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第183話 初デート

「カイト、色々サンキュな。」


 学園での会議を終えた数時間後。日も暮れた頃に、ソラが少し照れ臭そうにカイトに小さく首だけで頭を下げた。今の彼は何時もの鎧姿でもなく、平時に着込んでいる私服姿でも無かった。

 今のソラの服装は、タキシードと呼ばれるスーツの一種であった。ティナが採寸して公爵家の被服科の面々が織った物である。ちなみに、ソラは用途に応じて幾つかのスーツをカイトから与えられている。


「いいって。まあ、存分に楽しんでこい。料理はなかなかに美味いし、雰囲気は悪くは無い。ここからだと若干遠いのが難点だがな。」


 ソラの礼に、カイトが苦笑する。そう、今日は件のソラと由利の初デートの日だったのだ。

 とは言え、冒険部のギルドホームから一緒に、では味が無い。なので色々とカイトとティナなどお節介な面々が手を回して、由利とはレストランの前で落ち合う様に設定していた。


「おう。」

「ホテルは本当にいいのか?」

「ちょ、おい!」


 初デートである事を知っているはずなのにあからさまに茶化すカイトに、ソラが気恥ずかしげに顔を朱に染めて制止する。さすがに学生だということでホテルは却下したのである。

 まあ、カイトにしてもさすがにそこまで強いて推すわけでは無い。そこは好きにさせるつもりだった。


「一応マナーとかって大丈夫なのか?」

「地球のテーブルマナーなんかとそんなに変わらん。それに、まあ、ウチから言付けもしてある。多少の無礼ならお目こぼしは貰える。」


 ソラの懸念に、カイトが手を回しておいた事を伝える。一応ソラもテーブル・マナーはデートが決まってから数年ぶりに付け焼き刃で思い出したのだが、所詮は付け焼き刃に過ぎない。それを危惧したのだ。ちなみに、その間の仕事についてはカイトが肩代わりしてやった。


「そか。色々とサンキュ。」

「いいって。そろそろ時間だろ?楽しんでこい。」

「ん?……お、そうだな。んじゃ、行ってくら。」


 ソラが腕時計を見ると、確かに予定時間に近かったらしい。タキシード姿のソラは片手を上げると去って行った。

 それを見て、カイトは再び冒険部のギルドホームの中へと戻って直ぐに自室に戻る。仕事は既に終わっているので、自室に直行だ。そうして部屋に入って直ぐに、スーツを持った椿が出迎えてくれた。


「椿、用意は出来てるな?」

「はい、此方に。」


 カイトの求めに応じて、椿が手に持っていたタキシードを広げる。それと同時に、カイトの上着のフードからユリィが飛び出した。

 ちなみに、椿が手渡したタキシードはカイトが本来公爵として着る上等なタキシードでは無い。いや、まあ、そもそもでカイトの場合は正式な会合などで着るのはタキシードでは無いのだが。そうしてカイトが何時もの純白の革のコートを椿に手渡し、代わりに椿の持っていたタキシードを受け取って、一度着替えに入る。


「椿、私のも有る?」

「此方に。」


 一方、カイトの上着のフードから飛び出したユリィは、椿に妖精族用のドレスがあるかを問い掛ける。すると椿は直ぐに妖精族用の小型ドレッサーからお人形さん用にも見える小さなナイトドレスを取り出して、ユリィに手渡す。彼女に似合う黄色をメインとした飾りの付いたドレスだ。此方もカイトと同じく、本来の彼女の物では無い。


「良し、急げ!」


 受け取ったユリィは大急ぎで自分用の――と言うか妖精族用の小さい――更衣室の中に駆け込んで、大急ぎで着替え始める。そうして二人はものの10分足らずで着替えを終了させる。


「カイト、用意出来た!」

「おし!じゃあ、行くぞ!」

「うん!椿、後はお願いね!」

「畏まりました。」


 窓を開け放ったカイトが、窓のふちに足を掛けて椿に申し付ける。そうして椿が頭を下げて了承を示したのと同時に、カイト――とその肩の上のユリィ――は外へと躍り出るのであった。


「……まあ、主はこんなのだから、色々と混乱するだろうが、諦めてくれ。」

「はい。」


 そうしてカイトとユリィが去った後のカイトの自室にて、ステラが少しだけ苦笑を浮かべながら椿に告げる。仕事内容は違うが、二人は一応同僚という関係だ。

 なので、ステラは新しくワケありで入ってきた椿の事をそれなりに熱心に面倒を見ているのであった。そうして、そんなステラの苦笑を見て、椿が柔らかな微笑みを浮かべる。


「……ああ、大分と笑える様になったな。」

「?そうでしょうか……」


 どうやら椿の方には変化したという実感はあまり無いらしい。ステラにそう言われて少し怪訝な顔で頬を触る。

 椿がカイトの下に来て既に一週間と少し。色々と煩雑な事態が大量に持ち上がって、椿も辛さを忘れられるだけの時間となったのだろう。今では少しずつだが、笑う様になってきていた。


「ステラ様はどうなさいますか?」

「……主の悪ふざけにまで付き合う必要は無い。」


 護衛なのにそれでいいのだろうか、と思うが、カイトに護衛が必要だと言うのがそもそもの間違いだ。なので別に付き合う必要は無かった。

 万が一何か急な連絡が入っても念話を使えばいいし、それでまずい場合はものの数秒でカイトの所にまで馳せ参じる事が出来る。いてもいなくても問題は無かったのである。なので、主達のこの行動に興味がないステラは部屋で椿と共に待機するのであった。




 謎の行動に出たカイトはともかく、一方のソラはと言うと、マクスウェルの北町にある小洒落たレストランへとやって来ていた。カイトに示された幾つかのプランの中から選んだ店が、この店だったのである。

 ちなみに、マクスウェルにあるレストラン――酒場も含めて――ではチップを支払う必要は無い。日本と同じく全て代金の中に含まれているからだ。理由も簡単。税金などの計算が面倒くさいからだ。なのでチップが無い代わりに最低賃金にしても他の街に比べれば圧倒的に高い。


「えっと、後5分ぐらいで来るから……」


 ソラはマクスウェルの小物店で購入した少し品の良い腕時計を見ながら店の前で時間を確認する。あまり早すぎても店側に失礼だが、丁度でも由利に対して失礼か、と考えてこの時間にしたのだ。ちなみに、由利はティナの手筈で馬車で来る事になっていた。そうして数分も待たない内に、一台の綺麗な馬車がやって来た。公爵家が持つ馬車の一つだった。


「えーっと、ほんとにここでいいのー?」


 馬車の扉が開き、中から少し戸惑った様子の由利の声が響く。ソラは少し緊張しながらも、馬車までなるべく平静を保って歩いて行く。


「合っておるよ。まあ、こころばかりの余とカイトからの心付けじゃ。ゆるりと楽しむが良い。」


 戸惑う由利に対して、馬車に同乗していたティナが告げる。


「でもー……」

「ほれ、せっかくのエスコートも来ておる。腹をくくれ。」


 尚も渋る由利に対して、ティナが苦笑した様子で告げる。そして彼女は追い出すように、由利の背を押した。


「きゃ!」

「まずっ!」


 そうして声が響いて由利がたたらを踏む。どうやら慣れないハイヒールの靴を履いているので、それに足を取られたらしい。それに気付いたソラは少し慌ててドアへと近づき、危うく落ちそうになった由利を抱きとめた。


「ふぅ……あ……」

「あ……」


 そうしてソラはなんとか抱きとめたのだが、抱きとめた事に気付いて沈黙が流れる。二人してどんな言葉を口にすれば良いのかわからない様な空気が流れるが、その沈黙を破ったのはこれまたティナだった。さすがの彼女も由利が転けそうになったのに申し訳なく思ったらしい。


「由利、大丈夫……じゃな。うむ、ソラよくやった。」

「お、おう……」

「あぅ……」


 ソラは由利を抱きとめた事にどうすればよいかわからず困惑し、図らずもソラの胸の中に抱きとめられる形となった由利が顔を真っ赤に染め、ティナへと文句を言う事さえ忘れる。

 そんな状況だったのだが、ティナに声を掛けられたお陰で我に返って距離を離し、二人共顔を真っ赤に染める。ちなみに、一応ティナも場所が場所なので本来の大人の状態で真紅のドレス姿である。非常に似合っているのだが、この場のメインは彼女ではない。


「うむ、まあ、スマヌ。取り敢えず怪我が無かった様子で良かったのう。」

「うんー。」


 顔は赤いが由利はなんとかティナの言葉に頷く。それを見て、ティナは一つ頷いて御者に指示を出す。ちなみに、馬車の御者は彼女の使い魔が化けた姿なので、ティナや由利だけで乗っていた所で疑われたりすることは無い。


「うむ。では、出してくれ。」

「あ、ちょっと!」


 この状況で放置されるのか、とソラが少し戦慄するが、ティナの方はそれを気にせず馬車を走りださせる。そうして馬の嘶きと共に馬車が走り始め、遠ざかって行く。そうして走り去った後には、顔を朱に染めた二人が残されていた。


「えっと……あの……綺麗、だ。」

「あぅ……」


 二人だけになって再び沈黙が下りるが、ソラはなんとかしないと見世物になる、という不安と男として、という見栄から何とか言葉を捻り出す。

 そうしてソラが何時もよりもかなり恥ずかしげにひねり出したのは、由利のドレス姿を褒める言葉だった。綺麗だ、というなんの飾り気の無い言葉だったのだが、それでもソラには精一杯だったらしく、ソラの顔も真っ赤だし、それを受けた由利の顔も真っ赤だった。

 とは言え、今の由利は確かに綺麗だった。彼女に合う様に誂えられた一品物の白地のドレスは少し大人しめな彼女の個性を最大限に引き出す様に仕立てられており、まさに彼女の為のドレスであった。胸については若干強調しすぎていないか、とソラは思わないでもないが、それを含めて、由利の個性を最大限に引き立てていた。

 ちなみに、デザインは弥生である。由利について良く知っているし、二人の初デートの記念としてデザインしてくれたのである。


「あ、あの……ソラ、もカッコ良いよー。」

「お、おう……ありがと。」


 にへらと笑って告げられた賛辞に、ソラが今までで一番頬を赤く染める。そうして甘酸っぱい空気が流れるが、このままここに居てもいけないと思い直したソラが、由利の手を取った。昔取った杵柄、数年前まで教えこまれていた女性へのエスコートの仕方などを必死で思い出して、由利のエスコートを始める。


「取り敢えず、店入ろ。」

「うんー。」


 二人は未だ若干赤くなっているが、それでも店へ向かって歩き始めたのであった。




 そうして店の扉を開けば、上品な使用人がソラと由利を出迎えてくれる。二人の姿を見た使用人は、上品に腰を折って口を開いた。


「ご予約はお有りでしょうか?」

「えっと、ソラ・アマシロで予約していたのですが……」

「ソラ・アマシロ様でございますね?お待ちしておりました。どうぞ、此方へ。」


 完全予約制の店であるここでは、いちいち予約客の名前をメモなどで確認する事は無い。その日一日の予約客の顔と名前を全てを暗記しているからだ。なので予約の有無を問い掛けたのにしても、一種の確認作業でしか無かった。


「お願いします。」

「お願いしますー。」


 久しぶりの高級店ではあるが、それでも何度もくぐって来た道なので若干固くなるだけで済んだソラと、一般家庭で生まれ育ち、こんな高級料理店に一切縁が無く、それこそテーブル・マナーにも一切の縁が無かったおかげでカチコチになっている由利は使用人に案内されて、自分達の席に移動する。


「では、御用の際は此方の呼び鈴を使い、担当の者をお呼びください。」


 そうして二人が席に着席した所で、案内した使用人がソラに呼び鈴型の魔道具を手渡す。完全個室というわけでも無いので従業員も近くに居るのだが、それでも呼び止めたりするのは場の雰囲気を壊す、ということで専用の魔道具を耳に着けた者だけが聞こえる特殊な鈴型の魔道具であった。


「有難う御座います。」

「では、お料理まで少々お時間がありますが、お飲み物は如何なさいますか?」

「えっと、食前酒から選びたいのですが……今の季節ですと、何が置いてありますか?」

「でしたら……」


 そう言う風に二人の会話が続き、更に不慣れな由利もソラの真似をしつつ――時折ソラのフォローももらいつつ――飲み物のオーダーを終わらせる。尚、食べ物の方はコース料理で予約しているので、注文することは無い。


「えっと、じゃあ、それでお願いします。」

「畏まりました。」


 途中でそれなりに失敗はあっただろうが、それでもなんとか二人は注文を終わらせる。そうしてドリンクが来て、料理を待つ間、二人はふと顔を見合って、笑う。


「あ、あはは。カイトの奴、とんでもないとこ選びやがったな。」

「だねー。」


 カイトが選んだのだから、と高級店は予想していた二人だが、まさかここまで高級店を選ぶとは思っていなかった。なにせ、調度品は全て高級と一目で分かる様な物だし、従業員は言わずもがな、客にしても明らかに上流階級出身者とわかる身のこなしだった。身だしなみにしても全員ドレスやタキシードを着ていて、ドレスコードが守られていた。


「あはは、にしても、まさかこんな事になるなんてねー。」

「あはは、そだな。」


 二人はそう言って、笑い合う。そう、当人達からしてもまさにまさか、だった。数年前を思い起こせば、二人の仲は険悪どころか最悪だった。それが合縁奇縁でソラが由利を助けに行った所から始まり、いつの間にか付き合う事になったのだ。思い起こせば笑いしか起きない。


「……あ、そういや雪さんもしかしたら未来が見えてたのかもな。」

「ユキがー?」


 ふと、自分達が関わるきっかけを思い出していたソラだが、ふと、数年前にユキという名の由利の知人から言われた事を思い出して笑みを零す。元は由利と同じく不良の少女だったのだが、1年遅れではあるが今では普通に大学へ行き、普通の大学生をしている女性だった。


「なんて言ってたのー?」

「お前ら付き合ってるんじゃないのか、って。」

「は?」


 何時言われたのだろうか、と由利が首を傾げる。そんな由利に、ソラが告げる。


「ほら、あのデカイ熊のぬいぐるみやった事あったろ?」

「ああ、あれー……?あれでも、三年前だよー?」

「そんときの由利見てたんだって。くまのぬいぐるみだっこしてたとか云々言ってた。それであんな嬉しそうだったんだから、付き合ってるんじゃないか、って。」

「うそ!あいつら見てたの……帰ったらとっちめる。」

「戻ってる戻ってる。」


 うっかり?性格が昔に戻った由利に、ソラが笑って告げる。それを受けて由利は照れ臭そうに落ち着く。

 ちなみに、その時ソラからプレゼントされた巨大な熊のぬいぐるみだが、今でも由利は自室に飾ってある。貰った時は今みたいに付き合うとは思っていなかったのでかなり扱いがぞんざいだったし、元はゲームセンターのUFOキャッチャーの景品だ。なので結構ボロボロになっているが、それでも思い返せば大切な思い出の品だ。由利は帰ったら一度綺麗にほつれなんかを修繕してあげよう、と密かに心に留めた。


「うぅー。カイトの所為だー……」

「あはは、告った時にそれが出て来たのはビビったけど、いいじゃん。それも由利っぽいし。」

「でもー……」


 照れ臭そうに話題を逸らそうとし始めた由利に対して、ソラが苦笑する。どうやら今の話題のお陰で、由利も少し緊張がほぐれた様だ。まあ、今日ばかりは、とお酒を飲んで、それが効いた事もあるかもしれない。そうして、二人は料理が来るまでの少しの間、正式に付き合う事になった時の事を話し合うのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第184話『お節介達』

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初から読み返してるけど由利が不良って話見逃してたのか初めて知ってびっくりw
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