音の結界等を張り捲らせなければ、恐らく誰かが大急ぎに駆けつけてくるレベルであった。
(あの少女の魔術の繊細さは何だ! あの少年の創り出す武具の威容は何だ! 何方も最早英雄が使うレベルではないか! まるで勇者と魔王そのものではないか!)
彼女は狂乱の中、思考だけが澄み渡る奇妙な感覚を得ていた。今万雷の拍手と歓声を贈る生徒達は気づいていないが、あれは決して少年少女が創り出せるレベルのモノでは無い。
いや、多くの生徒たちは、カイト達が施した隠蔽によって、幻を見せられていた、と思っている。だが、あれは全て、現実に起こっていた事だった。
(あの魔術の繊細さ、あの武具と撃ち合う為にどれほど精密な計算の下に組み込んでいる?……それをアレだけの数、アレだけの速度で展開するだと? 何の冗談だ?)
興奮が彼女はティナが使った魔術を思い出す。カイトの使う英雄たちの武具に対向するため、精密に、繊細に編まれた術式は、最早芸術の域に到達していた。
(あの武具は恐らくどこぞの名のある英雄たちが使った武具に違いない……それをアレだけの数顕現させるともなれば、一体どれほどの魔力を保有しているのだ? 優に万を超えていたぞ)
自らの眼ではなく、使い魔越しであった事が悔やまれるが、それでもカイトが創り出した武具は名のある英雄の使った武器であった事が見て取れた。
(一本一本が創りだそうものなら、皇城の魔術師か戦乙女戦団クラスの使い手でさえ、数日、いや一週間以上掛けて創り出すレベルだ。それをポンポンと……化け物か?)
魔力保有量そのものもそうだが、英雄たちの使う武具をいとも簡単に創り出すその圧倒的な技量に、女は戦慄する。いや、それ以上に、寒気さえ来た。しかし、その寒気以上に後悔が滲んだ。
(これは……近年最大のミスだったか……伝手はあったのだが……)
そう、彼女は申請しさえすれば、天桜学園に研究者として訪問することも出来たのだ。しかし、皇都から公爵領マクスウェルにまで移動する手間とそれに必要な研究時間の浪費、様々な手続きを厭い、今まで申請しなかったのである。
(まあ、今回は申請そのものが却下されたらしいが……)
同僚の何人かが面白半分話半分に第二回トーナメントと天桜学園に興味を持ち、第二回トーナメントに合せて来訪申請を公爵家にしたのだが、却下されていた。それを思い出した女は、一つの考えに至る。
(待て……申請しても認められなかった?)
そうであるならば、公爵家は始めから知っていた事になる。始めは学生達の集まりだからか遠慮させたか、と思っていたのだが、今のを見れば異なった感想を得られる。
(あの実力をマクダウェル公爵家が把握していないとは思えない。そうであるならば、マクダウェル公爵家は今の演目を知っていた事になる……)
あのレベルの使い手ならば、大陸全土で有名になっていてもおかしくはなかった。いや、確かにそれなりに有名とはなっているが、それは異世界から転移してきた者達が冒険者となり、それなりに活躍しているからであって、実力としての知名度は二人にはあまり無かった。
(……意図的に隠蔽しているのか?)
そうでなければ辻褄が合わない、女はそう考えた。
(だが、何のために?)
後援者を欲する彼等なら、今の実力を示せば皇城からスカウトが比喩無く、全速力で飛んでくるだろう。それこそ、今後百年は支援を約束させることも出来た。
しかし、彼等はそれをしていない。あの実力の使い手が自らの実力を知らぬとは思えない。卑下している事はあり得るはずがない。そこが彼女の頭を悩ませる。そこで、ふと彼女は先ほどの自らの呟きを思い出した。
(待て……まるで勇者と魔王? まさに、勇者と魔王ではないか。彼等が転移してきたのはニホン、勇者が帰ったのもニホン。天文学的確率だが、もし今回の事故に勇者と魔王も巻き込まれていたとすれば? 勇者にとってこの学園は弱点となりうる程であったなら、勇者の帰還が公となれば、それはそのまま彼の力を欲する者による、天桜学園の脅威の増大にほかならない。公爵として10年以上も領民から絶大な支持を得、政治面でも15代陛下の右腕とさえ呼ばれた男がその程度を見切れぬとも、天才と呼ばれた魔王がそれに考え至らぬとも思えない)
ならば、どうするか。簡単だ。彼等が自立出来るほどの力を得るまで、自らの正体を隠す必要がある。
幸い、今回は事故として多数の同年代の少年少女達が転移しているのだ。一人二人が同じ名前であっても、勇者や魔王が帰還したとは誰も思わないだろう。ましてや日本や地球の常識だ。誰にも、その名前が一般的なのかどうかわからない。
(成る程……先ほどのは魔王ユスティーナ・ミストルティンの使い魔か。私以上なのも頷ける)
彼女も――彼女主観では――それなりに研究者としての実力を有していると豪語できるが、それでも、伝説の魔王に比するとは思っていない。悔しさはあれど、ソレ以上に得心が得られた。
(魔王がわざわざ趣向を凝らした、と言うのだ。これは、2日目と3日目が楽しみだ)
既に先ほどの放送であの二人が初日は出ない事を聞いている。ならば、これ以上居る必要はない、そう考えた彼女が使い魔を自らの下へと召喚する直前、声が掛けられた。声の主は隣に居た小鳥、クーである。
「主らの演目、お楽しみ頂けましたかな?では、残りの時間もお楽しみくだされ」
そう言って飛び立つクー。それに合せて、他の二体も立ち去った。
(ふむ……魔王が認めた、となればそれなりに隠蔽重視でなくても大丈夫か)
できれば、今の使い魔とも話してみたい。そう考えた彼女は今日の残りの時間を使い魔の構成を弄る事に決定し、使い魔を呼び戻したのだった。
「あー、疲れた……」
「やはり演目じゃと、少々不満じゃな」
エキシビジョンマッチを終えて、転移で舞台を去った二人。冒険部に宛てがわれたテントに逃げ込んでいた。
「おいおい……」
これだけやってまだ欲求不満と言われても困る。言外にそうカイトが呆れるとティナは苦笑する。
「何を言っておる。お主もまだまだ全力ではあるまい?」
「そりゃな。」
しばしの雑談の後、話が先ほどのエキシビジョンマッチへと移った。
「そういえば……お主、あの大剣を持った女性の鎧は何じゃ?かつての戰場でも、余は見たことが無いぞ?」
「奥の手だ。」
「お主、また奥の手か……幾つ奥の手を隠し持っておる。」
「さあな……教えても面白く無いだろ?」
「ぐぬ……」
確かに、何をしてくるか分からないが故に、面白いのだ。手札の読めたトランプなど、面白みに欠ける。それは、ティナとて認めるしか無かった。
「おーい、おつかれー。差し入れだ」
そうして幾つか先ほどのエキシビジョンマッチの話をしていると、テントにソラが入ってきた。後ろには桜や由利といった、他の面子も一緒だ。そうして、ソラがカイトとティナにソフトドリンクを差し出した。
「ああ、ありがとう」
「お前ら少しは遠慮しろよ。」
「あれじゃ、他の奴が後でやりにくいだろ。」
あまりにド派手な演目を思い出し、ソラと瞬が苦笑して言った。
「そうか?だから最後は敢えて舞台っぽくしたんだが……だって、あれ、跡形も無かっただろ?幻だ、って思うだろうからな」
「……そういえば、そんな解説というか、推測が出てたな……」
ソラが少し目を瞑って、来る途中で聞いた生徒達の推測を思い出す。カイトもティナもこれを狙ったが故に、最後には『劇的』に終えた上、何ら痕跡も残さなかったのだ。
「まあ、それと共に……実はのう。後、もう一つ。結界を敷いておる」
「結界?」
ティナの言葉に、カイトを除く一同が首を傾げる。そんな奇妙な結界の内側に居る様な感覚は無かったのである。
「気付かぬのは当たり前よ。これは、誰にも気付かれぬ程薄く、じゃからこそ、効果のある結界じゃ。集団催眠術の様な物よ。普通に考えれば可怪しいとわかるのに、集団だと、何故かそれを可怪しいと思わぬことがある。それと一緒じゃ。簡単に言うと個々の認識を偏向する結界、の様な物かのう」
ティナが更に続けて言った言葉だが、誰にも理解出来なかった。それを見て、ティナは更に続けて説明を開始する。
「まあ、そうじゃなぁ……ほれ、お主ら先にまるで幻の様だ、と聞いたじゃろう?それが、まさに結界の効力よ。普通に見ておれば、きちんと余の術式は編まれておるし、カイトの武器にしても逸品だと言うのは理解出来ておろう」
「あ……」
そこで、ソラ達も気付く。普通に見れば、あれが現実なのは一目瞭然なのだ。だが、外では今の『幻』について話し合っている。誰もが今の演舞は全て、『現実』ではなく『幻』だと思っていたのだ。
「後一時間も放っておれば、お主らとて指摘されねば幻、と思うたじゃろうな」
指摘されてようやく気付いたソラ達を見て、ティナが笑みを浮かべる。まあ、薄く、であるので、アルやリィル、使い魔の主等には、効果が無いのだが。
ちなみに、このお陰でカイトがクズハやクラウディア達にタメ口を使っても何ら疑問に思われなかった。まあ、その前の騒動でかなり意識が割かれていた事も大きいのだが。
「実はこれ、第一回トーナメントから適用してたぞ」
「え?」
尚も呆然となるソラ達に対して、カイトが笑いながら告げる。
「あの時はオレ達の正体をアル達以外誰も知らなかったからな。多少のおかしさなら、これで打ち消したわけだ。そうでもしないと、万が一、まかり間違って障壁に直撃食らえば一発で正体が露呈するからな」
「あ……そりゃ、そうか」
カイトの言葉に、一同も納得する。そうしなければ、カイトとティナは危なくて攻撃も防御も出来ないのだった。対処するのは当たり前である。
「でも、なんで最近まで教えてくんなかったんだよ?」
「これは地球の術式じゃ。まあ、正確には日本の陰陽師達、じゃがな。説明するのに、日本を絡めねばやりにくいからのう」
ソラの問いかけに対して、ティナが苦笑する。もともと、これは陰陽師達が戦闘の後にどうしても隠し切れない痕跡等を、自然災害や事故等と言い張る為の結界だ。
これは必要に駆られての開発だ。どう見ても、自然災害や事故と戦闘の痕跡は異なる。よほどの大規模戦闘で無い限り、魔術を含んだ戦闘なので自然災害や事故に見えなくもないが、それでも、おかしさは完璧には拭えない。
それでは魔術を隠している陰陽師達は困るのだ。万が一、露呈すれば異族の存在等を公表しなければいけなくなる。なので、こういった結界を展開して、そのおかしさを気のせいやスルーする様な結界が開発されたのだった。そうして、暫く二人はこの結界についての解説を行う事にする。
暫く結界の解説と習得――簡単な術式なのでついでに伝授した――を行い、ようやく先のエキシビション・マッチに対する議論に移った所で、魅衣がふと、思い出した事を問いかける。
「そうだ! 二人共、あれ何処で学んだのよ」
魅衣が最後の道化じみた挨拶を思い出す。それに、ティナが答えた。
「政治家は民衆の前では演者とならねばならぬ。演じるのが道化と先導者の違いはあれど、あの程度は出来て当然じゃ」
如何にして自らの向かう道へと民衆を誘導するか、それを求められる政治家は、ある種舞台の上の役者に似ていた。役者は役を演じて聴衆を舞台へと引きずり込み、政治家は演説をもって聴衆を未来へと導くのである。似ていると言われれば、似ていた。
「そんなものなの?」
ティナの答えに、更に魅衣が問い返す。それに、再度ティナが返した。
「聴衆が求める者を演じる。例えばそれが熱意に勢いに溢れるリーダーならばそれを。静謐な、誠実なリーダーを求めるならばそれを。そこに政治家個人など必要は無い。個人があるとすれば、それは政治家個人をこうだ、と見る民草の願いよ。真には一切の個人は存在しておらぬ。それを知りたければ側に侍るしかあるまいよ」
そこでティナは一度言葉を区切り、最適な例を探す。思い浮かんだのは、自らの慕う者とその友人であった。
「そうじゃな……カイトの場合は誰しもの先頭に立つ勇者でありながら、カリスマ性を有する人らしさを誇る覇王を、第15代皇帝ウィスタリアスの場合はカリスマ性を持ちながら冷静で、まさに王の中の王と呼べる公平無私な賢王を求められた」
そういったティナは、これは民草が求めた物だ、と言い切って続けた。
「しかし、二人共そんな人物ではない。それを如何に民草の望みと違わぬ様に演じきれるか、とどのつまり政治家とはそこに尽きる。政策などおまけに過ぎぬ。たしかに、大それた間違いは不信を招くが、そこまでの間違いでなければ、逆に人である左証となり、許される。民草とてその程度の寛容さは心得ておる。逆に、その程度の寛容さがなければ、コロコロと王が変わる国へとなるじゃろうな。それでは国体が揺れよう」
「ふーん……」
イマイチ興味は無かったのか、魅衣が半ばわかったような分からない様な顔で頷く。
「まあ、そんな小難しい話しは置いておいて……個人戦、見ないのか?」
ソラもいまいち興味がないのか、個人戦の観戦を持ちかける。だが、それにティナが苦笑した。
「む? まあ、見ても良いが……結果は見えておるな」
「何? 誰だ?」
ここに居る面子以外で強いとなれば、楓や弥生などカイト達の教えを受けている者だが、彼女らと他の面子にそこまでの実力差があるとは思えなかった。くじ引きによっては、十分に覆る程度だと思われたのだ。
「弥生じゃな。恐らく、圧倒すると思うのう」
「何?確かに神楽坂はカイトの教えを受けているが……そこまでのモノか?」
瞬が疑問を呈した時、外から黄色い歓声が響いた。黄色い歓声の中に、お姉様という声が聞こえることから、勝ったのは女生徒の様だ。
『おーっと! またまた圧勝! 勝者、神楽坂選手! 大凡の予想に反して第二回戦を余裕で突破! 天音選手の再来となりえるかー!』
『あのマフラー、というか布は厄介だねー。近接でありながら、中距離からの攻撃も可能だし、相手の攻撃をいなす、そらす、受け流すなんかの方法で攻撃を無効化。しかも、近づけば布が巻き付いて身動きができなくなる。厄介だねー。相手には攻撃させず、コチラからは攻撃可能。戦術の基本だね』
その声は、弥生が勝った試合に関する実況と解説だった。それを聞いて、瞬がティナの言葉に納得する。
「成る程……しかし、意外だな。実戦経験差で負けると思っていたが……」
「何を言っている?元々は2年以上前にオレと一緒にかなりの数の敵に狙われてたんだぞ?実戦経験は先輩達以上だ。その経験や性格から、天神市での弱い異族達の相談役もやってるしな。戦闘は出来る」
「あ……」
カイトの言葉に、一同が漸く弥生の来歴を理解する。何も、弥生も守られていただけではないのだ。自ら守り、戦ったのである。それが既に年単位となれば、彼等でさえ、勝利を得られるか微妙な所だと思ったのだ。
まあ、微妙であると思っているのは彼らだけで、実際には本気になった弥生には、今のリィルでさえ、引き分けるだろう。
「更に言えば、自分で魔力を制御することぐらいは余裕で学園転移時点で出来るようになっていた。もとより他の面子に勝ち目は少ないさ」
カイトの言通り、近接戦闘部門の優勝は弥生に決定することになる。こうして、初日は大した事も無く、終わりを迎えたのであった。
ちなみに、報道部主催でまた密かに行われていた賭けで、ティナがボロ勝ちしたのは言うまでもない事である。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第245話『第二回トーナメント』
2017年3月13日 追記
・誤字修正
『天神市』が『天竜市』になっていたのを修正しました。