第215話 二つ名
カイトとティナが禁呪の説明を終わらせた日。ソラ達がミナド村最後の夜を明かし、次の日の朝。一同は村人達に見送られながら、竜車に乗りこんだ。
「皆さん、本当に、ありがとうございました。」
そう言って村長が頭を下げ、任務終了の書類をソラに手渡す。更にその後、一人ひとり握手して礼を言っていった。
「はい。こちらこそ、一週間お世話になりました。」
書類を受け取り、ソラがお礼を言って頭を下げる。
「兄ちゃん達!まったな!ルフィにあったらよろしく言っておくからな!」
「おう!……って、あれ?ルフィって、どうするんだろ。」
コリンの言葉を受けて、元気に返事したソラがふと悩む。既に風の大精霊と正体がバレているルフィが、このままこの地に留まる事はないだろう、そう考えたソラが小首を傾げていると、ナナミに呼び止められた。
「ソラくん、ちょっと。」
「ん?なに?」
「ありがと!」
そう言ってソラの口に口づけするナナミ。そうして、顔を赤らめつつも、ナナミは足早に去っていった。
「……へ?」
今起きた出来事が理解できず、ソラが呆然としている。が、今の行動は当然だが、この場の全員に見られていた。
「なんか柔らかかった?……口?」
「ソーラー?」
キスされた、それに気づいて浮かれる事が出来たのは、わずか5秒足らずである。直ぐ様復帰した由利の、かなり怒りの籠った声にソラの感慨は一気に吹き飛んだ。
「うわぁー!」
そうして始まる逃走劇。それを見て、アルやその他の生徒達、村人達が笑い声を上げる。結果、出発が一時間遅れる事となり、おまけにソラは帰るまで延々由利のご機嫌取りに走る事になるのであった。
そうしてミナド村を出発してから数日後。朝一でソラ達はマクスウェルの街へと帰還することが出来た。
「ただいまー。なんか変わったことあった?」
冒険部のギルドホームの扉を開けて、ソラが帰還を告げる。それに続いて、他の面子も帰還する。なお、アルだけは竜車の返却で少しだけ遅れていた。ソラ達は一緒に来ようとしたのだが、流石に返してくるだけだから、とアルが一緒に来る事を断ったのである。
「お帰りなさい!第二陣の皆さんも既に仕事に出られてますよ。」
そんな一同を出迎えたのはミレイだ。第二陣の生徒が新たに加わったことで忙しさが増していたらしく、今もロビーを駆け回っていた。
「お、マジ?とりま上行ってくる。依頼書は受付に置いとくよ。じゃあ、全員、ここで解散で。」
「あ、有難う御座います。」
「おーう、おつかれー。」
「お疲れ様!」
そう言って今回一緒に行った面子は、各々友人たちに帰還を告げに行く。そうして当然だが、ソラと由利もまた、馴染みの面々が居るはずの執務室を目指して歩き始める。
「あ、ソラさん、由利さん!おかえりなさい!」
そうして歩き始めた所で、3階まで繋がる吹き抜けを浮いていたシロエが偶然ソラと由利に気付いた。
「おーう!ただいまー!執務室は誰かいっか!?」
「えーと、見てきまーす!」
そう言って執務室の扉を突き抜け、シロエが一度消える。そして、再び現れて告げる。
「皆さんいらっしゃいます!ついでに伝えておきましたよー!」
「お、サンキュー!」
そうしてソラと由利も3階へと上がり、執務室の扉を開いた。すると、鳴り響くのはクラッカーの音が3発だった。
「何だ!……っと、ソラ、お帰り。」
「うむ。由利もお帰り。」
「あ、先輩、ありがとうございます。」
どうやら完全に思いつきでやったらしく、ティナを除いて該当する3名以外は全員が驚いて飛び跳ねていた。
「ソラ、お帰り。」
「おかえりー。」
「お兄さん、お帰りなさい。」
そう言ってクラッカーを鳴らした三人がソラを出迎えた。
「おう、ただいま……で、今のなに?」
「まずは二つ名おめでとうってのが、さっきのクラッカーだな。まあ、帰還祝いでもある。」
「ああ、まあそりゃありがとう……って!なんでここにいる!」
「あはは!おじゃましてまーす!」
そう言ってルフィが手を振る。悪戯が成功して、とても嬉しそうであった。
「あ、ルフィく……じゃなかった。ルフィちゃん、いらっしゃいー。」
クラッカーに圧倒された由利だが、復帰して三人の中にルフィが居た事に気づいて手を振る。
「由利お姉さんも、お帰りなさい。」
「ただいまー……あれ?」
ふと挨拶をして、ミナド村に居たルフィが何故ここにいるのか、との疑問に突き当たった由利は小首を傾げる。陸路を行く限り、最速は彼女らが乗った竜車だ。だが、停まっていた竜車は由利達のだけだ。次に早い馬も無かった。なので、竜車も馬車もあり得なかった。だが、何故かルフィはここにいるのだ。疑問に思うのは当然だった。
「まあ、それは置いておこう。ソラ、由利。まずはよく無事に帰還したな。」
苦笑しながらもカイトが一旦ルフィの件を横に置く。説明よりも、まずは仲間が無事に帰還してくれた事を祝うべきだった。それに、ソラも苦笑して頷いた。
「ああ。結構たいへんだったけどな……あ、そうだ。案内サンキュな。」
「ああ、その程度どうってことはないさ。気にするな。」
「あ、そういえば……2つ名ってなんだ?」
ふと思い出して、ソラがカイトに問いかける。道中でアルに聞こうとしたのだが、由利のご機嫌取りに忙殺され、聞くことを忘れてしまっていたのである。
「ん?ああ、それか……まずは荷物を置いてこい。結構長話になるだろうからな。」
見れば、他の面子も二人の旅話を聞きたいらしく、少しだけそわそわしているのが見えた。そこで、二人は一旦4階にある自室へと荷物を運ぶ。そうして再び戻ってきた時には、全員が応接用のソファに座っていた。
「まずは、改めて……お帰り。」
カイトの声に合せて、全員が二人の帰還を祝う。
「それで、結局何があった?」
カイトが問いかけた丁度その時、アルが執務室へと帰ってきた。
「ただいまー。」
「あ、アル。ワリィな、竜車の返却任せちまって。」
「いいよいいよ。操縦できるの僕だけだしね。」
ソラのお礼に、アルが苦笑して謙遜を示す。そんなアルに、リィルが気付いて告げた。彼もまた、荷物を持ったままだったのである。
「アル、お帰りなさい。それで、貴方も一度荷物を置いてきなさい。」
「あ、姉さん、ただいま。うん、そうするよ。」
そうして、アルが戻ってきて、再び三人が中心となってこの旅の間にあった事が語られ始める。
「で、結局二つ名って何?」
そうして説明が一通り終わり、再度ソラが問いかける。それに、カイトが少し頭の中の情報を整理して、解説を開始した。
「まあ、ある偉業を成した物に与えられる称号みたいな物、か。これには2つあって勝手に名乗っている物と、正式にユニオンや国に申請された物だな。ユニオンや国に申請され、受理されたものだと登録証や身分証、軍の認識票にきちんと記載され、光らせた時にもその旨が表記される。」
そう言って、カイトは自分の本来の登録証を発光させる。そこには名前と共に二つ名が記されていた。
「これがその二つ名なんだが……まあ、最後の一つとして、他者から勝手に呼ばれる渾名の場合もあるが……こっちはピンきりだな。忌み嫌われる事で付けられる忌み名であることもあれば、信望の証として付く事もある。」
「なんか良いことあんのか?」
ソラのその問いかけに少しだけカイトが考えこむ。
「良いこと……二つ名があるだけでも、かなり信用度が変わってくるな。偉業をなした、って実績があるんだから、当たり前だ。まあ、逆に悪名が高くても、呼ばれるからそこは二つ名次第だな。」
そう言ってカイトが苦笑する。良い実績があれば、信用されるのは当たり前であった。逆もまた然りである。そのカイトの言葉を聞いて、瞬が少しだけ疑問に思う。かつて学園の襲撃に参加していた少年はその何方なのか、と。
「へぇー……」
「あ、じゃあアルが時々氷結のー、って言われてるのはもしかして……」
ふと魅衣が気付いたかの様に質問する。それに、アルが頷いて、自らの片手剣を撫ぜた。
「うん。あれは僕の二つ名だね。国からこの娘が使えるようになった時に下賜された物だよ。後は、姉さんが<<炎嬢>>、ティーネさんが<<森の子>>って二つ名を貰ってるんじゃなかったっけ?」
アルが今この場に居る同僚の二つ名を上げると、二人はそれに頷いた。
「私も武器を使いこなした際に、下賜していただきました。」
「私はとある防衛戦に参加したときね。その時目覚しい功績があったので、っていう理由で公爵家が申請して、受理されたってわけ。」
「じゃあ、俺の場合もティーネさんのパターンか。」
村の防衛に尽力した、風の大精霊からの加護を得た、その2つが授与の主な理由である。確かに、どちらが近いかといえば、ティーネだろう。
「後は、クズハ様が<<神葬の森の姫君>>ユリィちゃんが<<妖精女王>>、ティナちゃんが<<統一魔帝>>、カイトが<<勇者>>だね。<<勇者>>だけで呼ばれるのは、かなりすごい事だよ。なにせ、<<勇者>>の代名詞だからね。」
「カイトの場合は多数あるの。まあ、それは余もユリィもそうじゃがな。」
「まあ、戦場に多数出ていれば、自然とそうなる。」
アルの言葉を受けたティナの言葉に、カイトが苦笑する。当然だが、カイトの場合もティナの場合も、良いものと悪いものが2つあった。まあ、敵味方に分かれて戦争をしているのだから、当たり前だろう。そうして苦笑したカイトに、ソラが少し興味を覚えて問い掛けた。
「ちなみに、他にどんな二つ名があるんだ?」
「余の場合は、魔法師として<<真理を操る者>>、研究者としての<<真理を探る者>>その他諸々。<<統一魔帝>>は魔王としてのものじゃな。数百年前はまだバラバラで、戦の絶えぬ種族じゃった各魔族を初めて魔王の名の下に結集させることに成功したことから、じゃ。」
ティナは語り終えて、少し苦笑する。全ての魔族を集結させ魔族全体を発展へと導いたのだが、その所為で大戦での先代魔王側の兵力が増したのである。なんとも皮肉であった。それに、苦笑したのである。そして、ティナにつづいてユリィが口を開いた。
「私の場合は、カイトの手助けを常にしていたことから<<寄り添う者>>、風魔術が得意なことから<<風の奏者>>。<<妖精女王>>は戦後に大戦の功績を讃えられて、だったかなー。」
カイトと共に最激戦区を超えてきたことで、ユリィの力は大多数の龍族でさえ、対峙すれば素足で逃げ出す物となっていた。その結果、ユリィの力は妖精族最強となり、女王と渾名されるようになったのである。なお、妖精族としては別に女王が居る。それに続いて、最後はカイトだ。
「オレは……大精霊から祝福を得たことから<<祝福を得し者>>。堕龍を倒したことから、<<龍殺し>>。」
そこまで言って、カイトは一度苦笑を挟んだ。自分で言ったので、一応忌み名の方も説明しておこうか、と思って自分の忌み名を思い出したのである。
「あー……まあ色々あって<<死者の王>>、<<混沌の軍勢>>なんてのもある。その他諸々。ちなみに、<<勇者>>は本来、<<影の勇者>>が正式名称だ。まあ、これの由来は……機会があったらな。まあ、黄昏がこちらでどういう意味を持つのか調べればすぐにわかるけどな。」
そうして忌み名を話し、苦笑したカイトにティナが苦笑して訂正した。結局彼は忌み名をなんら説明せずに終えてしまったのだ。これでは、誤解を受けかねなかった。
「<<死者の王>>も<<混沌の軍勢>>も敵側の魔族からの言い分じゃろう。」
当たり前だが、明らかにオドロオドロしいのだ。それが偉大と呼ばれる勇者への味方からの呼び名であるはずが無かった。なので、ティナは味方からの呼び名を開陳する。
「味方からは<<白昼夢>>か、<<共にある者>>が最も呼ばれておったろうに。<<影の勇者>>は大戦後に付いた正式な二つ名じゃな。」
両方共、大戦中に共に戦った兵士達から呼ばれた二つ名である。この当時はまだ正式名称として勇者が定着していなかったので、様々な二つ名で呼ばれたのであった。
「まあな。」
それにカイトも同意する。お互いに同じものを見た感想であるが、敵と味方による見る立場の差であった。立場や見方とは、恐ろしい物である。
「なんか、全体的に中二病臭くね?」
今まで全員の二つ名を聞いていた翔が、苦笑して問いかける。見れば同じ印象を得ていたのか、ソラや桜も苦笑していた。
「中二病、ですか?何か特有の病気ですか?」
一方、リィルが聞いたことのない病名に首を傾げる。アルとティーネも同様であった。
「ああ、いや、これはそういう訳じゃなくて……」
どう説明したものか、と翔が考えているとティナが助け舟を出した。
「まあ、ある年代の者が羅患しやすいとされる精神病に似た症状じゃ。その年代が、地球で言う中学校という学校の2年生が多かったので、それを揶揄して、中二病じゃな。」
「なるほど……重い病気なのですか?」
どうやらこの説明でなんとかとある年代特有の精神病の一種と理解出来たらしい。一応は病気と付いていたので、リィルが少し不安そうに羅患した場合の状況について問い掛けた。
「重い、かどうかは人によるの。とは言え、実害のあるものでは無い……はずじゃ。というのも、何分これは症状が、重苦しい言い回しを好んだり、かっこよさそうなネーミングをつけたり、などと言うよくわからん物じゃからな。」
「はぁ……そうなのですか?何故、そのようなことを?」
「知らぬ。聞くな。」
リィルの問い掛けに、ティナが苦笑する。さすがに、文化の違いからイマイチ理解ができなかったのであった。まあ、そう言う彼女も若干中二病にかかっているのだが。
「まあ、それは横においておこう。」
カイトが苦笑しながら脱線し始めた会話の軌道修正を行なう。今は二つ名の説明が先である。
「中二病臭いのは、まあ、ある種当たり前だな。二つ名を与えられる職種が対魔物や対人系統、特に戦闘が得意な奴に多いのはなぜか、わかるか?」
「あ?そうなのか?」
問いかけられた翔が目を瞬かせた。そうして他の面子を見回すと、瑞樹がわかったのか答えを言う。
「恐らく、ですが敵を威圧し、味方を鼓舞する為ではありませんか?大戦中は特に二つ名を得た方は多かったのではありません?」
「正解だ。そうなればなるべく仰々しい物が好まれる。ただし、そうなるとデメリットも出て来る。そうだな……例えば<<白き聖女>>と聞けばどう思う?」
瑞樹の答えに頷いて、カイトはかつて会ったことの有る女性を思い出す。彼女はとある教会のシスターであった。
「なんというか……優しそうで癒してくれそうですね?」
単なるイメージを問われた桜が、思うがままを答えた。それに、カイトも頷く。
「ああ、そうだろうな。事実、この女性は医師や癒し手として有能で、後には聖女として歴史に名を残している。皇国史のどの教科書にも名を残している偉人だ。現にオレ達も回復薬を薄めた疫病の治療薬の普及なんかには協力してもらった。」
カイトが少しだけ遠い目をして告げる。彼女は既に故人だった。とは言え、既に振り切れている話だ。苦笑して続けた。
「こういう風に、かなりイメージが固まる一方、仰々しくあればあるほど、その実力が高い事になる。有名な二つ名持ちが居るだけで、戦況が変わることも有るぐらいだ。有名になれば成る程、その影響力は計り知れないものになる。」
事実、カイト達が来た、というだけで戦線が一気に持ち直した戦場も有るぐらいだ。高位の二つ名持ちは、それだけの影響力を有していたのであった。
「ふーん……じゃあ、俺の<<風剣>>ってのは?」
様々な二つ名の由来を聞いたソラが、自分の二つ名の由来を考える。村を守った事を考えれば、護り手や救出者等の言葉が入っていた方が良いような気がしたのである。
「詳しくは知らんが……そこまで大それた二つ名ではないな。」
事件自体がそこまで大それた事件ではなかったのだ。仰々しい二つ名を与えられる程ではなかった。
「うーん、多分僕の加護で戦ったのを見てた誰かが、提案したんじゃないかな?」
そこでカイトの背中に抱きつくようにして、ルフィがおぶさる。そして顔をカイトの肩に乗せた。
「ふーん……え?」
今までカイトの影に隠れていたルフィがいきなり現れた様に見えたアルが、大いに驚いて、椅子から転げ落ちる。
「うわぁー!」
「ああ!アルさん!なんでひっくり返るんですか!?」
いきなりひっくり返ったアルを、驚きつつも横の凛が引き起こした。カイトやティナ達、ルフィの正体を知る者はそれに苦笑していたのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第216話『精霊達』