第198話 ダンジョン探索――中腹まで――
カイト達が触れて、異空間の入り口がうごめいて光が収まった後、一同は見知らぬ建物の前に居た。
「……でか!」
全員が圧倒される中、声を上げたのはソラである。カイトとユリィが調べた所では、総階数上に5階、横500メートル、奥行き200メートルと言った所であった。尚、1階の高さも10メートルはあるので、高さ50メートルと言った所であった。
「よ、予想以上だったな。」
さすがにここまでの大きさを予想していなかった瞬も顔をひきつらせる。カイト達が一日に3周した、というのでもっと小さな建物を想像していたのであった。
「これ、本当に半日で終わるの?後、外でご飯食べるんじゃなかったの?」
同じく顔を引き攣らせた魅衣がカイトに問いかけた。昼食を草原で食べる、と言っていたので、外の草原と思っていたらしい。
「ん?終わるわけがないだろ。昼飯は中間点っぽい所に草原があるから、そこで食べるぞ。椿、お弁当はあるな?」
あっけらかんとそう言うカイト。カイトとユリィ、その二人であればこそ、この大きさでも半日足らずで3周を終わらせられるのであって、彼等では一日がかりである。
「はい、ご主人様。」
バケットを掲げ、カイトに寄り添う椿。どこか嬉しそうである。とは言え、それを知らされた一同は嫌そうに顔をしかめる。
「ええー……」
「まあ、頭数は揃えているから一人あたりのスタミナ消費はそこまで厳しくは無いさ。」
「これを踏破する、というだけでもかなりつらそうですわね。」
カイトの慰めに苦笑しながら、瑞樹が言う。
「か、壁跳んじゃ駄目なのか?」
「やってみれば?」
ユリィはニヤニヤしながら翔を見る。何が起こるかは既知なのであった。だから敢えてやってみれば、と言っているのである。
「……やっぱやめとくわ。」
ユリィが非常に楽しみにしているのを見た翔は提案を取り下げる。それにユリィは残念そうに口をとがらせた。
「あーあ、残念。頭打つ所見たかったのになー。」
「うおい!」
「楽は許さん、そういうことか。」
二人の会話を聞いていた瞬が、ため息混じりに呟く。それにカイトが頷いて、隊列を指示する。
「じゃあ、隊列組め。並びはオレ、ソラと翔が先頭。桜と凛、アルが真ん中、魅衣とユリィ、瑞樹は遊撃、ティナと先輩、ティーネは殿を頼む。椿はオレの側を離れるな。」
そうして、冒険部初の迷宮探索が開始されたのであった。
それから十数分後。カイト達は中に入って数部屋探索し終え、迷宮で初めて魔物に遭遇し戦闘を行っていた。とは言え、その戦闘はもう終盤で、魔物は残り一体となっていた。
「おっしゃ!これで終わり!」
そしてソラが最後の一体の止めを刺す。そうして振り向いて納刀し、立ち去ろうとした所で瞬が目ざとく何かが落ちた事に気づいた。
「……ん?何か落ちたぞ。」
「へ……なんだこれ?」
瞬の言葉にソラが振り向き、落ちていた小瓶を拾う。大きさは手のひら大であった。
「青色の液体?……おーい、カイト!こんなの落ちたぞ!」
少し離れたところで周囲の警戒をしていたカイトにソラが声をかけた。迷宮では戦闘に触発されて他の部屋から魔物が現れる可能性があるので、警戒を怠ることは出来ないのである。
「んー?ああ、回復薬か。お前も見たことあるだろ。」
「へ?……確かに、似てるけどよ……」
ソラが中身をよく見ると、中程度の品質の回復薬にそっくりであった。
「……先輩が丁度頬を怪我しているな。」
「ん?ああ、さっき攻撃を避けた際にカスってな。後で薬でもつけておく。」
「んじゃ、勿体無いけど此奴使おう。」
そう言ってカイトは小瓶の蓋を外し、有無を言わさず瞬の傷口に青色の液体をぶっかけた。回復薬の使い方は外傷ならばふりかけても使えるのである。
「うわ!……ん?」
液体がかかった瞬間、瞬は先ほどまでしていた頬の痛みが引いたことに気づいた。頬を撫ぜるも手に血がついていなかった。
「おい、凛。手鏡持ってないか?」
頬を確認してみようと、手鏡を持っているであろう妹に瞬が声をかけた。それに気づいた凛は瞬に近づく。
「はい。お兄ちゃん。どしたの?」
「いや、避けた時に怪我したんだが……ないな。あるか?」
「ううん。無いけど……」
瞬の頬を見て凛がそう言う。凛の見立てでも、顔に傷はなかった。
「まあ、こういうふうに何故か回復薬が落ちたりする。品質については今見たとおりだ。」
何か釈然としないものを感じながらも、二人は納得するしかない。現に落ちた以上、それに納得するしかなかった。
そうして、それ以降も何度か様々な道具のドロップを回収しながら、一同は中間点と言われた草原へとたどり着いた。そこには、オーガが一体、リザードが三体等、複数の魔物が屯していた。
「ここが、中間点と呼ばれるポイントだ。まあ、中~大規模な迷宮だと中間点があるのが普通だ。主に休憩やテントで寝る為の空間だ。周囲からの魔物の心配もなく、休むには持ってこいの場所だな。」
「いや、魔物居るぞ!」
そう言ってソラがオーガを指さす。まだ此方に気づいてはいない様子だが、何時襲いかかってきても不思議ではなかった。
「中に居ないとは言っていない。それに、大丈夫だ。部屋に入らない限りは気づかれん。この中間点だけは特殊な結界が敷かれているらしい。まあ、こっちも中に入れば外がわからなくなる、というデメリットもあるが、魔物は出入りできない結界になっている。」
「その代わり、強めの魔物が配置されている、ってわけね。」
武器を構えながら魅衣がそう言う。それに合わせて他の面子も武器を構えた。
「そういうこと。じゃあ、行くぞ!」
そう言ってカイトが先陣を切る。それに気づいた魔物の集団とカイト達の戦闘が開始されたのだった。
「ティナさん!」
ティーネの邀撃にオーガが怯む。それに合わせてティナが魔術を繰り出して仰け反らした。
「うむ!由利!」
「うん!はっ!」
「おっしゃあ!今だ!畳み掛けるぞ!」
「おう!」
そうして数人がかりでオーガを討伐している間、カイトとユリィが椿の援護に回っていた。
「あいにく椿に手を出されると困るんでな!あ、椿。お弁当は揺らさない様にな。攻撃については気にするな。怪我一つ負わさん。火の粉程度は飛ぶだろうが、魔術で落とせるか?」
「はい。ご主人様。その程度、どうということはありません。」
椿は完全に信頼した表情でカイトの言葉を受ける。そうして、椿には一切の攻撃を通さないように、カイトは周囲に屯するリザード亜種の攻撃を一手に引き受けていた。
「ほい、ほいっと。」
カイトが攻撃を引き付けている間に、ユリィが攻撃の隙を突いて討伐するのである。護衛対象が存在する場合の、この二人のいつもの戦闘パターンである。それはユリィが大きくなっても変わらなかった。結果、椿には血糊一つ付着することなく、リザード達は討伐される。
「これ、結構便利!さすがは女誑し先輩!」
凛が柄だけの蛇腹剣を振るい、剣の欠片を操作する。それに合わせて剣の欠片が縦横無尽に攻撃を繰り出す。
「じゃあ、もうちょっと手早くお願いできないかな!……瞬、今の敵を落として!」
「了解だ!」
そう言って凛の護衛に付いているアルが数体の飛行型の魔物からの攻撃を防ぐ。現在、凛の新技訓練としてアルが見守る中での戦闘であった。瞬は攻撃が届かない状況に追い込まれた場合に備え、上空高くの魔物を迎撃していた。部屋の内部は更に異空間化していたため、かなりの高さを誇っていたのである。
「この程度で男が音を上げないでください!」
「いや、結構キツイよ!」
数体掛かりで攻撃されるのを反撃すること無く、いなすのだ。大変なのは当たり前であった。尚、当然だがカイトからの命令でなければこんな手間の掛かることはしていない。
「カイト先輩はあんなに楽そうじゃないですか!」
「あっちは別だよ!」
「お前ら仲いいな。……はぁ!」
そう言って気楽に会話をしながら戦う一条兄妹とアル。一方、残る桜と瑞樹は珍しくこの二人で戦闘を行っていた。
「っと、危ないですわね!」
瑞樹がゴブリンの進化種からの攻撃を回避する。
「瑞樹ちゃん、大丈夫ですか!」
瑞樹を攻撃したゴブリンに対して、攻撃を繰り出して間合いを遠ざける。薙刀の石突きがあたったゴブリンが苦悶の声を上げ、吹き飛ばされた。
「ええ!たあ!」
そうして間合いが離れたゴブリンに対して肉薄し、攻撃を繰り出して討伐する。そうして一体を討伐し終え、次の一体に取り掛かる。そうして、十数分後、全員が各々の相手を討伐し終えた。
「ふう……」
そう言って誰かが深呼吸をした。
「全員、怪我はないな。」
「少し掠った。」
そう言って翔が脇腹を指差す。見れば脇腹の部分が少しだけ、赤黒く腫れていた。大事は無いだろうが、それでも怪我は怪我だ。
「ほらよ。」
それを見た瞬が手持ちの傷薬を投げ渡す。
「あ、すんません。っつ!」
渡された回復薬の小瓶の蓋を開け、一気に飲み干す。内傷にはふりかけても効果が今ひとつなので、飲んだ方が効果が高いのである。それ故回復薬は飲んでも身体に中毒性等の影響の無い薬品で出来ていた。
尚、なるべく回復系統の魔術を使用しないのは、カイトとティナ達、本来は居ないはずの面子しか使用出来ないためである。もし彼等だけになった場合に備えての訓練であった。
「他は?」
「瑞樹ちゃんが……」
「あ!桜さん!」
少しだけ恥ずかしそうに瑞樹がそっぽを向く。
「ん?何処だ?」
「えっと、その少し敵の攻撃を躱した時に……」
そう言って少しスカートの裾を上げる。見れば、かなり際どい場所に一筋の切り傷がついていた。スカートに手がかけられた時点で男性陣は全員――カイトを除く――目をそらした。
「ああ、そこか。相手はあいつだったから……毒はないな。ちょっと待ってろ。」
そう言ってカイトは小瓶を取り出し、瑞樹に手渡す。此方は塗り薬のタイプの回復薬だ。衣服を濡らしたくない場合などによく使われる物だった。と、そんなカイトに桜が呆れ顔で告げる。
「カイトくん、ちょっとは恥ずかしがりましょう。」
「ん?」
かなり際どい部分、というか若干下着も見える位置だったのだが、カイトは一切恥ずかしがらずに判断していた。それに桜や魅衣といった女性陣が少し呆れていた。かなり手慣れた様子であったのだ。
「ぁん……冷たいですわね……」
嬌声に近い声を上げながら、瑞樹は傷口に傷薬を塗る。
「ありがとうございます。」
塗り終えた瑞樹はカイトに礼を言う。カイトは使用した小瓶を受け取り、再び異空間へと収納した。塗り薬タイプの回復薬は一度で全てを使い終える事が稀なので、まだ使えるのだ。
「さて、飯食って残り半分を踏破するか。椿、昼飯の用意を頼む。」
「はい。」
椿はカイトに指示されて持ってきていたピクニック用の一式を使い昼食を食べられる様にすると、中心に弁当箱を降ろした。
「一応戦闘等があるかと思いましたので、軽めの物にしました。サンドイッチ半分とおにぎり系が半分です。」
蓋を開いて椿が解説する。
「お飲み物はベリー系のミックスジュースとお茶、お水の三種類を用意しました。コップは此方に。人数分しかございませんので、別の種類がご入用でしたら、その都度水魔術などで洗浄を行いますので、おっしゃってください。」
「ふーん……まあ、取り敢えずは、頂きます。」
「頂きます。」
そうして、一同は全員で揃って昼食を食べ始める。だが全員が食事を口に運んで、目を見開いた。
「うめぇ!」
「だろ?」
概ね同様の評価をする一同に、上機嫌でカイトが笑みを浮かべた。その様子に、椿も嬉しそうである。
「ありがとうございます。」
少し照れた様子で椿がお礼を言って頭を下げた。尚、カイトの意向で椿も一緒に昼食を食べている。
「うむ……何時食べても・んぐ・・椿のご飯は……うまいの。あ、次はそれじゃ。」
時折夜食を椿に頼んでいるティナが口におにぎりを頬張りながらしゃべり、カイトに注意される。
「せめて食べ終わってから喋れ。」
「これ、味付けは何使ってるのー?」
料理関係には一家言ある由利がサンドイッチに使われている味付けに興味を覚えたらしい。由利の問い掛けに、椿は由利の食べているサンドイッチを見て答えた。
「ええと、それは……確かクーラと言う香辛料を使用してます。」
「それ?じゃあ他のには別の調味料を使ってるのー?」
あえて由利の持っていたサンドイッチに限定して答えたので由利が更に問いかける。
「はい。ご主人様の食べているサンドイッチには三種類の香辛料をブレンドした物を。他にもティーネ様のものには魚介系の具材ですので、あっさりめのドレッシングを使用しています。それ以外にも……」
そうして、全員が和やかに会話を楽しみつつ、椿の作った昼食を楽しむのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第199話『ダンジョン探索』