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第200話 遠征

 記念すべき第200話目。何か特別な事をするわけではありませんが。

 迷宮(ダンジョン)探索も終わり、冒険部でも迷宮(ダンジョン)が利用され始めるようになると、それなりに纏まった額のお金が手に入る様になり始めた。


「今月はなんとか黒字で終われそうか。」


 学園で半月ごとに行う会議を終え、カイトは配布された資料を確認する。そこには今までの収支報告が記載されており、半月分の収支報告と後半月の予想が記載されていた。


「調度良いレベルの迷宮(ダンジョン)が近くに出来た事が幸いしましたね。」


 同じく会議に出席していた桜が少しだけ嬉しそうに答えた。やはり先立つものがあると精神的な余裕が違ってくるらしい。


「利益ベースでおよそミスリル銀貨20枚か……もう少し欲しい所だな。まあ、学園で自給自足をしようとしているのだから、仕方がなくはあるか。」

「だが、これ以上となると更に高難易度の依頼を受けるしかないだろう。」


 カイトのため息混じりの言葉に反応したのは、会議に出席していた瞬。この三人が、学園の定例会議に冒険部の代表として出席するのが通例である。


「そうなると問題は距離だな……」


 瞬の言葉を受けて、カイトがぼそりと呟いた。どうしても遠くの場所での依頼となると、遠くの街までの移動費、そこでの宿泊費、旅の間の飲食料費や情報を得るための情報屋に支払う対価等のお金が人数分必要となってくる。どうしても、多額のお金が掛かるのである。


「馬車を利用しようにもかなりの金額が必要となるしな……お前、発展させたのはいいがもう少し交通手段も発達させておけよ。」


 冗談交じりに瞬がカイトに言った。それに、カイトは苦笑しつつも答える。


「まあ、電車等の大量輸送機関を整えようとしたんだが……さすがに作り方がわからなくてな。魔術を使用して記憶を呼び起こしても碌な情報は無かったんで、代わりに飛空艇となったわけだ。」


 CMなどの映像情報のおかげで自動車のエンジン部については理解できたティナだが、さすがに鉄道網についてはカイトが興味なかったことから情報が乏しく、制作できなかったのだ。


「まあ、ティナがそこら辺は理解しているだろうから、後は準備を整えるだけにしてはいる。ま、10年プランだな。」


 更に続けてカイトが腹案を述べる。このアイデアは別に隠しているわけではないので告げても問題は無かった。とはいえ、地球に帰還後にティナが鉄道網についても習得済みなので、現在は鉄道網を整備するためのプランを練っている最中である。そうしてカイトから出たとある単語に、瞬が少しだけ賞賛混じりに呟く。


「10年か……気の遠くなるような話だ……」

「治世とはそんなものだ。10年先、100年先にこの街が、国がどうなっているかを見極め、どのような街に、国にするのかを考えぬく。それが領主のお仕事だ、とはウィルの言だな……ま、さすがに奴もオレも300年先は見通せなかったがな。」


 カイトはそう言いつつ、苦笑とも微笑みとも取れる笑顔を見せる。それに、月2回の収支報告があるこの会議には公爵家の代表として参加しているクズハが嬉しそうに微笑んだ。


「お兄様に驚いていただくために、頑張りました。」

「さすがにこれにはオレも驚いた。よく守り、よく育ててくれた。ありがとう。」


 何度感謝をしてもしたりない、それがカイトの率直な感想である。それを聞いて、クズハが至福の笑みを浮かべた。


「はい、ここはお兄様の街ですので。」

「ああ……」


 カイトは小さく頷くと少しだけ目を瞑り、感傷に浸る。だが、再び開けた時にはいつものカイトに戻っていた。


「さて、椿。この後の予定は?」

「今まで会議が長引いたことを踏まえ、17時までは予定がありません。それ以降はクズハ様との会談、会食等となっております。」


 会談と言っているが、今のところ話し合わねばならない議題は無い。というか、現状、会議のほとんどはこういった定例会で十分となっている。体の良いデートの言い訳である。


「さすがに譲りませんよ?」


 無言で羨ましそうにしている桜に、クズハが牽制する。


「わかっています。その代わり、明日は私ですからね。」

「ええ、その点は承知しています。」


 そう言って笑みを浮かべ合う二人。カイトと瞬は薄ら寒い物を感じるが、何も起きることはない。二人とも、お互いの領分を侵略すると碌な事にならない事を実家で教育されているのであった。とはいえ、牽制程度は許されるとも学んでいたのだが。


「……お前、よくこの空気の中でやっていけるな。」


 感心した様子の瞬が小声でカイトに話しかけた。


「慣れだ、慣れ。ウィルはもっとすごかったらしい。」


 当然ではあるが、皇帝として多数の妻を抱えたウィルこと第十五代ウィスタリアス皇帝。彼は英雄かつ美男子とあり、その妻の数は多かった。彼は持ち前の器用さでその全てを平等に愛してみせたらしいのだが、それでも、後宮の揉め事もかなりの数に登ったらしい。女三人寄れば姦しいというが、貴族という地位に居る以上、揉め事からは逃げられないのだろう。


「本人が聞けば、お前のほうがひどい、と苦笑するだろうねー。」


 牽制しあう二人を横目に、カイトと瞬の会話を聞いていたユリィが呟く。ちなみに、周囲からすれば、どっちもどっちであった。


「今ならそっちでもいい酒が飲めそうだ。」


 カイトが今は亡き友を偲ぶ。彼が後宮作りに悩んでいた事に、遅ればせながら理解が出来た。


「……お前、結婚してないだろ。」


 そんなカイトの様子に、瞬が呟く。その言葉に、カイトも自身が独身者であることを思い出し、愕然とする。


「オレ……これからどうなるんだろう……」


 そんなつぶやきは風とともに、誰にも答えられないまま去っていった。




 その翌日。ソラが何かが記された紙を持ってカイトの元へとやってきた。


「おーい……ああ、いたいた。カイト。これ受けちゃ駄目か?」

「ん?」


 ギルドホームの地下を更にティナが改装して上層部や一部の実力者用に作り上げた秘密の鍛錬場で鍛錬していたカイトは、ソラの持って来た紙を受け取る。丁度ステラと一緒に鍛錬をしている最中であったのだが、カイトは汗一つ掻いていなかった。

 尚、当然だが一般の生徒用の訓練場はこことは別に存在している。武器技(アーツ)の鍛錬等、一般の生徒に見られる事が憚られる訓練や大規模な術式の訓練でのみ、使用しているのであった。


「依頼人はミナド村の村長?依頼内容は……警護兵の代わりか。まあ、依頼内容としては問題ないな。期間は一週間。その間の宿泊費と飲食費は向こう持ち、か。移動費は此方持ちだが、応相談か。」


 しかし、依頼の場所を見て、カイトが眉をひそめる。それを見て、ソラも少し顔を顰めた。おおよそ予想が付いていたらしい。


「……やっぱ駄目か?」

「どの程度の予算を見積もる?」


 ミナド村は今カイト達が居るマクスウェルの街から徒歩で10日、馬車を乗り継いで1週間である。当然かなりの金額を予想してしかるべきであった。


「馬車を借りるとして……およそ金貨15枚ぐらいか?」

「その程度だな。」


 ソラの予想にカイトが同意する。時間的にはそろそろ出発しておきたい頃であるので、馬車を使用したほうが依頼開始日に確実に間に合うだろう。


「やっぱ金がネックか?」


 それ故に心配してカイトに相談を持ちかけたのだが、やはり難しいか、とソラは推測する。しかし、カイトは考えた結果、ソラとは反対の結論に達した。


「……いや、どちらかというと、受けてくれ。折角野営訓練もしたからな。」

「え?」


 少し考えこむ様にしながらも出された答えに、ソラが少し怪訝な顔になる。とは言え、カイトとしてもその反応は予想出来ていたので、事情を説明する事にした。


迷宮(ダンジョン)探索のお陰でそれなりに纏まった額の金銭が手に入っている。ここらで遠征隊を組むのも良い頃だ。」


 今まで見たこともない迷宮(ダンジョン)とあって、冒険部の生徒達はここ連日連夜迷宮(ダンジョン)探索に出掛けていた。その結果、一割をマージンとして受け取っても、冒険部でもかなりの利益が得られているのであった。


「じゃあ、受けるか。んじゃ、用意頼むわ。」


 ソラはそう言うと、踵を返す。初の長期の遠征で必要となる荷物である。自分よりカイトの方が慣れているだろうという考えであった。表向きは、確実を期したのである。


「あ、オレは行けないからな。」


 立ち去ろうとしたソラの背に、カイトが待ったを掛ける。行かない、ではなく行けないである。それにソラがたたらを踏んで、怪訝な顔で振り返った。

行かない、であれば時々ある――ソラやその他面子の独り立ちの練習として立ち会わない、上から使い魔で見張る程度――が行けない、は珍しかったのである。


「え、なんで。」

「いや、その間に第二陣来るだろ。お前が人員やら用意やらを調達して、連れて行ってくれ。」


 ソラの疑問に、カイトは苦笑しながら言う。この期間中に第二陣の訓練が全て終了し、引っ越しや受け入れなどがある。カイトはその応対に出ざるを得ず、同行できないのであった。


「げえ!そうだった!」


 どうやら必要となる荷物の用意を含めて面倒なのでカイトに丸投げするつもりであったソラだが、その目論見は根底から崩れる事になる。


「じゃあ、がんばれよ。」


 カイトはソラに最後通牒的に告げると、再びステラと鍛錬に戻った。


「げ、どうしよ……と、取り敢えずミレイちゃんと相談するか。」


 そう言ってソラは頭を捻らせつつ、再び上に戻っていった。


「あ、ソラさん。どうでしたか?」


 この依頼を紹介したミレイが結果をソラに尋ねる。彼女の方はギルドの運営についても一通り学んでいる為、実は承認が下りるだろうな、と思っていたので一度カイトに問いかける様にソラにアドバイスしたのであった。


「おーう。受けていいってよ。ただ、カイトは行けないってよ。」

「あ、そういえば第二陣の生徒さんが来られるんでしたっけ。じゃあ、桜さんと瞬さんも無理ですね。」


 カイトと同じく冒険部の最上層部としてこの二人も第二陣の出迎えに立つ必要がある。それ故、二人共一週間は予定に穴を空けられないのであった。


「うーん、人員どうしよっかなー。最低でも7人は欲しいって話だからなー。」


 受けてくれ、と頼まれた手前、準備で一応手助けはして貰えるだろうが、それでも人員集めなどはソラ主体で行う必要がある。しかも、何時もの馴染みの面子は多くが第二陣の受け入れを行う為、他の面子で集める必要があった。


「取り敢えず皆さんに聞いてみてはどうですか?」

「そうだなー……そうすっか。サンキュ。」

「はい。あ、じゃあ、道中の食材の手配なんかでこっちで出来そうなところは手配しておきますね。」

「おー、助かるよ。」


 ミレイの言葉にお礼を言ってソラは席を立ち、ギルドホーム内を駆けずり回る事になる。

 そうして数時間後、なんとか人員を集める事に成功し、カイトの元へと再び訪れた。先ほどとは異なり、今はルゥも一緒に鍛錬をしていた。当然だが、カイト一人にステラとルゥが二人がかりで応戦している。まあ、此方も当然だがカイトは汗一つ掻いていない。


「カイト。人員集め終わったぞー。」

「ここに連れてくるなよ……」


 地下の鍛錬場に再び響くソラの声。後ろには数人の生徒達が一緒であった。初めて明かされる地下鍛錬場に、存在を知らされていなかった生徒達が唖然としている。そんなソラにカイトは呆れて溜め息を吐いた。カイトは何のための秘密なのか、と問いたくなった。


「あ、わり。」


 カイトの呆れた表情を軽く流したソラ。どうやら人員の調達が出来た事に浮かれていた様子であった。とはいえ、カイトもこの程度の秘密を見られた所で問題は無いので大して怒ることはない。


「まあ、いいか。ステラ、ルゥ、一旦中断だ。」


 カイトはステラの攻撃をいなし、返す刀で距離を取る。カイトは汗一つかいていないものの、ステラの方は肩で息をしていた。カイトから中断を宣言され、ステラは膝をついて休憩する。如何に彼女といえど、カイト相手には全力でやっても相手にならないのだった。


「ああ……さすがに主の強さには到底かなわないか……無念だ。」

「旦那様、 私がステラちゃんを見ておきます。」

「ああ、頼む。一応水を飲ませてやってくれ。」


 肩で息をしながら、嬉しそうに笑うステラに水を投げ渡し、カイトはソラ達に近づいていった。


「さて、リストを見せてくれ。」

「ほい。」


 ソラはカイトに人員と必要な物資、経費等が記載されたメモ紙を手渡す。


「人数はアルを入れて9人か。構成は……遠近半々ね。移動は竜車を使う事にしたのか。御者はアル。まあ、安上がりで済んでいいか。」


 カイトはメモを見ながら、念の為に確認の意味を含めて口に出しす。ちなみに、竜車とは馬車の馬の代わりに調教された竜種を使用する馬車である。当然だがその積載量と早さは馬の比ではなかった。

 ただし、誰でも扱えるわけでもないので、専門の御者を雇うとなるとそれなりの額の金が必要となってくる。まあ、今回はアルなので問題は無いだろう。


「その他用意は……うん、まあ、いいだろう。若干予算は高いが、間に合うことを考えれば妥当だ。」


 一通りメモの内容を確認して、カイトが頷く。馬車でかなりキツキツの予定を組んでいた当初のプランだが、道中のトラブルに備えて竜車に変更することで、かなり日程に余裕が生まれていた。交代に遅れると村全体に迷惑がかかるので、その程度は必要経費として計上しても良いだろう、カイトはそう判断したのである。


「出発予定は何時だ?」

「3日後の朝。一応竜車で空いた時間を若干用意に回した。」

「妥当だ。」


 馬車での出発予定だと明日の夕方には遅くとも出発であったので、かなり余裕が生まれていた。


「じゃあ、用意についてはこっちでも確認しよう。一纏めにしておいてくれ。」

「あいよ。んじゃ、俺はそっちの用意に取り掛かるな。明日にゃ全部終わらせる。」

「分かった。明後日に確認しよう。購入予定はこのリストで全部か?」


 ソラは少し考え、一応全て揃っていると頷いた。だが、それでも不安があったので一応の所は言い含めておく。


「ああ……まあでも、もし途中で必要なのあったら全員で考えて買うよ。食材なんかは由利に頼んだしな。」

「適切だな。」


 ソラの念押しにカイトが笑みを浮かべて頷く。カイトの様に旅に慣れているわけでもなければ、由利の様に料理が得意なわけでもない。食材に関して言えば、由利に任せるのが最適であった。そうして、いくつかの相談を更に行い、再びソラは準備に駆けまわるのであった。


「よし、じゃあこっちは鍛錬を再開しようか。」

「ああ!」


 ソラが連れて来た面子を連れて再び鍛錬場を後にした後、カイトは訓練を再開する。そうしてカイトが相談している最中常に体力の回復に努めていたステラはずいぶんと回復し、再びルゥを交えて鍛錬に打ち込むのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第201話『遠征』

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