第214話 禁呪たる所以
降霊術の後始末を終えて約30分後。カイトは問題を起こした生徒と共に、執務室へとやって来ていた。尚、流石に降霊術を使用した生徒は何が起きるかわからないため、流石に医務室で眠らせている。
「で?何を考えていた?」
開口一番、カイトは不機嫌さマックスに問いかける。当たり前だが、横には不機嫌さマックスのティナが一緒だ。いや、ティナの場合は専門家という自負があるが故に、カイトよりも更に激怒していた。なので二人共かなり剣呑な雰囲気をまとっており、物静かさが相まって余計に怒っているというのを印象づけていた。
「あの……」
流石に魔力を抑えているものの、相手はこの世界最強の存在だ。その怒気を孕んだ睨みは並大抵の物ではなく、かなり怯えながらではあったが関係している生徒が事情を語り始める。
「……あ?降霊術について書かれた本があった?」
「はい……あの、これです。」
書籍について言及が為された瞬間、カイトの顔に驚愕が浮かぶ。そうして提出された書籍をティナが受け取る。
冒険部のギルドホームにある書庫に入れる図書の多くは、カイト達上層部が業者に納入を依頼している物だ。それは当たり前だが冒険者として必要となる知恵が得られる物か一般常識程度に限定しており、それ故に、ユニオン推薦の書籍を選んで購入していた。当たり前だが、禁呪に関する物を購入しているはずが無かった。
「……これはおそらく……一検クラスの図書じゃな。」
暫くの間ティナはペラペラと書籍の内容を読み込んでいたのだが、ほんの数ページ読んだだけでそう断言する。そしてそれを聞いた瞬間、カイトは苛立ち紛れに呟いた。
「はぁ?なんでんなもんがウチの図書室にあんだよ。一検指定図書は禁書扱いだぞ?」
「確認を取ってみよ。」
「名前は?」
「『強者達の宴――降霊術で過去を見る――』じゃ。普通に、降霊術と書いてあるのう。」
ティナの言葉を受けて、カイトはクズハに即座に連絡を取ることにする。
『クズハ。今大丈夫か?』
『ええ。何か問題ですか?』
『禁呪を扱った図書をウチの書庫で見つけた。』
『は?』
どうやら流石にクズハも状況が理解出来なかった様子だ。カイトは暫くお説教をしながら、クズハに状況を伝えていく。
『わかりました。該当図書についてはすぐさま調査致します。5分程お待ちいただけますか?』
『ああ。頼む。事件については図書混入による事故で通す。皇国にもそれで申告してくれ。』
『わかりました。』
カイトの言葉に、クズハが頷く。ちなみに、カイトやティナが調査しない理由は簡単だ。当たり前だが、禁呪の使用方法を取り扱った書籍なぞ、普通は名前さえも公表されていない。それ故、今の二人の手元にはそのリストが無いのだ。このリストがあるのは伯爵以上の貴族の中でも認められた家か、専門の研究機関、専門の教育機関だけだった。なので取り扱えるのもそのリストを持つ者だけになる。
「はぁ……とりあえず、明日には皇国の専門機関から状況確認の為の監査官が来る。調書もとられる。今日はもう休んでいい。その代わり、明日からはかなり時間がとられるぞ。」
「げ……」
カイトの言葉に、生徒達が顔を顰める。だが、この行動にティナがおもわず怒鳴りそうになって、カイトが止めた。
「お主らは……」
「はい、待った。流石に五度目はもういいだろ。お前らも馬鹿じゃ無いんだから、いい加減に状況を理解しろ。本来ならば無免許での禁呪の使用ということで重罪だ。最悪死罪さえもあり得る。」
「……え?」
カイトの言葉を聞いて、更には死罪が本当に自分達にも適用されると理解しているが故に、ようやく事の重大さを理解したらしい。今までも若干顔を青ざめていたが、こんどこそ、顔を真っ青に染める。それを見て、カイトが告げる。
「本来なら、だ。おそらく何処かの図書が紛れ込んだんだ。安易に試した事に対してお咎めは来るだろうが、流石に死罪にはならない。そもそも試した術式は降霊術だしな。色々鑑みても、妥当なラインは無償奉仕200時間程度だろうよ。まあ、後は状況次第、だ。」
「よ……よかった……」
なんとか死罪は避けられる、と聞いて、生徒達がほっと一息吐いた。それに、カイトが念を入れておく。
「だが、一応覚えておけ。禁呪は無免で使っただけで重罪だ。それに、禁呪はこの世界の常識だ。禁呪系統だけでも覚えておけ。分かったなら、行って良し。公爵家や皇国の査問機関との手筈は整えておいてやる。明日の調査官に話す内容でも考えておけ。」
「すまん、助かるよ。」
その会話を最後に、関わった生徒達が足早に立ち去っていく。そうして、執務室から去った所で、クズハから返答があった。
『お兄様。見つかりました。やはり一検で間違い無いです。が、ここ数ヶ月で該当書籍が紛失したという届け出は出されていませんでした。』
『あぁ?ちっ……ウチへの納品業者は押さえているな?』
『はい、既に厳重に抗議する手筈を整えている所です。』
『詳細を提出させろ。一検の書籍を別の所に流出させたのは大問題だ。』
『わかりました。』
その会話を最後に、カイトは深い溜め息を吐いた。受け取った図書の内容を精査していたティナには、それが答えだった。
「やはり、一検か。」
「ああ。故意の流出か、それとも事故か……それはまだどっちかはわからん。ここ当分で流出したという報告は無かったそうだ。」
「司書を雇わなかったのは、まずかったかのう……」
「こんなことがあったら流石に専属で雇うしか無いか……まーた予算審議やんないと……」
クズハからの連絡に、二人は溜め息を吐いた。呆れて物が言えなかった。簡単にいえば、禁書は核物質に匹敵している。それを流出させて隠蔽したのならば、大問題だった。
これは数カ月後に判明することだが、該当書籍は業者側が紛失を隠蔽したとの事だった。元々皇都にある大学付属の研究所に納品するはずだった書籍らしいのだが、それを紛失してしまったそうだ。それで焦った業者は、偶然別の納入予定でキャンセルになった書籍をこっそりと流用したらしかった。どうやら似た名前の図書に紛れ込んで、冒険部が大量に購入した書籍の中に入り込んでしまったらしい。時々あるミスなのだが、禁書だったのは運が悪かったのだろう。厳重注意が為された。
尚、使用した生徒達――降霊術を使用した生徒を含め――には、カイトの予想した通りの罰が罰せられたのだが、それはまだ運が良かったと言えるだろう。大本が業者側の隠蔽だ。禁呪の行使に対する叱責はあったが、様々な状況を勘案されたのだ。幸いにして、使用した生徒にも後遺症は無かった。
「あー……なあ、こんな状況で悪いんだが……禁呪ってなんだ?」
「あ?……はぁ……」
翔がおずおずと挙手して問い掛けた所、カイトが呆れ顔で溜め息を吐いた。禁呪は冒険者に関わらず魔術を使う者には常識中の常識で、きちんと講習するということ事態がカイト達には抜けていたのだ。
「一度きちんと全員に講習をしておくか……」
「のほうが良さそうじゃな……」
禁呪、とは名前からして使ってはならない術だ。その時点でまず、魔術を使う職業ならば頭に叩きこまないといけない物なのだ。なので、二人はため息混じりに同意した。
とは言え、この場に居る面々には今説明して良いだろう。幸いにして、騒動の間に依頼に出ていた面々はソラと由利を除けば全員帰ってきていた。
「まあ、とりあえず簡単に言う。禁呪とは、非人道的だったり、バックロードが強すぎて使用禁止になった魔術の事だ。」
「以前カイトがあの洞穴で使ったのも、その魔術よ。桜なら見ておったじゃろ。記憶を消し飛ばし、肉体の痕跡を全て消し去るあの呪法を。」
「はい。」
忌まわしい記憶であったが、桜とてその光景は覚えていた。その時、カイトが使ったのは魂そのものを操作して、肉体から痕跡そのものを消去していた。
「どちらも、禁呪よ。片や魂に刻まれた痕跡を削除し、片や肉体に宿った忌むべき萌芽を摘み取る。カイトが先ほど言うておった死罪となる禁呪とは、あれよな。魂系統に、吸収系統。この2つが、無免許での使用時点で死罪となる禁呪の2つじゃ。まあ、どちらも非人道的なのは聞かずともわかろう。」
「免許があるんですか?」
「うむ。第一種検定等というようにのう。先ほどから余やカイトが言っておるのが、その第一種検定、即ち一検よ。その検定に合格して、初めて公に禁呪を使う事が許される。これは滅多に無いが、国際検定じゃな。当たり前じゃが、余もカイトも持っておる。」
桜の疑問に対して、ティナが答える。ちなみに、言及されていないが、カイトは禁呪の解呪が可能な特級という位階だ。元々存在していなかったのだが、カイトの為に新設されたのである。そうして、その言葉を聞いて、カイトが続ける。
「更に加えて、先ほどの降霊術が禁呪だ。この3つが禁呪の三大系統だ。というか、降霊術は地球でも禁呪だ。」
「え?でも時々テレビでやってませんか?イタコさんなんかが。」
カイトの言葉に、凛が首を傾げる。実は彼女はこういった心霊現象特集が大好きなのである。兄の瞬も大好きなので、実は二人して怖いものが大好きなのだった。
「テレビのネタを鵜呑みにすんな……マジで降霊術やったら死んでるよ……」
「えぇー……」
凛と瞬がかなり落ち込むが、カイトは溜め息を吐いただけだ。
「あれは余も一度だけ試した事があるが……危うく死に掛けた。あれ以降もう二度とやってはおらん。」
「ティナちゃんで、ですの?」
「二度とやりたくはない。幸いにして万全の体勢を整えておったから何事も無かったが……お主ら、カイトから武器技を学んでおるじゃろ?簡単にいえばあれを人でやるのよ。」
「何が違うんだ?それならただ単に術技が得られるだけじゃないのか?」
「確かに、先ほどのあ奴の様に、既に途絶えた術技も得られよう……じゃが、それと同時。記憶や感情、その者が得た様々な感情まで一気にインストールされるんじゃ。」
そうして、ティナは一息吐いて、少し身震いする。降霊術とは彼女でさえ、怯える程だった。
「……まず、訪れるのは記憶の奔流。次に、感情。それも、良い感情だけではない。暗く、淀んだ負の感情も含めて、じゃ。それが一気に、人の一生分流れこむ。余は記憶の流入が始まった時点で術式を遮断したが、それ以降も流れ込んでおれば、と思えばぞっとせん。」
そう告げて、ティナがぶるり、と震える。これがわかっているからこそ、安易に使った彼らに激怒したのだ。同じ経験者だからこそ、尚更に危険性を理解していたのである。
「それに、これは解呪も難しい。ミースが言った様に、解呪出来るのはカイトだけ。まあ、時間さえ掛ければ余も出来るし、ミースでも出来る。が、あの短時間となれば、カイトただ一人だけじゃ。」
「時間が掛かれば何かやばいのか?」
「降霊術とは即ち、自らの魂に他人の魂を上書きする様な物……時が過ぎれば過ぎるほど、2つは混ざり合い、融け合う。そうなれば、如何にカイトといえど、解呪は出来ん。あの短時間で発見出来たのは、まさに僥倖じゃったろうな。タイム・リミットはおよそ1時間。それを過ぎれば、カイトであっても後遺症が出る。」
「最後は……?」
「当たり前じゃが、研鑽され、玉と化した英雄の魂に原石の雑多なお主らの魂が勝てるはずはあるまい。完全にそのものになってしまう。じゃが、当たり前に死んだ者。そして、その者は強き力を有しておる。肉体は遠からず崩壊するだけじゃ。」
ゴクリ、と生唾を飲んだ翔の問い掛けに、ティナが遠い目をして告げる。そして、更にティナが続けた。
「それ故、禁呪にはいくつかの段階を以って使用の解禁がされる。まず、第三種検定に合格して、ようやく禁呪とは如何なる物であるか、の詳細を学べる。こういうものがあり、こういう術技によってこういう結果が得られる、という事じゃな。次に、第二種検定に合格して、きちんとした設備と監視の下、禁呪の実験的な使用が解禁される。最後に、それを幾度と無く繰り返し、第一種検定に合格して、公での使用が解禁される。当然、使用状況は限定されるがのう。実験的な設備も無しに、という術式はまず第一に秘匿されておる。所謂禁書じゃな。先の一冊はそれにあたる。」
「まあ、検定が発足されたのは300年前。大陸間での会議が持てるようになって、だ。それ以前は統一された規格は無かった。とは言え、統一した基準で運用が出来るぐらいには危険な術式だと思ってくれ。」
ティナの言葉を継いで、カイトが告げる。と、そこで疑問になった事があったらしい。桜が問い掛けた。
「ティナちゃんは何を呼びだそうとしたんですか?」
「む……ま、まあ……その……母を……」
ティナがかなり気恥ずかしそうに答えた。母君とは言うまでもなく、彼女の実の母親だ。孤児を気にしていないといえど、あってみたいと思った事がゼロでは無いのだ。
「成功したんですの?」
「いや、失敗した。流石に余も名前だけでは大した情報が得られんでのう。魔女族には似た名前も多かったし、元々の生まれがわからんからのう。どこぞのお屋敷の記憶が流れこんだので、その時点で切ったわ。大方似た名前の貴族の記憶でも呼び込んだんじゃろう。」
瑞樹の問い掛けに、ティナは苦笑して告げる。彼らは勘違いしていたのだが、降霊術は英雄の名があれば良いだけでは無かった。その対象についてを知っていないといけないのだ。当たり前だが、歴史上に記されていないだけで、同名の別人は山程居る。それを呼び出してしまっては意味がないのだ。
彼らはヴァルヴァザールについて知らなかった。それでも成功してしまったのは、ひとえにボロボロのイヤリングの存在だった。実は、あれは本物だった。だが、英雄と言えど故国を裏切った上に滅ぼした英雄だったので、縁起が悪いと二束三文で押し付けたのである。
詳細がわからない場合は、本人に縁のある道具を使うのが通例だった。今回は偶然、本物を使用してしまったのである。また、降霊術の場合は効果を高める場合にそういった縁ある品を使う事は多かった。
「まあ、あの当時余は反抗期に似た時期でのう。反発して、勢い余ってやってしもうただけじゃ。もう二度とやろうとは思わんよ。」
苦笑に似た笑みを浮かべ、ティナが一同に告げる。そうして、禁呪の講習が終わるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第215話『二つ名』