第208話 加護 ――雷と風――
拐われたコリンやナナミらミナド村の村人達を助け出すため、トレントと呼ばれる4体の魔物と対峙したソラ達。アルに3体を牽制してもらいつつ、ソラと生徒二人で残る一体を各個撃破することにし、戦闘を開始していた。
「俺に木は意味ねえぇんだよ!」
大声でそう咆えて、ソラはトレント本体への行く手を阻むトレントの枝を<<草薙剣>>を使用して全て薙ぎ払った。その余波で、アルへと襲いかかっていた樹の枝も全て切り払われる。
「うお!すげぇ……」
ソラの<<草薙剣>>の威力を初めてみた新垣が、思わず足を止めて呆然と呟く。思わず戦闘の手を止めてしまうほどに、ソラの切り札は彼らの目には驚きをもたらしたのだ。
「邪魔だ!」
一方、ソラは足を止めること無く、切っても切っても湧いて出て来るトレントの枝を全て切断しながら、一気に歩を進める。
「ソラ!単独先行し過ぎだよ!後、スタミナに注意して!<<草薙剣>>は連発出来ないはずだよ!」
朝比奈と新垣の二人がソラの<<草薙剣>>に圧倒され、足を止めた事に気付いたアルが、ソラに注意を促す。現在、アルは3体のトレントから波状攻撃を受け、防戦一方であった。時折危ないと見るや、ソラ達の援護にも回らないと行けないのだ。流石にアルとてこの状況で守りに徹するのは仕方がなかった。
「わーってるよ!お前こそ大丈夫か!?」
そうは言えど、ソラは気が急いているのか速度を遅くすることはない。今まで<<草薙剣>>を使用した回数は2回。いくら約5ヶ月程前に教えられた時よりソラの魔力量が増大しているといえど、使えて5発程度である。まだ戦闘の序盤であることを考えれば、これ以上の使用は避けたかった。
「まあ、ね!っと……さすがにコレはキツイかな?……なるべく早めにお願い!」
アルに対して波状攻撃をしていたトレント達は、このままでは埒が明かないとアルを取り囲むように枝を張り巡らせた。そうして、アルへと360度上下左右から攻撃を仕掛ける。さすがのアルも、これを防戦一方となると少々厳しい物があった。人質さえ居なければ一気に周囲を凍らせて終わらせる事もできるのだが、現状では人質へと被害が及びかねなかったのだ。
「っつ、これはちょっと厳しいかな!」
アルは少しだけ、切り札の一つを切る事を考え始める。そこに、アルが見えなくなった事を心配したソラから声が掛かった。
「アル!まだいけるか!」
「なんとかね!でも、これ以上は援護は無理っぽい!万が一は加護を使うよ!」
アルの声にはかなり余裕が無かった。流石に360度全周囲からの波状攻撃を剣だけではキツかったのだ。それを受けて、ソラが一つの決断を下す。
「りょーかい!……朝比奈先輩、新垣も援護してくれ!先に子供を助ける!」
「りょーかい!」
「おう!」
そうして更に二人増えた伐採者は、みるみるうちにトレントの枝を切り去っていき、遂に本体へと到達する。
「見っけた!」
そう言ってソラが一気に駆け抜けようと速度を上げ、再び二人から少しだけ離れる。そんなソラに気付いた古びた木の化け物の様なトレントは、木の中に出来た2つの窪みにある、目と思しき妖しい光をソラ達三人の方へと向けた。ソラ達三人を認識したらしいトレントは、自らの枝を伸ばし、彼等を捕えんと動いた。
「効くか!」
ソラが伸びてきた枝を切断する。そうして足止めされている間に、後ろから二人が追いついた。
「伊達に腕の良い鍛冶屋雇ってねえんだよ!」
新垣が普通の木よりも圧倒的に硬いはずのトレントの枝を斬っても一切刃こぼれしない剣を、魔物相手に自慢する。新たに桔梗と撫子によって打ち直された彼等冒険部の武器は、市販品の同じ材質の武器よりも段違いの性能を発揮してた。
「あの子達、いくらで雇ってるのか、気になるけどね!」
軽口を叩きつつ、朝比奈がソラを援護するように真横に着いた。そうしてそのまま、ソラを目掛けて殺到するトレントの枝を切り払っていく。彼女としては、市販品を遥かに上回る性能を付与できる彼女らの賃金が気になった。主に、予算は大丈夫なのか、という意味で。
「聞かねえほうがいいっすよ!」
事情を知っているソラが余裕の笑みを浮かべて軽口を叩く。
「マジか!」
新垣も朝比奈の逆側に移動し、ソラの援護を行なう。新垣としてはカイトが二人と何処で出会ったのかが気になるが、値段を伏されたので興味が湧いた。
「ちなみに、いくら!?」
「えーと……確か……ミスリル銀貨5枚。」
尚、カイトが私費で4枚出しているのは、さすがに内緒である。
「まじかよ!ウチ結構金持ってんな!」
「儲けの殆ど学園の改装費で消えっけどな!」
「残念ね!……右腕もらい!」
「しゃあ!捕まえてた腕は取った!」
軽口を叩きつつも遂にトレントの本体へと肉薄した三人は、朝比奈がソラへと襲いかかるトレントの右腕らしき枝を切り捨て、コリンと村人を捉えていた触手を切断し、落ちるコリンを受け止める。多少の力が残っていたらしい村人は、着地に失敗しつつも、なんとか立ち上がってよろめきながらも、その場を離れた。
「<<草薙剣>>!」
そして人質が救出されたことを確認したソラは、確実に討伐するために<<草薙剣>>を至近距離から発動し、トレントを討伐した。
「おっし!一匹目!」
コリンを抱えて一端場を離れた新垣はコリンを近くの木に横たえると、すぐにソラ達二人に合流する。
「アル!大丈夫か!?」
そうして一体目を討伐した三人は、即座にアルの援護へと向う。すると彼は如何な手段を使ったのか、枝の包囲網から抜けだしていた。
「うん!まだ大丈夫だよ!」
「……へ?」
余裕たっぷりの雰囲気を漂わせるアルを見た三人は、目を丸くした。先程までは口調に苦い物が含まれていたのに、今は余裕が現れていたのだ。
「お前……なんで雷纏ってんの?つーか、はや!」
ソラが見たままの現状を問いかける。現在、アルの身体からは雷が放出され、稲光を放っていた。更にはいつもよりも圧倒的な速度で斬撃を繰り出し、地面から、周囲の枝の壁から伸びてくる触手を全て切り捨てている。それどころか、斬撃があまりに速すぎて切り飛ばした触手の切れ端が、落ちる前に次の斬撃によって切り払われるぐらいである。
「加護だよ!雷の大精霊様のね!」
そう言いつつ、アルは360度全方位から迫り来る無数の触手を切り捨てていく。傍目に見ても、数も数えられないほど大量の触手が迫り来るが、アルの剣戟には迷いがなく、一つたりとも自らに触れさせない。加護の力とはこれほどまでに圧倒的な物なのか、と一同がおもわず唖然となる。
「加護……これが……って、見惚れてる場合じゃ無い!援護しないと!」
アルが圧倒的な戦闘力でトレントの攻撃を防いでいる事に見惚れた朝比奈が、我を取り戻した。
「今なら!」
そう言って朝比奈が残る3体の内、自分たちに背を向けているトレントに一気に肉薄し、斬撃を繰り出す。
「はぁ!」
気合一閃、背中から斬りかかるが、致命打にはならなかった。
「こっちよ!」
しかし、トレントの注意を自分に向けさせる事には成功し、そのままソラとは別の方向へと視線を誘導する。
「こっちだ!」
そうして、注意が朝比奈に向き、トレントは朝比奈へと攻撃せんと触手を伸ばす。しかし、その直前、更に後ろからその触手目掛けて新垣が跳びかかり、触手を切断する。
更に現れた敵にご立腹の様子のトレントは、今度は新垣へと触手を伸ばす。そうして、完全にソラの存在を忘れさせる事に成功した二人は、ソラがトレントの後ろに回るのを見た。
「<<草薙剣>>!」
そうして、背後からソラは<<草薙剣>>を使用し、確実に討伐する。そうして、解き放たれた村人を一旦少し離れた場所へと誘導し、再び戦闘態勢を取った。
「おっしゃ!後二体!」
「コレなら!」
そうして三人はアルが対峙する残りのトレントへと向き直る。半数が討伐されたことで、トレント達もソラ達を要注意と思ったらしく、目を離さずに注意している。しかし、次の瞬間。
「余所見は厳禁だよ!」
ソラ達に注意が向いた瞬間、パンッという稲妻の弾ける音がして包囲を抜けだしたアルが一体へと肉薄し、跳び上がった。そしてアルはそのまま片手剣を両手で構え大上段に振り上げて、トレントを左右に真っ二つに切断した。
「はい、キャッチ!」
アルが倒したトレントが捉えていた女性を下で見事にキャッチする新垣。すぐにトレントから少し離れると、女性を地面に降ろした。残るのはナナミと村人二人を捉えているトレントだけである。
「後はお前だけだ!」
そうして最後の一体へと総攻撃を掛けようとした次の瞬間、トレントが奇妙な動きを見せた。
「何を……?」
トレントは人質を捕らえていた触手を自らの近くへと引き寄せ、自らの木葉が付いた枝の中へと隠したのだ。そして、木葉で人質の姿が顔以外見えなくなると、トレントはその枝を身体の周囲へと移動させる。
「どういうつもりだ?」
急に不可思議な行動を取ったトレントに、4人は警戒して、動けなくなる。こんな情報は一切聞いたことが無かったのだ。
「アル。なんか知ってるか?」
「ううん。こんな行動聞いたことが無いよ。」
カイト達から配布された詳細な魔物図鑑にも、ユニオンが持つ様々な情報にも、トレントのこのような行動は報告されていない。それ故、アルでさえも迂闊に動けないのであった。
「う……」
一方、4人が警戒し、近づけない間も人質の精気は吸収されていく。
「……だったら!<<雷よ!その力を与え給え!>>」
これ以上は本当に命に関わる、そう判断するや否や、アルが再び雷を纏って人質の居ない方向へと高速で移動し、斬りかかろうとする。
「……っつ!」
しかし、その瞬間、アルの剣は引き戻される。アルの前には最も近かった人質が移動しており、危うく斬りつける所であった。身体が見えないことで、どの部分を斬って大丈夫なのかわからなかったのである。
「じゃあ、こっちからだ!」
アルの方向に人質が移動したことで出来た隙間へとソラが肉薄する。しかし、その位置へはナナミが移動させられ、剣を振り下ろすことは出来なかった。
「僕も!」
そう言ってアルが更に高速移動で別の場所へと移動する。すると、再びその場所へと別の人質が移動させられていた。
「ちぃ!面倒臭え!」
一瞬止まった隙を狙われ、ソラへとトレントの右腕が振るわれる。それをバックステップで躱す。
「なら!一気に総攻撃を仕掛けるぞ!」
人質の人数は此方の人数よりも少ない、それ故に、全員で攻撃を仕掛ければ誰か一人は必ずトレントへと攻撃できる、そう考えたソラ。そして全員で攻撃を仕掛ける。
「ウグ!」
しかし、攻撃の瞬間、人質が呻き声を上げる。
「遊んでやがんのか!」
新垣が怒りで怒号を上げる。人質を掴んでいたトレントの触手には力が加わっており、きつく締め付けていたのである。まるで、これで攻撃できまい、そう言わんがばかりである。そうして4人は再び距離を取る。
「ぐ……」
「ああ!コリ、ングー!」
そんな村人の声に後ろを振り向けば、村人の一人とコリンがトレントの触手に捕獲され、移動させられていた。
「やられた!」
アルがそう言って苦虫を噛み潰した様な顔をする。トレントの奇妙な行動に気を取られ、人質への注意が疎かとなっていたのである。
「良く知恵の回る奴だな……!」
右手に持った片手剣をキツく握りしめ、ソラが忌々しげに呟く。
「どうすんの!?人質増えちゃったわよ!」
新たに捕まった人質は3人。これで人質との人数差は逆転し、総攻撃を仕掛けられなくなってしまった。朝比奈の悲鳴に似た声にソラとアルが考えこむ。そうして、ソラが考えこんでいると、ナナミが呻き声を上げる。
「どうすりゃいいんだ?」
こんな時にカイトであれば、どうするかを考えるソラ。しかし、一向に答えが見えてこない。
『や、お兄さん。困ってる?』
そうして誰も動けぬまま、無意味に時間だけが過ぎていくかと思われたが、ふと、ソラの脳裏に声が響いた。
「困ってるって……困りまくってるよ!」
こんな状況なのに、何を呑気な、そう思ったソラが大声を上げた。いきなり大声を上げたソラに、他の三人が振り向いた。
『あはは……まあ、そうだよね。力、貸してあげよっか?』
こんな状況にも関わらず、笑う声にソラは苛立つが、聞き逃せない言葉を聞いて冷静になる。
「は?」
『まあ、拒否不可なんだけどねー。じゃあ、はい、プレゼント!』
そんな楽しそうな声が頭に響く。その言葉にソラが薄ら寒いものを感じながらも、自らに新たな力が与えられた事を感じる。
「なんだ、こりゃ……」
そうして事情の掴めぬまま、籠手で隠されたソラの右手が光り輝く。
『後は、わかるよね?じゃあ、お姉さんとコリンをよろしくね。』
その言葉に、ソラは無言で凶暴な笑みを浮かべた。力の使い方なら、既に頭の中に浮かんでいた。そして同時に、これなら問題が無い、とも。後は使うだけだ。
「今までの礼を返させてもらうぜ!<<風よ!その力を与え給え!>>」
ソラから言葉が放たれると、次の瞬間、ソラの身体には風が纏われていた。その様子にアルは一瞬で何が起きたのか見当をつけ、ソラへと指示を出した。
「ソラ!同時に行くよ!」
「おう!頼んだ!」
そうして二人は同時に消える。次に現れた二人は、既にトレントへと斬りかかる態勢であった。
「こっち!」
「おら!こっちもだ!」
斬りかかろうとした瞬間、二人の前には人質が現れる。それを確認した二人は、剣を高速で引き戻すと、次の瞬間には別の場所に出現し、再び斬りかかる。傍から見れば、何人もの分身が現れ、同時に攻撃を仕掛けているように見えた。
そうして数度同じことを行うと、遂にソラの目の前には人質が現れなくなった。二人のスピードに、人質の移動速度が追いつかなかったのである。
「終わりだ!<<草薙剣>>!」
トレントを貫通して人質に攻撃が当たらない様に注意しながら、ソラが<<草薙剣>>を発動させる。そして更に余波で吹き飛んだ木の葉の中から人質を捕らえた触手を見つけ出し、連続で斬りかかって人質を解き放つ。
「おっと!」
そう言ってソラは落ちてきたナナミを抱きかかえ、軽やかに着地した。見れば、アルも近くのコリンを抱きかかえ着地し、新垣と朝比奈も、それぞれ体力の消費が激しい人質を受け止めていた。そして二人が着地した瞬間、最後のトレントが崩れ落ちた。
「ソラ……くん?」
キャッチされた衝撃で助かった事を知ったナナミは、小さく目を開いた。
「ああ。ごめん、遅れて悪かった。」
出来るだけ安心できるようにと、ソラが笑みを浮かべる。
「ありがとう……」
弱々しく笑みを浮かべて礼を言って、ナナミは再び目を閉じた。遅かったか、一瞬焦るソラだが、ナナミの胸が上下に動いている所を見て、ソラは生きていると一安心した。
「これで、なんとかなったか……ありがとな、ルフィ。」
深呼吸をして、小さく呟いたソラ。そうして、ソラ達による人質の救出は成功したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第209話『謝礼』