第206話 不穏な空気
ソラ達がミナド村の警護に着任してから5日後。相変わらずソラ達は見回りと見張りを行っていた。
「お兄さん、お姉さん、今は見回り?」
朝一で見張りを終わらせ、交代して見回りを行っていると偶然前から歩いて来たルフィと鉢合わせた。
「うん、今見張りと代わった所だからねー。ルフィくんは今日もお散歩?」
ルフィと会うのは主に彼が散歩している時である。それ以外には時々ひなたぼっこをしているのを目撃しているが、親らしい大人と一緒に居るところは見たことが無かった。
「うん。僕は自由だからねー。」
「まあ、ここ数日のお前をみてりゃあな……」
ソラが呆れ混じりに頷いた。この数日、コリンと一緒にいた時にはナナミや由利にスカート捲りを仕掛ける、落とし穴を掘る等悪戯三昧、一人の時は屋根の上に登ってぼーっとしていたり、やりたい事をしていたルフィ。見るからに自由気ままであった。
「うーん、今始まった所、ってことはー……じゃあ僕も一緒に行っていい?」
「あ、いいよー。」
子供の面倒見の良い由利が笑顔で答える。ソラも子供好きなので、拒むことはなかった。
「そうだ、二人共。明後日帰るんだってね。」
「……ああ、まあ、仕事だからな。」
ルフィから改めて指摘されて二人は、少しだけしんみりと寂しい思いを募らせた。この村に着任してから僅か6日だが、それでも随分と長く滞在した様な気がした。それは彼らが随分とこの村に馴染んでいたからだろう。
「あはは……でも、まあ手紙なんかで遣り取りできるから、送り先をナナミさんにでも教えておいてあげたら?その方がコリンも喜ぶと思うよ?」
一方のルフィは別になんとも思っていないのか、あっけらかんと笑う。手紙、とルフィが言ったが、エネフィアにも郵便に似た制度が存在する。と言っても、郵便職員が各所に運ぶわけではなく、各所の郵便局に手紙を預けると、職員が専門の装置に手紙を通し、送り先の居る街や村の郵便局へと魔導具で転送され、そちらで配達されるのである。
尚、カイトが300年前に推進した制度なので、今では郵便局は各村や街に一つは存在している。結果、ユニオンの支部の無い村などでは依頼書を提出したりするのにも使われていた。このミナド村でもそうだった。ユニオンの支部が無いのに依頼が出せたのはその為だった。
「……うん、そうだねー。」
少しだけ寂しそうな由利が頷く。由利は取り敢えずナナミに連絡先を教えるつもりであった。と連絡先の事に気づいて、ふとソラがルフィに問いかける。よくよく考えれば誰も彼が何処に住んでいるのか知らないのだ。
「そういや、ルフィは何処に住んでるんだ?」
「え?……向こう。」
そう言ってルフィが指差す方向には家はなく、只小高い丘があるだけだった。
「丘の向こうだよ。こっからじゃ見えないかなー。」
「……来るときにあったかなー。」
何もないので怪訝そうな顔の二人に、ルフィが笑う。一方、その言葉に更に二人は考えこむ。丁度ソラ達が来る時に通った方角なので、二人も頭を抱えて思い出そうとするが、いくら頑張っても思い出せなかった。
「でも、そっからここまでって危なくないのか?送ってくか?」
結局答えは出なかったので、ソラが諦めてルフィにそう告げる。家が村の中ではないのなら、最悪魔物に襲われる可能性もあるのだ。齢10にも満たないであろう子供を一人で歩かせるのは、抵抗があった。
「ああ、大丈夫だよ。僕もこう見えて腕に覚えはあるからね?ゴブリンなんかじゃ、相手にならないよ。」
ルフィは実力を示すように詠唱も魔法陣もなく、簡単な魔術を発動させる。発動した魔術は下級の風属性魔術であった。
「……無詠唱で、魔法陣も無し……」
「ねー?」
自慢するように胸を張るルフィ。二人はそんなルフィを見て、目を見開いて驚いていた。
「こっちの子供ってこんな歳で無詠唱で魔術使えんのかよ……」
今ではこの程度の下級魔術であれば、ソラや由利、その他今回来た面子でも大半が無詠唱で発動できる。しかし、それをしたのが年若い少年であることが、信じられなかった。
「ねー?こっちって何?」
わけがわからない、ルフィはそんな顔で首を傾げる。それにソラが大慌てで何でもないと謝罪した。
「あ、わりいわりい。気にすんな。」
「えー、気になるなー。」
ルフィはそう言って頬を膨らませ、不機嫌そうな、それでいて面白そうな顔をする。実に感情の推移が激しかった。
「あはは、大人になったら、新聞でも読めよ。」
「えー。今知りたいのにー。」
「説明したってわかんねえって。」
そうして、三人は幾つかたわいない会話をする。そうしている内に、アルと出会った。彼も見回り中なのだったが、ちょうど見回りのルートが交差する場所にまで来ていたらしい。
「おーっす。こっちは異常なし。」
「あ、ソラ、由利ちゃん。こっちも異常ないよ。あれ?君は……ルフィくんだっけ?」
「うん、そうだよ。アルのお兄さんも久しぶり。」
「うん。久しぶり。最近見なかったけど、今日は一緒だったのかい?」
アルはルフィを見るのは久しぶりだったらしく、少し怪訝な顔で問いかける。それに、ソラが頷いた。
「ああ、ここ最近は一緒に居る事も多かったなー。」
「あれ?アルくんとはあってないのー?」
「あれ?そういえば会ってなかったっけ?」
「あれ、僕村の中を結構歩きまわってるんだけどな……」
アルとルフィはふと考えこむ。どうやら偶然鉢合わせなかったらしい。
「っと、そういえば、お兄さん。今何時?」
そう言ってルフィがアルに時間を尋ねる。
「え?……もうそろそろお昼だね。」
「今日も一緒に食べるー?」
ルフィと昼前に会った時は必ず一緒に御飯を食べていた由利が尋ねる。しかし、ルフィは笑って首を横に振った。その顔は嬉しそうであった。
「ごめんね。今日は友だちが一緒に食べられるよって言ってくれてるから、そっちに行こうと思うんだ。」
「それってこの間言ってた友達ってやつか?」
数日前の見張り台での会話を思い出したソラが、ルフィに問いかける。
「ああ、うん。そうだよ。その友達だよ。……あ!忘れてた。そういえば僕明日はこっちに来れないんだ。見送れなくて、ごめんね。」
「そっか……」
会話の最中にふと思い出した様に告げたルフィに、ソラが少し残念そうに頷いた。当たり前だが、横の由利もアルも残念そうだった。最後に別れの挨拶でもしたかった三人だが、用事があるなら仕方がなかった。
「でも、大丈夫だよ。すぐに会えるから。」
少ししんみりした空気が流れるが、ルフィはそう言う。三人はそれを気丈に見せているだけだと思った。この村から離れれば、会えることは殆ど無くなるだろう。もしかしたら、もう無いかも知れなかった。だが、それを齢10にも満たないであろう子供が理解していなくても仕方がないと思ったのだ。
「……そだな。じゃあ、今日は色々話しながら歩くか!」
ルフィの言葉にしんみりしても居られない、とソラが気を取り直して歩き出す。
「うん!」
それにルフィも喜んで同意して、再び歩き始める。そうして約三時間が経過し、お昼が近づいた所でナナミとコリンが合流し、ルフィがお昼を食べに行く、と言った。
「じゃあ、本当に送ってかなくていいんだよな?」
ソラもアルも、一人で遠くまで行くのはどうか、と思って送る事を提案したのだが、ルフィに村の警護があるでしょ、と遠慮されたのだ。それでもやはり懸念は尽きないので、最後の確認だった。
「うん。さっき見せたでしょー?」
そんなソラに、ルフィが口を尖らせて抗議する。実力を信じてもらえていないのが不満らしい。
「それに、友達が守ってくれるからね。」
そう言って空を見上げるルフィ。それに釣られてソラも見上げると、そこには一羽の鳥がいた。そうしてルフィは、笑って再びソラ達の方を向き直す。
「じゃあ、お兄さんもお姉さんも、またね。コリンもナナミお姉さんも、また。」
そう言って後ろを向くルフィ。しかし、歩き始める直前、このぐらいは大丈夫かな、と呟くと、思い直して振り返った。
「ソラのお兄さん達。明日、森に気をつけてね。」
いつもの溌剌とした顔ではなく、ルフィは一瞬だけ懇願するような顔で三人に伝える。
「え?」
「じゃあねー!」
いきなり言われた言葉を理解する間もなく、ルフィが手を元気よく振って去っていく。呆気にとられた4人は、問い返す事もできずに見送るだけであった。
「あ、ねえ!さっきのって……無理か。」
ようやく我を取り戻したアルがルフィに問いかけようにも、ルフィは既に遠くに行っていた。
「何なんだ?一体。」
「さあー……でも、元気な子だったねー。子供ならあんな子が欲しいかなー。」
「え?何?もしかして、二人に子供できるの?」
一瞬しんみりとした空気が流れたが、アルが一転して少し悪戯っぽく笑みを浮かべる。それに取り乱すのはソラである。
「ちょ!艶かしいって!」
ソラは真っ赤になってアルを制止する。そんなソラに由利は面白そうに、ナナミは少しだけ悲しそうに、コリンは意味がわからない、という顔をしていた。
「あ、その顔は心当たりあるんだ。」
アルはそう言って更にニヤニヤと笑みを浮かべ、ソラをからかう。そうして、コリンとナナミを含めて4人で食事を食べ、再び見回りを開始するのであった。
ルフィが去り、数時間後。ソラ達の警備任務も終わり、夜の帳が降りる頃。それは村からかなり離れた場所の事だった。
「また、あの少年か。確か……ソラとか言ったか?俺に縁があるのか、俺が縁があるのか……どっちもかわらんか。」
そうして男は奇妙な縁に苦笑する。そもそもで本来ならばあり得ない縁のはずなのに、何故か彼が動く時にはソラがそこに居たのだ。苦笑せずには居られなかった。
そんな彼の部屋から見える街の風景は公爵領にある街や村とは雰囲気が少し異なっており、少なくとも、公爵領内では無かった。かなり遠くから、何らかの目的を持ってミナド村を覗いているとしか、思えなかった。
「とはいえ、あの蒼の男も金と白の女二人も居ない。最も危険なユリシアも居ない……<<氷結>>のアルフォンスだけとは有難いな。」
男は机に置いた水晶を覗き見ながら呟いた。そこには、ソラ達が警護している村が映し出されていた。
「<<氷結>>のアルフォンスならば、被害を抑えてくれるだろう。村が滅びると、俺も困るからな。」
男は苦笑する。今はまだ大事にしたくない、そんな風である。そうして、男は緑色の宝玉を取り出す。
「第一魔術良し。第二魔術良し……標的のコントロールは問題ない。これを使うのは今回が初めてだが……まあ、以前の物も踏まえて改良してあるから問題は無いだろう。」
男は敢えて声を出しながら、幾つもの術式が問題なく働いている事を念入りに確認する。部屋は消音結界や各種の結界で守られており、声や内部の状況が外に漏れる心配はない。当たり前だがそれを確認しなければ口に出して確認するなどということはしない。
「さて……森の状況を確認するか。」
そう言って男は何らかの魔術の詠唱を開始する。すると、村の様子を映し出していた水晶はミナド村の近くの森の全体像を映し出す。水晶にはそれ以外にも、森に存在する魔物の情報が映し出され、何処に何が居るのかも映しだされていた。
「ふむ……下級のゴブリン共が予想以上に多いか……どこかに新しく巣でも作ったか?」
森の状況を精査しながら、男が呟いた。前に確認した時にはここまで多くは居なかったのだが、何時の間にか倍近く増えていたゴブリンに男は少しだけ考える。
「……別にゴブリン共でも良いか?」
男は本来ならば、森に居る別の魔物で目的を果たすつもりだったのだが、ゴブリンでも目的を達成できると考えた。
「少し、相談してみるか……」
そうして男は小さな通信用の魔導具を取り出し、どこかと通信する。そうして数分後には結論が出たのか、魔導器を停止させた。
「話してみるものだ。」
どうやら了承が出たらしく、男は少しだけ楽になった仕事に笑みを浮かべる。しかし、すぐに男は溜め息を吐いた。
「とはいえ、今度はまた別の注文がついたか。まあ、多少実験の開始時刻が遅くなるだけか。」
その程度ならば問題ではない、相談相手も男もその認識で一致していた。
「さて……今日は徹夜になるが……まあ、致し方がない。」
そう言って男は、実験を開始した。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第207話『洗脳』