第218話 精霊達 ――アドバイス――
ソラ達が帰還したその日。丁度良いということで大精霊たちが呼び出された後。ティナがかねてよりの疑問を質問し、カイトが冒険部全員が立ちっぱなしなのに疑問を呈した。
「で、お前ら全員なんで立ってんの?」
「いや、お前……逆に良く座れるな……」
カイトの問い掛けだが、逆に翔に感心される。翔は内心、こうでもないと公爵なんてできないのだ、と無理やり納得していた。
「そうか?」
この中で大精霊達以外で座っているのはカイトとユリィ、ティナの三人だけである。とはいえ、カイト以外の二人は少し緊張を滲ませていた。
尚、全員分のお茶と茶菓子が椿によって供されているが、それに口をつけたのもまた、カイト達三人と大精霊達だけであった。その椿は今、いつもと変わらない様子でカイトの横に侍っていた。彼女が座らないのは客人が居る時は普通なので、何も可怪しくは無い。
「さ、さ、さすがに僕は大精霊様とご一緒させていただくわけには……」
かなりどもった様子のアルが、かなり上ずった声で答えた。リィルもティーネもそれに大きく頷く。
「そーかなー。別に気にしなくていいよ?ティーネも座ったら?」
「そうだな。リィルも座るといい。」
「む?ではアルも座れ。別に気にする必要は無い。」
順にシルフィ、サラ、雷華である。各々自分に縁のある存在に着席を促した。それに各々が目を見開いて驚く。
「私達の事をご存知くださっているのですか!?」
ティーネが感極まって目に涙を浮かべる。一応それなりに大きなエルフの部族の族長本家筋ではあるが、それ以外に取り立てて特記することの無い自分を知ってもらえて感動したのである。あんなシルフィであっても、エルフ達にとってみれば最も敬われる存在なのである。
「もー、大げさだなー。別に私が眷属の子全員を覚えていても不思議じゃないでしょ。」
なにげに世界全土のエルフとダーク・エルフを合わせれば数十万単位に存在しているのだから、それを全て覚えているとなるとかなり凄い事である。と言うより、人間技ではない。まあ、人間ではないが。
「わたしもしってるー。てぃーね、じゅっさいまでおねしょしてたこととかもねー。」
シルフィの発言に、ノームが同意する。
「きゃあー!」
一方、意外な秘密を暴露されたティーネが真っ赤になって止めようとするも、止め方がわからずオロオロする。
「その辺にしておいてやってくれ。さすがに100年近くも前の子供時代をあげつらわれても困るだろ。」
ティーネの様子を見たカイトが助け舟を出す。そんなカイトに、ティーネが救い主を見る目をしていた。
「別にいいと思うけどなー。君のお母さんもー、ってダメ?あ、そう。」
バランスが取れないかな、と思ったらしいシルフィがティーネの母親の秘密をばらそうとして、カイトに目で止められた。ティーネは少し気になったものの、口には出さなかった。
「リィルの家系は私と縁が深い。祖先の中にバランが居ただろう?」
バランとはバランタインの事である。さすがにその程度は容易に察せられたリィルは、サラの問いかけに頷いた。
「はい。ご先祖様が大変世話になったと言い伝えられております。」
「お前の家系ともそれ以降の付き合いだな。それまでもバランには初めは加護、その次は契約と何かと縁が深かった。奴以降、何かとお前の家系には目をかけているよ。」
そう言ってサラは親しげに笑いかけた。
「有難きお言葉です。」
リィルが敬礼を行なう。座りながらではなく、敢えて立ち上がっての軍人としての最敬礼である。
「私も加護を与えた者は全員把握している……とは言え、そこまで多いわけでは無いがな。」
そう言って雷華が苦笑する。いくら加護を受けている者が多いといえど、全員に与えているわけではない。その総数はエネフィアの総人口の半分を遥かに下回っていた。おそらく、全員分を合わせても、3割にも満たないだろう。だが、そんな言葉にさえ、アルが最敬礼で答えた。
「いえ、それでもご存知頂けただけで光栄です。」
「それに、お前の所は祖先が祖先だからな。知らぬとはいえ、一度口説かれたぞ。忘れ様が無い。」
そう言って、雷華はくぐもった笑いを上げる。まあ、口説いた、と言っても社交辞令程度である。とは言え、さすが、と褒めて良いのか、何をしているんだ、と怒れば良いのか判別を付けられないアルは、謝罪するしか無い。
「そ、それは失礼致しました。」
「貴方は私も少し気にしているわ。」
そんなアルに対して、雪輝が告げる。そして、彼の注意が向いたのを見て、更に告げる。
「貴方の氷系統への適正はルクスを上回るわ。少しだけ、楽しみよ。」
「はっ!精進致します!」
特定分野ではあるが祖先より上、つまり言外に期待している、と言われて、アルが緊張した面持ちで宣言する。そしてそちらが終わると、次はサラがリィルに告げた。
「リィルはバランと同程度だな。お前ならばゆくゆくは契約者となれるかも知れない。後は精進しろ。<<炎武>>などでわからぬ事があれば、カイトに聞けばいい。あいつはバラン以外で唯一最終到達点まで使える男だ。お前はあれともバランとも違った到達点へ行けるのでは、と少し期待している。」
「はっ!有難う御座います!」
此方も同じく敬礼で答える。実は、サラと雷華は武人としても超級の腕前を持っている。それのアドバイスは素直に受け入れておくべきだったのである。そして、次はシルフィからティーネに苦言が飛んだ。
「ティーネは一度カイトに武器を見繕ってもらった方がいいかもね。今のその子、もう持たないでしょ?」
「ご存知でしたか。」
「ききょうとなでしこからちゅういされてたよねー。」
「はい。それでも、父から頂いた大切な物でしたので……」
ティーネは苦笑混じりに、自身が腰に帯びたレイピアを撫ぜる。父から貰った物として、大切に扱ってきたのだが、既に50年近く使い続けてきた無理が祟っていた。
「うん。とっても良い使われ方をしてる、って二人も言ってたね。でも、それは貴方の命や他の皆に代えられるものじゃないよ?」
「はい。ありがとうございます。」
元々彼女もそろそろ交換しないといけない、とは思っていたのだ。それでも父への感謝の気持ちや様々な思い出から踏ん切りが付かなかった。風と地の大精霊という、彼女らにとっては神にも近しい存在から褒められたとすれば、それはこの武器にとって最後の誉としても良いだろう。ティーネはそう考え、この武器を記念に飾っておくことを決した。
「カイト、いい武器ある?」
ティーネの表情から決心を読み取ったシルフィが、カイトに問いかける。
「いや、お前ら先に言えよ……ちょっと待ってろ。」
カイトもティーネの武器については報告が二人から上がっていたが、今武器を交換する事は想定していなかった。カイトがそそくさと自分の手持ちの武器を確認し、今のティーネに見合う武器を探す。
「えーっと……ティーネの得手はレイピアだから……コイツは……まだ早いか。作った方が早い……か?後で桔梗と撫子に創ってもらうか。」
手持ちのレイピアで、ティーネが使えそうな物が無いと見て取ると、カイトが即断する。
「二人なら良質な魔法銀でレイピアを作る事はわけないだろう。費用は公爵家で持つから、少しだけ時間を貸してくれ。武器技持ちの武器を創ってもらおう。」
ティーネも公爵家の家臣の一人、それも勤続が50年近いそれなりの重役に位置している。その彼女の為に、武器を仕立てる事はカイトにとっても有益であった。
「はっ!」
カイトの言葉に、ティーネが公爵家家臣として敬礼で答えた。
「ああ……これで良いか?」
「うん、ありがとー。」
元々はシルフィの頼みであったのだが、どうやらノームも同じことを考えていたらしく、二人して礼を言った。
「よし……それで、全員紹介は終わったが、後はどうする?」
「では、一旦戻るぞ。」
そう言って即答したのは雷華。どことなく、そわそわしていた。
「いえ、もう少し親交を温めてもよいでしょう?」
急かす雷華を押しとどめたのはディーネ。事情を察しているらしく、苦笑していた。
「ええ、もう少しゆっくりお願いできますか?」
そう言って雷華に頼むのはソルである。その視線は、寝息を立て始めたルナへと注がれており、優しい表情であった。
「む……だが……」
「どうせこのままやっても変わらない。諦めろ。」
「ぐぅ……」
尚も食い下がろうとした雷華に、サラがトドメを刺す。
「……何をしてたんだ?」
「すごろくー。」
「え!僕やってないよ!」
ノームの言葉を聞いたシルフィが、自分は参加していない所で勝手に行われていた勝負に驚いていた。
「貴方はカイトの所に居たでしょう。誘ってもらえなかったのには、それなりの理由があるのよ。」
「そーだけどさ!一声掛けてくれたっていいじゃん!」
「じゃあ、貴方もカイトの所へ顕現するなら、一声掛けなさい。一人で勝手に出るなんて酷いわよ。」
言外に自分たちも出たかったのだ、と雪輝が告げる。その言葉に、カイトの頭に幻痛が走った。確実に、今後は勝手に顕現するつもりである。尚、この予想は事実で、執務室限定、紹介された面子が居る時だけとはいえ、ほぼ日替わりで誰かが顕現することになる。
「はぁ……まあ、いいけどな。」
とは言え、カイトは苦笑するだけだ。なんだかんだ言いつつ、カイトは最後には彼女らの勝手を許すのであった。止めても無駄、という事も大いにある。
「で、今の順位は?」
「……ディーネ一着ほぼ確です。」
少しだけ溜め息をつきながら苦笑し、ソルが答えた。
「今は二位争いで揉めている。現状はソル・ルナペアが二位、僅差でノーム。その下はお雪で私が続く。ぶっちぎり最下位が雷華だ。」
「いつも通りか。」
サラの答えを聞けばカイトの知るいつも通りのパターンであったので、カイトの興味は失せた。それに怒ったのは雷華である。
「いつも通りとは何だ!いつもいいところまでは行くんだ。ただ、最後の一手で失敗するだけで……」
ちなみに、最後の一手というが、彼女が失敗するのはほぼ序盤の終わりから中盤である。
「雷華はそれさえなければ、良いんですけどね……」
呆れた表情でディーネが呟く。
「ぐぅ……」
ディーネが一位なのは、主に堅実且つ、出る所では勝負に出て、それにきちんと勝利するからである。一方の雷華は始めは調子が良いのだが、何故か始めの内に大博打を打って最下位に転落する。当人曰く、始めの内に他を引き離せば、後はそれを維持するだけで勝てる、とのこと。間違ってはいない。
ただ、その勝負に負けるだけである。尚、賭けに勝った時はディーネにも圧勝している。なのでやはり、間違ってはいない。
「大博打を打つなら最後の最後だろう。どーして最初に打つかねえ……」
サラも呆れて苦笑していた。サラは最後の最後で大博打を打って、負けを取り戻すタイプである。こちらはその最後の勝負を楽しんでいる節があった。サラと雷華は勝負事が好きなのであった。
「どうしてそこまで熱くなれるのかしら……」
一方、勝負事に興味が無い雪輝の順位が低いのは、単純にやる気が無いからである。やる気を出した時には、冷静な判断力を使用してディーネに匹敵する好成績を残す。そのやる気は滅多に出ないが。
「さーねー。まあ、でもたのしいしねー。」
「カイトが現れるまでこんなこと出来なかったしねー。」
ノームは勝負ではなくゲームそのものを楽しむタイプで、順位そのものを気にしていなかった。シルフィも勝負を気にせずゲームを楽しむタイプだが、こちらは他者をかき乱して抜けだそうとするタイプである。
「私達はそれなりに遊んでましたけど……皆さんはお一人ですしね。」
ソルとルナは二人で一人として参加している。記憶と経験を共有している以上、その思考も若干読み取れる。特にカードゲームでは勝負が出来ないのである。
「んー……でも、時々なら……面白いかもしれない。双六ならやっても良かったかも。」
騒がしかったのか、ルナが起きてきた。寝たからなのか、若干目が冴えていた。
「じゃあ、次の勝負はそうしますか?」
「ん。」
確かに、相手の思考が読めても運要素の強い双六ならあまり関係が無かったので、ルナが同意する。
「じゃあ、戻るか。」
雷華がそう言って、席を立つ。
「では、失礼しました。」
「じゃあねー!」
そう言って全員が消え、カイトの精神世界がにわかに騒がしくなり始めた。そうして、全員が去ったことでようやく冒険部の面々が動き始める。
「……お前、やっぱすげーわ。」
ソラが今会った人物達を思い出して言う。自分では、彼女らと対等になろうとは気が狂っても思えなかった。それを成し得た親友は、まさしく自分の遠く及ばない存在であった。
「ん?そうか?椿もいつも通りだったと思うが?」
そんな一同の中。唯一平常運転であったカイトだけが椿が平然としていたことに気づいていた。
「そういえば……お主、何故あの空気の中平然と動けたのじゃ?」
椿が普通にお茶出しなどを行っていた事を今更ながらに思い出したティナが問いかける。ティナでさえ、滅多な動きは取れなかったのだ。疑問に思うのも無理は無い。
「はぁ……私はご主人様の物です。ご主人様のお客人を相手に緊張するわけにはまいりません。それに、大精霊様方は、ご主人様を対等と認めておいでです。であれば、私にとっては主たるご主人様こそが至上。何か、不自然でも?」
不自然な事は無い、一切疑いなくそう言う椿。それにティナ他一同が少しだけ引く。
「う、うむ。間違ってはおらぬ。」
確かに、間違ってはいない。対等同士であれば、主を優先するのが従者としての正解だ。だが、それはそれ。人たるカイトと大精霊を対等に扱う事が出来る者なぞ、居なかった。それほどまでに、今会った彼女らは偉大且つ雄大な雰囲気を纏っていた。
「カイト、お主もしやすると、とんでもないおなごを引き当てたやも知れぬぞ?」
少しだけ垣間見た椿の異常性を、ティナが示す。しかし、カイトはそれを才能と勘違いする。
「当たり前だろ。オレが肝入で雇ったんだから。」
そう言って笑うカイト。こうして、ティナが若干の気がかりを残しつつも、大精霊たちの紹介が終了したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。明日、一つカイト達とは離れた所の話を挟み、今章は終わりです。
次回予告:第219話『暗躍する者達』