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第201話 遠征 ――ミナド村――

 ソラの遠征隊が決定された三日後、朝に遠征でミナドの村へと向かう面子が竜車へと乗り込む。周囲には冒険部で初めての長期遠征隊ということで、何人もの見送りが来ていた。その中には、当然カイトも居た。


「まあ、気張らずにやれ。それと、初めての遠征隊だ。なるべく情報を残しておいてくれ。」


 カイトは出発前、ソラに情報の取得を言い含める。


「おーう。」

「由利もソラの補佐をしてやってくれ。できれば何か気付いた事なんかがあれば、それを報告してくれると助かる。アルもソラの補佐を頼んだ……竜車は大丈夫だな?」


 アルに聞けば竜車の操作は久しぶりとのことで、カイトが念の為に聞いておく。


「うん。竜車は久しぶりだけど、なんとか覚えてるよ。」


 竜車の御者席に座り、地竜の動きを御すアル。カイトはそれを確認し、頷いた。そして、全員が幌馬車に乗り込んだのを見て、カイトがアルと最後の挨拶を交わす。


「じゃあ、行って来い。」

「うん。じゃあ、出発するよ!たぁ!」


 アルは轡を制御して地竜を走らせ始める。そうして、それと当時にソラが馬車に備え付けられた窓から顔を出して、見送りに来た面々に手を振る。


「んじゃ、ちょっと行ってくるなー!」

「がんばれよー!」


 誰かが全員の乗り込んだ竜車に激励を掛ける。そうして、ソラたちを乗せた竜車は土煙を上げながら遠ざかっていった。


「さて、見張りは頼んだ。」


 そう言ってカイトが小さな蒼い鳥を飛ばす。鳥は頷いたかと思うと、即座に舞い上がり、ソラ達の後を追いかけるように、遠ざかって行った。




 数日後、ソラ達は当初の予定より少しだけ早くミナドの村へと到着した。戦闘が想定以上に少なかった事と、借りた地竜が少しだけ良かったらしくスピードが出たからだ。

 そうして、最後の一日はまだ日が昇りきらない頃に出発したことで、昼前にミナド村とやらに到着することが出来た一同。周囲を見れば、多くの農家の人たちがそこらにある農園や畑で農作業をしているのが確認できた。


「はー……のどかな村だなー。」

「ねー。」


 竜車から降り立って周囲を見渡し、ソラと由利が呟いた。今までマクスウェルに近い村を重点的に見ていたので、かなり遠くの村がどうなっているのかは知らなかったのである。


「おい、二人ともどいてくれ。後がつかえてる。」

「あ、ごめん。」


 どうやら出入口を塞いでしまっていたらしいソラが慌てて横にずれる。そうして、次いで降りてきた面々もマクスウェルとも一風変わったのどかな農園風景に溜め息が出た。


「うわー……すげえど田舎って感じがするな。」

「俺んちの田舎にそっくりだ。」

「あ、四谷は寮暮らしだっけ。」

「まあな。」


 そう言って各々が感想を言い合っていると、全員が降りたのを見て再び竜車を走らせていたアルが竜車を停めて戻ってきた。


「ちょっと遠くに停められる場所があったから、そこに停泊してきたよ。乗る時はあっちでね。」

「お、サンキュ。悪いな、道中御者任せちまって。」

「いいよ。さすがに竜車の御者なんて出来る人が珍しいしね。」


 アルが少し自慢気に告げる。実は竜車の御者が出来る軍人は公爵家の正規軍の中でも珍しいのだ。その為、専用の御者を雇えば当然かなりの費用となる。ソラがアルに頼んだのは様々な面で当然だったのである。


「前々から思ってたけど、アルって多才だよね。」

「え、そうかな?」


 とある女子生徒の問い掛けに、アルが少し実感無さそうに問いかける。カイトやティナ、その他公爵家上層部の面々というかなりぶっ飛んだ性能の持ち主達を見ていた為、自身はまだまだだと思っていたのだ。自身も『かなり』はとれるがぶっ飛んだ性能の持ち主であることには、気づいていなかった。


「竜車の御者に浮遊術、蛇腹剣なんかも得意でしょ?他にも槍に斧、大剣なんかも使えるって言うし……」

「まあ、そうだけど……」


 その程度の実力ではまだまだである。カイトとティナが帰還して以降、そういうふうに思い始めたアル。謙遜でも何でも無かった。


「これは、皆様。一体どのような御用でしょうか。」


 そんなこんなで村の入り口でしゃべっていると、村から役人らしい身なりの整った犬の耳と尻尾を持つ獣人の老人が現れた。どうやら警戒されているらしく、少し緊張感を滲ませていた。


「あ、ごめんなさいー。邪魔でしたか?」

「あはは……ええ、まあ、少し、ですが。」


 苦笑しながら、由利の言葉に老人が同意した。そう言ってソラを筆頭に、全員が登録証を提示し、ユニオンから貰ってきた書類を提示する。


「すいません。えっと、自分たちはユニオンの方で依頼を受けてきました冒険者です。交代には間に合いましたか?」

「そうでしたか。これはありがとうございます。警備隊の出発は明朝ですので、十分に間に合っておられますよ。」


 ソラから受け取った書類に嘘偽りが無いのを見て取ると、老人は警戒を解いてにこやかに答える。そうして彼はふと自己紹介をしていないことに気づいた。


「これは申し遅れました。私、この村の村長をしております、コラス、と申します。」

「ああ、村長さんでしたか。お……自分はこのパーティのリーダーをやってますソラ・アマシロです。」


 多少言い淀みながらも、ソラは丁寧な言葉づかいを心がける。カイトから、自分たちの行いがこの後の冒険部の評価にも繋がるから、依頼人との会話では口調に気を付けろ、と口酸っぱく注意されていたのであった。


「そうでしたか。では、交代まで多少お時間がありますので、現状をお伝えしたいのですが、構いませんかな?」

「ええ、お願いします。」


 慣れぬ事ゆえ最初こそ言い淀んだものの、ソラとて上流階級出身者。すぐに社交的な口調と表情を創り出して応対を行う。本人はあまり好まないだろうが、実家での薫陶の賜物であった。


「では、私の家へお越しください。」


 そう言ってコラスは村の中でも一際大きな建物を指さす。村の中心の場所に位置し、最も大きな建物が村長宅であるらしい。まあ、曲がりなりにも村長宅なので威厳の様な物が必要なのであった。


「こういう大きさの村の場合、村長邸宅が役所や役人相手の宿泊施設を兼ね備えている事が多いんだ。多分、僕らもそこに泊まる事になるんじゃないかな。」


 アルが小声でソラに耳打ちをする。さすがに異世界の村事情なぞ、実際に見てみるまで理解が出来ないだろうという配慮であった。


「ああ、なるほど。サンキュ。」


 そうして一同は村長の指さした家へと向う。そこで会議室等にも利用されているという部屋に案内された。すると、そこには既に軽装備姿の20代後半の男性が座っていた。


「ん?」


 のんびりと寛いでいた様子の男は、ソラ達が入ってきた事に気づくと、気だるげに顔を上げた。その顔はどことなく、村長に似た面立ちのある男であった。


「こら、バカ息子!お客様が来られたのだから、しゃきっとせんか!これは失礼をしました。」


 息子を叱りつけておいて、コラスはソラ達に息子の非礼を詫びる。それにソラが慌てて手を振った。


「あ、いえ、くつろいでる所に来たの俺達なんで、気にしないでください。」

「おっと、こりゃ失礼。コラスの子のコラソンってんだ。今はこの村の警備隊長を……って、アルフォンス様!」


 ゆるい感じで手を上げて挨拶をしていたコラソンだが、挨拶途中に一同の中にアルが居ることに気付いて一気に姿勢を正した。どうやら顔見知りだったらしい。コラソンはそのままアルに問いかける。


「こりゃ、俺達の交代に来られたんで?」


 今のところ、冒険者風の面子から想像できる要件はそれだけであったので、コラソンが少しだけ疑問に思いながらも尋ねた。


「ああ、うん。コラソンさんはミナド村出身だったっけ?」


 少し苦笑しながら、アルが尋ねる。村の警備総隊長を努める彼とはかつて合同訓練などで何度か話した事があり、その際に村長の息子だとは聞いていたのだが、どこの村だったのかは忘れてしまっていたのだ。


「ええ、まあ……」

「我が愚息とお知り合いなのですか?」

「親父、<<氷結(ひょうけつ)>>のアルフォンスは知ってるだろ。」


 そう言ってコラソンが村長に耳打ちする。しかし、村長は何故そんな名前が出て来るのか、と怪訝である。


「えっと……申し遅れました。自分はアルフォンス・ブラウ・ヴァイスリッター。現ヴァイスリッター家当主の次男です。」


 本当は正体を明かすつもりの無かったアルは、しぶしぶだが正式な自己紹介を行った。正体を明かさなくて済むように、わざわざ鎧を変えたというのに、全くの無駄であった。尚、当然だが万が一に備えてそっちの鎧も持ち込んでいる。


「は?」


 アルの自己紹介と自分の家の家紋の入ったドッグタグを提示したことで、コラスもアルの正体を把握する。ヴァイスリッター家と言えばこの村でも知らないものは居ない、まごうこと無く公爵家重鎮の一つである。そんな大物が何故この村に、と村長が怪訝な顔をする。


「まあ、色々と事情がありまして……深くは話せないのですが、天桜学園の噂はご存知ですか?」

「はぁ……」


 そうしてアルとソラが自分たちの事情で話せる部分を話す。


「ああ、なるほど。彼等の護衛を兼ねていたのですか。此方にとってはまたとない重畳と言えましょう。」


 アルをもし指名しようものなら、彼等が払った依頼料が更にゼロだけで1つ増えるだろう。それがほぼ一般の冒険者達と同程度の額で雇い入れられたのである。普通なら増額や遠慮が見えるのだが、このコラス村長は違った。この程度の強かさがなければ、村長はできはしないのだろう。


「はい。ご理解いただけて何よりです。」

「いえいえ、職務、お疲れ様です。では、これより先の現状は息子に説明させましょう。」


 そう言って彼は息子に席を替わる。コラソンは席につく前に、会議机の変わりに使用している大きな机に、周辺の地図とメモ紙を乗せた。以降の会議で必要な内容を上に貼り付けたメモ紙に記述していくつもりなのである。


「ああ……どっから話したもんか。まずは今回の依頼なんだが、明後日から俺達村の警備隊の定期訓練があってな。その間はユニオンから信頼できる冒険者に依頼する、ってのが通常で、今回も依頼させてもらった。もしなんかあって会議とかが必要なら遠慮無くこの部屋を使ってくれ。お前さん達のミーティング用にって村の連中には通達してある。休憩したりするときなんかにも使ってくれ。」


 そうして必要と思われる情報を提示して、ふと何かに気づいたコラソンが一応念の為に言及しておく。


「ああ、そうだ。別に夜はいい。村を覆うように対魔物用の結界が発動するからな。それでも夜に見つかった場合は別だが、主に昼に見まわってくれ。」


 本来、この程度は冒険者で無くても常識なのだが、コラソンはソラ達が異世界出身と知って敢えて言及しておいたのである。ソラと由利は以前に学園の結界の変更で一通り説明を受けていたのだが、それ以外の面々は初耳だったらしく少し意外そうな顔で驚いていた。


「その訓練期間はどんぐらいっすか?」


 コラソンが此方に手で何かあるか、と問い掛けたのでソラが発言する。尚、口調はいつも通りで良い、と向こうから許可が出たので、遠慮なくそうさせてもらっていた。現状生徒達のリーダー格はソラである。それ故に、この会議でもアルではなく、ソラが主体となって質問や応対を行っていた。


「大凡5日だな。こっから一日の街で訓練を行なうから、前後に移動一日合せて計7日依頼したってわけだ。依頼書の特記欄にも書いてるとは思うが、後ろにはずれる可能性がある。その分はこっちで延滞料金を支払う事になってる……ってのは、言うまでもないよな。」

「ああ、さすがにそれは……要は任務期間はおっさん達の帰還まで、ってことか。」

「おっさんじゃねえ!まだこれでも25だ!」


 そう言ってコラソンが否定するが、ソラは笑ってそれを否定した。


「その見た目でー?ぜってー嘘じゃん。どう見てもおっさんじゃん。」


 ソラは少し誂うように言い放つ。


「うがっ……っく、今に見てろよ。お前だって何時かはわかる時が来る。」


 息子にも同じことを言われ、少々気にしているコラソン。それ故に過剰に反応したのであった。実は少しでも威厳を出そうと無精髭を顎に蓄えている事が年を食って見える原因なのだが、彼はまだ気づいていない。


「ははは!……で、最近の村の様子はどうなんっすか?」


 尚も食って掛かろうとしたコラソンだが、ソラが話を引き戻したので、仕方なく彼も話を戻した。


「ちっ……最近妙にゴブリンの出現が多い。もしかしたら近くに巣が出来たのかもな。」


 そう言って彼は今までに報告されている出現情報を地図に記載していく。すると、ある共通点が見て取れた。


「森から来てるー?」


 比較的森に近い場所での目撃情報と交戦記録が多発している事に気付いた由利がコラソンに尋ねた。


「そうっぽいな。まあ、それならそれでユニオンに討伐隊を依頼するか、公爵家に嘆願するかするから、対処はしなくて良いぞ。ただ来るのを追い払ってくれ。」


 ソラ達に向けて、コラソンが一応は言い含めておく。そもそも契約外なので巣を探す事や討伐しに行く事を強制することは出来ないのである。まあ、してくれるのならそれで良いのだろうが。


「今んとこ変わった事といやあ、そんなとこか。親父、なんかあったか?」

「うーむ……いや、無い。最近狩人のシラーが森が少し変だと言っとったぐらいだが、さっきの件と同じだろう。」


 少しだけ考えこんで、自分の知りうる異変もコラソンの件と繋がっていると判断したらしい。後で尋ねられる様に、とシラーという狩人の自宅を地図に記載しておく。


「親父、他には?俺はもう無い。」

「いや、これが最後だ。」

「わかった。じゃあ、留守は任せてくれ。」


 それを最後に、二人共何か連絡しておくことは無いと思ったらしい。そうしてソラは依頼人に応じるのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第201話『親子』


 2016年9月25日 追記

・誤字修正

『ソラ』の名前が『アマギ』になっていた所を『アマシロ』に修正しました。

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