第239話 昔話 ――公爵即位――
結婚話からカイトが公爵へと即位した理由を説明しなくてはならなくなったカイト。仕方なしに今まで語っていなかった事情を説明することにした。
「クズハはハイ・エルフの先王の娘。しかも、次期王位継承者だ。引き取ろうモノなら当然それなりの地位が居る。それに関して言えば、エンテシア皇国というエネシア大陸最大国家の公爵という地位は彼等にとっても面子が立つ。ティナは終戦後に起こるであろう魔族差別をなんとかする為に領地が必要だった」
そこでカイトは一つ溜め息をついた。
「だが、大戦で武勲ありとはいえ元魔王。しかも、ティナに責任は無いとはいえ、大戦の際に被害が増大したのは間接的にはこいつの魔族統一のせいだ。それに皇国が領地と爵位を与えるわけにもいかない。逆に被害が大きかった国からクーデターを起こされた事を責任追及する声さえあった。魔王がこいつの親しい仲であったことも災いした。出来レースでは無かったのか、とさえ疑われた。戦中何度も敵側のスパイではないか、と疑われたぐらいだしな……まあ、引き渡せという通知はオレらで全部叩き潰してやったが」
くくく、とカイトが獰猛な笑みを浮かべる。これは致し方がない。公的な責任を先代の魔王やその周辺、最後まで抵抗した面子に全て被せたとはいえ、ティナが国力を高めた事が被害増大の最大要因なのだ。彼女は王として正しいことをしているだけなので恨むな、と言われても、理性では理解できても感情で納得できない。
ちなみに、ティナを引き渡せ、という通知というか命令に耐えかねたのと様々な面倒な事からカイト達は連合軍から独立した戦力を創るのだが、これは置いておく。
「では、他に誰が居るか、というとウィルは皇族。しかも、当時の時点で皇太子候補筆頭だ。今後を考えれば爵位を得ることは出来ない。後ろの貴族たちが五月蝿いからな。さすがに誰も強制できんし、そもそも奴が公爵への即位の話を持って来た。それをウィルが即位していては本末転倒だろう」
これも当然却下、とカイトが指を折った。
「ルクスは当時所属はまだルクセリオン教国。しかも教国の聖騎士団に団長を何人も輩出した名家の出だ。自身も次期団長の筆頭株だった。いくら出奔、という名の駆け落ちをしたといえど、皇国が勝手に爵位と領地を与えるのは大問題だ。ルクスが正式に皇国の所属となったのは、オレが公爵に就任して公爵軍の初代軍団長に就任するって、奴が勝手に決めた時だ。その際はやっぱオレが説得に出向く事になって、大揉めした」
こちらはクズハとは違い、大精霊が出向いた所で解決しない。そこで、ティナやウィルの知恵を借りて様々な根回しを行って解決したのであった。
「バランのおっさんは元奴隷、しかもすでに滅びた国とはいえ脱走した奴隷だ。おまけに奴隷制度撤廃前だ。爵位と領地を与えることは揉める原因にしかなりかねない。アウラは爺さん……皇国の大賢者ヘルメスの孫かつ大戦の功労者だから適任だが、種族的にまだ幼いということで、却下。ユリィはそもそもで却下」
つまりは、消去法でカイト以外に適任者が居なかったのだ。なので、カイトは自身の利点を上げていく。
「では、オレはどうか、というと……全部の大精霊から歴史上ただ一人祝福を得て、古龍と誼を結んでその信望を得て、問題にしにくい。人望面では各国の危機を救い、兵士たちからの人望は絶大。ウィルによる宣伝効果で各大陸の一般市民からの支持も絶大。貴族等の後ろ盾無しということで取り入りやすい、と考えた貴族たちも諸手を挙げて大賛成」
この所為でカイトに取り入ろうと揉み手する貴族が大量に現れ、全員で逐一対処せねばならなかったのだが、今は置いておく。
「与える理由としても、龍族など有力種族の連合軍参加の立役者として連合軍結成に一役買い、更には戦場ではティアやグライアと共に最前線で戦い、先代魔王の単独討伐など数々の武勲を上げている。国として見ても、大賢人ヘルメスの養子だから皇国が爵位と領地を与えても問題がなく、また領地にしても魔族達への抑えになる。更には許嫁にアウラが居る。家柄も十分だ。皇国が爵位を授けるのが筋と言える。おまけに旅の最中で幾人かの高位種族の王族や族長筋の女の子と関係を持っていた所為で、与えないのも大問題」
とそこでカイトは寒気を感じ、周囲を確認する。そうして、原因を確認し、慌てて補足した。
「ちなみに、これは不可抗力が大きいからな? 向こうの面子とかでどうしても、だからな? 後関係とか言っても肉体関係は無いのあるからな? だからそんなに怖い顔しないでください。後で出来る限り話しますんで」
カイトは一度女性陣に待ったを掛けて言葉を区切り、つまりは、と前置きして言った。
「オレ以外に公爵に就任できるやつがいなかった、ってわけで……」
いくら大戦の英雄といえど、俗世に居る以上はそのしがらみから逃げられないのであった。
「ホントは私とカイト、それにアウラの三人で冒険者として旅をしようっていう約束だったんだけどねー」
ごろん、と寝転がって、何がどうなるかほんとにわかんないよねー、とユリィが呟いた。
「で、結果オレが公爵に、ルクスが初代公爵軍軍団長に、バランのおっさんがその補佐に、ウィルが公爵家の後ろ盾に、クズハ、ユリィが公爵家客人に、と言うわけだ。アウラ、ティナは研究員兼将来の公爵夫人扱いだ」
「もしかして、いやいや引き受けたの?」
全員、結構ノリノリで引き受けたモノと思っていたらしい。肩を竦めたカイトに魅衣が問いかけたのだが、全員それに少し興味を持っていた。
「当たり前だ。誰がこんな面倒な仕事を引き受けるか。王侯貴族の大変さなんぞ、ウィルをみてれば十分わかる。おまけにかなりやっか……いや、大変人の出来た個性的な女性達と結婚する羽目になるんだぞ?」
思い出してカイトは一気に気が滅入った。唯一の慰めは、彼女らが全員王侯貴族の御令嬢と讃えられるに十分な美貌と才覚を有している事ぐらいであった。ただし、全員がじゃじゃ馬と変人であるが。
「やっかい、って言おうとしたな」
瞬の呟きはカイトに拾われる事無く、風に乗って消えていったのだった。
「と、言うわけで、結婚はしないといけないんです」
更に幾つかの説明を行い、カイトは雨宮に向き直って告げる。
「そうか……いや、ありがとう」
「それで、こんな話がどうしたんですか?」
一応カイトも聞かれたから答えたが、未だに何故質問されたのかが理解できない。それに雨宮はおちょこの酒を一息に飲み、深呼吸する。
「実はな……結婚しようと思っているんだ」
「……へ?」
全員が呆然とその意味を咀嚼する。そして、全員が同時に驚きの声を上げた。
「あ、いや、な?今学園と魔導学園で学生交流の話があるだろ?そこで出会った教師の女性と今お付き合いさせてもらっていてな?それで、結婚したいな、と……いや、彼女可愛くていい子なんだよ。この間も幼い孤児の女の子の相談に乗ってな、母親ってどんな物なんだろう、って必死に考えてたんだ」
そうして始まるのろけ話。カイト達はそれを口を開けて聞いていた。
「でだ、結婚したいな、と……ああ、安心してくれ。お前らがきちんと日本に帰れる日まで、きちんと面倒を見るつもりだ」
そう言って照れた様子でカイトを窺う雨宮。始めは何故自分たちなのか、と思ったが、よくよく考えれば彼の所属する天桜学園の対外的な付き合いはカイト等がメインで、相手の上司はユリィ、話を通すべき筋としては保護者であるクズハが居るので、間違っていなかった。
「そうですか……」
雨宮が此方に残る、と決断したことを少し寂しく思いながらも、カイトはその決定を受け入れた。実は彼以外にも、此方に永住を希望する学園関係者はいないわけではないのだ。何時かは知り合いがそう言う日が来るだろう、と覚悟はできていた。
そして、カイトはこの街の為政者である以上、この街に居る人を好きになり、そして暮らしてくれることは喜ばしいことなのだ。そしてその決定は雨宮自身が成すべき事であり、此方に不利益が無い以上は、引き止める道理が無かった。
「……まあ、お相手の女性は獣人族のようですから、文化等は問題ないかと思いますが……ちなみに、どんな種類の獣人かお分かりになりますか?」
何故教師の結婚相談を教え子の自分が受けているのか、と内心で首を傾げるカイトだが、昔取った杵柄でアドバイスが出来るので聞いてみる。
「確か……ああ、犬の獣人だ、って言ってたな。弟さんが一人、親はいないらしい」
「そうですか。ちなみに、犬との事ですが、犬耳の何処かにイヤリング……ああ、こんなのついてませんでしたか?」
そう言ってカイトは魔術で三本線の入った独特な形のイヤリングを投映し、雨宮に確認する。
「……いや、無かったな。一本線の単なる指輪みたいなイヤリングを付けていた」
「そうですか。なら、寿命は大丈夫ですね。これが三本線なら、犬ではなく神獣となる可能性がありました。二本線で狼や虎等の力を有する獣人。三本線は神獣の力を有する獣人で、寿命が人間のそれを遥かに上回ります。まあ、三本線は見てもらった方が早いですね。ルゥ、悪いが出てきてくれるか。お前の眷属の婿となるかもしれない男性だ」
そう言ってカイトがルゥを召喚する。その彼女のケモミミには、カイトの言う通りに三本線の入ったイヤリングがついていた。
「はい、旦那様。初めまして、といっても此方は存じ上げていますわ。私はルゥ。故あって旦那様の使い魔をさせて頂いております」
そう言ってルゥは雨宮に丁寧に一礼する。何故彼女が雨宮の事を知っているのか、と言うとカイトを通して知っているからだ。
「彼女は現神狼族の長、ルゥルが母になります。下には白狼族、黒狼族等が入り、先生が惚れてらっしゃる方はその末端、犬族に当たります。獣人族の上下関係はご存知でしょうか?」
カイトは雨宮に獣人族についてを尋ねる。
「いや、済まない。あまり理解していないが……何か違うのか?」
「大部分は地球のそれと変わりませんが、一つ異なります。ルゥ、お前が説明するのが一番良いだろう。説明してくれ」
「はい……まず、獣人族は獣、というぐらいですので、群れをなしているという考え方が多いですわ。とは言え、これは獣人族全体の長ではなく、犬や猫等の似通った系統の一族に分かれて群れをなしている、とお考えくださいまし。群れの長はその系統の最上位の存在となりますわ。各系統の頂点は猫系統ならば神虎族、鳥系統ならば不死鳥族、犬系統ならば我が神狼族です」
そう言って一度雨宮の反応を確認するルゥ。彼が理解しているのを確認し、話を続けた。
「獣人族のしきたりとして、婚姻する場合は自分より上の種族の媒酌人を立てる必要があります。これは、皆さんの神前式に似ており、上位の存在に対してこの方と婚約します、と宣誓するわけですわ。それ以外にも、公の場では高位の獣人に対して気を遣わないといけない場も有りますが、それはご自分でお調べくださいませ」
「それは、そうですね。ありがとうございます」
ルゥからの説明を聞き終え、雨宮が頭を下げた。そして、カイトは最後に言っておかなければいけないアドバイスを付け加える事にした。
「まあ、獣人なのでそれ特有の問題は有りますが……」
そう言って言い淀むカイトに、雨宮が心配そうに眉を顰めた。
「何か問題があるのか?」
「いや、まあ……そのちょっと生々しいですが、獣人族となると、その……発情期がありますので、その間は大変ですよ、と。えーと、昔の友人の経験談ですが、種族によっては一ヶ月は離してもらえなくなる事も……そういう種族と婚約した場合には、貴族であろうとなかろうとソレ用に特別休暇が与えられるぐらいですし……なにせ、生理現象ですからね」
「そ、そういうことか……ま、まあ、そこら辺は、なんとか頑張れば……」
雨宮は引き攣った表情でカイトの忠告を胸に仕舞い込んだ。教師と教え子がするには不適当な会話だが、アドバイスしないわけにはいかないし、貰わない訳にはいかない。
「まあ、犬の獣人なので3日も続けばかなり深く愛されていると言えるでしょう。今出来るアドバイスはこんな所ですね。ただ……ガッツリシッポリ絞られますので……クスリ、届けましょうか?何処かの馬鹿共がサキュバス達から入手した超強力とか言う精力剤がありますので……」
何処かの馬鹿共ことクズハとユリィが目線を逸らした。彼女らが以前に入手したクスリは、結局使われないままだったのだ。と言うより、使えば自分たちが大変になると直前に気づいたらしい。
「そ、そうか、ありがとう」
そう言って雨宮は再びおちょこの酒に口をつける。
「後は……そうですね。確か先生の氏神は素盞鳴尊でしたよね?」
「……よく知ってるな」
カイトの言葉を受け、雨宮が大いに驚いた。彼は天桜学園のある街が地元ではなく、興味本位で調べたが故に知っている事であった。そして、それは学園では一度も語ったことは無かった。
「まあ、あれから聞きましたので」
カイトは苦笑して告げる。カイトは実はスサノオ本人から聞いているので知っているのだった。
「彼から祝詞を貰うのも良いでしょう。自分が届けますよ。本来は自分で行った方が良いのでしょうが、事情が事情ですから。彼も氏子が幸福となってくれるなら、拒みはしないでしょう」
「本当か?それは済まないな」
まさか神様から祝福してもらえるとは思っていなかった雨宮は、嬉しそうに頷いた。そうして、更に幾つかの相談を受け、雨宮は去って行ったのだった。
尚、学園の運営や諸々の手筈がついて、担任の雨宮の結婚式が挙げられたかどうかは、また別の話である。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第240話『告白』
2015年10月16日 追記
カイトのセリフ『だが、自軍で大戦で武勲ありといえど~』から、自軍で、を削除しました。
誤字修正
誤:『~担任の雨宮の結婚式にが挙げられたかどうかは~』
正:『~担任の雨宮の結婚式があげられたかどうかは~』