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第189話 復活――初代村正――

 一同が駆けつけ3杯とばかりに何杯か飲んだ後、双子が切り出した。


「それで、一体なんのお話だったのですか?」


 二人が入ってきた時は明らかに重苦しい雰囲気が漂っていた。その後、酒を飲んで多少は重苦しい雰囲気が紛れたので、事情を知らない二人が問うたのであった。


「槐の事じゃ。」

「ああ、なるほど。御館様には我が家の恥を晒すようで、申し訳ありません。」


 燈火の言に全てを察した双子が同時にカイトに頭を下げる。それに、カイトが頭を振る。


「いや、もともと家族の様なもんだ。気にすんな……で、二人に何か問題はないか?」

「はい。幸い何ら害なく、事が発覚致しましたので……」



 カイトは二人をじっくりと観察して確かに何ら問題無い事を認識すると頷いた。


「そうか……それで、爺が珍しく落ち込んでる、と言うわけか。」

「つーこった……今じゃ完全に弟子の育成ばっかやってやがる。」

「腕は落とさん様に鍛錬は欠かせておらぬ。老兵はただ去りゆくのみじゃて……おお、そうじゃ。お主、桔梗と撫子を娶らんか?」

「ふぇ?」


 何処か精細さを欠いた海棠翁が告げた孫娘との縁談に、カイトがきょとんとなり、危うく酒を零しそうになった。


「何言ってんだ?」


 カイトは顔だけでなく、言葉に出して問いかける。それに、海棠翁は少し真剣な顔で告げる。


「ふむ……昨今二人にも鍛冶は教えておるが……そのせいで女の喜びも知らぬ。幾度か縁談を薦めたのじゃが……お主を引き合いに首を縦に振りはせんのじゃ。」

「なんでオレだよ……」

「御館様が体の良い理由となるからです。御館様ほどの男子(おのこ)を引き合いに出せば、大抵の男は気後れして身を引きます故。ああ、御館様なら別に貰って頂いても構いません。それ以外の男に触れられるのはお断りですが。」


 シンクロした声でそう言われ、カイトは肩を落とした。昔からそう言う風な事は言っていたが、まさかこの年になっても言っているとは思っていなかったのだ。そして、二人の父親こと竜胆に視線をやる。


「えー……お前もなんか言えよ。」

「あん?いいんじゃね?未だに生娘な二人をちょっと気にしてたくらいだし。お前なら仲間の娘に手を出しても、カイトだしで済むだろ。」


 竜胆は酒を飲みながらあっけらかんと言い放つ。


「いや、お前の娘だろ!つーか、なんだよ、オレだしって!」

「あーん?なにげに百合の基質あんじゃね、って噂されてんだ、ここらで男を宛がうのもいい……いっそお前相手なら跡目生まれりゃ最高位の力量はほぼ確だろ。当人がそれでいいなら最高じゃねえか。」

「オレは種馬か……にしても、爺さんらしくも無いな。」


 親友の一人の辛辣な言葉にカイトは溜め息を吐くも、嫌に精細さを欠いた老人と化している海棠翁に物足りなさを感じる。普通ならここらへんで茶化すか孫はやらんなぞ言いそうなものだが、今回は海棠翁が縁談を薦めてきたのであった。門番の言っている意味が事ここに来て真剣に理解できた。張り合いが無いのだ。


「とりあえず、爺さん。仕事の依頼だ。」


 そう言ってカイトは再び大剣を取り出して、海棠翁に差し出した。


「……竜殺しか。」


 大剣を見て少しだけ往年の風格が現れる。やはり武器を見て風格を取り戻す辺り、彼は根っからの刀匠なのだろう。


「ああ。こいつを少々打ち直して欲しくてな。」

「気が乗らん。」

「さっきからそればっかじゃん。一回打てば変わんじゃね?」

「だからその気が起きんというておる。満足のいく作を打ってしまった時点で、儂は終わっておった。職人、満足した時点で終わりじゃ。」

「さっきから満足満足って……あの程度で、か?」


 呆れた様子で、カイトはそう言う。曰く付きの武器を見せても駄目となれば、後は発破を掛けるだけだと判断したのだ。まあ、そう言うのにもきちんと理由はあるのだが。

 その言葉に、反応に海棠は少しだけ反応する。自身の最高傑作があの程度、と評されたのだ。当然といえば当然と言えた。尚、さすがにこの言葉には竜胆も肝を冷やしたが、海棠翁は怒らなかった。


「そうは言われてものう。儂は儂が打てる最高の技術を費やした結果があの作じゃ。あれ以上の物は望めん。」


 しかし、爆発することは無く、海棠翁は尚も渋る。そこでカイトは切り札を一つ切った。


「おらよ。」

「なんじゃ。手紙か。」

「読め。」


 カイトに薦められて海棠は封書を開いた。そこには海棠翁にとって見知らぬ紙に、最も見慣れた、されどここ最近は全く見ることがかなわなかった懐かしい字が書かれていた。


「……兄者か。息災変わりなかったか?」

「元気元気。今も変わらず一日千打ちやってやがる。」

「そうか……ここに書かれている<<(おぼろ)>>とは?」

「ああ、それはこいつだ。」


 少し興味深げな海棠翁の視線を受け、カイトは<<(おぼろ)>>を取り出した。海棠はそれを手に取ると、鞘から抜き放ち、拵えなどを確認し始める。その目は真剣そのものである。その様子に、全員が少しの手応えを感じた。


「……儂の<<(かすみ)>>に似ておるな……当たり前か。刀身は……緋緋色金(ひひいろかね)じゃな。鞘は……何ぞ名のある霊木で拵えていよう。」


 ちなみに鞘は富士の樹海の中にある、魔術的に秘された場所にある霊木を使用している。分からないのは無理もない。


「さすがは兄者じゃ。儂と同等の作じゃて。」


 急に別れてより、久しく見なかった身内の無事に満足気に頷く。その顔は兄弟の無事を確認した安堵に溢れていた。まあ、同等と言うあたり、彼も兄に負けず劣らず負けず嫌いだった。


「あの爺さん、数少ない素材の中で腕は衰えるどころか逆に上がってやがった。材料が乏しければ腕で補うしかないじゃろ、とかなんとか……」

「ふむ……材料さえあれば今頃これ以上の作を打てておるか……一方の儂はここまで恵まれておりながら、なんとも無様なものよ……」


 海棠翁は昨今自分の打った刀を思い出す。どれもこれも、この<<<(おぼろ)>>どころか300年前に打った<<(かすみ)>>にさえ、遠く及ばぬ物ばかりであった。


「んじゃ、さっさと昔の爺さんに戻っておけ。今の爺さんは張り合いがない。」

「じゃがなあ……どうにも気が乗らん。儂も兄者もこれ以上の逸品なぞ最早あるまい。すでに神仙の域には到達しておる。目的が達せられたのじゃ。すでにその後は蛇足よ。」


 尚も渋る海棠に、カイト以外の面子が全員気落ちする。


「神仙の域、ねえ……」


 その言葉に、カイトは切り札をもう一つ切る。これは自分の武器としても切り札だし、今回の説得においても切り札だった。それは、武器を扱う者ならば、誰もが活目しなければならない物だった。


「ほれ。神仙の域の中でも更に最上位の奴だ……これをみて、まだそんな戯言を弄すか?」


 不敵な笑みを浮かべて、カイトは知恵の神エアより授けられた剣を座敷においた。その瞬間、カイトと既に見知っている月花を除く全員――滅多なことでは酒から口を離さない仁龍さえ――が息を呑んだ。


「なあ……お前、これどこで……」


 初めに復帰したのは竜胆だった。しかし、目は未だ剣に釘付けである。


「地球に帰ってから、いろいろな遺跡や秘跡に行ってな。そこの一つで神からもらった。」


 そうしてカイトはこの剣を所持するに至った理由を説明する。


「なるほど……世界を切り開いた剣、か。この様な作は見たことがない。どのような神の作じゃ?」


 説明を聞いた燈火が尋ねる。だが、これは剣が取り出されてより終始無言を貫いていた海棠翁によって否定された。


「神ではなかろう。おそらくは世界そのものであろうな。」


 燈火の言葉を否定した様に見えて、実は自分の考察を口にしただけだった。そうして、海棠翁は周囲を完全に無視して、考察を始める。


「材質は青銅の様に見えるが……全くの別物。儂でさえ見たことがない。拵えは奇をてらわず平凡……に見せかけた拵えじゃな。内部には大凡儂の考えの及ばぬ魔術が込められておる。少々奇抜な刀身をしておるのは、これが人……いや、神による物では無いからじゃろうて。鞘は無いのか?」

「無い、らしい。」


 初めに見せてもらった時も、貰った時も、鞘はなかった。それ故カイトはそう告げたが、海棠翁はそれに笑みを浮かべる。


「さもありなん、か。もともとは世界を切り裂くための始原の太刀よ。世界そのものこそが、鞘であろう。儂がこれを打つなら……」


 そう言ってぶつくさとつぶやき始める。


「……駄目じゃ。全く想像ができん。」


 しばらく周囲の全員が見守っていると、海棠翁はついにそう言って諦める。そして諦めて、大笑した。


「これほどの作がまだ神仙の領域にはあったか!何が最高傑作、満足のいく出来じゃ!お主が<<(かすみ)>>をあの程度、とぬかしたのも理解できる、というものじゃ!相も変わらずこの道は険しく、頂は遠いものよ!」


 海棠翁大笑いしながら自身の最高傑作を酷評する。だが、それも仕方がない。人の手による物、それも300年も昔に歩みを止める最後の傑作だ。自分でさえ、もっと上に行けると思っていたのだ。それがその予想の遥かに上を見せられては、酷評しか出来なかった。


「おい、バカ息子!少々腕をかせ!」

「ちょ!おい!俺今日は休み……」


 そう言って海棠翁は立ち上がると、無理矢理竜胆を引き摺って連れ去る。


「いってら~。」


 焚き付けることに成功したカイトはそんな友人に手を振って送り出した。そうして、しばらくすると魔力とともに、鉄を鍛える音が響き始める。


「初代村正復活、か。」

「御館様、感謝致します。」


 桔梗と撫子の二人がカイトに正座のまま、頭を下げた。


「ああ……そういえば、二人は鍛冶の腕はどうだ?」

「あ、はい……此方が最近の良い出来の一振りです。」


 二人は少しだけ緊張した面持ちで一振りの刀を取り出した。カイトは使い手としては最高だ。緊張するのは当然だった。


「ん……抜いていいか?」

「はい。」


 カイトは許可を得るや刀を鞘から抜き放つ。さすがに振るうつもりは無いので、部屋の中でだ。


「ほう……打ち手はどっちだ?」

「私が。」


 そう言って妹の撫子が名乗り出て、理由を説明した。


「刀身の細かな調整では私は撫子に及びませんが故。その代わり、細かな魔力注入などは私が得手としておりますので、相槌を努めております。」

「代わりに私は刀身等の歪みや刃紋の出来などを得手としております。」

「行く行くは二人で四代目を襲名できれば、と。」


 二人はそう言って再びシンクロした声で答えた。それに、カイトも頷いて告げる。


「そうか……うん、なかなかに見事。刀身そのものの美しさは父譲り、この魔力の乗り方等は祖父譲りか。まさに村正一門の総決済と言える。『魔付き』は?」

「ありがたきお言葉です。『魔付き』はいません。まだ、私達にはその領域の刀を打つ事は許されていませんので……」


 一流の使い手であるカイトに褒められ、二人は嬉しそうに答える。そうして次いで出た質問に答えた。『魔付き』とは村正一門独自の鍛冶師の役割で、鍛冶をする際に打ち手と相槌の持つ魔力を調律する者の事であった。この三人が完全に合致してこそ、村正流の傑作が生まれるのである。


「少し出る。」


 二人の言葉を受けて、カイトは襖を開けて外に出て、少しだけ素振りを行う。


「オレ用じゃ無いから少し感覚が異なるか……銘は?」

「<<水月(すいげつ)>>と。」

「おし……<<水月(すいげつ)>>。」


 そう言ってカイトが刀に魔力を通すと、自らの身体が薄れゆく。


「なるほど、水面に映る月か。効力は自らの位相をずらす、といったところか……まあ、まだ甘いな。この程度なら燈火らでも余裕で打ち砕けるだろ。」

「御館様クラスを相手に、なぞ考えておりませんよ。」


 二人はそう言って苦笑する。若輩の鍛冶師の打った刀が持つ武器技(アーツ)程度で超高位の実力者を騙せる様なら誰も苦労しないのであった。


「爺さんも竜胆もオレ相手に戦える武器を作っている。が、まあ、あっちはすでに500年以上は鍛え続けているからな。二人は今何年目だ?」

「今年で50年目です。」

「そうか……それでこの出来ならば上出来だ。」


 確かに、50年の腕前でこれならばカイトとしては納得が出来る腕前だった。なのでカイトは二人に微笑んで太鼓判を押す。それを受け、二人は同時に頭を下げた。


「精進いたします。」

「ああ……さて、後はゆっくり飲んで待つか。」


 それに相槌を打ち、カイトは再び刀を納刀し、再び部屋に戻った。


「カイトよ。感謝する。」

「何だ、いきなり。」


 部屋に入ってそうそうに仁龍から礼を言われ、カイトは苦笑する。


「最近めっぽう海棠も老け込んでの。少々気にかけておった。」

「さすがのご老体も目をかけた孫の不始末には相当堪えておった。妾らとしても気にはなろう。なにげにあのご老体は中津国の総元締めの一人。ご老体が元気でなければ、少々張り合いがない。」

「そうか……だが、もう大丈夫だろ。」


 耳を澄ませば忙しく動きまわり始めた従者達の足音が響く。いきなり往年の調子を取り戻した海棠翁に屋敷中が混乱しているのであった。


「さて、飲み直すか……帰れるのは何時になることやら。」


 そう言って、カイトは再び酒を飲み直す。だが、その顔には帰れなくなった事に対する不満は無く、自分の昔馴染みが復活してくれた事に対する笑みしか浮かんでいなかった。

 ちなみに、これを知れば早く帰ってこれるなら早く帰って来いという冒険部の面々は言うだろうが、本来のカイトはそんな事を気にする様な性格では無かったのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第190話『復活』

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