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第234話 不安

 初代村正に預けていた武器を桔梗と撫子から受け取り、二人にその来歴を語ったカイト。その後二人と一緒に眠ろうと思ったのだが、二人から逃げられ、仕方がなく一人でベッドに転がった。


「これ、でかいんだよな……」


 複数人が眠るから、という理由でクズハが特注したキングサイズを上回るベッドは、一人で眠るには大きすぎる。それが余計に寂しさを増していた。


「やっぱ他の個室に個人用ベッド買おう。」


 椿やシロエには手間となるが、少しぐらいのわがままはいいだろう、そう考えて、再び目を瞑るカイト。そうして目を瞑り、眠ろうとしたところで再び扉がノックされた。


「開いてるぞー。」


 もう起き上がるのも面倒になったカイトは、ベッドから起き上がらずにそのまま答えた。そうして扉が開いて、入ってきたのは椿であった。


「夜分遅くに失礼致します。」

「ん?椿か。何か急な案件でもあったか?」


 既に室内の電気は消しており、薄暗くて椿の顔は判別出来ないが、どこか思いつめた雰囲気を帯びていた。


「いえ、あの……ご主人様!」


 そう言って椿はカイトへと頭を下げた。


「あの、どうか捨てないでください!」


 頭を下げて涙声で椿に言われたカイトは流石に首を傾げて訝しんだ。


「……何のことだ?」

「私は……私は出来損ないです。掃除一つ満足に出来ない、出来損ないです……」


 そう言って落ち込んだ様子で、カイトに近づいてきた椿。その顔には涙の跡があった。


「あー、あれはティナだからな?完璧に掃除してても服だのどっからか入手してくるだろ。気にするな。」


 若干引き攣りながらも、カイトはティナの行動を弁明する。どうやら椿はティナの創ったホムンクルスに触発されて、捨てられるのでは、という不安に囚われてしまった様だ。


「でも!あの娘達は完成品、成功作です!私とは違い、望むべくして望まれた事を十全に出来る娘達です!」


 この椿の言葉には、カイトは何ら発言できなかった。椿の何が悪くて、出来損ないと判断されたのかわからなかったからである。


「ですから、こうやってお願いする事しか出来ません……なんだってします。だから、お願いします……もっと、ご主人様のお役に立てるんです……」


 そうして、ボロボロと涙を流し始める椿。それをカイトは沈痛な面持ちで深く、深呼吸した。


「出来損ないだからと言って、お前を捨てる事にはならない。」


 カイトはそう言うと、椿を一度落ち着かせようと腰掛けていたベッドから立ち上がる。


「いいえ!あの娘達がもっと感情を露わに出来るようになれば、ご主人様はあちらを選ばれます!それが、出来損ない()完成品(あの娘達)の差なんです!」


 どうやら理由もわからず出来損ないとの烙印を押され、捨てられた事は彼女に完成品に対する多大なコンプレックスをもたらしたようである。それ故に、彼女は無条件に一葉ら三人が選ばれると思っているようだ。


「はぁ……あいつらは戦闘時のサポート、お前は実務面でのサポートだ。何も問題無いだろ?だから、落ち着け。」


 安心させるように、カイトが笑顔で語り掛け、椿の肩に手を添えて、ベッドに腰掛ける様に促す。しかし、これが間違いであった。次の瞬間、カイトの身体はベッドに倒れこんでいた。合気に似た要領で、椿に押し倒されたのである。


「おい、椿?」


 この状況、非常に嫌な予感がする、カイトが内心で冷や汗を掻いて椿に問いかけるが、椿は反応しない。その眼からは光沢が失われており、カイトの声が聞こえていないかの様であった。いや、真実、カイトの言葉は椿の耳に届いていても、その意識には、届いていなかった。


「そうです……もっとお世話出来るんです……只、御主人様がお求めにならないだけ……どうしてですか?私には魅力が無いですか?あの時仰ってくださいましたよね?お前は十分魅力的だ、って。どうして手を出してくださらないんですか?」

「いや、あの、椿さん?」


 あ、ヤバイ、そう判断してカイトが椿の様子を窺い見るも、一向にお構いなしに椿は言葉を紡ぎ続ける。


「夜伽だって出来るんです。いえ、元々はそういう目的で造られました。誰よりも、御主人様のお世話が出来るはずなんです。」


 それはお世話に入らない、カイトはそう言いたいが、言えば殺されそうだった。まあ、椿程度の攻撃なら刺されても斬られても死なないが、痛いものは痛いのである。


「そうです……誰かが今日の御主人様のお世話をしないといけないですよね……今は私しか居ないんです。だから、御主人様のお世話を私がしないといけないんです。だから、御主人様は我慢なさらなくてもいいんです。」


 カイトの腰の上に跨がり、カイトの顔をじっと眺めながら自らの顔を近づける椿。


「いや、ちょっと待て!お前との契約は書類関連の補佐だったはずだ!娼婦の真似事はしなくていいだろ!」


 さすがに貞操の危険を感じたカイトが、今にも口づけせんばかりの椿を押しとどめる。それに椿はきょとん、とした顔で首を傾げた。


「?何故ですか?私は御主人様に買われました。ならば、この身の全ては御主人様の為の物。夜伽だろうとなんだろうと、御主人様のお好きになさって構わないのですよ?……いえ、そうではないですね。私が、致したいのです。」


 そう言うや、問答無用にカイトにキスする椿。そのキスは口づけ、というよりも、カイトの口内を蹂躙するようなキスであった。


「んー!んー!」


 なんとか抗議するカイトだが、口を塞がれており、言葉にならなかった。


「ぷはっ……チュ……ふふ……御主人様の味……」


 まるで味わうようにカイトの唾液を舌で転がし、そして飲み込む椿。その顔は光悦で緩み、トロン、としていた。まるで、天上の美酒を味わっている様な陶酔ぶりである。


「おい!これ以上は洒落になってない!」


 あまりにまずい現状に、カイトが椿から一度離れようと身じろぐが、椿は身体全体でカイトを逃さぬよう、ガッチリと捕まえる。そうあるべし、として育てられた椿の夜伽の腕前は、キスとその仕草だけで男を惑わせる。それだけで熟達の娼婦と理解させるに十分なものであった。

 普段は桜と同じく物静かで清楚な椿が見せる、桜の様な恥じらいのある顔ではない、妖艶な娼婦としての顔に、さすがのカイトも危機感を隠せなかった。


「本当は御主人様もお望みなんでしょう?だって、本当にお嫌ならば力尽くに私を離せるんです。」

「いや、そりゃ、そうだが!」


 確かに、カイトの力をもってすれば椿から逃れる事は簡単である。しかし、そんなことをすれば、今度こそ椿は精神を崩壊させるだろう。何らかの問題がある、それを知って尚、椿を引き取ったカイトには、それだけは許容できなかった。


「ほら、やっぱり。」


 椿はそう言って、花の顔を綺麗に咲かせ、笑う。その顔に淫らな物はなく、全て喜色からできていた。真に主の役に立てる、と感じたものだけが得られる、従者の喜びであった。


「じゃあ、何の問題も無いんです。御主人様は欲望の赴くまま、只私をお望みになられれば良いのです。私は、それに応えます。だから、どうか……お側に。」


 そうして、懇願する椿の眼からは、一筋の涙が流れた。妖艶な仕草の中、不安を覗かせる椿に、カイトは一瞬動きを縫い留められる。それを好機と気付いたかどうかは定かではないが、椿はカイトの服に手を伸ばす。そして、はだけて露わになった肌に顔を近づけ、カイトの臭いを吸い込んだ。


「ごしゅじんさま……」

「あ、ダメだこりゃ。」


 一瞬の隙を突かれ、自らの服に手を掛けられたカイト。言葉は通じず、逃げることも許されない、そう結論づけたカイトは、この程度ならば、別に減るものではないのだ、と考える事にした。諦めた、とも言う。

 桜やクズハらにバレた時は、カイトが怒られれば済むだけの話である。椿の精神と桜達に怒られるを天秤に掛け、椿を取ることにしたカイト。当初の予定とは異なるが、かなりの疲労感を引き換えに、寂しさを感じずに眠ることが出来たのであった。




「成る程、そういう事でしたか。」


 翌朝、カイトも椿も眠りについている頃。ストラの下へと報告が上がっていた。


「ああ、それで、兄上。主には報告するか?」


 報告者はステラだ。かなり厳重に秘されていた情報なので、ステラ直属の部下が手に入れたのである。そして主にも関わる事なので、確実にストラへと報告が行くようにとステラに報告が上がったのであった。


「ええ、さすがに従者の事ですので、報告しないわけにはいかないでしょう。」


 二人の口ぶりから、その報告内容は椿に関する事が察せられる。二人は、報告書を見て、少しだけ笑みを浮かべた。


「それにしても……この程度ならば別に教えぬ程の事でも無いでしょうに。これは椿が哀れですね。」


 ストラがため息混じりに呟いた。いくら厳重に秘されたミックスの情報であっても、手に入れられないわけではないのだ。それが顧客に関するものではなく、ミックスに関するスペックならば比較的容易に――それでも、並の密偵には不可能だが――入手できた。


「あの組織は完璧を求める……主とは正反対だな。」


 ため息を吐いた兄に対して、ステラは苦笑する。カイトは完璧であるよりも、どこかに欠点のある少女の方が好みである。それを把握していない二人ではない。それをストラも聞いて、主への報告を行う事にした。


『閣下、お休みのところ、失礼致します。ストラです。』


 念話に反応し、カイトが目を覚ます。椿を起こさぬよう、身動きは取らず、眼も瞑ったままである。


『ああ、ストラか。何か用か?』

『はい。椿が放逐された理由が判明しました。』


 その言葉に、カイトは内心で溜息を吐いた。既にカイトはなんとなくだが理解していたのだ。


『……教えてくれ。』

『はい。結論を申し上げますと、主への依存癖が問題視された様です。一応妾として教育されているらしいので、主の血脈……つまりは他の女性や自らとの子供や、他の女性に敵対することは無いようですが、一度主を求め始めると、気が済むまで求め続けるようです。また、少しでも不安になると主を求めるらしく、そこらが主の負担になる可能性が問題視された様ですね。』

『うん、知ってる。』


 昨夜の椿の様子から見当を付けたカイトの予想通りの答えに、カイトはにべもなく告げた。


『は?』


 とは言え、主からの予想外の反応に、二人はきょとん、となる。その返答を聞いて、カイトには、二人のきょとん、とした顔が目に浮かぶようであった。


『昨夜おもっきし涙ながらに襲われた。後はわかるな?』


 カイトの言葉を聞いた瞬間、ストラとステラの一度顔を見合わせると、声を上げて大笑いした。


『そ、それで主はなし崩しに関係を持ったわけか!』

『あんた相変わらずだな!さすがにソレは女好きと言われてもしょうが無いだろう!』


 二人が尚も笑うので、カイトは少しだけ憮然として反論する。ストラに至ってはかつての口調に戻っているので、かなりツボに入った様だ。


『しゃーないだろ。あの状況で引き離しゃ椿、確実に壊れてるぞ。御主人様にまで捨てられた、ってな。あの状態でどないせいと……』


 部下の散々な言葉に、カイトは関西弁が出てしまった。とは言え、そう思われても仕方がないとも思ったが。


『あんたの場合は魔術で幻術を見せて落ち着かせる、眠らせるなどで鎮静化させるなど、いくらでも手段があるだろ?他にも、ティナ様に救援を求めるなどもあっただろ……』


 それを聞いたカイトが、少しだけ息を呑んだ。今まで気づいていなかったのだ。


『……もしかして、気づいてなかったのか?』


 カイトの息を呑む気配に、ストラが事情を察する。


『……うん。思いっきり舌入れられた時点で少し諦めかけていた。んで、服に手を掛けられた時点で諦めた。後は椿が望むがまま。久々に死ぬかと思った。』


 本人はカイトが望むがままだと言うだろうが、どう見ても椿が望むがままである。少しだけ疲れた様子の主に、ストラが苦笑する。


『ま、まああんたの場合はそれを含めて仕事だろう。閨の統率も、人の上に立つ者の仕事だからな。』

『オレ、椿が入るなんて聞いてないが?』


 それ以前に閨を統率しないといけない程、人数を娶る気はなかった。周囲からは既に遅い、と言われているが。


『それはあんただけだ。』

『主だけだな。』


 そう、今回の一件でカイトはクズハらからかなりの長時間のお説教を心配しているが、周囲の予想では、若干の諦めがある彼女らからのお説教はあまり長引かない事が予想されていた。公爵家の面々など、いつまで椿に手を出さないかで賭けが張られるぐらいである。


『今回は二ヶ月弱、か。コフルは大損だな。』

『へ?』

『まあ、コフルの場合は椿の様子からおおよそを予想していたから、早いと踏んだんだろ。相変わらず先入観が先行する奴だ。』


 賭けの内訳は初日、半月、一ヶ月、二ヶ月、半年、一年となっている。一番人気は一ヶ月、二番人気は半月である。結果の二ヶ月は三番人気であった。


『おい……』


 大体を理解したカイトが、落ち込んで、更に呆れ返る。主を対象に賭け事を行っている貴族の門弟達は、おそらく皇国広しと言ってもマクダウェル家だけだろう。そんなカイトに対して、ストラが笑い、告げる。


『ははは、諦めろ。あんたの無自覚の女癖はウィル様も諦めるぐらいだ。』

『はぁ……疲れたんで、もう一度寝ていいか?報告書は後で持って来てくれ。』


 最も信頼する部下の一人の言葉を聞いて、何故疲れて寝ているところを起こされて、更に疲れさせられなければいけないのか、そう思ったカイトは、もう一眠りを提言する。


『ははは……あー笑った。……あ。も、申し訳ありません。お休みなさいませ。』


 一頻り笑った後で、漸く口調が変わっていた事を自覚したストラが、丁寧な口調に戻して言う。


『ああ、お休み。報告書は後で持って行こう。椿の詳細もそちらに書いてある。』

『あいよ……疲れた……』


 ステラとストラの二人の返事を聞いて、カイトは念話を遮断し、再び眠りについたのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第235話『覚悟』

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