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第188話 村正一門――かつての仲間とその家族――

 鍛冶師を探しに昔馴染みに会いに『桃陽の里(とうようのさと)』へとやって来たカイトだったが、珍しく昔馴染みが直ぐに会えるとの返事を受けた。そうしてカイトはお茶と茶菓子を楽しみつつ、昔馴染みの到着を待っていると、直ぐに足音が聞こえてきた。


「おお!カイト!久しぶりじゃねえか!」


 ふすまを開けてカイトを見つけて開口一番、昔馴染みこと竜胆が大声を上げる。見た目30代半ばの筋骨隆々とまではいかないまでも、かなりの筋肉を有する大男であった。背丈で言えば高身長のソラよりも更に大きく、2メートルは届かないまでも190センチは確実にありそうだった。


「おう、久しぶりだ!」


 カイトと竜胆は同時に拳を付き合わせる。そして竜胆は月花、燈火の姉妹と仁龍に気づくと、此方にも挨拶した。


「っと、これは月花殿、燈火殿に仁龍様。お久しぶりです。それで、このような場所へわざわざいらっしゃってなんの御用で?」

「儂はコヤツが酒を供するとの事でな。黙ってられんわ。」


 仁龍は竜胆の問いにかかと笑う。一方の燈火もそれに笑いながら、月花は呆れながら答えた。


「妾はこの爺がはしゃぎ過ぎんようお目付け役じゃて。」

「私は彼らのお目付けです。ええ、お目付けです。当然、燈火も含んでます。ええ、含んでますとも。」

「むぅ……」


 燈火の拗ねた様な態度に、竜胆が笑いながら返す。


「ははは、左様で……でだ、お前さんはなんの用だ?イカれた奴ならまだ半分も修理できてねえぞ。」


 地球に居た際に、いくつかの武器が戦闘によってひび割れや歪みなどの使用不可になってしまっていた。多少のメンテナンス程度ならばカイトでもできるし、刀ならば地球に居る蘇芳翁が修理するのだが、刀以外の武具については使用不可のままであった。

 不意の転移とは言えエネフィアに帰還できたことで、この際だから多くの武器を専門家に調整してもらおうと、彼等村正一門に預けていたのであった。実は転移して直ぐの中津国への渡航はこの理由が大きかったのである。さすがにカイトとて食料の援助を願い出る為だけに急いで中津国に渡る筈は無かった。


「そっちは気長に待つさ。今日は爺に幾つか相談だ。」

「親父に、か……仕事頼むんなら、ちょーい乗り気じゃねえだろうな。」


 明らかに渋い顔をして、竜胆が答えた。それを受けて、既におおよその状況は聞いているカイトが同じく渋い顔をする。


「あー、マジ?ついでに爺に武器の改修依頼してえんだけど。」

「あん?俺じゃ駄目か?」


 当人も現当主の二代目として稀代の打ち手である竜胆が眉を顰めた。まあ、自分の方が関係としては深いし目の前に居るのに、父に頼むというのだから当たり前だ。だが、その言葉にカイトは一振りの大剣を取り出す事で答えた。全長は170センチメートル程もある、巨大な剣であった。


「こいつの改修だけど、やるか?」

「あ、やらね。俺の趣味じゃねえな。親父に言え。」


 厳つい様相からは想像できないが、この竜胆は実直剛健さを極めている父――初代――にその道で勝てぬと悟るや、即座に路線を変更した。その結果、カイトとの旅を経て様々な見聞を広めた事で自らに合致した道を見付けるに至った。それは刀の持つ、実用本位ながらも内に秘める妖しい美である、というものであった。

 そうして彼はその道を極め続けた結果、その刀はあまりの美しさに、見た者が何かを斬りたいと思わせるような妖しい誘惑に惑わされる刀が出来上がったのであった。まあ、その所為での犠牲者――シロエ――が居るのだからいまいち笑えないが、妖刀なぞ全てそんな物だろう。


「剛の初代、美の二代、技の三代は未だそのまま、か。」


 そんな旧友の様子を見て、かつてから言われていた文句をカイトは(そら)んじる。しかし、それを聞いた瞬間、竜胆の顔が曇った。


「あー、それな?」


 そう言って竜胆は頭を掻きながら少し考えこみ、事情を知る燈火と仁龍に助けを乞う。だが、二人は自分で説明しろとばかりに、黙っていた。そんな二人の態度を見て、竜胆が顔を顰めた。


「げ……俺やんないと駄目か?」

「お主らの失態であろ。」

「うむ。」

「げぇ……」


 そう言って心底嫌そうな顔をする竜胆。そうして決心を固めているうちに、再び応接室のふすまが開いた。


「小僧、よく来た。」


 声と共に入ってきたのは初代村正こと海棠翁だった。彼はまさに妖刀を打つ刀匠と言うような、白髪に長い白髭を有するしわがれた老人であった。尚、兄の蘇芳は白髪ではあるものの白髭を蓄えておらず、筋骨隆々の若々しい老人である。


「おう、海棠の爺。来てたぞ。ちょうどいいや。……これ、土産。」


 そう言ってカイトは持ってきた土産を竜胆お付の従者に渡す。中身は酒なので実はずっと仁龍が狙っていたりするのだが、さすがに土産なのでカイトが止めた。


「そいつは今から飲むから、ツマミと一緒に娘に持ってこさせろ。ああ、酌はいらん。」

「は。」


 竜胆から命を受けたお付が退出し、用意に向かっていった。そうしてそれと入れ替わりに部屋に座る海棠翁は、カイトに少し申し訳無さそうな顔をして告げる。


「ふむ……帰ってきたと聞いて顔もださなんだで、すまんかった。月花殿もわざわざこの様な場所まで、感謝いたす。」

「へ?」

「あ、はぁ……」


 カイトを見て謝罪した海棠翁を見て、カイトも月花も顔を見合わせる。二人共目を白黒させている所を見ると、胸中困惑しているのは一緒なのだろう。通常ならば悪びれることなく、こっちが刀打っている時に帰ってくるお前が悪い、そう啖呵を切る老人が、海棠翁であった。

 そして海棠翁に向き直ったカイトも月花も、この老人にいつもの覇気が無いことに気づく。それは何処か見た目相応の覇気の無さだった。


「な?重症だろ?」

「みたいだな。」


 父の様子を見て驚いた様子のカイトに竜胆が肩を竦める。それに、カイトも同意した。だが、一方の海棠翁の方はそれにボリボリと頭を掻くだけだった。


「ふむ……覇気がない、とは言われるが儂もそろそろ歳だからな。如何せん最近妙にやる気がでん。」


 どうやら久々にあった人物全員に同じ顔をされているらしく、当人も自覚しているらしい。それに、カイトが事情を問い掛ける。


「何があったんだ?」

「うむ……少々スランプでな……」

「はぁ……まあ、槐の件でな。」


 はぐらかそうとする海棠翁に対して、竜胆がようやく重い口を開いた。だが、それを制止する様に海棠翁が口を開く。


「あれの話はよさんか。」

「いや、話せ。コヤツは槐には目をかけておった。それに、その動向はもしやするとコヤツにも影響があるやもしれん。儂の得ている情報では少し前まで皇国におったことは確実。ともすれば行方も掴めるやも知れん。」

「む、むぅ……しかしじゃ……」


 この国のトップである仁龍から話せと命ぜられるも、尚も海棠が渋る。


「お主のスランプの原因もそれであろ……後、爺さま。どこでその情報を得たのかは、後で教えてくりゃれ。」

「おい、親父。」


 更には燈火と竜胆の二人から急かされ、意を決する。


「……槐は破門した。家からも追い出した。」


 かなり沈痛な面持ちでカイトに告げた海棠。その面持ちは、自らを深く恥じている様でもあった。それを聞いて、カイトが目を見開いて問い掛ける。


「はぁ!?何があった!?跡目だろ!?」


 槐とは竜胆の子供の一人で、嫡男である。早くから村正一門の跡目を継ぐ三代目として祖父、父ともに鍛冶師としての英才教育を施していた。本人も三代目として跡目を継ぐ事は確定事項として受け入れており、また鍛冶師の仕事にも誇りと世界に名だたる村正一門の跡目の自負を有していた。

 才能にしてもまさに天賦の才能と言うに相応しく、幼くして異名が広く伝わるぐらいの腕前だった。それを破門、というのだからよほどの事情があったのだろう。


「……どうやら儂らはあれの教育を失敗しておったらしい。我が一門の絶対の戒律は知っていよう。」


 無理矢理とは言え、かつてカイトは海棠翁から多少なりとも鍛冶師としての訓練を施された事のある身である。その教えを諳んじることは容易であった。


「我ら村正、妖刀打ちの一門なれど、決して贄を捧げるべからず……妖刀打ちと呼ばれながら村正一門が他と一線を画する所以だろ。贄を使わず神仙・妖物の域の武具を打つ事こそ、鍛冶師の極み。」


 そこまで言ったカイトは、はたと気づいた。


「……それを犯した、のか。」

「……うむ。」


 深い溜息とともに、海棠と竜胆が同時に頷いた。


「贄を使い神仙の域の代物を打てるのは道理よ。」


 海棠翁がか細い声で呟いた。古代中国の干将・莫耶に例を見ても、人が神仙の域の代物を作る際にはほぼ常に贄が捧げられている。それを否定し、自らの力のみでその域に達することが彼等村正一門の目指す妖刀打ちとしての頂であった。


「更にそれが自らに縁深い者であれば、その効果は更に高まる。それが妻や親兄弟であれば尚更。」


 そう言って再度海棠は溜息をついた。その言葉から、先を予想したカイトでさえ、顔が強張る。それの意味する所は唯一つ。肉親を贄として捧げようとしたのであった。


「おい、まさか……」

「はぁ……もう60年程も前だ。あいつは桔梗と撫子を贄に捧げようしたんだよ。それで親父がブチギレ。後は、わかるだろ?」


 父の後を継ぎ、竜胆が話し始める。桔梗と撫子とは槐と同じく竜胆の子で、槐にとって姉にあたる双子だった。地球でも文化圏によっては双子は縁起が悪いというまことしやかな謂れの無い言葉があるぐらいだ。それをきちんと魔術的に解析しているエネフィアでは、双子は魔術的に見れば贄としては最高とされている。それを贄として捧げようというのは、それだけを見れば正解だった。まあ、肉親を生贄に捧げようとしている時点で色々と間違っているのだが。


「後は烈火の如く怒った爺に家を追い出された、ってわけか。よく斬られなかったな。」


 カイトが溜め息混じりに告げる。現役バリバリの頃の海棠翁であれば、問答無用で斬りかかっていたはずである。さすがに孫は可愛かったのか、と思ったカイトだが、実情は違ったらしい。


「いや、斬り掛かったのは斬り掛かった……んだけどよ、当時の最高傑作持ちだしたんで、さすがにお袋と桔梗、撫子が止めてな。それでも親父の怒りは収まらねぇ……結局勘当して破門、放逐することで決着した、ってぇわけよ。それ以降、このザマだ。情けねぇ。」


 昔ならば息子にこのザマと言われた時点で親子喧嘩であったのだが、海棠翁は尚も落ち込んだままであった。それがなおさら、彼の落ち込み具合を表していた。


「打ちたいのは打ちたいんじゃがな……どうにもやる気がでん。後一歩、というところで今までこの道を一心不乱に進んできてよかったのか、との疑念に囚われての。丁度お主の一振りで満足できておったし、隠居するには良い頃、と思ったわけよ。最近はご隠居、と呼ばれるのも悪い気はせんでな。後進の育成も悪くない。」


 そう言って疲れた笑みを見せる海棠翁に、カイトは重症と判断する。だが、それ以上にカイトには件の双子の方が気に掛かる。なので、まず海棠翁に取り掛かる前に、後顧の憂いを絶つ事にした。


「んで、桔梗と撫子は?」


 カイトがそう言ったところで、再び襖の外から二つの声が同時に発せられた。


「失礼致します。」


 完全にシンクロした声に続いて、ふすまが開く。そこには髪と目の色、正反対の髪型を除けば完全に同じ容姿という、正座した二人の美少女が居た。横の盆には徳利やツマミが載せられて居た所を見ると、先ほどのカイトのお土産を開封してツマミと共に持って来たのだろう。


「あら、どうなさいました?」


 シンクロした声が、重く沈んだ室内の雰囲気に疑問を呈した。


「おお、桔梗と撫子か。元気にしておったか?とりあえず、お入り。」


 好々爺の笑みを浮かべ、仁龍が嬉しそうに声をかけた。そうして二人の美少女は更に海棠の許可を得て、部屋に入り再び襖を閉じた。


「はい。仁龍様もおかわりなく。」

「あ、相変わらずなシンクロ率……」

「いや、それどころか300年でもっと腕を上げておるぞ?でじゃ、儂は相変わらずじゃて……二人共、カイトは覚えておろうな。」


 ここまで二人のセリフは完全に同時、かつ同じである。それどころか、300年前の昔からこのシンクロは変わっていなかった。そうして、仁龍の言葉に二人はカイトの方を向いた。


「御館様、月花様。お帰りになられましてより、ご挨拶にも伺えませぬご無礼、平にご容赦を。」


 そうして同時に頭を下げる二人。その動作には一切の乱れが無くシンクロしていた。実はこのシンクロは意図的で、二人は時折変化を出して遊んでいるのであった。どうやってシンクロしているのかはカイトやティナを持ってしても解明し得ない永遠の謎である。


「いや、いい。前回は何ら伝えていなかった急な来訪だ。オレに非がある。……ああ、二人共、綺麗になったな。」

「ありがたきお言葉です。私達二人の違い、お忘れではありませんか?」


 桔梗と撫子の二人は同時にカイトに告げて笑う。二人の問い掛けは三人の間での、恒例の挨拶であった。


「右に青紫の髪を垂らしたのが姉の桔梗、左に薄い赤紫の髪を垂らしたのが撫子だろ。」


 同じく笑い、カイトがいつもの答えを答えた。尚、目の色も髪の色に同様である。

 ちなみに、カイトが来ると知っていると時々悪戯で髪の色と髪型を変えられるので、目の色にも着目する必要があった。さすがに目まで変化させると殆ど誰にもわからなくなり問題にならないので、目だけは普通にしているのであった。


「にしても……二人共、体型まで一緒か。300年で少しは差が出るか、と思っていたが……」


 カイトはかつてはクズハとアウラの二人と同じく童女の体型であった二人を思い出す。その当時は幼いが故に体型の差が無いと思っていたのだが、今も変わっていなかった。しかし、そのカイトの言葉に二人が少しだけむっとする。まあ、こういう少女っぽい所は変わっていなかった。


「まあ、これでも私の方が少しだけ、胸が大きいんです。」


 そう言って桔梗が大きめの胸を強調する。サイズはティナやルゥほどは無いものの、桜や椿より少し小さい程度であった。


「まあ、それでしたら私の方が少しだけ、胸の形が良いんです。」


 そう言って撫子も大きめの胸を強調する。なお、カイトには違いがわからない。なので、カイトは苦笑して頷くだけだ。


「あ、ああ、そうか。」

「はい。」


 再びシンクロして答える二人。そうして今度は祖父の方を向いた。


「お祖父様、お酒をお持ちいたしました。」

「うむ。酌は任せる。」

「はい。」

「まあ、とりあえず、酒が来たので、乾杯。」


 あまり酒の肴には相応しくない話題をしながらではあるが、一同は乾杯したのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第189話『復活』

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