第220話 武勇伝?
ソラ達が帰還し、大精霊達の紹介が終わり、一同が再び冒険部の活動を再開して数日後。今日は珍しく全員で書類仕事をしていた。
「ぶっー!」
ある書類を読んだカイトが思い切りお茶を吹きこぼした。
「きゃあ!カイトくん!大丈夫ですか!」
いきなり起きた珍しい事態に、桜が大慌てでカイトに駆け寄る。
「ごほっ!ごほっ!……ん、げほ……ああ、桜、大丈夫だ。椿、悪いが雑巾取ってくれ。」
「はい!」
桜に背中を擦られながら、カイトは椿に指示を出した。カイトの指示を受ける前に椿は行動しており、大急ぎでカイトに綺麗な雑巾を渡した。それと同時に、椿は自分でもカイトの粗相の始末を始める。
「どうしたんだ?お前がそこまで驚くのも珍しいな。」
その作業が一段落した所で、カイトの様子を驚いた表情で見ていた瞬が問いかける。
「これ、見てみればわかる。」
そう言ってカイトが雑巾を片付けながら、一同に書類を見せる。
「げ……」
「う、わぁ……」
あまりにあまりな内容に、一同が苦笑を持って受け止める。
「カイト、お主これどうするつもりじゃ?」
「オレが聞きたい……」
溜め息を吐いてカイトに問いかけるティナ。ティナでも最適な解決策が思いつかなかった。まあ、彼女で最適な解決策が見つからなかった時点で、カイトにも最適な解決策が見つかるはずが無かった。返したカイトも溜め息を吐いて答えを返す。二人共、今にも頭を抱えそうであった。
「何が書いてあるの?」
そう言って一同から遅れてアルが覗きこむ。
「あちゃあ……こういうのってきちんとしないといけないんだけどね。」
やっちゃったねー、という表情でアルも苦笑する。その手紙はミースからの直筆の書類で、学園生同士の性行為による妊娠の報告が書かれていたのであった。カイトが吹き出すのも無理はなかった。
「手慣れた発言どーも。」
「そういえば、カイトってこういうのどうしてるのさ?」
カイトの苦言をスルーし、アルがカイトに問いかけた。尚、この後横に居たリィルと凛の二人掛かりできちんとアルにお説教を施されることになる。
「あ?オレか?んなもん、きちんと魔術で防いでいるに決まってんだろ……って、何故そんな顔する?」
説明の途中でティーネに怪訝な顔をされたカイトが問いかける。あまりに頭の痛い事態であったので、感情の抑制を超えてしまっていた。
「いえ、なんでそんな魔術を知っているのかなって。そういうのって普通娼婦とか男娼のヒトが使う物でしょ?逆にカイトさんみたいな種を残す事が仕事の人が覚える物じゃないんじゃないかな、って。」
「色々あるからな。いや、桜も瑞樹も魅衣も驚くなよ。」
さすがに現状で仲間を妊娠させでもすれば、大問題である。いくらカイトが実力者といえど、教員たちからの査問は避けられない。ただでさえ多数の美姫を侍らせているカイトは現状男子生徒一同からかなり嫉妬混じりの視線を浴びているのに、これ以上の揉め事はゴメンであった。
「いや、あんたの事だから、赤ちゃん出来たら出来たときかなー、とか思ってそうだなー、って。ゴメン。」
「あ、あはは……」
問い掛けられた魅衣は言い訳したが、流石に悪いと思い即座に謝罪を入れる。どうやら同じ考えだったらしい桜は苦笑して、そっぽを向いて苦笑していた。
「さすがにカイトも桜達を孕ませる事は避けるよ。ま、私達は身籠ってもいいけどね。」
そう言って桜達に対して、ニヤリと勝ち誇った表情をするユリィ。ティナを筆頭にユリィとクズハ、そして今は行方不明のアウラは総員揃って公爵夫人の座を狙っている。カイトの子供を身籠るのは当然と言えた。
さらに言えば、彼女らは公爵家所属なので、妊娠しても学園側に迷惑はあまりかからなかった。まあ、そうは言っても世界中で大騒動になるのは確実だし、カイトの正体を公表する必要が出て来るので、戦略上避けているのだが。
「私達も別に妊娠しても良いのですが……」
「え?いや、私はもうちょっと先でも……」
そんなユリィを見たからだろうか。桜が少し対抗心から、問題発言をする。それに乗せられて、魅衣まで少しだけ頬を赤らめてそう言う。そして、更に瑞樹まで何故か乗り気だった。
「そんな事を言っていれば、そのうちアウラさんとやらが帰って来ますわよ?」
「いや、さすがに今はダメだろ……で、どうすっかな。」
そんなこんなで奇妙な話をする4人に、カイトは溜め息しか出ない。そんなカイトとしては、クズハが居ない事が唯一の救いであった。彼女だけは、カイトであっても実力行使に出なければ止められない。おまけに魔術の腕も確かだ。カイトが使用している避妊用の魔術を解除されかねないのであった。
ちなみに、王侯貴族の第一義務は種を残す事、とカイトへ言ったのはとある皇族である。それを叩き込まれているカイトに、子供が出来てもそれを疎む事は無かったし、そもそもでカイトはこども好きだ。喜ぶことはあっても、疎む事は無いだろう。尚、当該の人物はある日やつれた表情でカイトとルクスの所に来て、そう言い放ったらしい。
「というか、お前この面子の親御さんに挨拶行くこと考えたことあんのか?」
呆れた顔のソラにそう言われたカイトが、目を瞬かせる。
「いやだなー、キヅイテタワケネエジャネエカ。」
棒読みで答えたカイト。冷や汗が滝の如く流れていた。そこでようやくカイトは自分がどんな女の子に手を出したかを思い出したのである。
まあ、そう言いつつ実は既に色々と手筈を考えているのだが。そこの所、きちんとやることをやっているのが、カイトという男なのであった。ただ単に、実家に結婚の挨拶に行くのが躊躇われるだけなのだった。
「傷物にした責任、きちんと取ってくださいね?」
「はい……」
良い笑顔の桜にそう言われ、カイトは頷くしか無い。
「ああ、ある意味公爵の爵位授与式より気が重い……」
世界に名立たる大財閥――しかも両家共に本家は異族との繋がりがあり、かなりの古い良家である――2つの御令嬢に手を出して、一悶着起きないはずがなかった。
ここらは気に入れば後先考えずに手を出すカイトの悪癖と言える。そのアフターフォローがなんとかなるぐらいには地位も財力も手に入れているが故の問題だろう。
「それでも、傷物にされたのは私達ですわ。」
そう言って瑞樹も念を押す様に確認する。
「知ってるって……きちんと挨拶には伺うよ。」
瑞樹の中に少しの不安を見て取って、カイトは微笑みと共に一同に告げる。実はカイトは地球にもかなりの財力を有している。というのも、日本でもそれなりに有名ないくつかの企業の役員や大株主に名を連ねているからである。大企業の令嬢を迎え入れるにしても、社会的な地位としては問題が無い地位だ。
ちなみに、株はともかく企業の役員についてはカイトが経営関係の仕事をしない前提で就任させられている物なので、居なくなっても問題は無い。必要なのは、カイトの名なのだった。なので帰った所で、そのままだろう事は安易に想像出来た。就任させた当人達が、カイトの帰還を疑わないからだ。
「はぁ……こういう時は公爵になって良かった、と思うなぁ。」
しんみりと、カイトは呟いた。異世界とは言え公爵という非常に高い地位であれば、世界的な大財閥相手にでも政略結婚だの何だのと色々御託を付ける事も可能なのだ。後はどうやってそれを納得させるのかである。そして、それはカイトが嫌というほど練習させられた事であった。
「お前、刺されるかなー、って思ってたけど、実は上手く回せるタイプなのな。」
何故か感心した様子の翔が頷いていた。実は男性陣一同から何時か刺されると心配されていたのだが、きちんと責任を取ると明言していたり、こまめに全員へ配慮していたりするところを見ると、その心配は無いのではないか、と思い始めていた。
「でも、やっぱ刺されるんじゃね?桜ちゃんあたりに。」
しかし、翔の言葉をソラが否定する。現在、カイトの周囲には指数関数的に女性が増えて――新たに判明しているだけだが――いっている。いずれは桜にでも嫉妬で刺されるかもしれない。尚、ユリィとクズハはハーレムを作ると計画していたので、今のところその心配は無い。今のところは。
「え?私、ですか?」
当人は自分が嫉妬深いと理解していないらしく、小首を傾げていた。尚、カイトの介抱をし終わった後もその隣を離れず常にキープしていた。
「あはは、気にすんな。」
「そうそう、適当にカイトにお説教していれば大丈夫だよ。」
欠点のない美少女って幻想なのかもな、そういう風に思う二人。誰しもが何らかの欠点がある、男どもの淡い理想が砕かれて久しい二人の感想であった。ちなみに、カイトと瞬はそんな幻想を抱いた事は無い。妹が居ると、簡単に普通に現実が見れるからだ。
「いや、お説教なぞされたくないんだが……」
「ならそろそろ女性遍歴明らかにしてください。楽になれると思いますよ?」
「いや、別に隠しているわけじゃないんだが……」
「じゃあ、他に何人いるんですか?」
「え?誰言ったっけ……ステノンとエウレアは?」
桜の問い掛けに、カイトが少し考えこむ様な顔で顔を天井に向ける。誰を言ったか覚えていないあたり、色々終わっていた。
「だから、ステンノ、エウリュアレじゃと言っとろうに……」
そうして間違えまくって怒られるのが常である。と言っても、二人共かなり幸せそうであったが。まあ、つまりはカイトが意図的に間違えている、何時ものやりとり、という奴なのだった。
「……それってもしかして、かの有名なゴルゴーン三姉妹ですの?」
「あ、やっぱこれ言ってないか。じゃあ、ブリュンヒルダは?」
「知りません!」
次々と明かされる女の子の名前に、桜が激怒する。
「えーと、ブリュンヒルダはジークフリートとブリュンヒルデの娘。この二人の逸話は知ってるか?」
その言葉に反応するのは、やはり瑞樹だ。相変わらずの神話系統の知識量の深さに、カイトは感心していた。
「二人共愛し合って居たのですが、お互いに奸計に掛かって別の相手と結婚させられたのではないでしたか?それを元に結果二人共破滅の運命を辿ったとか。確か、ジークフリートをブリュンヒルデが奸計で殺害、その後ジークフリートの火葬の際に事の真実を知るやブリュンヒルデも自害し、後を追うように火葬されたそうですわ。」
大凡、これが人間界に伝わる二人の逸話であるが、カイトは更に詳しく知っていた。
「まあ、それが人間界に伝わっているお話の一部だな……で、まあ色々あってオーディンの所で復活。今は二人でイチャコラしてる。当然、クリームヒルトも一緒だ。あっちもあっちでやばくてなー……時々ジークが愚痴に来て困るんだよ……っと。それは良いか。で、そうして出来たのがブリュンヒルダ他何人かの子供たち。むちゃくちゃ強いぞ……んで、当たり前の様に美男美女、と。」
カイトがため息混じりに解説する。北欧神話の大英雄と、主神の命をも背ける意思を有するワルキューレの間の娘である。強く、美しいのは当たり前であった。
「それを呆気無く打ち負かして求婚されておるのは何処の何奴なのじゃろうな。」
「なんで武器見せて、って言っただけでそうなったんだろうな。母親よろしくすげー嫉妬深いし。」
カイトがため息混じりに告げる。ジークフリートの持つグラムが見たい、と言ったら娘に勝てたらな、と言われたので、呆気無く打ち破った結果である。
なお、本来のグラムの持ち主はジークフリートなのだが、彼が第一線を退くと同時に子供達の中で最強のブリュンヒルダに貸し与えたのである。ちなみに、未だにジークフリートの方が強く、ただ単に戦う理由が無いので隠居しているだけであった。
そうして、そちらの解説が終わった所で、魅衣が次の説明を要求する。
「それで?さっきのステンノとエウリュアレって娘は?」
「確か、かの有名なゴルゴーン三姉妹でしたわね。異端や諸説はありますが、確か三人共美しき女神であったものの、美の女神アーテネーの怒りを買って醜い化け物にされてしまったとか。有名なのは三女のメドゥーサですわ。」
「えーと、あっちは……確かギリシャ神話の神々のとこに行った時な。色々あって呪い解いた。」
あっけらかんと言い放つカイトだが、当然そんな簡単なことではない。だが、その程度はその程度と思ったらしい一同はそっちをスルーして、別の事に興味を持つ。
「ええー……それって怒られなかったの?」
「べっつにー、オレは言われた事やっただけですし?この結果だせ、って言われただけなのに、方法に文句いわれてもねー。文句言うなら方法先に言えっての。つーか、女の嫉妬に巻き込んでんじゃねえよ。相手あんなロリっ子だぞ?何に嫉妬してんだか。」
どうやらかなり文句は言われたらしい。魅衣の質問に対して、カイトが更に愚痴を言いそうな表情で答えた。
「お主がまさかあんな手段で解決するなぞ誰も思っておらんかっただけじゃ。ペルセウスさえ呆気に取られておったじゃろ。」
「ゼウスの爺とポセイドンのおっさんには大爆笑されたがな。」
「何やったの?」
そんな二人の様子を見た魅衣が少しだけワクワクしながら問いかける。全員がある種の、英雄譚を聞いている様な感覚であった。
「あん?あれ呪われたのって、姉二人は末っ子のされた事に怒って逆恨みされ、妹も妹でただ単に綺麗だったからってだけだろ?まあ、確かに傲慢だったけど、そこまで目くじら立てるほどじゃなかったし……知らんだろうけど、狂ったのは呪いのせいだったんだよ。それで、それ聞いたらなーんか殴んの忍びないなーって思ってな。んで、指令がメドゥーサに一撃くらわせろってのだったんで、元に戻してから軽く小突いた。つーか、あんなロリっ子殴れっか。あの程度の傲慢さは笑って流せ。可愛いもんじゃねえか。」
カイトが笑って告げる。非常に軽くではあるが、確かに、末っ子に攻撃を食らわせてはいる。屁理屈でも、理屈だ。通用させた。
「そしたら、何故か姉二人に惚れられた、らしい。」
ティナ談である。尚、当然だが三女にも惚れられている。
「そりゃ狂いに狂って神の誰も救ってくれなんだ時にお主があまりにあっさり呪いを解呪。妹も救ってくる、であっさり救ってくれば、仕方がなかろう。完全に恋する乙女の目をしておったぞ。お主は気づいておらなんだが……バレンタインにもいつもチョコくれとるじゃろ。」
ティナは少し溜め息を吐いて、告げる。三姉妹の救出にはカイト一人で出向いていたので、詳細はカイトからの報告だ。そんなティナに対して、カイトはぽかん、とした顔で苦笑する。
「あれあいつら全員助けてくれたお礼、義理よ義理って言いまくってたぞ?好意は持たれてるなー、とは思ってたが、まさかマジで惚れられてたとは……」
三人共その顔が真っ赤であった事には気づいていたのだが、カイトは、男の免疫なさそうだしなー、と流していた。その程度の好意と照れ隠しならカイトも勇者としてかなり受け取っていたのである。そのうち何割かが本当に惚れられていると気づいていたのかは、カイトにもティナにも分からない。
「お主、もしやメドゥーサにも惚れられておる事、気づいておらんのか?」
「……え?」
明確に求婚されているのはブリュンヒルダだけであるので、やはり気づいていなかったカイトが頬杖からずり落ちる。彼はあっさりとやりたいようにやっただけなので、何故惚れられたのか理解できないのであった。
当たり前だが、カイトが好意に鈍いのには理由がある。彼はそれなりに多くの感情を受けているので、好意にも悪意にも敏感ではあるものの、好意の方はどの程度の好意なのかを察するには、少し鈍感であった。
これは勇者として多くの民草から好意を受ける身である弊害である。とは言え、好意を明らかにわかる形で示されても気づけない程の鈍感ではなかった。
ちなみに、悪意の方にはかなり敏感だ。公爵として様々な裏事をこなした結果である。こちらは、一定の距離で敵意――殺意ではない――を向けられれば、寝ていても気づける程に敏感であった。
「当たり前じゃろう。今までずーと延々数千年化け物と蔑まれ傷つけられ、慕う姉を巻き込んだ罪悪感やら何やらに苛まされておったじゃろう。おまけに父や母を含めた神々はそれに対してなんらしてくれなんだ。その絶望は、悲しみは察するに余りあろう。それを助けだしてくれたお主は、まさに如何な英雄譚の英雄たち、如何な美貌の白馬の王子様にも勝る存在じゃっただろうな。」
惚れられるには、慕われるにはそれなりの理由がある。カイトにとっては些細なことであっても、彼女らにとっては重要な出来事であった。
「そんなもんかな……」
さすがに今だ30年も生きていないカイトに、それを完璧にまで察する事は出来ない。数百の時を生きたティナだからこそ、言えることであった。
「ま、その三人はこんなもんかな。」
「え?終わりか?」
武勇談を聞かされている感覚であったソラが少し物足りなさげに眉を顰めた。
「あ?もっと聞きたいなら酒でも飲みながら、ゆっくり聞いた方が面白いぞ?」
カイトが盃を傾ける様な動作と共に、笑みを浮かべて告げる。カイトと同年齢の子供を抱える兵士や冒険者が多かった大戦時。よくカイトもユリィと共にそういう大人達に混じって焚き火を囲み、武勇伝を聞いたのである。彼等の感情は理解できたし、どうするのが一番楽しめる――語るほうが、である――のかは、カイトが最も知っていた。
「ゆっくりって……今日は別に急いでないだろう。」
そう言って瞬が苦笑する。瞬にしても興味のある話であった。だが、そんな一同に対して、カイトが普段の調子に戻った。
「そりゃ、客人が居なけりゃな。誰かは知らんが、大事な会議じゃない。入っていいぞ。」
そうして、執務室の扉が開いたのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第220話『第二陣の生徒達』