第233話 龍殺し
ホムンクルスという錬金術と使い魔技術の複合分野の最奥を極めたティナ。種々の説明を行い、エリスの質問を受け、続くクラウディアの質問に、大喜びしていた。
「よくぞ聞いてくれた!これはお主とカイトのおかげじゃ!」
「はっ!ありがとうございます!」
「あ?オレ?」
自身へ向けてティナが感謝している部分についてはわかっているクラウディアが跪き、理解不能なカイトが首を傾げた。
「うむ。元々魂の複雑さ、肉体の製造原理の不可解さ等から困難を極めておったのだが……ほれ、以前ティーネが言っておったじゃろう?使い魔の卵をクラウディアが入手した、と。」
「ああ、随分前にエルフの里のオークションに出品されてたんだったか。」
「はい。魔王様のご帰還祝いには調度良いと思いましたので。」
当時を思い出したらしいクラウディアが再び光悦の表情でトリップしそうになる。しかし、寸前で質問者が自分である事を思い出して、戻ってきた。さすがにその程度の常識は弁えているのであった。
「それを余に持ち込んでくれての。それで魂の研究にかなりの進展がもたらされたのじゃ。少なくともヒトより少し劣る同程度の魂ならば、材料さえあれば使い魔の卵として創れるようにはなった。とはいえ、感情を殆ど持たせられず、まっさらな状態となってしまうがの。」
「材料?」
「うむ。理論的には高位の存在の血液等の体液に超高品質の魔石じゃな。人格の元となるデータを核に、魔力の塊である魔石を媒体として擬似的な使い魔の卵を製作するわけじゃ。このやり方じゃとどうしても、多少元の人物の影響は受けるじゃろうな。」
「おい、まさかオレの使ってねえだろうな?」
さすがにカイトも自身のクローンの様な使い魔を勝手に作られて良い気はしない。しかも、カイトの影響を受けるとなれば尚更である。
「さすがに使ってはおらん。この三人はクラウディアがもたらした使い魔の卵を分割し、それを元に擬似的な使い魔の卵を3つ創ったからの。」
「なるほどな。それで3タイプに分けたわけか。」
合点がいった、そう言ってカイトが三人のホムンクルス達を見る。大本となる使い魔の卵が一つであるならば、当然コピーと本来の卵の部分の間で若干の違いがでてくる。ティナはそれを見抜いて、各々の得意な分野で武装等を与えたのだ。
「そういうことじゃな。」
「それで、オレのおかげ、とは?」
「これは厳密にはお主のおかげではない。地球の科学技術のおかげじゃな。元々余にはお主がかつて言っておった原子論については殆ど理解出来なんだ。当然、コチラの世界にはそこまでの基礎知識が存在しなかったからの。」
「悪かったな。」
少しだけ憮然とした様子で、カイトが頬を掻く。カイトも知り得る限りではティナに教えたのであるが、転移当時のカイトは中学二年生、しかも抜群に頭が良かったわけでもなく、まあまあ、程度である。それが難解な原子論等を基礎知識もない者に教えられる筈がなかった。
「そう卑下するではない。致し方がなかろう。それでお主が余を地球に連れ帰り、様々な知識を得る機会を与えたであろう?それ故、お主のおかげなのじゃ。そして、その一つに……これがあった。」
そう言ってティナが取り出したのは、人体についてを詳細に書き記した書物であった。地球から持ち帰った品物の一つだ。科学的、化学的に書かれたその書物は、人体がどのような構造で、どのような物質で構成され、どの程度含み、どのような意味があるかについてを事細かく書き記していた。
「以前ならばこれを渡されたところで、窒素とは、酸素とは、水素とは……何か全くわからんであろうな。」
その言葉を示すように、椿やエリスだけでなく、ティナの助手としてかなりの魔術的な知識を有するクラウディアまでもが、理解不能、という顔をしていた。
「今までは術者の血肉を利用し、それを培養することでホムンクルスの肉体を創ろうとしておった。じゃが……それは術者の血肉であってホムンクルスの血肉ではない。それ故に拒絶反応が起きて魂が定着しなかったのじゃろうな。それ故に出来るのは失敗作であった。魂は無く、物言わぬ骸か、知性の無い獣と化すか……それが結果じゃな。未熟な腕の者であれば、酷な言い方じゃが、出来損ないと呼ぶしか無い知性の無い化け物が生まれる事もあるじゃろう。」
その言葉に、椿が少しだけ傷ついた表情を浮かべる。どうやら、自身が失敗作、出来損ないであると見捨てられた事に重ねてしまった様だ。とは言え、ティナの言葉に集中する一同は、誰もそれに気づかなかった。
「そこで、余が思いついたのは、一から魂にあった肉体を創ることじゃ。素材はあるからの。後は錬金術を応用し、ゆっくりと魂が定着できる肉体を創るだけじゃった。」
簡単そうに言うティナだが、当然簡単ではない。少しでも気を抜いて魂が肉体から剥離すれば肉体は魂のない単なる器となり、身体作りを急いでしまっては今度は拒絶反応を起こしてしまうのである。ここ当分忙しかったのは、ひとえにそれに取り掛かりだったからだ。
「そして、出来上がったのはこの三人。まさに、完璧と呼べるの。余の集大成じゃ。」
ティナはそう自慢げに語る。そこにはまさに一つの分野を極めた、という誇りがあった。
「そうか……だが、まだ精神面は成熟していないんだろ?」
「うむ。精神面ばかりは、急ぐことは出来ぬからの。とは言え、元が使い魔の卵じゃ。それなりに早いペースで精神を確立させるじゃろう。」
「わかった。なら多人数との関わりがあった方が、良い影響が出ると判断した場合は、冒険部への出入りを許可しよう。」
「そうか、スマヌな。」
カイトの協力を得て、ティナが感謝の意を示す。そうして、更に幾つかの相談を重ねて、この日はお開きとなった。
「ふう……ホムンクルスね。あいつは今日は泊まり込みで最終調整か。」
その夜、風呂あがりのカイトは珍しく誰もいないギルドホームの個室のベッドに腰掛けた。大抵は仕事後のクズハや、ユリィ、ティナ等誰かが居るのだが、今日は誰も居ない。桜達が訪ねてくる事もあるのだが、今日は全員ギルドホームに居なかった。
「クズハとユリィは皇族への偵察、ステラはあの組織の現状報告、桜は先輩と一緒に第二回トーナメントの打ち合わせで学園に泊まりこみ。瑞樹と魅衣はその護衛、と。」
そう言って各員の現状を思い出したカイトは、少しだけ寂しそうに寝転がった。いつもは誰かが居るベッドにはカイトしかおらず、部屋にはカイトの声だけが響く。騒がしい状況に慣れたカイトとしては、少しだけ物寂しさを思い出した。
「……さすがに、呼ぶわけには、な。」
いくら寂しいから、と言って使い魔達を呼び出すのも格好が悪い。それに何と揶揄われるかわかったものでもなかった。そうして苦笑したカイトは、そのまま寝ることにした。そうして、目を瞑ろうとしたその時、扉がノックされた。
「開いている。」
「お館様、少々よろしいでしょうか?」
そうして入ってきたのは、桔梗と撫子の二人であった。二人は共同でかなり大きな包を持って来ており、入ってくる時に少しだけ苦労していた。
「お祖父様からお荷物が届きました。手紙によれば、先の大剣です。」
「お、そうか。さすが爺さん。二人共、ありがとう。」
二人に礼を言うと、カイトは二人から大きな包とカイト宛ての手紙を受け取る。そして手紙を読んだ後、包を開いた。包から出て来たのは、無骨ながらも美しく、実直剛健さを兼ね備えた巨大な大剣であった。その見た目は現在のエンテシア皇国主流となっている先端部分で急に細くなる直線的な両刃の大剣とは異なり、先端まで緩やかに細くなっていく形の大剣であった。
「お前も、やっと完成したな。」
そう言ってカイトは今は亡き友を偲ぶ。その様子に桔梗と撫子は少しだけ問いにくそうに、質問した。
「あの……差し支えなければ来歴をお教え願えますか?お祖父様と父上がご存知で、お館様のことですから、かなり名のある大剣かと思うのですが、どの図鑑にも記載されていませんでした。」
「……まあ、いいか。」
別に名のある名剣ではないし、と前置きをして、カイトは語り始めた。
「かつてオレの友が持っていた形見だ。」
そう言ってカイトは少しだけ当時を思い出す様に目を瞑る。
「まだオレがユリィと二人旅をしている頃、様々な大陸を巡ってな。その中には当然、当時文明が発見されていたオルシア大陸も含まれる。そこで手に入れた大剣だ。愚かしくも、あんな状況で様々な異種族と争っていた国で創られた物だ。」
「異大陸……それでエネシア大陸と異なる作りなのですね?」
合点がいった、そういう顔でカイトに質問する二人に対して、カイトも頷く。
「だろうな。さすがにそこらは二人の方が詳しいだろう……まあ、もう少し詳しく話すとな、これは龍族が使える龍殺しってコンセプトで作られている。」
その言葉に、二人は目を見開いて驚いた。先ほど見た時には、自分たちに何ら影響はなかったのだ。
「それは……大丈夫なのですか?特定の種族に作用する道具には、道具その物が種族を屠る力が込められています。それは、持ち手にも例外なく作用し、持ち主の命を奪わんとするでしょう。」
二人の説明に、カイトは少しだけ物悲しそうに目を伏せた。
「ああ、失敗作だった。持ち主はこれに命を奪われ続けた。それでも良かったんだろうな、上の奴らにとっては。」
この武器の持ち主が所属していた国はカイトが表舞台に出た時には既に無く、当時の真相を知ることはカイトにも出来なかった。全方位に喧嘩を売った所為で何処の組織からも協力を得られず、先代の魔王軍によって壊滅させられてしまったのだ。
「……この武器の持ち主は実験体でな。人間の身体に竜の因子を埋め込まれていた。龍を殺すためには絶大な力が要る、しかし、龍族に力を借りる事は出来ない。そこで、奴らは捕えた龍から因子を抽出し、人間の身に埋め込み、力を得ようとしたらしい。とはいえ、さすがに強大な龍族を捕える事は出来なかったらしくてな。竜種で代用したらしい。もしかしたら、後で龍族から因子を抽出するつもりだったのかもな。」
その持ち主やその周囲から聞いた説明を、カイトなりに考えて出した結論である。
「そんな……」
二人はカイトの言葉に絶句する。普通の人間の身体に、龍種程ではないものの膨大な力を有する竜種の力を宿す事は、木で出来た飛行機にジェット・エンジンを搭載する様なものである。そんなことをすれば、後に待つのは膨大な力に耐え切れずに自壊するだけである。
いや、それ以前に。人の身に魔物の因子を植え付ければ、どうなるかなぞ完全に未知だった。一葉達ホムンクルスとは別の意味であまりに非人道的で、誰もやろうと思わないからだ。
「研究サンプル、その程度にしか考えていなかったんだろう。因子を組み込んだ人間はどの様な影響を受けるのか、武器がどの様に影響を与えるのか、程度のな。そうして、そいつは最前線に送られた。オレとユリィが出会ったのはそんな時だ。」
そうしてカイトは思い出す。この武器の持ち主は、陽の光の様に明るい少年であった。
「確か……年の頃は17と言っていたな。そんな自身の境遇にもめげず明るい奴で、同じ年頃の仲間からは信頼されていた。戦争が終わったら全員で旅にでよう、そう言って仲間を励まし続けてたよ。オレには兄貴面してな。オレが戦いに出ようとすると、決まって言うんだ。弱い奴は出て来んな、ってな。オレの方が強かったのにな。」
当時を思い出し、カイトは苦笑する。当時、カイトは仲間を堕龍に殺され、堕龍に復讐するために龍を殺す術を学ぶつもりで、その戦に傭兵として参加した。どのような思惑があったかは分からないが、カイトは最前線に送られたのであった。
「そうして一ヶ月近くして戦争が激化した頃、ついに限界を迎えたらしくてな。竜の因子が活性化したことで身体中から竜の鱗が現れ、更には龍殺しの力で全身に激痛が走っていたらしい。そしてついには理性も砕け散った。後はただただ武器の要求に従って、龍の因子を持つ者を手当たり次第に攻撃する狂戦士に成り果てた。」
あのまま戦っていれば、多分完全な魔物となっていただろうな、当時を思い出して語るカイト。そうして一息入れて、再び語り始めた。
「そうして、敵が被害甚大と見て撤退すると、次は当時龍の血を引いている事を知らなかったオレや、他の実験体の仲間に刃を向けた。もう見境もなかった。そして何人目だったか……仲間が倒れて逝く中、ついにオレにも刃が向けられて、戦闘になった。」
誰もが彼の性格を知っており、全力を出せなかった。軍から見捨てられ、増援もなく、只々逃げるか攻撃から身を守るしか出来ず、多くの仲間が暴走する彼の手で屠られたのである。
「5分程戦った頃だったか。何があったのかはわからないが、ふとあいつの手が鈍ってな。後は自然と吸い込まれるように奴の心臓に刃が突き刺さった。あの時ほど、自分の生への執着の浅ましさを呪ったことはない。」
カイトは深い慟哭を湛えた泣きそうな顔で語る。再び出来た仲間を、自らの手で討ったのだ。その時のカイトの慟哭は、語り尽くせぬ程深いものであった。
「ありがとな、それがあいつの最後の言葉だ。何を思ったのかは知らん。これ以上仲間を殺したくはないと思ったのか、痛みから救ってくれた事の礼か、今まで仲良くしてくれた礼か、もしくはそれら全てか……ユリィや生き残った奴らはそう言って慰めてくれたよ。そして、すまなかった、とも。年下のお前に辛い役目をさせてしまったってな。」
こいつは埋めてくれ、そう言ってカイトに託された大剣だが、カイトはそれを拒否した。忘れたく無かったのだ。そして、彼の無念を引き継ごうと、共に旅をしようと思ったのだ。
そうして、彼や仲間の遺体を埋葬すると、カイトは軍部の倉庫から封印の呪印が刻まれた包帯を奪取し、ソレを大剣に巻きつけてその力を封じた。
「死んだ奴の埋葬が終わった後、オレは生き残った奴らと一緒に軍を脱走した。目的の差からオレは別れて行動したが……ウィルが連合軍結成の際には駆けつけてくれたよ。大戦からも生き残った何人かはオレが公爵家旗揚げの際に付いてきてくれた。さすがにもう第一線からは退いているが……今も何人かは生きて、ウチで農業や狩人をやって、余生を過ごしているよ。」
異族に他の異族の因子を埋め込むとどうなるのか、という人体実験をされた者の中には長寿の種族の因子を埋め込まれた者もおり、まだ生きているのであった。ほかにも長寿の種族の因子を埋め込まれるとどのような成長を遂げるのか、という実験を幼年期に施された者も生きている。おぞましい実験の爪痕は、今でも残っているのであった。
「それで、ちょっと思うところがあってな。爺さんに完成を頼んだんだが……さすがだ。完璧に持ち手には影響無く仕上げてくれた。」
そうしてようやく完成した大剣を撫ぜて、カイトは笑う。
「そういう思いの込められた武器だったのですね……ありがとうございます。では、おやすみなさい。」
話し込んでいる内に、かなりの時間が経過しており、二人はそのまま部屋を後にした。どうやら、カイトが感傷に浸っていると思い、一人にした様だ。
「あ、おい……まあ、いいか。おやすみ。」
このまま二人と一緒に眠るかな、そう考えていたカイトだが、二人が部屋から立ち去ったので、目論見は崩れ去り、再び寂しさを感じつつ、再びベッドに寝転がるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第234話『不安』
2015年10月10日 追記
すいません。質問があったので、念のため。カイトはすでに双子に手を出しています。一応念のために言及しておきますが、当然、各個人用に個室があります。それは、双子も例に漏れず、です。なので、常に全員がカイトの部屋で寝ている、という事はあり得ませんので、あしからず。