第232話 ホムンクルス ――生まれいでし者の主――
錬金術の最奥たるホムンクルスの精製に成功したというティナ。その説明を聞いていたカイトに、ティナが第二回トーナメントタッグマッチ登録の真意を明かす。
「三人と参加してくれ?」
「うむ……当然出力は抑えさせるが、小奴らと参加して貰いたいのじゃ。」
「要には、オレが登録したのは単に人数の穴埋めか。なら、別にいいだろう。なら当日はオレは外で待っていればいいんだな?」
カイトは元々出場しない予定であったので、自分が出ないのであれば、別に問題はない。だが、このカイトの問い掛けに対して、ティナが苦笑して頭を振った。
「いや、だからお主に出てくれ、と言うておる。余が外で待機する。外で状況のモニタリングを行う奴が必要じゃろう。それに、言うたじゃろ。参加してもらいたい、と。」
「オレが出るのか?」
「うむ。三人ともお主を主としておるからな。連携含みでどのような行動をするか、見ておきたい。」
「……まて、オレが主だと?」
ティナの言葉を聞いたカイトが、眉を顰める。当然だが、今までティナが何をしていたのかを知らないカイトが、三人の主となっている事なぞ知っているはずがない。
「うむ。お主を主とし、お主の警護を行なう様に命じておる。ステラは隠密、影の護衛じゃ。見せる護衛が必要じゃろう。一応、お主は公爵じゃからな。公に出れば護衛の一人や二人は供にせんと周囲の者の心労が絶えまい。」
確かに、300年前はカイトが行動するにあたって、煩型の文官武官は相手に『見えるように』護衛をつけろ、と何度も諫言されている。それを断っているのは、単純にカイトの実力についてこられる護衛がステラ以外に存在しないからであった。足手まといの護衛は、単純にカイトの危険を増すだけである。
ただし、それを部下達もわかっており、『見えるように』との注文が付いている。これは護衛がいる、とわからせるだけでも、敵対者には十分な威圧効果が得られるからであった。
ちなみに、この話にはオチが存在している。実はカイトの心配は誰もしていない。護衛を付けるように言われているのは単純に言って、カイトを狙うテロ等で周囲の者が攻撃に巻き込まれる事を防ぐためであった。これに気付いた時、カイトは少し泣いたらしい。
「確かに、それには異論はないが……いつの間に、どうやってオレを主として登録した?」
ティナの言葉に対して、カイトは怪訝な顔で問い掛けた。ゴーレムに製作者以外を主として認めさせる場合、何らかの魔力のレイラインを要する。それを創るには、血液等の主となる者の者の血肉が必要となるのだが、ここ最近でカイトがティナから求められた事は無いのである。
「お主の髪の毛ならば入手は容易じゃ。それどころか血液や汗等の体液とて密かに入手することも困難ではないのう。」
確かに、二人共ギルドホームに個室を有しているが、何方も密かに入ろうと思えば入れるのだ。髪の毛程度ならば十分に入手できたのである。というより、寝室を共にしているのに、入手が出来ない方が可怪しかった。
「髪の毛一つ残さぬように掃除していたのですが……申し訳ございません!」
ティナの言葉を聞いた椿大きく頭を下げて、カイトに謝罪する。ティナの場合は掃除前にでも入ってこれるので、掃除不足といえるかどうかは微妙であるが、椿はかなり落ち込んでいた。
「それ以前にカイトの場合は勝手に提供してくれるからの。体液の入手は容易じゃった。それ以外にもせ……」
「もういい。どうせストックあるとでも言いたいんだろ?」
「うむ。伊達に寝所を供にするわけではないからの。お主の体液ならば一通りは入手しておる。」
「情緒もへったくれも無いな……」
愛する男の血肉までも研究材料とする研究一筋な様子のティナにカイトが呆れる。そんなカイトに対して、ティナは少し苦笑して告げる。
「褒め言葉、と受け取ろう。まあ、そういうわけでお主を主としておるから、お主との連携を見ておきたいのじゃ。安心せい、暴走の心配は無い。」
「じゃあ、戦闘をこいつらに任せて後ろで待機していればいいのか?」
「いや、そうでもない。だからお主に頼んだのじゃ。三人はそれぞれ役割が異なっておっての。アインは遠距離魔術兼指揮官、ツヴァイは物理特化、ドライは索敵兼牽制、と今回のタッグマッチは此奴らの対人戦を試すには最適なんじゃ。」
トーナメントのタッグマッチと団体戦では異空間に戦闘フィールドを構築し、実戦形式に近くしている。水と岩が多く行動が制限される渓谷、木々が多く視界が制限される森林、障害物が一切存在しない草原、更には学園の記録から構築し、高層ビル群が存在する上下方向への警戒が必要な廃墟群が戦闘フィールドとして製作されることになっているのだった。
尚、今回も真琴達報道部の実況があるが、遠視に特化した使い魔を選手の近くに張り付かせ、俯瞰した状況から各選手の行動も見れるようになっている。
「わかった。引き受けよう。」
自身の護衛となる事も考えれば、今回の依頼を引き受けることは決して損ではない。それ故にカイトは引き受けたのであった。
「で、主の納得も出来たことじゃ。そろそろ名付けてやってくれんか?」
「オレがか?」
「うむ。その方が愛着が湧こう。」
ティナの言葉を受けて、カイトが三人を見る。そして暫く考え、口を開いた。
「アインは一葉、ツヴァイは二葉、ドライは三葉だ。」
「認識改変……一葉、了解しました。二葉、三葉はどうですか?」
「二葉、変更終了です。」
「三葉も同じく。」
「では、よろしくお願い致します、マスター。」
一葉が代表して頭を下げる。どうやら司令官、ということで彼女がカイトの受け答えを行なう様だ。それを受けて、カイトが一葉に問い掛けた。質問は当然、各々の武器について、だ。これを聞かない事には何も始まらない。
「ああ……じゃあ、始めに聞いておくが、三人の得意武器は?」
「私が魔術、特に攻撃系統魔術を使用します。それ以外にも治癒魔術と妨害魔術が一通り使えます。メインウェポンは杖、サブウェポンには銃を。銃は三人共所持しております。二葉は近接、特にマスターの速度が速度なので、双剣をメインウェポンとしてマスターの速度に対応します。一撃の威力は椿様に劣りますが、その分手数では勝るかと。三葉は素のままでは戦闘能力は持ちあわせませんが、その代わりとして超長距離までの遠視が可能です。更には見た景色を私へと受け渡し、連携して超長距離狙撃や魔術での狙撃も可能です。また、三葉単体でも多少の魔術行使が可能ですので、三葉単体でも狙撃が可能ですが、牽制程度しか威力はありません。」
「ふむ……一葉、魔術はどんな物が得意だ?範囲か、単体か?属性は?」
幾つか問うことはあるので、カイトは順番に質問する事にした。
「範囲攻撃を得意とします。創造主様の意向により得意属性はありません。」
「下手に得意魔術を設定しても、お主について行けぬ状況が生まれるからの。多少の困難さは承知で全属性を習得させておる。」
一葉の説明を受け、カイトがティナの方を見ると、本人が意図を説明する。
「ふむ……遠距離の攻撃に狙撃銃を選んだ理由は?」
「カッコいいからじゃ。」
「は?」
何故か堂々と胸を張って言い放ったティナだが、あまりにも馬鹿らしい理由にカイトは開いた口が塞がらない。
「かっこいいからじゃ。大事なことなので二回言いました。」
「アホか!んな理由で武器選んでんじゃねえ!」
怒鳴るカイトだが、これに、ティナはかなり真剣な目で問い掛けた。先ほどまでのおちゃらけた目と口調ではなく、本気で、魔王としての風格さえ伴って、だ。
「アホはお主じゃ。お主と共に戦闘に出るということはただ勝つだけではならぬ。そこには圧倒的な勝利が求められる。故に、格好良さは重要じゃ。お主にもその理由が理解できよう?」
「ちっ……かつての様に泥臭く勝つ事は許されん、ってことか。」
「そういうことじゃ。」
わかりきったことであろう、ティナは言外にそう告げる。かつての大戦では、カイトにはまだ名声はなく、泥臭くても、生還し、勝利をもたらせばそれで許された。そして、実際に何度も死にかけている。
しかし、今は違う。既に勇者としての名声が確固たる物であり、その力は圧倒的である、と多くの民草が認識を共有している。それ故に皇国、特に公爵領ではカイトの庇護の下、平穏が保たれている、と全ての者が思っている。故にその力に疑いが持たれる事があってはならず、確たる勝利こそが求められる結果であった。
今でこそカイトは公には不在だが、多くの者はカイトが帰ってくるという伝説を、心の何処かで信じている。それが、公爵領の治安の良さの要因の一つであり、他家がマクダウェル家へと迂闊に手出し出来ない理由でもあった。
「全く……公爵になっても、思ったほど楽じゃないな。」
カイトは苦笑し、溜め息を吐いた。かつて拝命の折にはウィルから治世は他人に任せ、ふんぞり返っていればいい、と言われたのだが、全く嘘であった。そして、カイトは気を取り直して三人の把握に務める事にする。
「二葉は双剣と双銃以外に何が使える?」
「私は念の為に拳闘術も使用可能となる様に、クラウディア様から手ほどきを受けている最中です。尚、双銃はハンドガンタイプの銃と、サブマシンガンタイプの小銃を使用。」
クラウディアは一流の格闘術の使い手なので、根っからのスピードファイターとして鍛え上げるつもりの様である。そうして二葉の答えの後、ティナが何時もと変わらぬ調子で答えた。
「銃はお主と同型で、魔力を弾丸として撃ち出すタイプじゃ。アタッチメントは同じく各種属性。」
カイトの持つ銃は通常時は魔力を撃ち出すだけで、地球のハンドガンと同じ使い勝手が出来る。しかし、これは当然ながらティナの作。魔術による仕掛けが施されていた。アタッチメントと呼ぶ外付けの魔導具を取り付けることで、各種属性の弾丸を射出することが可能となるのである。他にも、魔力で創った弾丸なので、弾丸を操作して軌道を曲げる事なども出来る。
「数を相手にする場合は二人で前面に出て牽制することが出来るか……その隙に一葉で掃討か。三葉は狙撃型の長銃か?」
この分だと、牽制で遠距離まで見通せる三葉には狙撃可能な銃が与えられていそうだ、そうカイトが予見して尋ねる。
「私はアサルト・ライフルやグレネード・ランチャー等様々な銃を与えられています。もちろん、その中には狙撃型の長銃も存在しています。私は遠視と銃による先制飽和攻撃を主眼としております。魔力の殆どをその2つに回しますので、魔力持久力的には最長を誇ります。」
三葉の言葉に、カイトはティナの方を向いた。こちらには碌な予感がしない。
「理由は?」
「その方が萌えるからじゃ!ローティーンの女の子に重火器、良いではないか!」
「そっちは完全に趣味だな?趣味だよな?」
「うむ!武器の持ち運びは異空間に収納しておるから問題ない!」
「……トリガーハッピーにでもするつもりか?」
様々な重火器で弾幕を張るローティーンの美少女、嫌な絵である。
「できればそうなってもらいたい!」
「頑張ります。」
「がんばらんでいい!……で、武器はそれだけか?」
ティナの言葉を受けて、三葉が平坦な声で答えた。今はまだ精神が出来上がっていないので、十分その可能性はあった。ティナの望みが叶うのか、カイトの願いが通じるのかは、今のところ誰にもわからない。
「いや、これ以外にも超大型の魔導鎧と平均的な大きさの魔導鎧を製作しておる。」
「もしかして、あの3体の女性形大型魔導鎧か?」
ティナの言葉に、カイトはこのエリアに来る前のエリアで見た魔導鎧を思い出した。
「なんじゃ、見たのか。うむ、アレに各々の武装を取り付けて、完成じゃな。とは言っても、さすがに後一ヶ月程度は要するがの。魔導鎧は一葉用の魔術による大規模掃討機、二葉用の近接護衛機、三葉用の重火器をわんさか積んだ重武装機じゃ。小型、大型両方共このコンセプトで開発しておる。」
「電子戦機とかは?」
「一葉用が指揮官機となっておる。そちらに妨害、索敵を強化したユニットを搭載予定じゃ。もちろん、科学的な電波等も妨害可能じゃ。他にも……」
そう言って自慢気にティナが幾つもの武装の説明を行なう。それが5分程続いた所で、エリスが挙手した。
「なんじゃ?質問か?」
「うん……一体何と戦うつもりなの?」
確かにかなり重武装の兵装を開発しているティナだが、何故、という説明がなかった。エリスの質問にティナがきょとん、となって考えこむ。
「何のために……当然、兵装である以上は敵と戦う為に、じゃな。」
「何と?」
魔物が溢れるエネフィアである以上、武器は必要である。しかし、エリスにはそれにしても過剰戦闘能力であるように思えたのだ。カイトとティナが居るので、それで十分では無いのか、と。
「何と……何とじゃろ?」
エリスに問われ、ふとこの兵装が必要となりそうな相手を思い浮かべる。全て、身内であった。
「ま、まあかつては全長5キロメートルもある大蛇の魔物等もおって大層苦戦したからの!それに備える為じゃ!」
しどろもどろになりながら、ティナは大慌てで理由を取り繕う。どうやら仮想敵は考えていなかったらしい。
まあ、ティナの言う全長5キロの敵というのも実在しているし、その際にはカイト達であっても若干の苦戦は強いられた。必要と言われれば、必要と認められるのであった。
「あの、魔王さま。私も良いでしょうか。」
「うむ、何じゃ?」
そう言って、クラウディアがおずおずと手を挙げる。今まで数ヶ月に渡って助手を務めてくれたクラウディアの質問ならば、ティナとしても答えるつもりである。
「あの、今まで質問できなかったのですが……ホムンクルスは確か魔王さまが長年研究されていらっしゃった分野ですよね?それが何故地球でのたった三年の研究で一気に進展されたのでしょうか?」
クラウディアの言う通り、ティナは何も思い立ってホムンクルスを創ったわけではない。長年の研究が下地にある。しかしエネフィアに居た当時にはその進捗は芳しくなく、ティナ当人も完成までは数百年がかりか、大規模なブレイクスルーが必要と言っていたのだ。それが、魔術が下火の地球でたった三年を経ていきなり完成だ。明らかに何かがあったとしか思えなかった。
「く、くくっく……漸く聞いてくれたか!」
そう言って、ティナが大きく高笑いを上げたのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第233話『龍殺し』