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第193話 学園公表

 次回の断章を作り始めました。投稿開始についてはまた後日通知します。

 学園で農園の開拓が行われる前日の朝。公爵邸は慌ただしく動いていた。それもそのはずで、今日の昼から行われる会見に備えての準備が大急ぎで行われていたのだ。


「はーい、皆注目してくださいねー。」


 公爵家が有する綺麗なメイド達と執事達がユハラの前で整列する。


「これから皇帝陛下が公爵邸に来られます。ですが、決して何か不備の無い様に。後、別に緊張する必要は無いですよー?なにせ、この家は大精霊様がべったべったと触りまくった道具が山ほど転がってますからねー。それと同じ扱いをすればいいですよー。」


 初めて皇帝へと会うということで緊張している従者達が少なくなく、それに向けてユハラが叱咤激励らしい言葉を送る。まあ、若干不敬だが、大精霊の方が上なのは確かなので反応しにくかった。

 ちなみに、大精霊達が触ったと確認されれば、その物はどんな安物でも国宝級の扱いがされる。なのでこの言葉は普段の一同の仕事への気の引き締めにしかならず、ユハラが狙った緊張をほぐす事にはならなかった。


「まあ、警備は近衛兵団の皆さんが、奉仕にしても専属の執事さんがやるらしいんで、あまり近づかないだけでいいですよ。」


 そうして緊張がほぐれぬ面々を見て、ユハラが結論を告げる。そもそも皇帝への対処は自分達最古参の面々の仕事だ。まあ、要は仕事の邪魔だから引っ込んでろという事なのだが。


「じゃあ、解散。」


 その後も幾つかの事務連絡の後、ユハラが解散を命ずる。それと同時に、胸ポケットから通信用の魔道具を取り出し、兄を呼び出す。


「そっちどう?」

『昨日のウチに天桜の校長を連れて来ておいてよかった。急に皇帝が来て会見を開くとなって、街は大騒ぎだ。馬車は通りにくそうだな。』


 コフルが街の喧騒を見ながら告げる。彼が桜田校長や桜達を連れて来る手筈になっていたのだ。桜達自力で街まで来れる面々は別だが、桜田校長や教頭は馬車でないと街まで来ることは出来ない。それ故、この事態を予想して昨日のウチに密かに二人を街に入れていたのだった。

 ちなみに、皇帝が今日来る事を伝えていなかったのには理由がある。今日ここで会見を開く事を公にしておけば、各種密偵が公爵領内に入り込む。現在、公爵家側は皇帝への対応で忙しいので、学園の警備は疎かになっている。そうなれば、学園の警備が手薄な現状では万が一もあり得たからだ。それ故、直前まで皇帝が来る事を通達せず、公爵邸で会見を開くとだけ通知していたのだった。


「じゃ、早くねー。」

『はいはい。』


 向こうの現状を確認して、ユハラも自分の仕事に取り掛かる。そうして暫くした所で、メイドの一人から桜達がやって来た事が報告される。


「はいはーい、っと。皆さん、お久しぶりです。桜ちゃんも久しぶりー。」

「お久しぶりです、ユハラさん。」


 ユハラが桜にだけ別に挨拶したのは、彼女と桜の関係性からだ。二人共、カイトの彼女という関係だ。それ故、桜とユハラは人一倍関係が深かったのである。


「して、皇帝陛下は……?」

「陛下はまだ来てらっしゃいません。」


 桜田校長の問い掛けに、ユハラが答える。それに、ほっと一同が息を吐いた。


「まあ、皆さんもそれまでの間、ゆっくりとくつろいでくださいね。」


 そう言って、ユハラは再び仕事に戻っていった。桜が居るので出迎えはしたものの、一番忙しいのは全ての使用人を取りまとめる彼女と、公爵代行のクズハ、その調整を行うフィーネだ。こんな所でのんびりと雑談をしては居られなかった。


「どんなお方なのでしょう……」

「写真ではかなりの偉丈夫であるとお見受けしたが……」


 教頭の疑問に、桜田校長が答える。とは言え、分かるのはそれぐらいだった。


「ふむ……さすがに緊張する。」

「ええ……」


 一方の瞬と桜は、さすがに一国の王との会合に珍しく緊張を滲ませていた。世界有数の企業の令嬢として日本の大臣やそれこそ内閣総理大臣、天皇とも会っているであろう桜が緊張しているのは珍しい様に思えるが、当たり前だった。

 如何に桜と言えど、実態としては十代半ばの少女だ。彼女が会っているのは、大抵は自分の祖父や父のお付きとして、だ。それ故、会話はこの二人がメインだった。

 だが、この場では場合によってはメインで話さなければならないかもしれないのである。緊張するのは当然であった。


「皇帝陛下が飛空艇の発着場に降りられました。もう暫くすると、此方に来られます。」


 少し緊張した様子で、メイドが四人に告げる。早めに通達してくれたのは、身だしなみチェックや心構えが要るだろうと思ったからだ。服装は教師二人は礼服で、桜と瞬は学生服だ。

 桜と瞬の二人は学生服に久しぶりに袖を通すので若干着心地に違和感を感じたが、その違和感が品質の良さに起因する物だと気づいて苦笑するしか無かった。そして一同が身だしなみを整えて暫く。再びメイドがやって来た。


「陛下が来られました。陛下のご用意が出来ましたらお呼び致しますので、少々お待ちください。」


 それを告げると、少し慌ただしく再度メイドは去って行くのであった。


「くれぐれも、ご無礼の無い様に。」


 桜田校長が念の為に一同に言い含める。だが、この場に居る面々はそれを理解している面々だ。なので緊張はするが、それを理解して、謁見に備えるのだった。




 一方、その頃。現皇帝レオンハルトは来客用として与えられた個室にてくつろいでいた。


「陛下、警備の方は滞り無く。」

「そうか。此方は何時でも良い。」


 連れて来た老執事が、公爵家側と自分達が連れて来た警備兵達の報告を皇帝レオンハルトへと報告する。それを受けて、皇帝レオンハルトが準備が出来ている事を伝える。

 そんな彼だが、かなり上機嫌だ。というのも、この客室は実を言うと第15代皇帝ウィルが使った――勝手に占拠したとも言う――部屋だからだ。英雄が使った部屋に泊まれて、年甲斐もなく機嫌を良くしていたのであった。


「ヴァルハイトからは連絡があったか?」

「いえ、大した事は何も。」

「大したことは、か。」

「はい、大したことは。」


 柔和な笑みを浮かべる老執事の言葉に、皇帝レオンハルトは楽しそうな笑みを浮かべる。大したことは言っていなかっただけで、連絡はあったのだ。そして連絡内容はだいたい想像が出来ているので、老執事は大したことは言っていないと報告したのである。


「大方要らぬ事はしない様に、ということだろう。」

「左様で。」

「要らぬ事も何も、俺がその策を打っているんだがな……」


 皇帝レオンハルトが溜め息を吐いた。確かに、カイトとの遭遇に期待が無かったわけではない。だが、提出された名簿に記された謁見予定者の役職は自分に謁見を望むのに正しい地位に居る者達だった。幾ら学園の運営に多大な影響を与えているとは言え、学園として見れば一部活の部長に過ぎぬカイトが謁見の場に居合わせるのはどう考えても可怪しいだろう。

 そこを押すつもりは皇帝レオンハルト側にも無いし、そんな強引な手段でせっかくの密かな遊びに決着を着けるつもりは無かった。

 何しろ皇族特有の特殊な力を使えば、逢えれば確実にカイトが勇者であるか否かを判別出来るのだ。それは簡単すぎたし、皇族特有の力を知るカイトが自分の前にのこのこと現れるとは思わない。


「まだ、今は気付かれるには早い。」


 皇帝レオンハルトが呟いた。まだ、カイトの正体についての地盤固めをしているところだ。動くにしても、大々的には動かない。安易に動いて、いらぬ密偵達にこの一件を嗅ぎ付けられるのは避けたかった。


「まあ、会ってみたいのは会ってみたかったがな。」


 皇帝レオンハルトは苦笑に近い笑みを浮かべる。と、言うのも皇帝レオンハルトとて学園の周辺や公爵邸に密偵を放っている。

 まあ、公爵邸に放っている密偵は少しずつ公爵家側に取り込まれている様な気もしないでもないが、それ故に得られる情報も大きい。

 とは言え、当人にしても先ほど平然と自分の部屋に来て挨拶して、その際に報告書を置いて行ったのは葦として良いのだろうか、とも思わないでもない。


「……む?」


 そうして件の葦から受けた報告書を平然と読んでいたのだが、そこに一つ興味深い記述を発見する。なんだかんだで取り込まれかけては居るが、それでも仕事はきちんとこなしているのだ。それは密かに潜入した元魔王の研究所での報告書だった。


「新しくエリアが増えていた……?」


 この報告書は、彼の有能さを示す物だ。それ故に、葦とバレていても、若干遊ばされているとわかっていても、彼を長年ここに配置している理由だった。

 この記述に書かれている新エリアについては、実は一切聞かされていないのだ。それを超常の腕前のコフルやステラが歩きまわる中で発見出来たのは、ひとえに彼の腕前であればこそ、だった。


「使い魔の実験か……?」


 報告書には、大きめのカプセルに入れられた少女の様な姿が微かに写り込んでいた。だが、これ以上の詳細は書かれていなかった。彼をもってしても警備が厳重過ぎて、これ以上近づくことは出来なかったらしい。詳細を得るなら専門の人員が要るのだろう。だが、それをやるのは悪手過ぎる。

 なにせ、安易に人を送り込んでも出て来れないのだ。特に研究職では腕前が足りず、単独潜入からの脱出は不可能だろう。送り込んでも見つかるだけだ。


「さて……この可能性も考慮には入れていたが……」


 皇帝レオンハルトは深く考えこむ。ティナの研究エリアは所謂ブラックボックスの塊だ。それ故新エリアは見つかる事はあっても、新規作成はあり得ない。それこそ、伝説の元魔王(ティナ)勇者の義姉(アウラ)でない限りは、だ。

 だが、ここでアウラの方は消息が掴めたのなら、隠す必要は無い。それこそ仕事が楽になるし、経済的にも大活性が見込めるからだ。なので、必然新規で出来たエリアなら、ティナの方になる。そして、気になるのはもうひとつ。


「研究所から出向している研究者達はこの新規エリアについて聞いているか?」

「……どうでしょう……報告書には上がっていなかったと記憶していますが……」


 皇帝レオンハルトは報告書の一部を指さして、老執事に告げる。だが、彼も記憶を辿って首を振る。それを受けて、暫く皇帝レオンハルトは目を閉じる。


「策を練り直すか……」

「承知致しました。」


 目を閉じた皇帝レオンハルトを受けて、老執事は口を閉ざす。カイトだけならば、という場合と、ティナが居た場合とでは策を分けていたのだ。それ故に、彼は策の練り直しを思考する。だが、それも直ぐに終わる。書類仕事の途中だったし、天桜の四人が来たからだ。


「レオンハルト陛下、天桜学園の方々が来られました。」

「そうか、入れ。」


 さすがに正式な謁見では無いので、此方が気張ることは無い。単なる顔合わせにすぎないのだ。正式なお礼や謁見はまた別の機会に、だろう。


「失礼致します、陛下。」


 メイドが四人を連れて室内に入ってくる。そうして連れられて入ってきた四人が見たのは、獅子の様な偉丈夫だった。だが随分とリラックスしているらしく、圧倒感は少なかった。


「天桜学園校長、桜田 尊です。」


 桜田校長の自己紹介に続いて、一同が挨拶を行う。


「ああ。第24代皇帝レオンハルトだ。このような場で失礼したな。」


 皇帝レオンハルトは小さく笑う。報告書を手に持ったままだし、仕事が忙しいらしく、書類の山が机の上に置かれていた。そうして、桜田校長達天桜学園側が深々と頭を下げる。


「陛下、これまでの支援、感謝致します。」

「いや、我らは受けた恩をわずかながらに返しているまでの事。勇者カイトから受けた恩のな。」


 桜田校長の感謝に、書類から目を上げて皇帝レオンハルトが返す。そう、亡国寸前の国と数多国々を救われたのだ。確かに謙遜も含んでいるが、たかだか数百人を救った所で恩を返した事にはならなかったと考えたのである。


「それでも、感謝しています。」

「受け取っておく。ふむ……確か瞬だったな。」

「はい。」


 そうして感謝を受け取った皇帝レオンハルトだが、そこでふと瞬に目を向ける。時間が無いので本来ならば顔見せで終わりだったのだが、何かが気にかかったらしい。


「君は槍使いか?」

「?はい、そうですが……」


 皇帝レオンハルトの言葉に、瞬が首を傾げる。ちなみに言うが、皇帝レオンハルトは一度も瞬の武芸について聞いたことは無い。本人が望めばともかく、そもそも皇帝にまであげる様な情報では無いからだ。身のこなし等から瞬の獲物を見て取ったのだった。


「槍を投げるにしても、筋肉が上半身に付きすぎている。もっと下半身に重点を置け。投槍にしてもジャンプを使った方が、天高くから落下の力も利用した投槍を行う事が出来る。地上からの投槍はおまけ程度に考えよ。」

「あ……はい、有難う御座います。」


 皇帝レオンハルトは瞬の筋肉の付き方などから、彼の問題点を指摘し、それを受けた瞬がはっと気づいて頭を下げた。どうやら皇帝レオンハルトは噂に違わぬ武芸者らしい。

 瞬は元々陸上の投槍の選手だ。それ故、上半身の筋肉の付き方は生半可では無く、槍を使った戦いでも腕力を利用した戦い方が多い。一応リィルからも指摘されていたのだが、彼女も脳筋系の為、若干説明は得意では無い。なのでいまいち改善がされていなかったのだが、今の説明で瞬も自分の筋肉の付き方の歪さに気づいたのだ。


「うむ。何時か君と戦える日を、俺も心待ちにしておこう。」

「はい。」

「陛下、お時間がありませんので、この辺で……」

「ああ、すまん。もう下がって良い。」

「有難う御座います。」


 そうして、皇帝レオンハルトは仕事に戻り、四人は部屋に戻っていくのであった。




 それから、数十分後。公爵邸にある一際大きな部屋に、皇帝レオンハルトとクズハ、ユリィの三人は居た。まだ天桜学園の四人は入っていない。今入れてもそちらに疑問が飛ぶからだ。


「さて、皆さん、お時間になりましたので、会見を始めます。」


 そうして時間を確認して、クズハが声を上げる。会見が始まり、天桜学園の事について通達が為されていく。

 当たり前だが、それは驚きを持って受け入れられた。始めは皇帝が居るにも関わらず、無遠慮に質問を飛ばす者が少なからず居た程だ。それぐらい、混乱していた。そうして桜達も入って会見は続いていく。


「では、勇者カイトについてはわからず、と?」

「はい、そうなります。」

「私達も勇者カイトという名は、此方に来て初めて知りました。」

「余も保証しよう。確かに、勇者カイトはまだ判明していない。」


 記者の質問に、クズハ、桜、皇帝レオンハルトが答える。桜達が入って尚、飛ぶのはカイトへの質問だ。それぐらいに、勇者カイトの名は大きい。それこそ、この会見の詳細が伏された理由の一つが『カイトの帰還』について調べようと、他大陸からさえ密偵が入り込むであろう事を予想したが故にであるぐらいには、名は大きいのだ。

 民としては、喜べる。だが国としては、非常に頭が痛い。それが、勇者カイトという存在だった。


「余はかつて国を救われた者の子孫の一人として、彼らを保護することとする。これは余の願いであると同時に、かつて失意の内に亡くなられた第15代ウィスタリアス陛下の無念に報いる物でもあり、我らの強欲によって無念の中去られた勇者カイトに対する贖罪である。それ故、この決定は皇国の総意である。」


 最後に皇帝レオンハルトが天桜学園の保護を宣言する。そうして、エネフィアで天桜学園の存在は公表され、エネフィア全土が俄に活性化するのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第194話『支援人員』


 2016年9月5日 追加

・誤字修正

 『答える』が『堪える』になっていた所を修正しました。

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