第199話 ダンジョン探索――最後まで――
中間地点にて椿の作った昼食に舌鼓を打ち、少し休憩をとったカイト達一同。全員の用意が整ったので、再び迷宮攻略を再開した。
「いつも思うんだけどね。」
ふと攻略の最中にアルが誰にともなく問いかける。
「どうしてこんなに僕らが使っている物と同じ物が出てくるんだろう。」
そう言ってアルは先ほど魔物から手に入れた回復薬を興味深げに眺めていた。どうみても市販されている回復薬と同じ回復薬であった。
まあ、そうは言っても差が無いわけではない。市販されている回復薬だと瓶に柄が入っていたり見分けが付くようにマーキングされていたりと気を使われているのだが、迷宮でドロップする回復薬は効能、品質に関わらず全て同じ小瓶に入れられていた。中身は一緒だが。
「さあの。こればかりは余にもわからん。カイト、何か知らぬのか?」
同じく昔から興味のあったらしいティナがカイトに問いかける。
「アウラから何も聞いていないのか?」
そんなティナのセリフに、意外そうな素振りで先頭を行くカイトが後ろを振り向いた。
「む?あ奴が何か言っておったか?」
そう言って記憶をたぐり寄せるティナだが、該当する記憶はなかった。
「詳しいことは専門家じゃないから知らんが……アウラ曰く、異空間の入り口が此方と接合した際に、此方の世界の情報を入手してるんだと。本来魔物からドロップするのは、例えば回復薬なら回復薬という概念だそうだが、それを更に此方の世界の回復薬として概念を再定義、そしてドロップする様にしている、らしい。詳しくは聞くな。所詮話のたねに、程度で聞いた話だ。」
「なるほどの。概念のみを落ちる様にして、どのような回復薬にするかは接続した世界から情報を得ておるのか。」
「へー。じゃあ、もし武器の片手剣って概念なら、こっちで普遍的な片手剣が落ちるの?」
説明を理解したティナが得心がいったと頷き、アルが更にカイトに問いかける。そうしてアルの問い掛けにカイトが頷く。
「ああ。例えば異世界の武器や世界そのものが作った武器、という概念の武器ならこの世界では作られることがない、もしくは人の手では到達しえない物がドロップするわけだ。そこら辺は概念そのものが落ちるようにしている迷宮ならでは、と言える。概念で良いわけだからな、作り方を考える必要がない……以上、アウラのお言葉でした。」
「一体そのアウラさん、って何者なんですか?」
異世界からカイトを召喚するだの、治癒魔術に優れるだの多才な才能を発揮しているアウラに、桜が興味を惹かれる。他の面子も概ね、そんな所であった。
「まあ、カイトの義姉じゃな。」
「それは知ってるんですが……それ以外の人物像です。」
「……不思議ちゃん?」
人物像を問われた三人は少しだけ記憶を辿る。そうして一番初めに思いついた言葉を、ティナが答えた。
「それと極度のブラザーコンプレックスじゃな。常にカイトの背中にへばりついておった。後、カイトが結婚せなんだはコヤツのせいが大きいの。まず結婚するなら許嫁が先だろうとか何とか言っておったの。」
「本人曰く、第一夫人の座は渡さないだとか何とか……居ない間に女の子増えまくってるけどいいのかなー、っと。」
ティナとユリィの言葉に、カイトは薄ら寒い物を感じるが、一応家族なのでフォローしておくことにする。尚、思い当たる事件が多すぎたので、ブラコン疑惑等は否定出来ない。
「……一応フォローすると、異空間系統、召喚術等空間に作用する魔術の第一人者だ。少なくとも該当分野では知識、才能共にティナをも上回る。今天桜学園が最も必要とする人材だな。」
「まあ、さすがの余も並どころか超級で特定分野に特化した人材には勝てぬからの。その代わりに余は満遍なく特化しておるから、それを組み合わせる事に長けておる。」
満遍なく特化とは常人ならば傲岸不遜と取られるが、ティナであればその言も真実として受け入れられるだけの実力を有していた。
「でも今は行方不明、と……」
そんなアウラの評を聞いたソラがため息混じりに現状を言う。それにティナもユリィも溜め息を吐いた。
「……まあ、ほっといたら出てくるじゃろ。弟分足りなくなったとかほざきおるからの。」
「今頃禁断症状でどっかで倒れてるかも?時々カイト酸とか何とかなんとかを補給しないとって呟いてたし。よくカイトのシャツとかに顔埋めてたし。」
「怖いな!」
明らかに危ない人なアウラの人物像に、一同がドン引きする。尚、何故かユリィのセリフの最後の部分で椿が顔を逸らし、桜が赤面したのは、気のせいとカイトは思いたかった。
「写真とかは無いのですの?」
探そうにもどんな容姿かわからなければ探しようが無いので、瑞樹が唯一最後の容姿を知るユリィに尋ねた。
「あるよー。ちょっと待ってね。えーと……あ、あったこれこれ。」
ユリィはネックレス型の映像記録用魔道具の中身を確認し、百年ほど前に撮影した映像を写しだした。
「これが確か私の持つ最新のアウラの写真かな。100年ほど前に大戦の戦死者を痛む式典に招かれた時にとった写真。」
「……え?」
その写真を見て、全員が口を大きく開いたまま、閉じれなくなった。
「カイトくん……さすがにこんな方に手を出さないでくださいますよね?」
「これに手を出したらさすがに私も軽蔑するわ。」
「ですわね……」
カイトと関係の深い女性陣は総じてそう言う。男性陣は揃って口を開けたままである。
「……確か、天族とハイ・エルフって200歳ぐらいで第二次性徴だったよね?」
「そうね。でも、今思い出せば、確かにこんな方だったかも……よく考えればどう見てもミニマムすぎるわ。」
アルの言葉に、ユリィ以外に唯一幼年期にアウラと会ったことのあるティーネが記憶を掘り起こす。そうして思い起こした記憶のアウラの姿はまさしく映像のそれだった。
「……おい、時代間違ってないか?」
「ロリ枠は余だと思っておったが……いや、これは最早ロリでさえないの。合成では無いのか?あ奴のことじゃから、サボっておっても不思議ではなかろう。」
「ほら、クズハも見てみて。」
ユリィに指摘され、近くに居たクズハに一同が注目する。確かにクズハも少しは幼いが今とほぼ同じ容姿である。少なくとも、時代については間違ってはいないようだ。
「でも、これは……」
「どうみても……」
「小学校中学年程度?」
数人で続けて、アウラの容姿を結論付ける。
「というか、オレと別れた時そのままの姿じゃねえか!」
確かにドレスで着飾っているようなのだが、どう見ても子供用、それもカイトが居た頃に仕立てた物であった。その姿に思わずカイトが大声を上げる。
「い、いや、よく見よ!よく見れば少しだけ胸が膨らんでおる!時間は経っておるようじゃ!」
合成写真ではないか、そんな疑念が頭をよぎったティナが必死で間違い探しを行い、なんとか変更点―変化点?―を見つけ出す。だが、その程度の変化で何が変わったと言えるのか、誰にもわからない。
「クズハがかなり勝ち誇った表情してたねー。もう、鬼の首を取ったように。」
ユリィが呆れながら一同に告げる。尚、クズハはその後、横に控えるフィーネを見て落ち込むまでが、一連の流れであった。
「さ、さすがにオレも手を出せん……が、出さんと出さんで厄介だな。」
アウラの性格上、激怒されることは無くても、大いに落ち込まれることは確実である。頼みの綱は、遺伝子に賭けることであった。魔術が大手を振っている異世界で遺伝子があてになるのかどうかは不明なのだが。
「い、一応アレの従姉妹はミースじゃからな。成長している可能性は……ある、はずじゃ。」
第二次性徴も始まった時点での容姿がこれである。少しだけ自信なさ気にティナがフォローする。いつもならば何か言いそうな桜であるが、アウラの容姿があまりにあんまりだった上、300年もおあずけされているので何も言えなかった。さすがに同情心が勝ったのである。
「な、なんか疲れた……」
なぜ昔馴染みの話をするだけで疲れなければいけないのか、そんな疑問が一同の頭をよぎる。そうして、その後は言葉少なげに迷宮踏破を続けるのであった。
その後暫くは沈黙したまま迷宮探索を行っていた一同だったのだが、流石に最後と言うボス部屋に近付く頃には口数も戻っていた。ちなみに、この迷宮は上に登っていくタイプだったので、最上階にボス部屋があった。
「ここが、最上階のボス部屋だ。中に何が居るのかは、入ってからのお楽しみだ。」
「中に居るのはここまでに戦った敵よりも少しだけ格上の魔物だったり、数が大量だったりするから、気を付けてね。」
カイトの言葉を継いで、ユリィが説明を行う。全員最後の部屋の前で一度準備を整えている所だった。
「まあ、一応僕らもフォローするから、そこまで気負わなくていいよ。いつも通りに戦えば、間違いは無いよ。」
「それに、こっちにはカイトさんにティナさん、ユリィ先生もいるから、いざとなったら頼みましょう。」
安心させるようにと言ったアルとティーネの言葉に、ソラと瞬が反応した。
「ああ……でも、なるべくなら俺達で倒したいな。」
「そうだな。」
ソラの言葉に瞬が獰猛な戦士の笑みで応じる。
「はぁ……先輩もソラも何時か怪我しますよ。」
そんな先輩と同級生に翔が苦笑する。
「凛ちゃん、さっきと同じで僕が攻撃を防ぐから、剣の欠片の操作に集中してね。」
「はい……さっきみたいにスタミナ切れにならないでくださいね?」
「そっちはなるべく早めに倒してね。」
「妹が世話を掛けるな。」
軽口を叩きつつ、先ほどと同じく凛のフォローに回る事が確定しているアルが、凛の横に付いた。敵の攻撃を防ぐ事に特化し、隙を見て強撃を仕掛けるアルと、一撃は軽いものの敵の動きを阻害することに長ける凛。戦闘スタイル的に、この二人の相性は抜群なのであった。当人達の相性は不明だが。
「椿、確か得手は大剣だったな?」
「はい。」
「じゃあ、これを使ってみてくれ。さすがにこのレベルの迷宮のボス部屋だと椿一人でも余裕だろうが、今回はお前の実力を見てみたい。」
そう言ってカイトは椿の身長に匹敵する大剣を手渡す。
「……これは?」
「ああ、オレが魔力で作り上げた大剣だ。この程度の相手で壊れることは無いはずだ。」
「分かりました。」
「よし……ティーネ。今度は桜と瑞樹についてくれ。他の面子はそのままの組み合わせで取り敢えず戦闘を開始する。その後は敵を見て指示する。」
そうして、全員の準備が出来たことを確認し、カイトは扉を開いた。
「こんなもの、でしょうか。」
そう言って椿が石で出来たゴーレム――名前はまんま『石巨人』――相手に斬撃を繰り出す。その斬撃はあまたずゴーレムのコアに直撃し、ゴーレムは機能を停止した。
「ほう……見事だな。」
「うん。冒険者としても十分やっていけそうだね。」
「私はご主人様のお付以外務めるつもりはありません。」
カイトから貰った大剣を背負い、カイトの横に侍る椿。その意思は固そうであった。
「ああ、居なくなってもらっても困る。単にオレの側に侍る者の実力が知りたかっただけだ。」
そう言って苦笑するカイト。
「はい。ありがとうございます。」
そうして花のような笑みを浮かべる椿。最近、椿が笑みを浮かべてくれて、カイトとしても嬉しい限りであった。
「さて、他の面子はどうかなーっと……」
そう言ってカイトが他の面子を見ると、凛が苦戦している以外、概ね全員問題なく戦えていた。
「まあ、凛はしかたがないか。」
「凛様はあまり装甲が硬い相手は得意では無いご様子。援護しますか?」
一撃の軽い手数重視である以上、今の凛では動きが遅く装甲が硬いゴーレムは荷が重かった。
「いや、アルの出番を奪う必要はない。」
「わかりました。」
見れば、凛では手に余ると見て取ったアルが反撃を繰り出し始めていた。見る間にゴーレムの装甲は削れていき、やがてコントロールユニットに命中したのか機能を停止した。
「他は……大丈夫か。」
その他、一撃の攻撃力を高める手段を有する面子は問題なくゴーレムを討伐していた。後に残ったのは、10体近く居たゴーレムの残骸だけであった。
「おーし、この程度の相手なら余裕だな。」
そう言って、ソラが最後のゴーレムの機能を停止させた。運良く質ではなく量のボス部屋を引き当てた一同は、4体を椿とカイトで引き受けた事によってほぼ問題なく討伐できたのであった。この調子であれば、別に椿とティーネが半分近くを討伐しなくても問題はなかっただろう。
「カイトよ。少々残骸を見ても良いか?」
敵がゴーレム型とあって少し食指が動いたらしいティナが、カイトに願いでた。すでにドロップに変わることを阻害しているので、後はカイトの許可だけである。
尚、迷宮に干渉してドロップに変わる事を阻害する魔術が出来るのは、おそらくエネフィア広しといえどティナだけである。
「ああ、いいけど早くしてくれ。」
「うむ。」
カイトの許可が出るや、即座にゴーレムの残骸へと近づき、魔術でゴーレムの構造、材質等をチェックしていくティナ。そうして5分ほど確認し、ドロップに変わることを阻害していた魔術を停止させた。阻害しているだけで、永続ではなかったらしい。
「む?これは……天然の魔法銀か。良いドロップじゃな。」
そうしてドロップしたのは、全て集めておよそ1キロ程度の天然物の魔法銀。相場にもよるがキロ単位でミスリル銀貨10枚程度なのでそれなりの儲けと言えた。
「さて、次の部屋はお楽しみの宝物庫だ。何が出るかは、当然お楽しみだ。」
そう言ってカイトはボス部屋から続く唯一の扉を開く。その先の部屋は少しだけ小じんまりとしており、宝箱が三個、安置されていた。
「おお!なんか迷宮攻略したっぽいな!」
宝物庫の中を確認し、ソラが興奮した様子でそう言う。まあ、ボス部屋の後に宝箱が安置されている構造はまさにゲームっぽくある。
「開けていいのか?」
少しだけ警戒感を滲ませるも好奇心が優っているのか、瞬がカイトに問いかける。
「ああ、さすがにこの部屋でトラップがあった等と報告例は無い。おもいっきり開けてくれ。」
「よっしゃ!」
「せーの、で開けるぞ。」
瞬の言葉に、ソラと翔が頷く。三人で分かれて同時に開ける事にしたのである。
「せー、の!」
そうして宝箱の中身を確認する三人。
「こっちは……宝石か。」
イマイチ興味がなかったのか、瞬が残念そうな顔で取り出す。まあ、彼の性格から言えば宝石に興味が無くても不思議では無かった。
「こっちは……何だこりゃ?」
そう言ってソラが取り出したのは10枚ほどの御札の束である。
「こっちは……おお!結構良さそうな剣!」
翔が取り出したのは、綺麗に飾られたトゥーハンドソード。
「ソラのは……ふむ。これは魔術が使えぬ者に魔術が使える様にする札じゃな。魔石に比べて一度に一枚使うというデメリットがあるものの、代わりに隠密性に優れ、尚かつ取り出す必要も無いということで利便性には優れておる。」
「いちいち手に持たなくて済むのか。」
魔術関連の道具ということでティナに手渡したソラが鑑定結果を聞く。これは呪符と言われるマジック・アイテムの一つだった。一枚で一回しか使えない使い捨てだが魔力さえ通せば誰にでも使えるので、緊急用に持っておいても損は無い。一方、武器ということで翔はカイトに渡していた。
「こっちは……魔法銀製のトゥーハンドソードか。かなり良い造りだ。強度も十分。」
翔から受け取って即座に分解し、材質、拵え等を確認したカイトはそう評価を下した。
「売ってもいいが……瑞樹。」
そう言ってカイトは魔法銀製のトゥーハンドソードを瑞樹に手渡す。そうしてカイトからトゥーハンドソードを受け取った瑞樹は、少し驚いた表情を浮かべた。
「いいんですの?」
「そろそろ使えるように練習しておいても損は無いだろう。」
冒険部発足当時から全員上昇し続けているとはいえ、実力は未だにメンバー最大の魔力保有量を誇る瑞樹であればそろそろ魔法銀の道具が使えるようになるかも、程度だった。逆に魔力量なら最低のソラと翔であればまだまだといった所である。
とは言え、瑞樹なら買い替え時期が近いということだ。なのでカイトは、後で購入するよりも良いと瑞樹に手渡したのであった。
「なかなかに今回はあたりだったな。よし、脱出口も出たことだし、脱出して帰るか。」
宝箱を開けて少しして出現した入り口と同じ様相の異空間への入り口に手を当て、全員ギルドホームへと帰還したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第200話『遠征』