第222話 第二回トーナメント―告知―
第二陣が正式に冒険部に配属された翌日。カイトは冒険部に所属する生徒全員を元ロビーに集めた。
「そういうわけで、第二回トーナメントを実施する。尚、下の参加には団体戦に参加することが条件だ。」
一通り解説を終了したカイト。何時もならここでざわめきの一つでも起きるはずの場だが、今回は奇妙な緊張が降りていた。
「……はい。」
そう言ってとある男子生徒がゆっくりと手を挙げた。
「何だ?」
「賞品と賞金が出るって、マジか?つーか、賞金お前の私費っていいのか?」
賞金総額を見て、集まった全生徒がごくり、と喉を鳴らす。その総額はミスリル銀貨30枚。日本円にして約300万。彼等にしてみれば、かなりの大金であった。更に別の女生徒が手を上げて問いかける。
「旅行って本当?お金、冒険部持ちで。」
そうして他の生徒達が旅行先が書かれた紙を注目する。そこには、南国のとある王国の名前が書かれていた。
「交通費と衣服なんかの用意に多少の補助を出してやるだけだ。宿泊費は向こうが出してくれるらしい。その代わりに、吟遊詩人達なんかに日本の話や冒険部の活動での珍しい話なんかを聞かせて欲しいそうだ。賞金は旅行の際に遊ぶ金が必要だろう、というオレからの配慮だ。本来は賞品だけだったんだがな。お陰ですっからかんだ。」
その言葉に、生徒たちが笑い声を上げた。更にカイトが続ける。
「ただし、これには条件がある。当然だが、腕を落とすわけには行かない。1つ、何らかの目標を設定して、旅行期間中にそれを達成すること。2つ、一日二時間の合同訓練を課す。場所は確保済みだ。3つ、わかっているだろうが、浮かれて向こうに迷惑かけんな。4つ、何故一ヶ月以上先なのか、わかるな?その間に遊ぶ金稼げ、って意味だ。5つ、当然だが部活動である以上は教師同伴だ。以上、何か質問は?」
「はい!目標とはどんな目標が良いでしょうか!?」
ある男子生徒が勢い良く挙手する。ここまできて、全員がそわそわし始めた。尚、この男子生徒はカイトと同学年で、通常はカイトにこんな口調を取らない。
「当たり前だが、冒険者としての物だ。新たな技の習得でも良いし、今までの既存の技の深化でも構わん。取り敢えず、旅行中に一歩先に成長できればそれでいい。何、時間は一ヶ月ある。かなりでかい目標を掲げるのも良いし、一日一日ゆっくり進める物でもいい。」
旅行期間は約一ヶ月。移動には飛空艇を使用するが、遠いので機内一泊である。到着は現地時間で夕方5時である。飛空艇は当然、ティナ作の公爵家所有の最新型であった。
「……はい!賞金については本当に心配ありませんか!?」
その言葉に、カイトは無言で小袋を取り出した。一同は沈黙を持ってそれを眺める。小袋がカイトの前に置かれた机に置かれた瞬間、硬貨がぶつかるチャリン、という小気味よい音が響いた。
「……何か問題が?」
カイトが袋の口を開き、30枚の金貨を10枚山で3つ、机に並べる。一同はそれをただ、沈黙で迎え入れた。そうして次の瞬間。ざわめきが起きる。
「えーと、お前、そんな大金どっから?」
生徒の一人が首を傾げながら、カイトへと問いかける。彼等も武器を購入する際などにはそれなりの大金を持つことがあるが、それでも、目にしたことのない額であった。
「オレ、武器買わなくていい。メンテ費もいらない。」
現在、カイトは武器を自らの魔力で制作し、補助用の魔石なしで武器を創り出せるようになっていると公表していた。つまりは、メンテ費と購入費用が必要なく、その分貯蓄に回せる、と言いたかったのだ。まあ、実際にはメンテが必要な品を幾つも抱えているが、桔梗と撫子がそれをやっているので問題は無い。
「あ、そっか。でも、いいのか?」
「たまには部下に奢ってやれと公爵家からお小言を貰ってな。まあ、経済を回して欲しいそうだ。まあ、またすぐに貯まる。気にするな。」
肩をすくめながらそういうカイトに、幾人かが事情を理解。要は奢ることでトップとしての度量を見せるべき、ということである。
「うおぉおおおおお!カ・イ・ト!カ・イ・ト!」
だがそんな事を理解出来ない生徒達は、万雷の喝采とともに、カイトを称える声をロビーに響かせる。それをカイトは両手で鎮め、更に続けた。
「さて、これで賞金については納得したな?では、登録はこの後、執務室で行なう。期限は今週末まで、だ。では、解散!」
カイトが解散を告げ、階段を降りると、逆に一気に人の流れが執務室へと向う。それを見て、カイトは事の発端を思い出すのであった。
カイトが第二回トーナメントを告知する数日前。カイトはクズハ、ユリィ、椿と共に公爵邸の執務室に居た。尚、ティナも来ているのだが、クラウディアと一緒に地下実験室に引き篭もっている。最近研究に目処がつきそうだ、と二人共かなり忙しそうにしていたのだった。
「手紙?オレにか?」
珍しいこともあるものだ、カイトはそう考えた。カイトの帰還を知る者はほぼ全員が手紙を送るより、自分でこっちに来る様な者達ばかりである。手紙を送る時は、それが必要な時だけだった。
「はい……南国のアルテミシア王国国王の娘婿リオンハルト様からのお手紙です。記述によれば、学園の桜田校長と数人の教師、冒険部宛て、個人では桜さん、瞬さん宛てにも送られているようですね。」
椿がカイトの手紙を閲覧し、内容をカイトに伝える。アルテミシア王国は南国の観光立国で、東側はエメラルドグリーンの広大な海に綺麗なサンゴ礁、まさに南国リゾートであった。この海はカイト達もよく利用していたので、よく知っていた。逆に東側には広大な草原が広がり、畜産が盛んである。広大な海から取れる海産資源、西側に広がる草原による畜産資源に優れており、中津国との交易も盛んである。
ただし、観光立国である事や様々な要因から必要以上に戦力を有する事ができず、今は皇国の保護国扱いとなっていた。そのため、特に皇国からの要人がアルテミシアを夏期休暇の逗留地に選ぶ事が多かった。
尚、皇国からの逗留地は他にも北の魔族領にある避暑地やスキー――カイトがもたらした――用のゲレンデ、秋には中津国での紅葉狩り等時期に応じて色々存在している。
「皇国の元第一皇子か。……かなり入れ込んだようだな?」
元、と付いている以上、理由があった。そこら辺を既に把握しているカイトは、元凶の一人であるクズハに笑いかけた。
「も、申し訳ありません……」
真っ赤になりながら、クズハがカイトに謝罪する。マクダウェル公爵家、として考えれば本来は最も反対しなければならない出来事だったのだが、それが逆に推す側になった結果、元第一皇子となったのであった。
「理由については後で聞こう。まあ、大体理解できてるけどな。」
「うぅ……」
かなり恥ずかしい様子で、クズハが縮こまる。恥ずかしがるのをわかって、おまけに事情も察せているのに追求するあたり、カイトも人が悪い。
「で、その内容は?」
「まあ、簡単に言えば慰安旅行はどうですか、かな。」
クズハが真っ赤になって行動不能なので、ユリィが代わりに答えた。
「なんだ、そんなことか。ありがたいな。そろそろ休息も必要だろうと思っていたところだ。」
そう言ってカイトが手紙の中身を確認する。しかし、中身を読んでその印象が変わる。
「なるほどな……ちっ、上手い手を使う。」
「だねー。カイト、断る理由ないもの。」
手紙に書かれていたのは、異世界での慣れない生活や、満足に休暇もとれていない冒険部を心配しての慰安旅行の提案であった。これだけ聞けば誰もが飛びついただろう。
「表向きは単なる慰安旅行。一応彼等への利益として、異世界の珍しい話を聞かせろ、だ。何方にとっても利益がある話だ。しかし、その実態はオレの正体を探る為か?」
手紙には、王族への話をするのはカイトと桜、瞬ら数名が名指しで指名されていた。特にカイトには、是非と付けられていた。その理由は王族向きであるので、なるべくトップの人材を、というのは何方から見ても正しい判断である。
「たぶんね。ちらほらかつての英雄、勇者と同じ名を持つ、縁を感じずには、て書いてあるからね。」
単純に読み解けば、偶然で、喜ばしい事である、と読み解ける。しかし、クズハにも同じ手紙が届けられている――当然だが、挨拶の文句は異なる――以上、単純に判断するのは危険であった。この程度の裏は読めるよな、と言いたいがばかりである。
「恐らくお兄様の正体に疑いを持っている事は事実。迂闊な行動は避けたいですが……」
「問題はどこから、か。」
問題はカイトの正体が何処から露見したか、である。少なくとも、公爵家関連で漏れることは無かった。そんなことをすれば皇帝よりも恐ろしい、大精霊たちの不興を買う恐れ――現実にはそんな事は無い――があるからである。
「恐らくは皇城から、と思われます。報告によりますと、レーメス邸に放っていた皇族の葦が最近皇城に入ったとの事。恐らくユリシア様の顔を見られたのでは?」
椿が報告書からの考察を述べる。それにカイトも同意した。
「有り得るな。オレも顔を見られる前の一撃を心がけたが、さすがに意識を奪うまでにラグが有った事は否めん。数人はオレの顔を見ている可能性があった。」
殺さないように、傷つけぬようにを心掛けたせいで、若干相手の力量を見誤り手加減しすぎた者が数人居たのであった。その後すぐに意識を失っている事は確実なので、顔が見られる可能性は低いと思ったのだが、どうやら違ったらしい。
「さすがは皇族の密偵か。恐らくそれ以外の面子も他の公爵家や名立たる貴族の密偵達だろうな。多少皇国の実力を上方修正しておくか。」
カイトが少し唸る様に深く息を吐いた。アル達などの実力から皇国の各貴族のおおよその実力――兵力等ではなく、各個人の力量――を把握していたのだが、どうやら一部貴族はカイトの想定以上であった。
尚、基本的にカイトは相手の実力を過大に評価し、自分の実力を過小評価する傾向が有る。今回はどうやら身内として過小評価してしまった感があった。
「皇城に何か変わった動きは?」
そう言ってカイトが虚空へと呼び掛ける。すると、それに反応して影が動いた。
「今のところは無い。……とは言え、主の帰還が感付かれているなら、我らは最も警戒されるだろうが。」
そうしてカイトからの問いかけに答えたのはステラだ。カイトの護衛に就いた現在も、公爵家の密偵たちを取り仕切っているのはステラであった。彼女がカイトへの連絡役を司っている事も大きかった。
「さて、今代陛下はどう動かれるか……さすがに人物プロファイルが足りなすぎるな。」
その行動を予想しようとしたカイトは苦笑する。皇帝の動きを考えようとして、カイトはその皇帝をあまり知らない事に気付いたのだ。会ったことのない人間の行動を予測するには、手持ちの情報が少なすぎた。
「これを試金石にするのが丁度良いか。」
親子が繋がっているのか、それとも個別に動いたのか、どこまで知っていて、お互いにどんな情報を隠しているのか、息子が動いたことで父親はどう動くのか、分からないことだらけであった。そこで、動いてみて見えることもあるだろう、カイトはそう考えた。
「では、お受け致しますか?」
椿の問いかけに、カイトが頷く。
「ああ……クズハ、その間の学園守護は問題ないか?」
「はい。リオンからも要請されていますので、問題はありません。第三中隊を派遣するつもりです。」
「後は公爵家からは誰が向うか、だが……」
「ここに居る全員です。男避けにはストラとコフル、その他数人連れて行けば大丈夫でしょう。」
カイトの呟きにクズハが即答で答えた。その答えに、部屋に居たメイド全員が頷く。当たり前だが、カイトの正体を知って、おまけに深い関係を持っているメイドたちであった。
「いや、まあ、いいけどな……」
どんな大人数で出かけるつもりだ、そう思うカイト。面子だけでもカイトが勇者であると語るようなものであった。
「いや、いっそブラフと見せるのもありか?」
公爵家の重役たちがカイトと共に大挙して押しかければ、カイト帰還を触れ回っている様なものである。あまりに大々的なそれは一部の者の疑心暗鬼を誘い、これをブラフと受け取り、帰還していない可能性を考慮に入れるだろう。
「良し、全員海に行くぞ!」
どうやら考えが纏まったらしいカイトが、部屋に居る全員に声をかけた。
「はい!お兄様!」
それに最も喜んだのはクズハである。実はこの展開を予想して、新作の水着を手配中であった。
「久々に全員揃って旅行だー!」
ここ最近個別に旅行へ行く事が多かったので、久々の団体旅行にユリィも喜ぶ。そうして、多くのメイド達の歓声とともに、カイトは仕事を続けるのであった。尚、この旅行には一人追加が入るのだが、それは今の彼等にはわからないことであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第223話『デート』