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第192話 農園開拓中

 昨日はすいませんでした。日が変わって直ぐに気づいて191話を投稿していますので、もしお読みで無い場合は先にそちらをお読みください。

 学園に展開している各種の結界の再調整が行われて一日。再調整した結界は殆どなんの問題も見せず、経過観察の結果も良好として、今日から本格的に農業が開始させる事になったのである。


「……」

「……」


 そうして、学園に残り農業を営むと決めた生徒達100名程度の前に、無言の鬼が立っていた。鬼といっても赤黒い肌を持った牙の生えた鬼というわけではなく、実際には鬼の様な角が生えた大男が居るだけである。肌は実際には普通に人間と同じ色をしている。無口で仏頂面を浮かべる彼を言い表すならば、鬼と言うだけだ。


「……」

「……あの。」

「なんだ。」


 ぎょろり。そんな擬音が似合うぐらいに大きく厳つい眼が声のする方向を見据える。そのまさに鬼の様相に、誰も何も言えず、口を閉ざした。


「……」

「……」


 再び下りる沈黙。誰も言葉を発する事が出来ぬまま、数分が更に経過する。そこに来たのは、ティナであった。


「……いい加減にせい。全員揃っておる。」

「……何?」


 ティナの言葉に、鬼がきょとん、と首を傾げる。その姿には何故か、何処か愛嬌があった。


「これで全員……か?」

「そうじゃと言うておろう。」

「……そうか。始めよう。では、付いて来い。」


 そう言って歩き始める鬼に対して、再びティナから叱責が飛んだ。


「その前に自己紹介をせんか!」

「……していなかったか。俺はブレム。では、行くぞ。」

「もう少し詳しく自己紹介せんか!」

「……年は320歳ぐらいだ。詳しくは知らん。家族は妹が居るだけだ。」

「補足しておくと、知らぬのは孤児じゃからじゃ。」


 300年前といえば、大戦真っ只中だ。この年代ならば別に孤児は珍しくなかった。そうして歩き始めようとしたブレムに、溜め息とともに三度叱責が飛ぶ。


「では」

「……育てている作物は?」

「コメとレンコン等だ。水に関係が深い物を主に育てている。」

「……あ、はい。」


 どうやら鬼は厳ついのは見た目だけらしい。何処か気の抜けた遣り取りとともに、今度こそブレムが歩き始める。ちなみに、ティナが来たのはこの状況が容易に想定出来たからだ。そうして、田園予定地として設定された。


「田園ということで、まず気をつけるべきは水はけだ。水については近くに湖がある。そこから引け。」


 当然だが、田んぼを耕しても水はけが良すぎると水が直ぐに抜けてしまう。なので、適度に水はけが悪く無いといけないのだ。土地によっては人為的に水はけを悪くする等の処置が取られる場合も多い。まあ、その分、湖の近くということで、水はけはそれなりに悪い学園周辺は悪くはないだろう。

 そうして、テクテクとブレムは歩いて行き、学園から少し離れた場所に移動すると、そこでじーっと地面を観察する。そして何を思ったのか、彼は無言で幾つかの場所を観察していく。そうしてふと、ある場所で立ち止まった。


「……」


 ブレムは無言で大きく息を吸い込んで、両腕を上に持ち上げる。


「ずおりゃあ!」


 気合を入れた掛け声とともに、ブレムは地面に両腕を振り下ろす。手は貫手だ。そうして深々と地面に腕を突き刺すと、今度は再び大声とともに、地面を10メートル四方程くり抜いた。深さは何らかの(スキル)を併用したからなのか、此方は5メートル程も掘れていた。

 そうして、ブレムはくり抜いた地面を少し離れた所まで持って行き、そこに下ろす。


「……」


 ただ黙々と作業を行うブレムに、生徒たちは唖然と何も言えない状態が続く。


「田植えには問題無い。では、同じように」

「それ以前に説明せんか!」


 一人黙々と作業を行い、一人勝手に納得したブラムに、ティナが助走をつけて勢い良くジャンプして頭を叩いた。スパン、と心地よい快音が鳴り響き、ティナが怒鳴った。


「お主はいい加減に言葉をしゃべれ!唖者ではあるまい!妹はここにおらんのじゃから、お主が喋らぬか!」

「……む。全く説明していなかったか。失礼した。というより、ティナ殿。助走を付けられると痛いのだが。」

「お主がいい加減に口に出すのを忘れるその癖を直せばな!」

「出していなかったか……」

「もうよい……説明を再開せよ。」


 何処か疲れたティナの言葉を受けてブレムは気を取り直して、説明を開始する。ちなみに、彼は説明をしていたつもりだったらしい。声に出すのを忘れていただけだそうだ。


「今、地質を見ていた。やり方は簡単だ。ただ単に貫手で地面を5メートル程くり抜けばいい。さぁ、やってみろ。」

「……はい?」


 ブレムの言葉に、全員が唖然と首を傾げる。今確かに、彼はやってみろ、と言わなかったか。誰もが耳を疑ったのである。そうして戦慄となる生徒たちを前に、ブレムも一緒に首を傾げる。


「どうした?」

「お主な……農家は普通はそんな事は出来ぬからな?」

「……そうだった。」


 これが異世界の農家の常識か、と戦慄となる生徒達を前に、ブレムがはっと気付く。ここまでで分かるだろうが、彼は農家としては優秀なのだが、色々と頭から抜け落ちる事が多い。その点が、難点だったのである。

 まあ、普段は彼の妹が口下手かつ抜けた彼の補佐をするので大した問題は無いのだが、居ない場所では意図が伝わらなかったり、誤解されたりとなかなかに問題だった。


「……」

「何を考えておる。」

「初手で躓いた。」

「おい……」


 ブレムの言葉に、ティナがたたらを踏む。当たり前だが、まさかそんな基本的な事で躓くとは思っていなかったのだ。


「あのー……」


 そんな二人に、生徒の一人がおずおずと挙手する。


「なんじゃ?」

「ボーリング調査とかじゃダメなんですか?」

「おお、それで良いな……機材があればのう。」

「あの……運び込まれた機材にあったんじゃ……」

「何?」


 生徒の言葉に、ティナがリストを確認する。すると確かに、納品されたリストの中には確かにボーリング調査用機材一式が含まれていた。ティナ自身はリストを作っていないし、農園開拓の事はブレムに一任していたので考えていなかった。なので、誰が含めたのか、と考えを巡らせると、一人、該当する人物が居た。


「誰が……おぉ、椿か。では、これを使う事にしよう。」


 そうして一度講習を中断し、ボーリング調査用の機材を持ってくる。ちなみに、ボーリング調査といっても地球の様に大規模な機材を使って穴を掘って調査するわけではない。土属性の魔術で地面をくり抜くのだ。なので、実際の機材は杖状の魔道具であった。


「では……」


 ぽーん、という澄んだ音が響いて、魔道具が起動する。設定はブレムが告げた様に5メートルだ。穴の径はおよそ30センチ。ちなみに、使用者はティナにこの魔道具の存在を告げた生徒だ。ティナは実際に農業をすることは無いので、でしゃばるつもりは無かった。


「おぉー!」


 生徒たちの歓声が上がる。魔道具の起動に合わせて、ゆっくりと地面が隆起していく。そうして、ブレムが今度はきちんと説明を行う。


「地質を見ればわかるが、若干湿気を含んだ地質が多い。地表の雑草の除去等をすることになるが、地面を耕しても問題は無い地質だ。」


 今度はどうやら説明を忘れなかったらしい。そうして尚も説明を続けていき、地面の隆起が終わる。ブレムはどうやら地層事に説明を行っていき、どういうふうな地層ならどういう作物が育つのかを説明していくつもりだった様で、一度説明を始めれば流れるように情報を開示していく。


「では、スイッチを切り替えて、地面を元に戻せ。」

「はい。」


ブレムの指示に従って生徒の一人が魔道具を操作して、隆起した地面を元通りに沈めていく。するとものの数分で、元通りに地面が平になった。繋ぎ目は無く、後で見直した所で、もうどこの地面が隆起していたのかはわからないだろう。


「では、次の場所だ。」


 そうして、数度同じ様に場所を替えて地面を隆起させてブレムが説明を行っていく。そうして地質を調査してわかったのは、学園の周辺は湖畔ということで地面がかなり湿気を含んでいるということだ。まあ、同時に土に含まれる栄養も豊富だったらしいので、農作業としては問題は少ないらしい。


「取り敢えずは生産性の高い芋や米をメインにして育てていくといい。少し慣れてくれば農地を休ませる事を考えて白詰草等作り始めると尚良い。」


 詳しい説明は省くが白詰草は地中の窒素を固定させるのに役に立つし、育てば家畜の飼料としても役に立つ。おまけに種にしても学園周辺の草原地帯には白詰草が自生しているため公爵領でも安価で広く流通しており、入手に困る物ではない。一応若葉が食べられるらしいので農作業の合間に食材として育てる事も出来るし、少し貯蓄をしておけば今後酪農も考えている学園にとって、非常に有り難い物であった。

 ちなみに、白詰草の詰草とは地球で昔は梱包材代わりに使用されていた事に由来するのだが、エネフィアでは今でも時折梱包材代わりに使用される事がある為、キロ単位でなら取引することも出来る。


「今の時期だとじゃがいもから始めると手頃だ。今季中に4回程なら収穫できるだろう。間に白詰草を栽培する事も忘れるな。キャベツもあるが、あれは難しいからやめておけ。育てるなら、農業知識が備わり始めた来年だ。他に根菜類でにんじんも悪くは無い。夏も10月頃になれば、白菜に手を出してみるのも悪くは無いだろう。ネギと玉ねぎも同じような時期で考えると良い。ネギ……そういえば、一つ良いか?」


 そうしてふと、ブレムが何かを思い出したらしい。彼は不思議そうな顔で首を傾げていた。


「日本では何故ネギを植え直すんだ?」

「……はい?」

「いや、カイトの奴がネギの根っこを水に浸してたんだが……日本の風習か?」

「……は?」


 天桜学園の生徒がカイトと言われて出て来るのは、冒険部トップのカイトだ。彼が何故ネギの根っこの部分にそんな事をしているのか、と問われて全員がきょとん、と首を傾げる。彼がそんなことをしている所なぞ一度も見たことが無かったのだ。


「いや、300年程前にまだここら一体が荒れ地だった頃の話だ。カイトの奴がふらー、とやって来てネギの根っこを水に浸けておけばまた生えてくるぞ、と言われて試しにやったんだが……確かに生えた。何故こんな事を知っているんだ?」


 このブレムの言葉で、ようやく全員が件の『カイト』が『勇者カイト』である事を把握する。まあ、同一人物だが。


「……もしかして、勇者カイトって……大阪出身?」

「じゃね?そんな事平然と出て来るのって……」

「な、なんか身近だ……」


 勇者の姿絵等は一切が秘されているので理解できない一同だが、謳われる勇者が日本でも大阪ぐらいでしかやってないであろう風習をやっている姿を想像して苦笑する。そんな生徒達の姿を見て、ブレムが問い掛ける。

 ちなみに、カイトがそんな事をしたのにはきちんと理由がある。当時はまだマクスウェルは開拓真っ盛りだ。それ故、農業についても様々な支援があったのだが、開発途上だった。故に生産性は今よりも格段に悪く、少しでも使える物は再利用しようと旅の知識をフル活用していたのである。ちなみに、旅の最中では非常食として色々な作物と一緒に時の第一皇子(ウィル)が育てていたのは秘密である。


「何だ、日本の知識では無いのか?」

「あー、いや、えと……一応日本なんですけど、日本でもほんとに極一部でだけ使われている風習と言うか……」

「ああ、やはりあいつが可怪しいだけか。まあ、他の日本人が知らないなら、そうだろうな。」


 どう答えれば良いのかわからない生徒たちを前にブレムが勝手に判断して勝手に苦笑する。そんな様子に、生徒の一人が少しだけ興味深げに問い掛けた。


「あの……もしかして勇者様と知り合いなんですか?」

「……ん、まあ、なんだ。奴が傭兵をやっていた頃の部隊仲間でな。その後無冠の部隊(ノー・オーダーズ)結成で……と、まあ、そんなことはどうでもいい。農業の説明に戻ろう。」

「え、あ、はい。」


 強引に切り上げたブレムに生徒たちは興味を持つが、ここまで強引に話を逸らされては聞けなくなる。その後は、ブレムは言葉通りに幾つもの注意事項や必要な道具等を説明し、使い方を教えていく。そうして、ブレム支援の下、学園では農園の開拓が始まったのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第193話『学園公表』

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