第217話 精霊達 ――偉大なる者――
ソラ達が冒険部へと帰還し、丁度現れたシルフィを契機として他の大精霊達を召喚したカイト。そうして冒険部の面々を見れば、そこには身動き一つ取らない冒険部の姿があった。
「……どうした?」
身動き一つ取らない面々に、カイト他大精霊達が怪訝に首を傾げる。それにティナが口を開く。
「……だから、やめよと言ったのじゃ。挨拶が遅うなりました。お久しぶりでございます。」
ティナが滅多になく緊張した顔つきで、丁寧に一礼し、挨拶を行なう。例え皇帝であってもこのような慇懃な態度は取りはしないが、彼女ら大精霊達だけは、別であった。
「お久しぶりです。皆様。カイト、時々皆様がどんな御方か忘れてるんじゃないかなー……」
こちらもかなり緊張しながら、大きくなったユリィが優雅に一礼する。彼女も本来はここまで緊張する事は滅多にない。それこそ風の大精霊だけなら、平然と悪ノリもする。だが、全員となると別だった。
「お主は忘れておるかもしれんが、皆様方はまごうこと無くこの世界で最も偉大なる御方。身に纏うその風格は並の者では抗い得まいよ。」
「辛い、か?」
カイトにとっては単に雄大な自然に包まれている程度にしか感じず心地良い気分しかないのであるが、他の面子は異なっている。彼等――ティナさえ含めて――にとっては、自然界を構成する8つの大精霊達を目の当たりにすることは、雄大な自然を目の当たりにし、自らが小さき存在であることを実感しているのと同様であった。
「えー、このぐらいふつうじゃないの?カイトなんてフツーにしてるし」
ノームがベッドから顔を上げる。何故、全員に恐れられているのかわからない様子であった。まあ、それは彼女だけだ。なので、そんなノームに対して、シルフィが告げる。
「あはは、カイトを一般に分類しちゃだめだよー。カイトは特別だからね。」
「皆も一度抑えましょう。」
シルフィが力を抑えたのを見たディーネが他の面子に提案し、全員その身に纏う力を抑えた。尚、大精霊達の纏め役はディーネである。というか、彼女とソル以外に纏めようとする精霊が居ない。まあ、そうでなくとも他の大精霊に任せると大抵碌な事にならないのは、全員が初めて一同に会してからわかった事だった。
「……くっ。」
誰かが小さく息を吐いた。それを合図にしたかのように、ようやく全員が動きを取り戻す。そうしてティナとユリィを除く全員が、倒れこむように膝を着いた。全員震えており、精霊たちの眷属であるティーネに至っては、最早感動で涙を流していた。そうして一同が落ち着くまで待ち、カイトが全員の紹介を行なう。
「さて、全員復帰した……ティーネ、大丈夫か?」
「い、いえ!大丈夫です!」
自分が属する大精霊――シルフィとノーム――に出会ったティーネがガチガチに固まっていた事を見たカイトが問いかけるが、ティーネは上ずりながらも答えた。震えているのは、この際見逃すことにした。
「……まあ、良いか。さて、ソラ達は風の大精霊は知っているな?」
「……知ってるっちゃあ知ってるけどよ……」
震えながらそう言うソラ。全員未だにどう接して良いのか、分かっていなかった。
「えへへー、この姿なら、男の子って思われないよねー。皆して男の子って酷い。」
「そう思うならいつもそうしていればいいだろ。」
火の大精霊が苦笑する。そうして、カイトが紹介を開始した。
「さて、じゃあ、紹介しようか。まずは風のシルフィード。火のサラマンデル。水のウンディーネ。土がノーム。ここまでが基本4属性。名前が長い奴は全員略している。シルフィ、サラ、ディーネってな。」
「長い、と思うなら、何故そう名付けたのです……貴方が付けた名なのですよ。他の子は全員短いじゃないですか。」
ディーネが苦笑しながら問いかける。ソラ達ゲームやファンタジー物に馴染みのある面子は、その由来を理解し、苦笑する。
「まあ、大精霊と言えば……なあ?」
様々なファンタジー物で語られる各種精霊の名前が由来である。それ以外に良い名前が思いつかなかった事もあって、イメージにピッタリ来た名前を名付けたのであった。そうして問い掛けられたティナだが、こんな状況で大精霊達のネーミングについてコメントを求められても迂闊な発言が出来ない。
「余に同意を求めんでくれ……」
「カイトが私達を見てそう思ったのなら、私達に異論は無いさ。元々名前なんて無かったしね。」
そんなティナに対して、サラが苦笑して告げる。別に誰も名前がなんであっても気にしては居なかった。自然の権化として、ただ単に何々の大精霊様と呼ばれていた彼女らは、名前を付ける意味を見いだせなかった。それに呼び難い、と名前をつけたのはカイトである。
「それに、いまじゃあ、けっこうきにいってるしねー。」
そう言ってノームが嬉しそうに語る。
「それは何より……で、続きだ。氷の雪輝姫。雷の雷華。光のソル。闇のルナ。」
ルナは話を聞いていたのか、ベッドの上からうつ伏せに手を振る。ここらになると、ファンタジー物で語られる事も無いので、完全にカイトのネーミングセンスである。
「まあ、サラ当たりが雪輝の事をお雪なんか呼ぶことも有るな。」
「私はあまりその呼び方好きじゃないんだけど。」
「いいだろ、別に。お雪でもお雪さんでも。」
「頬が赤らんでるぞ。」
雷華の言葉に、雪輝がそっぽを向く。
「ソルとルナは双子……でいいんだよな?」
確か、そうだったはずとカイトが、二人に問いかける。
「はい……ああ、いえ、正確には違います。私達は何方か一方では存在し得ません。」
ソルは認めて、少し考えた後に訂正する。
「あれ?でも最初は双子で大丈夫って言ってなかったっけ?」
一番初めに出会った時に、双子の認識でいいのか、と問うたカイト。その時はその認識でも問題は無い、と言われたのである。
「私達は……二人で……一人。個別じゃない……思考と身体が異なるだけ。」
「それ故意思以外の記憶や経験は共有しています。二人共実体化して、その距離が近ければ感覚も共有します。」
「ああ、それで何故か二人一緒に……いや、なんでもないな。」
ふと思い当たる節のあったカイトが、ついうっかり発言しそうになって急遽取り下げた。最後まで発言していれば、身の安全の保証がないセリフであった。
「双子、と言ったのはその当時説明しても理解できないだろう、と思ったからです。事実、それでも間違いでは無いですしね。」
精霊という自然の権化である以上、肉体は意味を成さない。とは言え、実体化すれば飲食もできるし、生命に出来る事ならば全て可能である。不可能なのは死ぬ事と、流石に世界に憑った存在なので世界間の転移ぐらいだった。
「ふーん、要は身体が2つ有る二重人格みたいなものか。確かに双子で問題は無いな……ん?」
ふと、カイトが一方の経験を知っているのなら、された事も知っているのではないか、と気付いた。
「なあ、もしかして……」
一筋冷や汗を流し、ソルへと問いかけるカイト。
「はい。全部知ってます。」
カイトが何を言いたいのか、それを察したソルも苦笑して答えた。
「……二人共、あんまりお互いにでも知られたく無いんじゃないのか?」
「自分自身の事だけど……割とどうでもいいみたい。どんな事しても……されても、ソルの事。私じゃ……ない。それに……場所も違う。でしょ?」
ルナがベッドから起き上がって答えた。オレに聞かないでくれ、そう言いたいカイトだが、ルナはそんなこと気にしなかった。案の定、意味を察して説明を求める視線が幾つかカイトに注がれるが、カイトは完全にスルーを決め込んだ。尚、質問の答えは知っている。
まあ、それはさておいても、確かに自分自身の行動であっても、それが真に自分の意思でないのなら別人の行動と言える。そこら辺に折り合いが付いているのだろう。
「まあ、そりゃそうだけどな……」
「そこの所は私達も不思議ではあるのですが……それが事実である以上、そうと思って受け入れるしかないでしょう。」
いくら彼女ら大精霊といえど、知らないことやわからないことは存在している。二人の認識も、その一つであった。
「ふーん……」
自己防衛反応の一つなのかもしれない、カイトがそういう風に考察を行なう。
「まあ、そんな考察は後にするか……誰かに見られたらヤバイしな。」
カイトは苦笑しながら、話を進める事にする。この場を誰かに見られようものなら、自分の正体を晒している様なものである。
「それで、さっき居たシルフィも含め、他の面子も大抵この部屋には居るな。具体的にはオレの精神世界を勝手に間借りして。」
実はそれ故、仕事中も真面目な会議中もかなりの割合でカイトは雑談に参加して――させられて――いるのだが、誰にも気付かれていない。と言うより、慣れだ。意識の分割が出来る様になれば楽だとは本人の弁である。
「そういえば、それはどういう理屈なのじゃ?今まで数人の……というか身内の契約者には全員そんな現象は起きておらんかったろう。余もそんな事態は書物にも書かれておらなんだと記憶しておる。」
今まで何度かカイト達を中心として複数人の契約者とも会っているティナだが、カイトは常に一緒にいる様な事を言っていた。気にはなっていたのだが、大精霊達の事とあって、迂闊には聞けなかったのである。良い機会か、とこの機会に問いかけてみる事にしたのだ。
「それは私達も知り得なかった。」
そう言うのは雷華である。
「なにせ私達にしても、祝福を成したのはカイトが初めてだ。故に何が起こるかなぞ、知り得ん。知っていたのは私達を呼び出せるようになる、という事実だけだ。だから、初めて祝福を施した時には驚いたものだ。」
いきなり奇妙な空間――実態はカイトの精神世界に間借りした部屋――へと行けることに気付いた雷華が試しに行ってみると、そこには既に自分以外の大精霊が既に居たのである。
「初めて気付いたのは私です。その時は何処で、一体何のための空間なのかわからなかったのですが……サラが来てようやく悟りました。」
一番初めに祝福を授けたディーネがそう言う。そして、それを受けてカイトが答えた。
「初めは単にオレが精霊と会話するためだけの場所かと思っていたんだ。何もない、暗闇みたいな場所だったからな。そこにぽつんとオレとディーネが立っているだけだ。ただ単に通常は実体を持たない大精霊と会話するための、意識だけが飛ばされる特殊な空間かと思っていた。」
それがカイトが立っているのは疲れる、イスが欲しいと思い浮かべるだけでイスが出た。そこで調べてみるとカイトの精神世界であった、という流れである。以降、精霊たちが望むものを配置していき、結果部屋の様になったのである。現在ではテレビやゲーム機、果てはビリヤード台なんて物まで設置されている。
「まさか行ってみて、ディーネが居るとは思っていなかったな。」
「私もさすがに予想外でした。ここは何処なのか、何のためにあるのか、さっぱりわかりませんでしたから。もしかしたら、私が有する空間の一つなのかも、と思っていました。」
サラの言葉を継いで、ディーネが続ける。祝福を授け、サラがディーネの言葉に従って奇妙な空間へと行けるか試してみれば、ディーネが居たのである。
「そうして更にシルフィが来た所で、ようやく私達が全員集まれるのでは、との考察に至りました。顕現のための力も必要無く、非常に使い勝手の良い空間ですね。」
当然だが、大精霊達をカイトの意思で顕現させよう物なら、それ相応に魔力を使用する。一度呼び出せば後は勝手に実体を保つのであるが、それでも相応の魔力を消費することには変わりない。
「これはオレの勝手な想像だが……恐らくレイラインの様な物がオレとの間に繋がったんだろう。自然の概念たる大精霊達にとって、魔力的なレイラインはそのまま移動のための通り道になり得る。オレという存在そのものと繋がった事により、オレの精神世界へと行き来する事が出来るようになったんだろうな。」
契約では、契約者に与えられた指輪を利用して大精霊たちへと呼びかけている。それ故、契約者個人にはレイラインが存在していないのであった。ここから、カイトは自身と契約する事で自分にそのレイラインが繋がっているのではないか、と推察したのであった。
「多分、それが正解ね。さすがに詳細は私達もわからないけど、そうでなければ説明がつかないわ。」
雪輝がそう言って考察を述べる。
「もしレイライン以外の理由があるのなら、それこそ契約者達の精神世界へも行けるはず。でも、それはない。彼等は私達への呼び掛けはできるけど、私達を呼び出す事は出来ない。呼び出すにはレイラインが必要なのよ。」
契約者では大精霊達にまで語り掛けられて力を借り受ける事ができるようになるだけで、カイトの様に語り掛けて呼び出す――ただし、呼び出しに応じるかどうかは、各個人による――事ができるのは、カイトの存在そのものと大精霊達の間に魔力的な繋がりがあるからである。その繋がりを通ることで、彼女らはカイトの下へと参上する事ができるのであった。
「ふむ……そのレイラインの有無こそが、カイトと契約者達の差か……では、もし余が祝福を得れば、余の精神世界に皆様方を招く事も出来るのですかな?」
「まあ、わかっていると思うけど、貴方には祝福も契約も授けられないけど……原理的には可能な筈ね。」
ティナの問い掛けを、雪輝が認める。ティナへは祝福どころか契約も加護も与えることは出来ない。力量や資格としては十分に有しているのだが、こればかりはどうしようもないのである。その点は既に原因が追求できているので、ティナには諦めるしか出来ない。
「ふむ……それは相変わらず残念でなりませぬが……合点がいきました。感謝致します。」
そう言ってティナはカイトの横に座る大精霊達に優雅に一礼する。
「で、お前ら全員なんで立ってんの?」
そうしてティナの疑問が一段落付いたことで、カイトは始めからの疑問を呈するのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第218話『精霊達』