第223話 デート ――名目:賞品の買い付け――
そうして第二回トーナメントの告知がなされた数日後。カイトはかねてからの計画通り、桜、瑞樹、弥生を伴って賞品の購入に出かけていた。
「さて、どんな物が良いか……」
「身に付けられる物が良いんですよね?」
冒険部のギルドホームを出て直ぐのカイトの呟きに、桜が問いかける。
「ああ、アクセサリー系の小物だな。魔術的効果がある物の方が良い。」
桜の問い掛けに、カイトは頷いた。記念であっても、今の冒険部に必要なのは実用的な物である。デザイン重視にした所で、下手に旅路で使って破損させるだけだった。それを受けて、瑞樹が自分の意見を述べる。
「では、ブレスレットやイヤリングがベストですわ。」
「そうですね、戦闘を考えれば、それは妥当かと思います。」
瑞樹の意見に桜が同意を示す。
「まあ、私にはそこの所はわからないわね。私は近接向けじゃあないし。」
弥生も天桜学園第二陣として冒険者登録を終えているので、戦闘は可能である。とはいえ、妹?と同じく鞭に似た武器を使うので、近距離向けのアクセサリーはわからないのであった。
まあ、表向きは、だが。実際には彼女はカイトと共に一年以上日本でも有数の異族達や世界中の神々に関わっているのだ。カイト達基準でそれなりに実力はあるのである。
「いや、弥生さんには遠距離向けアクセサリーを考えてもらいたいんだが……あっちは別にデザイン重視でも問題ないしな。とは言え、完全にデザイン重視でゴテゴテしいのはダメだが。」
カイトは苦笑しながら、弥生に告げる。色々と装飾が施された結果、動きを阻害してしまっては本末転倒である。それ故の言葉だった。
「うーん……それだと後はネックレスかしら……髪飾りなんかもいいわね。指輪ってのもありね。」
そうして三人は考えこむ。そうして色々と考え、ふと桜が気付いた。
「取り敢えずはお店を探すほうが先決なのでは?」
「それもそうね。カイト、いい店知ってるの?」
「え?……適当にぶらつけばいいんじゃないか?」
瑞樹の問い掛けに、カイトは目を瞬かせる。カイトとしては冷やかしながらアクセサリーを探す予定で、何処へ行こうか、など考えていなかった。実はこの男。なんだかんだと言いつつもデートがしたかっただけなのかもしれない。
「あんた、相変わらずそういうところは女っぽい思考してるわね……まあ、確かにそれもそうね。アクセサリーは何処?」
「北町がメジャーだが……いや、取り敢えず行ってみるか。」
北町は高級住宅街だ。それ故、カイトがそう提言すると、一同は北町へと移動する事になる。
「あら、結構良いデザインしてるじゃない。」
そう言って弥生がある店でミスリルと魔石で創られた片耳だけの小さなイヤリングに興味を示した。
「一点ものの宝石みたいだけど……この宝石は何?」
弥生が指さした宝石は、赤色がメインであるが、見る位置によって紫色等別の色に見える。どことなくアレキサンドライトに似た宝石であった。ただし、こちらはアレキサンドライトと異なり、光ではなく魔力に反応して全く異なる色が出て来るので、どう考えても確実に魔石関連の宝石であった。
「こちらはトワイライト・アイと呼ばれる宝石になります。原産地は魔族領南東部のドワーフ達の住処。カッティングは『魔女達の庭園』となっております。族長補佐のアルルーナ様が、カッティングをなさってくださりました。」
一同に割り当てられた品の良さそうな女性店員が、弥生の質問に答えた。当然だが、何処のことかわからない弥生は即座にカイトに尋ねる。
「何処?」
「『魔女達の庭園』はまあ、ある種の異界だ。一応入り口は公爵領と魔族領の境目に存在しているが……里はこっちにあるわけじゃない。魔女と呼ばれる、女性しか居ない魔族が居るんだが……彼女たちの魔術で一つの巨大な空間を創り出して、そこで生活している。中は常春の気候だ。それ故に様々な草木や花々が咲き乱れて庭園に見えるから、魔女たちの庭だ。名産は紅茶や魔術的な薬草、そしてそれらを用いた薬品。現族長はユスティエル殿。あそこの紅茶は現魔王クラウディアや第15代皇帝陛下が好まれたことで有名だ。公爵家も確か購入していたはずだ。魔女と呼ばれるのだから、当然魔石の扱いや魔術関連に長けているな。」
弥生の言葉を受けてカイトが簡単に魔女の庭の説明を行う。それに驚いたのは店員であった。
「お客様、よくご存知ですね。彼女らは同時に隠者でもありますので、滅多に表に出ないのですが……我々も何とか彼女らの信用を得、ようやくこの魔石のカッティングを行って頂けました。紅茶は飲んだ事がお有りなのでしょうか?」
少しだけ窺うような様子で、店員がカイトに尋ねた。これは、カイトの知識を問う物であると同時に、彼の出自を窺い知る物だった。上客かどうか見極めようとしていたのである。
「知り合いが魔女でね。たまにだが味わわせてもらっている。濃い紅色のどこか爽やかだが芳醇な香りは、薄い紅色で芳醇かつ高貴さがあるエルフ達の里の紅茶とも、薄い赤茶色で瑞々しく染みこむような味わいの妖精族の里の物とも異なる。『魔女達の秘薬』と称賛されるのも理解出来る。本来は彼女達自身が楽しむために供される茶だ、滅多に出回らん。」
そうしてカイトが紅茶の薀蓄を垂れていると、ふと桜から寒い風を感じた。
「カイトくん、私達、魔女に知り合いが居るって教えて頂いてませんよ?」
少しだけ黒いオーラを滲ませた桜がカイトに尋ねる。それにカイトは逆に目を瞬かせた。
「ん?聞いてないのか?ティナは魔女だぞ?」
「え?ティナさん、魔女なんですの?」
「二人の正体を知って一年近く経過するけど……私も聞いた事が無かったわ。」
どうやら誰も知らなかったらしい。三者三様に驚いていた。
「ああ……知っていると思っていたんだが。どう見ても魔女だろ?と言うか、弥生さんは聞いて……あれ、そっか。地球じゃ魔女族は言わない方が良いってなって言わない事にしてたっけ……」
「言われてみれば……」
そう言って三人がティナを思い出す。確かに、魔術や魔石の扱いが得意で隠者的に良く引き篭もる。魔女と言われれば、確かにそうであった。
「まあ、それは置いておいて……そういうわけで滅多に出回らない『魔女達の秘薬』だが、一説には魔力回復効果が有るのではないか、とも言われている。飲んだら魔力の欠乏が楽になった、とはよく聞く話だ。」
「はい。確かに私もそのようにお伺いしています。それにしても、お客様は本当に良くご存知でございますね。」
カイトの言葉に女性店員が同意するように頷いた。彼女の知識と完全に合致し、飲んだ時の感想も彼女が得た物とほぼ同じであった。おまけに複数の女性連れ、更には魔女の知り合いも居る。そこから彼女はカイトが貴族等のかなりの上客であると判断する。
「それで、如何でしょうか?一度身につけてご覧になられますか?」
ニコニコ顔で店員がカイトに問いかける。対応がワンランク上に上がったのは、上客と判断したが故であった。
「どうする?」
そう言ってカイトが弥生に問いかける。
「そうね。お願いしてもいいかしら?」
「はい、では今ご用意させていただきます。」
店員は一礼すると、ショーケースの鍵を取り出し、ショーケースを開いた。そして弥生の耳に付ける。
「どうかしら?」
そう言って弥生はカイトに問いかける。
「ああ、いいと思う。弥生さんは大人な美女だからな。そう言った可愛らしいアクセサリはギャップがあって良いだろう。」
「そう、ありがとう。」
嬉しそうにそう言って弥生は店員にイヤリングを返却した。
「桜と瑞樹はいいのか?見ておきたい物があれば、言うといい。」
「そうですか?では、これを……」
「そう、ですわね。有り難くお言葉に甘えさせていただきますわ。」
そう言って二人も各々気になっていた装飾品を指さし、試着させてもらったのであった。
「で、それを買うのか?」
結局三十分程滞在し、桜と瑞樹が買いたい物を見つけたらしい。この時点で本来の目的から逸脱していた。
「弥生さんは?」
「私はいいわ。ここで買うと、次で良い物があっても強請れないじゃない。」
まるでねだる事を楽しんでいるようなセリフであった。しかし、これに桜と瑞樹が反応する。
「そう……ですね。買う過程をもう少し楽しむのも良いかもしれません。」
「時間もまだたくさん有りますわね。少々浮かれていたようですわ。」
今自分たちが買い物を終わらせれば、後は帰るだけ――この時点で三人共本来の目的を忘れていた――と思ったらしい。それにカイトは苦笑して店員に謝罪した。
「申し訳ない。彼女らがまだショッピングを楽しみたい様なので……」
「いえ、良い関係かと思われます。」
店員は少し残念そうであったが、十分にカイトとのコネを得られたと判断。ここは押さないことを選択したらしい。しかし、変わってカイトが小声で続けた。
「今彼女が選んだ物をここに届けてくれ。後、さっき言った物はこっちに。」
そう言ってカイトは弥生が選んだ物を指さし代金に色をつけて渡す。この程度は、必要経費であった。何故弥生だけか、と言うと実は一番熱心に観察して、最も残念がっていたのが弥生であったからである。次の店でも同じような反応があったら、また別の時に買うだけの話だった。
「はい。ありがとうございます。」
そんなカイトを見て、店員は思わず微笑む。尚、この後彼女は自分の彼氏を見て思わず溜め息を吐いたというが、理由は定かではない。
「じゃ、行くか。」
「ありがとうございました。」
店員の挨拶を背後に受け、カイト達は店を後にして、別の店でも同じような遣り取りを行うのであった。
一方、カイト達が去った後の店では、代金を受け取った女性店員が品物を送る準備を整えていた。
「えーと、こちらのトワイライト・アイは……冒険部?ああ、この間出来たギルドね。こっちは……ええー!店長!」
女性店員に渡された紙に書かれていたのは、一つは冒険部ギルドホームへの郵送願い、もうひとつは。
「どうした?お客様がいらっしゃらないとは言え、あまり大声を出すものではないぞ。」
「こ、これ!」
「ん?何!公爵家フィーネ様へのプレゼント送付依頼!でかした!どんな上客だったんだ!」
店員に注意したはずの店長は、店員からメモを見せられて目を見開く。実はフィーネもクズハ付きのメイドとして、かなりの知名度を誇っている。
なにせ、エルフよりも更に上位であるハイ・エルフの付き人を務められるのだ。有名で無いはずが無かった。それと個人的な付き合いのある客となれば、上客も上客、最上位の上客と言えた。
「えーと、若い男性で……確か綺麗な女性を三人お連れでした。他にも何人か女性がいらっしゃる様な口ぶりでした。」
「絶対にご無礼が無いようにしろ。他の従業員にも言い含める。」
「はい。」
店長の言葉に、店員がしっかりと頷く。実はなにげにカイトはこういう風にこまめに全員にプレゼントを買っては送っているのである。しかも、全部自分で選ぶか、一緒に買いに行った際に気に入っていた物を覚えているのであった。何処が女好きで無いのか、非常に疑問がある、カイトの行動なのであった。
一方、その頃の弥生達はと言うと、完全に目的を忘れていた。
「でだ、一つ聞きたいんだが……全員今日の目的は覚えているか?」
最初の店を出てから三時間程で数軒見て回り、各々が最も欲しがっていたアクセサリーを――密かに――購入。更に他の面々用にもプレゼントの購入が終了したので、更に見て回ろうとしていた三人娘に対してカイトが問いかけた。今まで何故言わなかったのかと疑われても、三時間程度ならば好きにさせれば良いと思った、で通すつもりである。その為の時間は実は椿に命じて空けさせていた。
「え?確か、デートでは無いのですの?」
「ええ、まあ一人じゃ無いのは残念ですが……」
「なあに?こんな美女達に囲まれて不満なの?」
完全にショッピングを楽しんでいた三人。その顔は完全に仕事向けの顔ではなく、一人の少女の顔であった。そんな三人に、カイトは苦笑した様な、愛おしい様な笑顔で告げる。
「……一応、トーナメントの賞品探しに来てるんだが……」
「あ。」
カイトのそんな答えに、ようやく三人が本来の目的を思い出す。カイトはこうなることを予想していた――300年前から何度も経験してようやく理解した――のだった。
「忘れてたわ。ごめんごめん。」
弥生が少しだけ頬を赤く染めながら謝罪する。
「そういえば、そうでしたわね。」
「す、すいません……」
「いや、まあこっちこそ買ってやれずに申し訳ないんだが……」
実は購入しているのだが、それは言わないお約束。カイトはここは申し訳無さそうな顔を作って謝罪した。
「いえ!カイトくんはきちんとしてくれましたし。それだけで今日は十分ですよ……じゃあ、行きましょう。」
そんなカイトに騙された桜がフォローを入れる。そうして、一同は今度こそ、賞品を探しに出かけるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第224話『賞品』
2015年9月30日 誤字修正
誤『~店員がしっかりとウナ図k』
正『~店員がしっかりと頷く』