第210話 謝礼
ミナド村に襲撃のあった翌日。朝からナナミとコリンが起き出してきていた。
「あ!ソラくん!おはよう!」
「お!ナナミさん!もう動いて大丈夫なのか?」
朝から朝食の用意をしているナナミに、ソラが笑いかける。
「うん。あんまり寝ても居られないからね。」
さすがに昨日は大事を取って目覚めてからも一日ベッドの上で寝かされていたのだが、もう大丈夫な様子である。
「あ、ソラー。コリンが話あるって言ってたから、後で探してあげてねー。」
同じく厨房で朝食の用意をしていた由利が、ソラに気づいて声を上げた。
「おー。」
そうして、机に着いて朝食を食べていると、コリンが入ってきた。
「ああ!兄ちゃん!」
そう言ってコリンが元気よくソラに抱きついた。
「お!コリン!お前ももう大丈夫か?」
「ああ!大丈夫だって!」
「で、話ってなんだ?」
見たところ不安な点は見当たらなかったので、ソラが用事とやらを聞いてみる。
「ああ……ソラの兄ちゃん、ありがとな!そっちにアルの兄ちゃん達も!」
「うん。どう致しまして。」
声をかけられたアルが、微笑んで頷いた。冒険者としても、この地を護る軍人としても、貴族の子としても当然の事をしただけであるが、やはり感謝されて嬉しくない筈はなかった。
「やっぱ、兄ちゃん達はすげーよな。あんな魔物相手に勝っちまうんだから。で、あの風よ、ってのは何かの呪文なのか!?」
そうして嬉しそうにコリンがいくつもの質問をソラ達へと問いかける。そうして、朝食を食べ終わり、再び見回りを開始する一同。そうして昼も過ぎ、村長宅で少し遅めの昼食を食べていると、コラソンが大慌てで入ってきた。
「コリン、ナナミ!だいじょう……ぶのようだな。」
元気にソラやアルにまとわりつく息子と、何故か由利と張り合って甲斐甲斐しくソラの世話をする妹に、コラソンが安堵の笑みを浮かべる。
「コラソンさん!?早いっすね。」
大慌てで入ってきたコラソンに、新垣が驚いて問いかける。聞いていた話では、警備隊員達の帰還は今日の夕方頃の到着のはずであった。
「ああ、朝領主様から村が魔物に襲撃されたって聞いてな。領主様が馬を貸して下さったんだ。」
聞けば、いつもは馬車でゆっくりと帰っているのだが、襲撃があったので家族が心配だろう、と各員に馬を貸し与えてくれたのである。
ちなみに、最速は天竜・地竜なのだが、やはりそちらは乗りこなすには特別な訓練が必要だ。コラソン一人ならなんとかなるらしいのだが、他の面子が遅れるということで全員馬にしたらしい。此方は自分が乗るので、竜車よりも扱いは容易いとのことだった。馬に乗れるのと、御者が出来るのは違うのだろう。
「おお、ハーミット様がか……それは有難い。」
ソラ達と共に遅めの昼食を食べていた村長がその話を聞いて頷いていた。
「ああ……まあ、後で馬を取りに使者が来るはずだ。」
「そうか……馬は?」
「厩に預けた。それで、結局何があったんだ?」
今ここに息子と妹が居ることから、大事には至っていない事はわかるのだが、何があったのか詳細は聞いていなかった。
「うむ……」
そうして、村長が事情を説明する。安堵していたコラソンもさすがに風の大精霊の話を聞いた時には驚いていたが、話を聞き終えてソラとアルに深く頭を下げた。
「二人共、息子と妹を助けてくれて、感謝する。由利さんも、他の村人を助けてくださって感謝します。」
「ううんー、これもお仕事だからねー。」
だから、そう気にすることはない、言外に由利がそう言う。
「ありがとう。」
そう言って頭を上げるコラソン。
「それで、お主らはどうするつもりだ?」
頭を上げたコラソンに、村長が問いかける。
「ああ……さすがに今日は一緒に警護お願いして大丈夫か?」
さすがに昨日襲撃があったばかりなので、コラソンもできれば人数を増やしておきたかった。一応契約は彼らが戻るまで、なのでソラ達に問いかける。
「いいっすよ。」
そう言ってソラが頷く。今日は終日村で警備をする予定であったので、別に問題はなかった。契約上もそうだ。きちんとお金が支払われるのなら、問題なかった。
「ああ、すまん。俺は親父達と今回の件で相談したいが……親父、大丈夫か?」
「うむ。それが良いじゃろうな。」
「じゃあ、ちょっとロークさんとか集めてくるわ。」
そう言ってコラソンが席を立つ。ロークとはこの村の上役の事だ。上役達を集めて、今後の対応を考えるのだろう。当たり前だが、襲撃を考えればトレントの探索・討伐にゴブリンの巣の殲滅も考慮に入れていた。トレントとゴブリンを狩って、根を断って葉を枯らすのである。
「うむ。では、皆さんも、残りもよろしくお願い致します。」
そうして、見送る村長を残し、ソラ達は再び見回りに戻るのであった。
そうしてその夜。最後の見回りも終了し、全員で揃って結果報告をしていると、村長他、コラソン等村の重役達が入ってきた。
「まずは、皆さん。昨日は本当にありがとうございました。」
そう言って頭を下げる村長達。
「それで、お礼を考えたのですが、受け取って頂けますかな?」
「え、いや、そんなのいいっすよ!」
村長達の言葉に驚いた男子生徒の一人が、大きく横に頭を振った。
「いえ、ですが、それでは我々の気が済みません。どうか、お受け取りを。」
尚も断ろうとする男子生徒だが、その前にアルが止めた。
「ありがとうございます。」
アルが止めたのを見て、ソラが村長達へと礼を言った。カイトから、依頼の達成料以外にも、時として感謝の気持ちとして金銭や何か物が渡される場合もある、と聞かされていたソラが、好意を受け入れる事にしたのである。更には、断りすぎても、彼等のメンツに関わるのであった。
「はい……まずはソラさん。」
「はい?」
いきなり名指しで指名されたソラが自分を指さして首を傾げる。好意を受けるといったが、まさか名指しで指名されるとは思っていなかった。
「ソラさんには、我々ミナド村全員の連名でユニオンへと二つ名を申請させていただきました。どうか、受け取ってください。二つ名は<<風剣>>です。」
「え、あ、はい。」
二つ名って一体何なんだ?そう思うソラだが、そんなことを聞き返せる雰囲気でもないので、黙って受け取る事にした。
「後、皆さんへと贈り物を考えさせて頂いたのですが……聞けば皆さんは異世界からの転移者との事。今は食糧事情などに苦心されている、とお聞きしております。そこで、幾らかの食料とその種を融通させていただきたい。」
ミナド村は豊かな農村として、かなり食料の備蓄を抱えている。多少であれば、融通することは可能であった。その提案に、ソラが少しだけ考えこむ。
「種……か。」
確かに食料も欲しいが、自給自足をするためには種を入手する事は大事だろう、ソラがそう考えた。そこでアルを見ると、アルが頷く。それに背を押され、ソラはこの提案を受け入れることにした。
「ありがとうございます。我々も食料の確保には苦心していましたので……」
事実、今の利益の大半が学園生達の食料に消えていた。今後の展開を考えれば、早い内に自給自足ができるようになる事は重要であった。ブレムが教示してくれた第一回目の植え付けの種は公爵家が融通してくれたが、第二回目からは自分達でなんとかしていかないといけないのだ。それに回せば良いと考えたのだった。
「そうですか。では、ご用意させていただきます。」
提案が受け入れられ、安心した表情で村長達が嬉しそうに頷いた。
「それと、本日はささやかですが、豪勢な料理をお用意させていただきました。どうぞ、ご堪能ください。」
そう言って村長達が出て行く。そして、数分後、ナナミと何人かの村娘たちが料理を運んできた。かなりの数と量である。
「はーい!出来たよー!」
「おお!マジか!いっただきま~す!」
素朴ではあるが、美味しそうな料理を振る舞われ、ソラが大喜びで食べ始める。それを見て、アル達他の面子も食べ始めた。
「やっぱりソラくんの食べっぷりは見ていて気持ちが良いわ。」
ナナミが相変わらずのソラの健啖家っぷりに嬉しそうに頷く。
「それが取り柄の一つだからねー。」
由利も同じく頷く。今回、由利は手伝っていないのだが、ソラの食べ方には気持ちの良さがあった。尚、ここにナナミが居るのは、さすがに自分達だけだと食べきれない可能性があったので、朝比奈が運んできた村娘たちを食事に誘ったのである。何人かの少女達は遠慮して帰ったのであるが、ナナミや他の数人は残って一緒に食べていた。
「ソラ、これ飲む?」
ふと口にした飲み物が気に入ったのか、少し感心した様子のアルが何らかの飲み物が入ったグラスを掲げる。
「お!貰う貰う……サンキュ。」
その言葉を受けたアルがソラのコップへと飲み物を注ぎ、ソラがそれを呷った。
「くっ……かぁー!これ、酒か!?」
「美味しいでしょ?」
「ああ……おっと、サンキュ。じゃあ、こっちも……」
「……あ、これぐらいでいいよ。ありがと。乾杯。」
「かんぱーい!」
ソラが飲み干したのを確認したアルが、再びソラへと酒を注いだ。それを受けたソラは、返礼とばかりに酒を受け取り、アルのコップへと酒を注ぐ。そうして、二人はコップをぶつけて乾杯する。
「って!二人共先生が居ないからってお酒飲んじゃだめ!」
そう言って更に酒を飲もうとした二人を見た朝比奈が、大慌てで二人を止める。
「ええ!こんぐらいいいじゃねえっすか!」
「だよね!このぐらいはまだ飲んだ内に入らないよ?」
酒が入って気分が良くなったらしいアルが、笑みを浮かべて頷く。彼は別に酒に弱いわけではないが、代わりに飲んでからご機嫌になるまでが早いらしかった。
「じゃあ、もう一回!乾杯!」
「乾杯!」
ソラとアルが再びコップを鳴らした。
「ちょっと!」
「んぐ……はぁー……別にお酒ぐらいでそこまで目くじら立てなくても……カイトなんて普通に常備してるよ?」
コップの酒を飲み干したアルは、止める朝比奈にアルが平然と言い放った。
「へ!?」
「なあ。あいつなんて普通に夜、酒盛りしてんっすよ。」
同じく酒を飲み干したソラが、更に明らかにする。
「僕も時々一緒に呑んでるけど、かなりの名酒を集めてるみたいだよ?」
「え、マジ?」
「ちょ!あいつ何やってんの!」
色々とぶっ飛んだ行動をしているカイトだとは思っていたが、まさか普通に酒盛りまでしているとは思っていなかった新垣が、驚愕の声を上げる。年不相応な所が色々と多い奴とは思っていたが、そこまでいけば大人である。
まあ、これは地球の常識に照らし合わせれば、だ。実際には飲酒には年齢規制が無いので、平然と飲めるのだった。まあ、カイトの様に13歳ぐらいでばか騒ぎの戦勝会を経験したのは滅多に居ないだろうが。
「後は……ああ、うん。姉さんと瞬が時々一緒かな。」
「瞬……って、一条先輩!?」
かつて龍族と飲み合って負けた事がえらく気に入らないらしい瞬は、鍛えると言ってカイトと一緒に酒を飲んでいたのである。最近、二日酔いにならないレベルを見極められるようにまではなっている。あの時は相手が悪かっただけだ。総じてうわばみの龍族と酒飲みで張り合ってはいけない。
「あ、安心してね。別にカイトが経費の使い込みとかしてるわけじゃないから。」
「……今度から俺も誘って。」
自分だけのけ者にされているような気がしたソラが、少し拗ねた様子でアルへと言う。
「カイトに言って。」
「そうする……あ、ナナミさん!おかわり!」
「あ、はーい!」
空になったお皿をナナミに渡し、ナナミが小分けに料理を取り分ける。
「いや、それぐらい自分でとれよ。」
「へ?」
確かに遠くにあって、ナナミが近くに居たのだが、ソラが平然とナナミに渡して取り分けさせた事に男子生徒が苦言を呈する。
「いいよ、いいよ。ソラくんの食べっぷりは気持ちが良いからね。作る方としても、嬉しいし。」
「おお!じゃあ、もっと食べる!」
ナナミが喜んでくれた事に気を良くしたソラが、再び美味しそうに食事を食べ始める。ナナミはそれを嬉しそうに眺めていた。
「あ、クーちゃん。これ、僕の連絡先。」
「あ!やったぁ!」
「あ!私もー!」
一方のソラと話していたアルは、ソラを食事に取られた?為、近くに居た女の子達と会話していた。
「おい!アル!お前女の子ナンパすんな!ずりいぞ!」
「え?別に連絡先渡すぐらい普通だよ?」
「くっそ!これがモテ男の差か!」
そうして、賑やかにミナド村最後の夜は賑やかに過ぎていくのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第211話『第二陣着任』