第212話 禁呪 ――降霊術――
第二陣が着任して二日。第二陣の生徒達も本格稼働を始め、冒険部はついに本格的にギルドの体裁を成してきた。
「これで、だいたいギルドとしての体裁が整ったか。」
「マネージャーズもそれに伴い色々と出来る様になってきたおかげで、此方も有り難い。」
カイトの呟きに対して、瞬が笑って同意する。書類仕事の半分以上はマネージャー達に一任出来る様になってきたが、やはり彼らのサインが必要な場合もあるのだ。とは言え、全員が同時に執務室に詰めるのは非効率的だ。なので、今日は瞬が作業にあたる日だった。
「きちんと加筆修正しておかないと、後でユニオンから言われるからな。」
「帳簿の仕事を俺がやる日が来るとは思っていなかったな。」
瞬がカイトの言葉に笑う。彼も一応元はといえば陸上部の部長で、部活連合会の会頭だ。なので書類仕事は時々行っていたが、それでも帳簿関連は請け負わなかっただろう。それ故の苦笑だった。
「公爵家はもっとすごい。人数が比じゃないからな。」
「聞きたくないな。」
「なら、ウチの学園の方を教えてあげよっか。」
「やめてくれ……」
ユリィの楽しげな申し出に、瞬が苦い笑いを浮かべる。当たり前だが、領地の経営とギルド一つの経営では全く違う。そして、ユリィが学園長を務める魔導学園も、だ。当然だが両方規模も、やっていることも、冒険部とは桁違いだ。まあ、公爵家も学園も抱える職員の人数も比ではないが。
そんな雑談をしている時だった。何の前触れも無く、いきなり爆音が鳴り響いたのは。
「なんだ!」
「敵……じゃあないな。」
「どうせ実験のミスじゃない?」
瞬は驚いていたが、カイトとユリィは冷静に判断を下す。襲撃で爆発が起きたにしては、起こるはずの揺れが小さかったのだ。例えるならば、空中で何かが破裂した様な感じだった。
「外の事故か?」
「わからん。が……なんだ、この変な気配は……」
事故か事件かはわからないが、とりあえず爆発が起きた以上は騒動になっているはずだ。なので二人――ユリィはカイトの肩の上だ――は立ち上がり、とりあえず外を確認する。
だが、外は至って平穏で、何かが起きた様には見えなかった。ならば、逆側の一般生徒用の訓練場か中で爆発が起きた事になる。
「中……か?訓練場はこっちからは見えないからな……」
起きた理由が自分たちだとするならば、理由は考えやすかった。音の大きさから生徒達が実戦訓練で出来る大きさでは無かったので、おそらく高度な術式の練習をしていて失敗したのだろう。訓練中に良くある失敗だった。
幸いにして訓練場にはティナ謹製の結界が張り巡らされているので、発動に失敗しても誰も怪我は負わない。
なので二人――カイトは奇妙な気配を感じつつも――訓練中の失敗と思い再び座ろうとして、シロエが大慌てで室内に飛び込んできた。
「マスター!大急ぎでお願いします!」
「?さっきの爆発か?何があった?」
「禁呪を発動してしまったみたいです!それも、降霊術を!」
「降霊術?」
「つっ、馬鹿か!禁呪の中でも一番有名で危険な奴だろ!大急ぎで案内しろ!」
「カイト、私も行くよ!」
「すまん、頼む!」
瞬の疑問を他所に、カイトとユリィは大慌てで執務室を後にするのだった。
事の発端は、三時間程前に遡る。冒険部のギルドホームには、ちょっとした街の図書館並の書庫が存在している。多くは此方で買い集めた書籍が入っているのだが、一部には学園の教科書も収められていた。全ての発端は、そこで起こった。
「えっと……確かこの辺に……」
「何処だっったっけ……」
数人の生徒達が書庫の中を歩き回っていた。彼らはよく一緒に訓練している面子で、この日も一緒に次の切り札となる術式や技術の開発の為の調査を行っていたのだ。
元々はこういった冒険者として役立つ知識となれば、と思い書庫は一般開放されていた。とはいえ、流石に人員の問題から書庫には司書等はおらず、自分で探せ、となっていたのだが。それ故、この日も彼らは自分たちで望む本を探していた。
「お、あった。『剣士の術技一覧表』だ。」
そうして十分ほど探していると、どうやら目的の書物が見つかったらしい。薄い小冊子を手に取ると、何時もの面子を呼び集めた。
彼らが手にとったのは、所謂初心者から中級冒険者向けの一般公開されている技の一覧を取り扱った物だった。これでどんな術技があるかを確認して、書籍化されているならそれを頼りに術技を習得するのが、一般的な冒険者の技の習得方法だった。
「んー……お、こんなんどうよ。<<十字斬>>。」
「<<斬破>>の十字の奴と何が違うんだよ。」
「なんかアンデットに特化してるらしい。ほら、この間の依頼でスケルトンとやりあったけどよ、骨が固くてあんま斬撃効かなかったじゃん。」
「ああ、そういやそうだったよな……」
生徒達は、今の自分たちに足りない物を考えて、次に習得が必要と思われる技を習得する事に決めていく。きちんと考えられた行動で、これ自体に問題は無かったし、ここまでの彼らに何か問題があるわけではなかった。
「じゃあ、<<十字斬>>半分で、<<炎天斬>>半分でいっか?」
「のほうが良いよ。もし片方が効かなくても、もう一方が効くかもしれないし。」
その後、様々な話し合いを経た結果。彼らは同じくアンデットに特攻という<<炎天斬>>と呼ばれる技を半分習得する事にする。此方は刃に炎をまとわせて大上段から斬りつける術技で、高火力に高める事が出来れば死者の肉を燃やし尽くす事が出来るので有効だったのである。
「じゃあ、お互いにそれがある本探そうぜ。」
そうして、習得する技が決まれば、次はそれが書かれた本があるかを探さないと行けない。時間は掛かるが、必要なことだった。
「あー……こっちハズレ。そっちどうよ。」
「こっちもはずれ……そもそもこのエリアには無さそうだな。」
その後、二手に分かれた<<十字斬>>側で、問題は起きた。彼らはもう片方の面子と一緒に剣技について書かれた書籍があるエリアで探していたのだが、ここには無さそうだったのだ。
まあ、仕方がない。管理する者はおらず、そして利用者達は10代半ばの学生たちが大半だ。面倒になって近くの棚に突っ込む生徒も多く、書籍がきちんと片付けられていない事は多かった。
「アンデットのエリアに一緒くたに片付けたか?」
「やっぱ要望書だして、司書雇って貰おうぜ。流石に必要性認めりゃあの天音だって即決すんだろ。運よけりゃ、またあいつが美女あててくれるって。」
<<十字斬>>の面子は仕方が無しに関連性があると思われる不死者系統の魔物の情報の書籍が並んだ一角へと移動する。そうして少し探すと、案の定目的の書籍が見つかった。
「はぁ……やっぱ、司書必要だよな。」
「だな……どうした?」
「なんか面白そうなの見っけ。」
案の定別の所にあった書籍を手にとって苦笑する二人を他所に、何か面白そうな書籍を見つけた生徒がイタズラっぽい笑みと共にそれを引き抜いた。
ちなみに、司書は居ないわけではない。此方に詰めている教師達が兼任してくれている。だが、彼らだって他の仕事があり、此方に掛り切りにはなれないのだ。
「『強者達の宴』?なんだよ、そのマッチョのおっさんでも載ってそうな本。」
「知らね。どうせだし、休憩がてらに一回読んでみようぜ。」
彼にしてもこのエリアに紛れ込んでいたネタ本だろうと思ったのだ。楽しそうだと思った仲間達も同じように笑って頷いて、それも一緒に持って行く事にする。だが、この時彼らは副題を読んでいなかった。そこには、しっかり『降霊術』と記載されていたのだ。
そうして、本を持って向かう先は外に用意された訓練エリアだ。流石に書庫や室内で、剣技や魔術の練習など以ての外だ。
「おーう、そっちどう?」
「あ、そっちも見つかったのか。よかったじゃん。」
「あ、動いちゃ駄目だって。今の所、足がちょっとずれてたよ。」
先んじて書籍を見付け、既に練習を開始していた仲間の一人が言う。どうやら彼は今本を見ている一人に指示をもらいつつ、写真のポーズを再現しているらしい。まずは型を覚えなければ、満足に使いこなせるはずがないのだ。
「お、ワリ。どっちの足だ?」
「んー……ちょっと開きすぎ。」
「あはは。良し、じゃあ俺達も始めるか。まず俺な。」
「あ、ずり!」
書籍を持っていた男子生徒が横に居た一人に書籍を投げつける。とっさの事だったので、投げつけられた男子生徒はそれを受け取ってしまう。だが抗議の声を上げた時には、既に彼が武器を構えていた。彼がまずはトップバッターとして型稽古を開始する。
「これで一巡か。ちょっと休憩入れるか。」
一通り順番が一巡し、<<炎天斬>>側の生徒も休憩に入っていた事もあって彼らも休憩に入る。そうして、当然手に取るのはネタで取った書籍だった。
「どうする?いきなりマッチョがあれなポーズ取ってたら。」
「やめろよ。じゃあ、さっき決めた通りじゃんけんな。開けるページは適当に指突っ込んだ所で。」
そうして、此方に興味を持った<<炎天斬>>側の生徒も巻き込んで、じゃんけんが開始される。
「じゃーんけーん……しゃあ!」
「あ……」
勝負は運が良いのか悪いのか、一度で決した。何処か真面目そうな男子生徒が一発で負けてしまったのだ。とは言え、彼とて仲間内でのオフザケだ。嫌そうではあったが、顔に笑みを浮かべて書籍を手にとった。
「さー、どうぞ!」
「うぅ……おりゃ!」
仲間たちの見守る中、負けた生徒が気合を入れて適当なページを開く。が、どうやらはずれだったらしく、見開きで妙な魔法陣の刻まれたページに突き当たった。
「あ……セーフ。助かったぁ……」
「ちっ。運の良い奴。どんなだったんだ?」
「何か奇妙な魔法陣の書いてあるページ。」
「なんだこりゃ?」
セーフだった所為で、生徒達は半ば残念そうに、半ば楽しげに中身を覗く。だが、そうして開かれたページを見て、顔に疑問符を浮かべる。それは複雑では無かったが、見たことも無い魔法陣だった。
「なんだこりゃ?誰か分かる奴居るか?」
生徒の一人が仲間に問いかけるが、当然誰も理解出来ない。だが、ここで真面目そうな生徒が書籍を持っていたのが悪かった。彼はこういう場合に何処を見ればだいたい書いてあるだろうかを判断出来たからだ。
「ちょっと待って……多分こういうのって前のページに……あった。降霊術の魔法陣なんだって。えっと……へぇ……」
「そうしたんだ?」
「過去の英雄とか死んだ人の魂を自分の身体に下ろして、その技術を得ようって言う術式なんだって。」
丁度前のページに書かれていた内容を、この生徒が読み込んでいく。そうして告げられた言葉に、仲間たちが歓声を上げた。
「まじかよ!で、どうやるんだ!」
「つーか、そんな近道あんのかよ!」
「ちょっと待って……えっと、何か特別な詠唱とかは必要無くて、今の魔法陣を刻んで、対象の名前を呼べば良いんだって。出来ればその人に由来のある物があれば尚良いって。あ、でも流石にあまりに強すぎると無理らしい。」
全員興味深げに書籍の情報を読み込んでいく。当たり前だった。簡単に強く成れるなら、それにすがらない手は無いのだ。
「お……そういや、骨董品店でこんなの見つけたけど、使えないか?なんか昔の英雄が使ってたイヤリングだって受け売りだったんだが……」
生徒の一人が、防具のポケットからボロボロになったイヤリングを取り出した。それに、周囲の仲間達が顔を顰めた。
「なんでんなもん持ってんだよ。」
「……強引に買わされたんだよ。出掛けのタイミングで時間なかったんで強引に振り払おうとしたら、強引に財布から金とられた。金払ったのに捨てるのも嫌だから持ってたんだよ。」
「騙されたな。」
「うっせーよ!わーってるよ!どーせ偽物のそこら辺の行き倒れからパクった奴だよ!」
仲間たちが強引に買わされたという生徒を茶化す。どう見ても英雄の遺物にしてはボロボロだし、変な染みの様な物も染み付いていた。明らかに大切にされていなかったのだ。しかも、聞けば二束三文で買わされた様だ。これが本物であるはずが無かった。
「ははは!そりゃそうだろ!本物だったら確実に博物館にあるって!……まあでも、どうせネタだし、使ってみっか。」
「え?やるの?」
「どーせ、そんなの嘘だろ。ネタで一発やってみりゃ嘘だって分かるって。大方光り輝いて終わりだって。」
真面目そうな生徒の問い掛けに、仲間の一人が笑って用意を始める。それもそのはずで、彼だってそんな簡単に強く成れる方法があるはずがないとわかっていた。
いや、この場の全員が、なんだかんだ言いつつもそんな手段は無いと思っていた。そんな仲間たちに、真面目そうな生徒も当たり前か、と思って準備に乗り気になる。そんなご都合主義的な物が書庫においてあるはずが無いと思ったのだ。単なるネタ。それが、一同の共通した考えだった。
「じゃ、まず俺な。」
「あ、なんでだよ?」
「イヤリングの金出したの俺じゃん。つーか、俺以外に名前知らねえだろ?」
即席だがそれなりに真面目に創り上げた魔法陣の中心にイヤリングを置き、イヤリングを買わされた生徒が準備を整えた。そして、この生徒の言葉に他の生徒も道理かと思い、魔法陣の外に出た。
「後は、魔力を高めて、名前を呼べば良いんだって。」
「おけおけ。じゃあ、まず一番手!ヴァルヴァザール!」
その次の瞬間。地面に描かれた魔法陣が光輝き、彼の意識は濁流に呑まれた。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第213話『負の英雄』