第185話 お節介達――もしくは出歯亀達――
それは、少し前のことだ。ユリィとティーネに強弁されたソラは、一大決心をしていた。と言っても一大決心をしたのは数日前で、そのままずるずると今日まで引き伸ばしになっていたのであるが。
「なにー?」
「あ、いや、なんでもない!」
そうしてぼけっとしていると、由利に首を傾げられた。仕方がないだろう。由利と二人っきりになれるチャンスを狙い、ずっと気を窺い続けているのだ。
「ソラ、学園の近場でゴブリンの亜種らしき魔物が確認されているらしい。学園に残っている生徒から連絡が寄せられている。まあ、結界に阻まれて問題は無いが、またぞろ馬鹿共が結界の外に出るかもしれん。暇だったら由利と一緒に確認に行ってきてくれ。討伐は可能だったら、で構わん。」
そんなソラに助け舟を出したのは、彼の親友だった。ちなみに、カイトの方はソラが機を窺い続けているのを知っていて声を掛けたわけではなく、単に書類仕事もせず暇になっている様に見えたので声を掛けただけだ。だが、ソラの方はこのカイトの言葉はまさに千載一遇の好機であった。
「あ、おう。んじゃちょっと行ってくる。由利、行こうぜ。」
「あ、うんー。ちょっと待ってねー。」
二人は十数分で戦闘の準備と移動の用意を終わらせて、学園へと足を向ける。そしてまずは学園に残る生徒から情報を得て、目撃証言が多かった地点を重点的に捜索しはじめる。
そんな捜索の最中。ソラは周囲に誰も居ない事を見て取ると、意を決した。場所は誰も居ない草原で、天候は晴天。決心したとはいえ聞かれたくないソラにとって、告白するには悪くは無い状況だろうだろう。
「由利!」
「きゃ!……もう、何ー?」
周囲を偵察しながらだった由利はいきなりの大声の呼びかけに何事か、と目を見開く。それに、ソラが少ししまった、という表情で照れ臭そうに頬を掻いた。
「あ、いや、そんな驚く事じゃ無いんだけどよ……」
「あははー。」
思わず大声を上げてしまった、そんな感が見て取れたので、由利は笑みを零した。
「で、何ー?」
「あ、いや、その……えと……」
顔を真っ赤に染めてソラが、口ごもる。その様子からソラが何を目的としているのかを読み取った由利もかなり気恥ずかしげだ。
「えっと……あの……由利さん。」
「うんー。」
やはりソラでもこういう時は緊張するのだろう。何故かさん付けだったのだが、由利の方も照れくささから指摘出来る程の余裕は無かった。無かったのだが、やはり二人共冒険者だ。身に沁みた行動までは遮れなかった。
「くぎゃぁ!」
「あぁ?邪魔すんな!」
「あれー?……そっかー。イイトコだったのに。」
聞こえてきたゴブリン達の奇声に、ソラが本気で激怒する。まあ、一大決心して今から告白しようと思っていたのに、それが邪魔されれば怒りもしよう。だが、それは由利の方も一緒だった。そうして放出されたのは、ソラでさえ身震いする様な寒気だった。
「<<青紅>>。」
由利は護身用の少し短めの剣を取り出すと、そう口決を唱える。口決に合わせて剣に淡い蒼い光が宿る。
「ウチ、今いいとこだったんだけど……」
一世一代の大決心で告白しようとしていたソラよりも、受ける側だった由利の方がひどい怒りだった。ごごご、という擬音が非常に似合いそうな程の怒り様だった。
彼女は弓を使うには近づかれているのを見て取ると、護身用の剣でゴブリンをなます切りにしていく。その手際はソラが唖然となる程だ。
「……はへ?」
「ソラ、ぼさっとしない!」
「あ、はい!」
由利に命ぜられて、ソラも戦闘に参加する。さすがのソラもこの怒りっぷりには丁寧な言葉遣いにならざるを得ず、びくっと身を震わせて武器を構えた。そうして由利の怒りのままに討伐されていくゴブリン達だが、さすがにこの状況の不利を悟ると、一目散に逃げ始めようとする。だが、怒髪天を衝く由利が逃がすはずが無かった。
「<<飛将軍の剛弓>>。」
剣を納刀して弓をつがえ、由利は再び口決を唱えた。狙うのは最も遠く離れたゴブリンだ。そして彼女は思い切り弓を引き絞る。
「はっ!」
一息に放たれた矢は一直線に数百メートル先のゴブリン目指して直進し、見事ゴブリンを射抜く。
「<<瞬転速>>。」
ぎゅん、と由利が加速し、唖然となるゴブリン達との距離を詰め、護身用の剣を抜き放つ。
「<<青紅>>、<<倚天>>。」
「……はい?」
再び口決を放つと、由利は腰に帯びた短剣二つを振るう。それは彼女らしからぬ武芸として成り立っている様な感じだった。見る間に討伐されていく魔物に、ソラは唖然と成り行きを見守るしかない。
先ほどから幾つか武器技を使っている様子だったが、何故複数、それも彼女の得手で無いはずの武器まで使っているのか、ソラには非常に疑問だった。そうして、ものの数分で全てのゴブリンの討伐が終わり、返り血を浴びた血まみれの由利がソラの所に戻ってきた。
「で、なんだっけ?」
「え、いや……その前に、なんでそんな武器技使えんの?」
呆然となるソラが、由利に問い掛ける。彼も武器技の練習は必死で行っているが、それでもまだ一つ目の<<草薙剣>>が精一杯だった。
「あ、これー?なんかねー、私は近づかれた時の為にスイッチ出来る様にした方が良い、ってカイトがー。」
「?どういうこと?」
「さあー?」
二人は首を傾げ、意図を考える。だが、どう考えても理解出来なかった。尚、後にカイトに聞いた所によると、これにはきちんと意味があった。
由利が使っていた武器技はどれもこれも中国三国時代の武器で、ソラが使う<<草薙剣>>の様な対植物特攻という様なチートさは無い。だがその代わりに再現するには簡単で、由利には幾つもの武器技を切り替えさせて戦う事を選択肢に入れたのである。近接武器を入れた理由も簡単で、弓使いは近づかれると弱い。その対処として護身用の武器技を教えたのである。
だが、一つだけカイトさえも予想しなかった問題が表面化した。それは由利が近接戦闘を行う様になったことで、往年の荒々しさの様な物が戻ってきたのである。念の為に言うが武器技は人格面への影響は無いので、近接戦闘を行う事で昔不良だった時代の感覚が蘇ってしまっているだけである。
「で、なんだっけー?」
そうして一頻り首をひねった後、二人はようやく本題に戻る。由利の性格にしてもようやく元に戻ったのか、今はのんびりとした喋り方に戻っていた。由利の指摘を受けて、ソラがようやく本題に戻る。今度は邪魔が入らない内に、と意を決した。
「え、あ……付き合ってください!」
「…………お願いねー。」
そうして、二人は付き合う事になったのである。その時の二人の表情については、敢えて言及しない。そんな時の事を思い出し、二人は食事前の一時を楽しんでいた。
「あはは、まああんときゃびっくりしたけどな。久しぶりに由利がウチって言うの聞いたし。」
「うぅー。」
由利がソラの言葉に、少し拗ねて見せる。だがそんな様子の由利だが、何処か幸せそうであった。そんな初々しい雰囲気を漂わせながらマクスウェル北町の高級料理店で食事を楽しむ二人だが、ソラが上流階級出身であった事であった慣れと、二人が身に纏う衣服がそれなりに上品かつ高級な物であった事から、事情を知らない多くの従業員や客達には、多少のミスは貴族の門弟の初デートの初々しさと好意的に受け入れられていた。
そんな二人を見ていた一人の男が、微笑みながら取り敢えずは問題無さそうだ、と頷く。そんな彼に対して、白髪頭の身なりの良い老人が訪れ、頭を下げた。彼はこの店の総支配人であった。
「カイト様、ようこそいらっしゃいました。」
「ああ、あっちの二人が世話になっている。」
頭を下げた総支配人に対して、カイトが一つ頷いた。今のところ二人の多少のミスは好意的に受け入れられているが、それでもミスはミスだ。慣れていない二人では、若干店側や客達に眉を顰められる事もしでかしかねない。なので、カイトは念の為に自分で店に顔を出していたのである。
実はソラに提示したのはマクスウェル建設時からの歴史ある店や、自身で情報の統制が取れる店が大半だ。万が一酔った勢いなどで何か失敗しても、根回しを出来る様にしておいたのであった。
「いえ、初々しく、非常に良いかと思います。」
「……そうだな。予約や各種手配、感謝する。後で全員に何か振る舞ってやってくれ。」
「有難う御座います。」
総支配人が微笑みと共に告げ、それにカイトも頷く。そしてカイトは数枚のミスリル銀貨が入った綺麗な小袋――金銭を入れる封筒代わりに使われる物――を彼に手渡す。
確かにマクスウェルではチップの制度は無いが、それが貴族や大商人であれば別だ。特段の配慮をしてくれた店側に心付けを渡した所で問題にはしない。
「では、お飲み物を運ばせますので、暫くお待ち下さい。ユリシア様もティーネ様も、どうかごゆっくり。」
その後暫くの雑談の後、じー、と一点を観察し続ける二人に対して苦笑も見せずに頭を下げ、総支配人は去って行った。当たり前だがカイトとて、ドレスコードや女性同伴の場所は心得ている。なので、カイトはドレス姿のティーネを連れて来たのであった。
ちなみに、これはきちんと理由がある。カイトの連れ合いに出来る女性といえば桜や瑞樹、魅衣とドレスで着飾った所でソラに気付かれたり、クズハやユリィだのとマクスウェルではあまりに有名過ぎてカイトと同伴ではまずかったりする面々だからだ。まあ、他にも理由があるのだが。
「うーん……もうちょっと綺麗にエスコート出来ないかなー。」
「ソラは初めてなんですから、これぐらいが落とし所では?」
「はぁ……」
出歯亀に夢中な二人に対して、カイトが溜め息を吐いた。メニューの見方から何から不慣れな由利に対してエスコートするのは、当たり前だがソラの役割だ。そのソラのエスコートについて、二人は採点しあっていたのであった。
念の為に言及しておくが、二人が居る場所は周囲が見えても逆に周囲からは見えない様に工夫されたVIPルームだ。なので、よほどの行動に出ない限りは二人が周囲の客から見咎められる心配は無い。
「こら、いい加減にやめろ。ユリィも出歯亀する必要無いの知ってるだろ。」
とは言え、見世物ではないし、親友の初デートだ。一応理由は不慣れな二人の為に万が一の場合に備えてであるが、それでも出歯亀をメインにするのは店側にも失礼だ。二人があまりに熱心なので、カイトが一応注意しておく。まあ、そういうカイトも本音と建前で出歯亀に来ているのだが。
とは言え、実はカイトがティーネを伴っているのにはきちんと理由があった。それもティーネ側の理由で、だ。
「それもそうだけどさー。」
「あ、失礼しました。」
「いや、いい。族長の娘、というのが厄介だという事はわかっているからな。」
ティーネが少し照れた様子で正面のカイトを向く。そんな彼女だが、今日は何時もの軍服とは異なって、きちんとした良家の子女らしくドレスを着ていた。彼女が着るのは若草色をメインとして、白の装飾をあしらった優美なドレスだった。此方は由利とは異なって着られている印象は薄く、きちんと着ている印象だ。
「いえ、それでも見合い相手としてカイトさんに会いに来ているのに、出歯亀に夢中では貴方の沽券に関わりますし……」
「まあ、爺もあの兄弟というか、お前の父や叔父にしても単なる戯言を言っているだけだ。そう気にするな。」
ティーネの謝罪に、カイトが首を横に振る。そう、実は今日はティーネの見合いでもあったのだ。つい数ヶ月前に里帰りを果たした時に見合い話を持って来られた時はのらりくらりと躱したのだが、数日前に業を煮やした父こと現族長に一度見合いの雰囲気を知っておけ、と見合いを命じられたのである。
ちなみに、その相手としてカイトを選んだのには全員が意図的な物を感じざるを得なかった。
「そう言って頂けると助かります。えっと、あの……それと一つ伺いたいのですが、その格好は……」
「悪くは無い、だろ?」
「いえ、あの……」
にやり、と口端を歪めるカイトに対して、ティーネが赤面する。今のカイトは本来の姿に戻っていて、服装こそまだ――公爵という地位から見て――安物だが、公爵としての正式な身だしなみを整えていた。
それ故、本来のカイトの精悍な顔付きが殊更に際立っており、何時も顔を合わせている筈のティーネでさえ赤面してしまったのである。彼女のストライク・ゾーンど真ん中の顔だったらしい。
ちなみに、だが。さすがにそのままの格好ではソラに鉢合わせた時に一発で気付かれるので、今は蒼髪蒼目でおまけに髪はオールバックでワックスで固め、擬装用に伊達メガネを着用していた。ここまでやればぱっと見ではわからないだろう。オールバックやメガネなどで着飾った姿は何処か理知的で、かつての親友の姿を思い起こさせた。
「どっかウィルっぽい?」
「まあ、イメージとしちゃ奴だからな。オレの正反対だし。」
「そうなんですか?」
ユリィの言葉に、ティーネは赤面する自身を抑えてカイトの全身を見る。大して特徴の無いタキシードだが、擬装用のメガネを別にすればアクセントとして腕時計では無く懐中時計を身に着けているぐらいだ。その懐中時計の鎖に注目して、ティーネが首を傾げる。
「何処かで見た様な……」
「まあ、揃いの物が皇国博物館に収蔵されて展示されてるからな。」
ティーネの疑問に、カイトが告げる。仲間内で誂えた時計なので、見たことがあって当然だった。まあ、それが国が有する博物館に収蔵されているか否かは別だが。一応言及すれば、カイトの懐中時計もカイト所有という付加価値で国宝になるのだが。
「まあ、取り敢えず問題は無さそうかな。」
「もう少し押しが欲しいですけど……」
「うーん、いいなー。ああいう初々しいのも。」
三者三様にソラのデートの手際を評価する。なんだかんだ言いつつもカイトも出歯亀をしているあたり、良い性格だった。
「そういえば、カイトさんの初デートってどなたなんですか?」
「あ、私も知らないや。」
「ん?」
ティーネの疑問に、カイトが少し遠くを見る様に過去を思い出す。
「あー、そういやデートはあんまやってないな……」
「戦場育ちだもんねー。私とカイトの場合はデートとは言わない様な気もするし。」
さすがのユリィでさえ、カイトの来歴を考えればデートをしていなくても仕方がないと苦笑するしかない。
「多分、旭日様とのデートが一番初め、かなぁ……」
「あー、そういえばあれはデートって言ったらデートかもねー。」
「旭日様?」
「まあ、ちょっとワケありの女の子だ。」
そうしてぼけっと思い出していた所為で、カイトはついうっかり冒険部の誰も知らない女性の名前を上げてしまう。
ユリィはさすがに知っていたのだが、ティーネの方は知らない。なので首を傾げるが、当該の女性は少しわけありなので名前は知られていないし、カイトとしても教えるつもりは無い。なので当然だが、桜達さえ名前も存在も知らない。
「そういえば、それを除けば意外とデートはしていないな。」
「そうなんですか?桜達とはよくデートに行かれている様な気が……」
ティーネの言葉に、カイトが少し苦笑を見せる。確かにデートに出かけているのは出掛けているが、それでも一人あたりで見れば多いわけではないのだ。
「それでも、稀だろ?こういう会食は滅多にしないしな。まあ、そういうわけで。久しぶりの公爵カイトのデートで悪いが、付き合ってもらうぞ。」
「え、あ、はい。」
ティーネは再び浮かべたカイトの不敵な笑顔に赤面しつつも、一つ頷いた。それにカイトは密かに、一つ貸しだ、と内心で呟くのであった。
尚、度々入る出歯亀にカイトが注意を逸らしたお陰で、ソラと由利の初デートは二人にとって満足の行く結果になったのであった。
「で、データは?」
その数時間後。カイトの私室にて、先ほどの三人とティナ、クズハが揃っていた。カイトの問い掛けに、ティナが魔石の一つを懐から取り出す。
「こっちじゃ。」
「だから言っただろ?出歯亀する必要は無いって。」
「なら初めからそうおっしゃってくれれば……」
ティナから魔石を受け取り、カイトがティーネに告げる。カイトが二人を抑えていようとも、きちんとティナの有する使い魔によって、二人のデートの内容は録画されていたのである。
理由は簡単。ただ単に気分とその場のノリ、そして出歯亀を邪魔した後に二人に不満を言われるのを理解していたからだ。まあ、それでも出歯亀してたのだが。
「えー、だってさー。こういうのって覗いてるっていうのが楽しいんじゃない。」
「それもそうですね。」
ユリィの言葉にティーネも同意する。電柱の影から他人のデートを覗く様な感じなのだろうか。ということで、二人から時折ソラに対して初デートのダメ出しが為されるのだが、それは諦めるしかなかった。
とは言え、まあ、二人はそれなりに幸せそうだったので、総じて良し、だろう。そうして、二人の初デートの一日はカイトの頑張りによって、大して問題なく終了したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第186話『暁』