第238話 結婚観
担任の雨宮に結婚について問いかけられたカイトだったが、カイトは答える前に、問い返した。
「何故、自分なんですか?」
当たり前だが、カイトは既婚者ではない。年齢的には年上だが、別にそこまで親しいわけでもない担任から質問される事ではなかった。訝しむのは当然だった。
「お前は地球生まれ育ち、こっちの世界を旅して、様々な種族を見てきただろう?お前が異種族協和を掲げたなら、その中には異種族同士で結婚している例もあったはずだ。クズハさん達だとこっちで生まれ育っているが、お前だと俺と同じ視点で物を見れたはずだからな」
「……成る程。確かに、自分でなければダメですね」
かつて日本で生活し、コチラの世界で長年人々の生活を見てきたカイトであればこそ、わかる事もあるはず、と考えたのだ。そこで、カイトは少しだけ考えた。そうして思い浮かべるのは、今自分を不安そうに見つめる少女たちや、昔馴染みの女達であった。
「種族差、については問題にならないでしょう」
そうして、一度目をつぶり、自分が見てきたこの世界を思い出す。
「今の皇国ではその程度、と笑って流される事が殆どです。天族と魔族が結婚し、エルフとダーク・エルフが子を成す等、我々地球出身者から見れば奇特に映るかもしれませんが、事実です。結局皆死ねば灰、という考え方なんでしょうね。それ故に相手がどんな種族か、なぞ些細な事なんでしょう。確かに種族差による寿命差や相性による子供の出来にくさなど、各種の問題は孕んでいますが、それに折り合いをつけて愛し合っているようです」
享楽的、深く考えていない、そういう様な印象を受けるが、実際には始めからそうだったわけではない。カイトやその仲間達が種族融和を薦めたが故に、こうなったのである。
「既に遠い過去に失った一人の異性をずっと愛し続ける者も居ますし、幾人もの異性と結婚した者もいました。恐らく、各個人の考えなのでしょう。婚期についても種族それぞれですしね」
「地球で言う行き遅れとかがないのか?」
雨宮のその言葉を聞いたティナが、ピクリ、と一瞬震えたが、カイト以外には気付かれなかった。
「種族次第、でしょうか。結婚しなくても問題ない種族も居れば、日本の様に許嫁まで決定して子供を待ち望む種族も少なくありません」
そう言ってカイトは自身に焦点を当てる。
「それで自分は、ですが……いずれは、しなければならないでしょうね。少なくとも、クズハとユリィ、アウラ、それにミースら数人の女性とは婚約するつもりです。まあ、ティナは……どうする?」
「す、するに決まっておる! お主も余の初めてを奪った時に責任を取ってやると言ってくれたではないか!」
何故かニヤニヤとしているカイトに、カイトの問いかけに大いに焦った様子のティナが答えた。
「ど、どうした?」
何事か全く理解出来ない雨宮が、変な様子のティナに問いかけた。それに、ティナはカイトにしっかり抱きついて答えた。
「余は嫁がなかっただけじゃ!」
「まあ、こいつは魔女族なんですが……婚期って20歳から300歳ぐらいなんですよ、魔女族」
そして、ティナの現在の年齢は300歳ちょっとである。つまり、十分に行き遅れ直前と言って良かった。
「本来は魔女族は結婚しなくてもどうでも良いという種族なんですが……」
そんなニヤついたカイトの言葉を、これまたニヤついたユリィが続けた。
「魔王も王である以上、やっぱり結婚しないといけないわけで。盛大な婿探しをしたわけらしいんだけど……この条件がお笑い」
今にも笑いをこらえています、という感が満載でユリィがティナを突っついた。
「ぐっ、良いではないか! 余だって女の子じゃ! 守ってもらいたいと思って何が悪い!」
「お前、当時ぶっちぎりで最強だったんだろ? んなやつ見つかるかっての。」
そうして彼女が即位して治世が安定し、婿探しを始めて約100年。各種族の実力者が果敢に挑戦するものの、全く寄せ付けない強さが広まるばかりであった。そうして、見つからぬままにティナは危うく行き遅れる所であったのだ。
尚、本来は魔女族は行き遅れを気にするような種族ではないが、彼女は周囲の魔族たちが早く子供を、跡継ぎを、と急かした所為で若干魔女族らしからぬ考えを持つに至ったのであった。
そうして、一通りティナを茶化して遊んだ後、話を修正する。
「まあ、話を戻しますが、これは公爵としての義務であり、男としての見栄でもあります。さすがに、自分を慕ってくれる女の子ぐらいは自分の手で幸せにしてあげたいですからね。それだけの力を有しているとは、自負しています」
その言葉に、ティナ達三人が非常に嬉しそうに顔を赤らめた。完全にプロポーズであった。
「……それは、こっちに残る、ということか?」
真剣な眼をした雨宮が、カイトに問いかける。確かに、聞き様によってはコチラに永住すると言っているようにも聞こえた。いや、それ以前にカイトは公爵という公的に重要な地位に居るのは、それは当たり前の様に思えたのだ。
「桜達は良いのか?」
事情や考えを理解しているであろうティナが、不安そうにしている桜達に代わって問いかけた。
「永住については、未定ですね。まあ、桜達は考えないといけませんが……それも一度地球に帰ってからですね。娶るにしても、彼女らの特殊な事情を勘案しなければなりません」
雨宮は特殊な事情を実家の事と判断したが、半分正解で半分間違いである。カイトが言いたかったのは実家に関連した異族達の事であった。どう考えても力を有している彼等がどのような判断を下すか、が重要なのであった。
「だが、お前も両方の世界を行き来できるわけじゃないだろう?」
雨宮の言葉に、カイトはどこまで話すかを考える。そうして、今まで一度もしたことがない秘密を明かす事にした。
「……いえ、オレ単体ならば、自由に行き来できます。まあ、さすがに学園の事もありますから戻ってはいませんが……学園全体を転移させる事は自分でも不可能ですしね」
「おい、カイト。それは余も初耳じゃぞ? どうやってじゃ?」
カイトが単体ならば自由に転移できる、と聞いたティナが、周囲の面子同様に怪訝な顔をして尋ねた。ティナでさえ、世界間の転移には莫大な力を使い、自由に、という程度で転移は出来ないのである。
そしてカイト自体も、かつては転移に莫大な時間を掛けて準備したのであった。他の面子であれば言わずもがなである。
「まあ、言ってないからな。」
「なんじゃ? エアの剣か? あれは確か世界を切り裂いた剣じゃったな? 世界間の壁をぶち壊すぐらいは出来そうじゃが……危険すぎぬか? 変なモノを呼び寄せる可能性があるぞ」
まだコチラに居た時には知らなかったので、地球に戻ってから得た力だと判断したティナが推測する。だが、カイトはこれを否定した。
「いや、違うが……っと、話がずれたか。もし、彼女らの家が認め、彼女らが望めば、自分は彼女らを娶る事を拒む事はありません。最悪、彼女ら自身が望めば、強引な手段を取る事も厭いません。まあ、彼女ら自身が望まなくても、彼女らが幸せにならないなら、やりますけどね」
カイトが更に追求しようとするティナとの会話を強引に中断して語ったセリフもある意味、プロポーズとも取れる言葉であった。その意味が正確に理解出来た桜達は真っ赤になり、男性陣は唖然とする。
「今は居ませんが、裏ワザ的にアウラに頼んで桜達を密かに転移させることも出来るでしょう。彼女は召喚術の権威です。今では更に力をつけているはずですから、いざとなれば彼女に頼む事も視野に入れています。ティナの力を合わせれば数人程度ならば、コチラから強制的に転移させることも出来るでしょう」
「まあ、可能じゃろうな。アウラの協力は必要不可欠じゃろうが、余も友らの幸せを望まぬわけではない。多少の強引な手段は友として当然じゃな。余とて別にカイトを独占できるとは考えておらんしの」
「オレはモノか……」
さも共有物の様に語るティナに、カイトが呆れる。間違ってはいなかった。
「まあ、いいか。と、言うわけで、結婚については考えていますよ」
「では、お兄様。色々と挨拶には伺ってくださいね」
「何個か大陸渡らないといけない、か……はぁ、メンドクセ」
決意は表明したものの、やはりやるとなると面倒なのである。だが、そんなカイトに対して、クズハが微笑んで告げる。
「その前に叔父上に挨拶していただければ」
「最近自分の息子と結婚させようと動いてるもんねー」
「……おい、ちょっと待て。そんな話は聞いてないぞ」
いきなり語られたクズハの実家話に、カイトの顔が引きつる。
「あら?お兄様が責任を取って頂けるので、問題ないかと思いました」
クズハが楽しそうに、カイトに告げる。その顔に、カイトが全てを察した。
「既成事実化目指したな!」
「はい」
コロコロと笑うクズハ。どうやら敢えて伏せていたらしい。カイトは更なる揉め事を確信した。
「そういえば、クズハさんのご実家って何処?」
ふと興味が湧いたらしい魅衣が、クズハに尋ねる。
「ハイ・エルフの里です。各エルフの里から更に森の奥にある異空間を通っていけば、たどり着けます。そこの王城が生家になります。まあ、5年程しか生活したことありませんが」
「え? じゃあ、クズハさんって王族なの?」
魅衣の問い掛けに、クズハは何ら躊躇いも気負いも無く答えた。
「はい、ハイ・エルフの先王の娘です。かつての戦乱でお父様とお母様がお亡くなりになっていますので、現在は叔父……お父様の弟が王位を継いでおります」
「……え? 本物のお姫様?」
クズハの言葉に、知っている面子を除いた全員が目を丸くしてびっくりしていた。
「まあ、王位継承順位は1位です。戦乱の折には私が避難中で、戦乱後にはお兄様の代理に就任したことで、叔父上は非常時での就任になります。本来は私が女王となる予定でした」
「あんた、いいの? そんな娘を引き取って」
「それはまあ、揉めるに揉めました。でも、お兄様がシルフ様とノーム様にお願いされまして、説得していただけました」
魅衣はカイトに聞いたのだが、クズハが答えた。自分達が神にも等しいと奉ずる大精霊にわざわざ説得に出てこられて、断れる王族は居なかったのだ。
「まあ、お兄様の説得の甲斐があって、私はここに居るわけです」
「始めはハイ・エルフの里に送る、っていう約束だったのに、終戦時点でカイトに懐きまくって離れたくない、って号泣したのは誰だったかなー?」
「と、遠い昔の話です……」
さすがに恥ずかしかったらしいクズハが、顔を朱に染めて照れた。そんなクズハに、ユリィが笑って追い打ちを掛ける。
「カイトが公爵になったのはクズハとティナの為だもんねー」
「感謝しております、お兄様。」
「それを言われると余も痛いのう……」
片やきちんと一礼し、片やバツが悪そうに頬を掻いた。
「どういうことだ?」
関係性がわからない、とソラがカイトに尋ねた。そうして、カイトは自身が公爵に即位した理由を語り始めるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第240話『昔話』
平成27年10月15日 追記
・誤字修正
誤:『最悪、彼女らが~手段を取ると事も』
正:『最悪、彼女らが~手段を取る事も』
・追記:次回予告を追加