第181話 閑話 放置された者
本日更新した本編に置いて、何故真琴にカイトの正体がバレる事になったのか、の補足です。
それは、学園が盗賊達やレーメス伯爵の手勢に襲撃された日の事だ。襲撃時に丁度三年生の夕食時間であったので、食堂は三年生の集団で混んでいた。だが、いきなり鳴り響いたガラスの音と、それに続いた戦闘音で混乱が引き起こされかねない状況だった。
「ほら!さっさと体育館に避難して!」
混乱が起きる前に誘導しなければならない、そう考えた真琴は大声を上げた。それを受けて、周囲で慌てていた生徒達は一気に出口へと詰めかける。そこで危うく渋滞が起きかけたのだが、その前に教師が制止した。
「皆落ち着いて避難しなさい!訓練の時と一緒です!落ち着いて第二体育館まで避難しなさい!」
教師の言葉に、ようやく落ち着きを取り始めた生徒達はなんとか怪我人が出る前に沈静化する。他にも第二陣として冒険者となる予定の生徒が率先して動いたことで、なんとか大きな問題も無く避難が進む。
第二体育館とは、校舎内にある室内体育館であった。少し窮屈になるが、生徒全員と教師全員を収容できるだけのスペースがあった。こういった襲撃と思われる状況では、校舎内に避難する事になっていたのである。
「ほら!そこ!さっさと避難する!」
そう言って真琴は窓から外を観察しようとしていた男子生徒へと注意する。と、尚も残る生徒に対して注意を促そうとする真琴に、横から声が掛かった。
「真琴、あなたも行くわよ。」
「あ、弥生。」
同じく右往左往する生徒を注意していた弥生であった。彼女は生徒たちが避難を始めたのを見て、最後まで残って避難誘導を行おうとしている義侠心あふれる生徒達に避難を促していたのだ。
「あなたもさっさと行きましょ。後の注意は先生に任せればいいわ。」
そう言って弥生が腕をとった。そこで真琴がよく耳を澄ませてみれば、校内放送で避難を促す放送が流れており、注意して見れば何人もの教師が残っている生徒に対して避難を命じていた。どうやら自身も少しだけ落ち着きを失っていたらしい。
「うん。じゃあ、私達も行こ。」
「ええ。」
そうして二人も体育館に避難したのだが、そこではほぼ全ての生徒が集まっていた。
「お姉ちゃん!」
そう言って近づいてきたのは睦月だ。睦月も避難してきたらしい。見れば他の家庭科部の一、二年生も近くに居た。
「睦月。皐月は?」
「皐月お姉ちゃんは……」
そう言って睦月は外を指さす。そこでは菊池と翔に率いられた近接武器を使用する冒険者達が正門の手前で待機していた。だが皐月は肝が座っているらしく、目の前の酸鼻極まる光景に顔を歪めてはいたが、逃げ出そうとはしていなかった。そうして、睦月は弥生に問い掛ける。
「一体何があったの?」
「……盗賊の襲撃らしいわ。」
「え?」
既にカイトから念話で情報を得ていた弥生が小声で言う。弥生はかつての一件で、念話用の魔導具を貰っていたのだ。それを使ってカイトに状況を問い掛けて、自身が為すべきことを把握しておいたのであった。
「どこでそれ知ったの?」
真琴が弥生に問い掛ける。この状況ではどんな情報でも重要であった。特に、それが安全に関わるものならば、現状では宝石にさえ勝るものであった。それ故に、ソースの確認を行ったのである。
「……これよ。」
そう言って弥生がイヤリングを指さす。弥生がいつも身に付けている宝石の着いたイヤリングであった。
「それがどうしたの?」
「これで外に居る奴から聞いたのよ。」
それで睦月は何故弥生が状況を知り得たのかを理解した。そこまで距離を気にしなければ、個人同士で連絡を取り合える道具は普通に市販されている。それ故、弥生はこれを着けているのであった。
「カイトさんはなんて?」
「もうすぐ、着くって。」
弥生の言葉を聞いて、睦月は安心する。だが、真琴には理解できない。
「は?なんでそこでカイトくんが出て来るの?」
真琴の記憶が正しければ、弥生のイヤリングは地球に居た時から付けていたものである。魔術に関連したものであるはずが無かった。
「それって単なるイヤリングでしょ?」
真琴の見立てでは割りと高価な物ではあったものの、普通のイヤリングに見えた。聞かれた際には上の言い訳で通すのだが、昔から身に着けているのを知られていてはいまいち使いにくい言い訳だった。
「まあ、ちょっとね。」
「どういうこと?」
そうして弥生が事情を説明しようとした次の瞬間、裏門の方から彼女たちでさえ感じられる魔力を感じた。
「なに……今の?」
「……さあ。」
寒気を感じて周囲を見れば、何人もの生徒が震え、膝を屈していた。彼等は冒険者としての訓練を受けていない生徒であった。
「おい、なんだよあれ。」
魔力を感じて裏門の方を見たある生徒の声で、二人も裏門を見る。するとそこには二人の美女が立っていた。
「何?あの人達が今のやったの?」
真琴が状況からそう判断する。しかし、弥生からは反応が無かった。弥生はカイトと念話で話していたのだ。
「……そう。仲間なのね。」
そう言って念話を終了させた弥生は真琴を振り返る。
「え?」
「彼女達が古龍だそうよ。」
弥生は再び小声で真琴に告げる。カイトから情報を得ていたのだ。
「古龍って……あの世界最強とか言う龍達?」
「ええ。」
「どうしてそんなのがここに居るのよ!」
普通に考えれば、出てこないはずの存在ある。そう思いつつも、外を見れば彼女達がただ佇むだけで誰も動けなくなっている。信じるしかなかった。
「何か始めるつもりだ……」
誰かが呟いた。見れば、外の二人は何らかの魔術を行使しようとしていた。そうして数瞬後、魔術が完成したらしく、二人が正反対の、しかし同じく男を惑わせる笑みを浮かべているのが見て取れた。
「さすがに……あれは自信なくすわ。」
二人の笑みを見た弥生が少しだけ悔しげに呟く。カイトから聞いているのだ。彼女らもまた、カイトに愛される存在であると。
「は?弥生あんなのと張り合う気?」
「ふふ、ちょっとね。」
そう言って微笑する弥生。負けてはいるが、まだ諦めたわけではないのだ。足りないのなら、これから勝てる努力をするまでのことであった。
「なんかよくわかんないけど……頑張ってね。」
よくわからないものの、友人がやる気なので取り敢えず応援しておいた真琴。大分と余裕を取り戻してきたのだが、つぎの瞬間その余裕は一気に無くなった。
「なに……これ……」
その瞬間、真琴はガタガタと震え始める。冒険者としての訓練を始めた彼女でさえこれなのだ、他の生徒や教師の中には腰を抜かしただけでなく、そのまま気絶した者も少なくなかった。横に居た睦月も腰を抜かしている。
「はぁ……あの子は……相変わらず怒ると見境なくすんだから……」
「じゃあ……これは?」
姉の言葉に、睦月は腰を抜かしながらも、この寒気の正体を悟る。真っ青であった顔が少しだけましになった。
「そうよ。あんたは休んでなさい。もう、大丈夫だから。」
「うん。」
必死で再び立ち上がろうとしていた睦月は、それを聞いて安心して腰を降ろした。それを見た弥生は真琴に向けて安心させるように断言する。
「ええ、これで大丈夫よ。」
「……この状況で大丈夫って、あんたは大丈夫?」
相変わらずガタガタと震える真琴。しかし、見れば弥生は震えていなかった。
「慣れててよかったわ。ほんとに。」
かつての騒動でカイトの殺気を何度か目の当たりにしていた弥生。何度も目の当たりにしたお陰で、怖くないわけではないが、動けない程ではなかった。
「まったく、遅いわよ。」
そう言って窓の外を見ている弥生。それを見て、真琴は気合で何とか窓のサッシを掴んで外の様子を確認する。
「え?」
そこには圧倒的な存在感を纏ったカイトが居た。そして次の瞬間には居なくなった。
「何?あれ?カイトくん?」
「そうよ。」
「あれ、どう見てもさっきの美人さんより強そうなんだけど……というか、クズハさんよりも強くない?」
居なくなったと思って探してみれば、瞬く間に捕えられていた女生徒を救出したカイト。そこには一切の容赦がなく、ただ圧倒的であった。
「もう終わるわ。」
見ればカイトが数多の武器を創り出していた。それが放たれた後、何人もの美女が現れる。
「だから好色だ、なんて言われるのよ……」
女である自分から見てさえ、美女たちを数多召喚したカイトに、呆れて呟いた弥生。何人かは既に自分も知っていたのだが、3割ぐらいは見たことが無かった。彼女たちが立ち去った瞬間から、見る間に盗賊たちの数は減っていく。誰かが消しているのか、遺体さえ残っていなかった。
「ね?大丈夫でしょう?」
そう言って余裕たっぷりに微笑む弥生。カイトが健在の時点で、不安なぞ無かったのである。
「……別の意味で大丈夫じゃないよ……」
睦月が苦笑交じりにそう呟いた。
「あら?」
その言葉に弥生が周囲を見渡してみれば、カイトの殺気と魔力によって大半の生徒が腰を抜かし、更に現れた使い魔達の殺気と魔力によってぐったりしていた。
「……あ、あははは、後できちんと言い聞かせておくわ。」
さすがにこの顛末だけは予想外であった弥生。後先考えずに行動を開始したカイトにとっては嬉しい誤算であるが、カイトの本来の姿は彼女達三人以外には見られなかった。
「あれ?あれは……確か卯柳って奴だっけ?」
そう言って外を見ていた真琴が呟く。見れば卯柳が縛られていたようだった。
「捕まってたのかしら……?」
弥生も同じく外を見る。そこには険しい顔をしたカイトと何らかの問答をしているらしい卯柳がいた。みれば、近くにソラ達も居る。今はソラがかなり憤っている程度で、既に戦闘は収まっていた。
「戦闘は終わったみたい……でも、なんか様子がおかしいような……」
そうして暫く見守っていると、カイトが本来の姿に戻る。
「何、あれ……」
「あちゃぁ……」
いきなり行われたカイトの变化に真琴は目を丸くして、弥生がしまった、という様な苦笑を浮かべる。まさかカイトが本来の姿に戻るとは考えていなかったのだ。そうして真琴が驚いている間にも事態は進行していく。
「きゃあ!一条が刺した!」
「大丈夫らしいわ。」
事情の知らない真琴が声を上げる。だが、同じく槍を取り出した時点で不審に思って問いかけていた弥生が問題無い事を明言した。
「え?」
「詳しくはここで言わない方がいいけど……あれしか無かったって。」
「どういうこと……?」
「そのままの意味よ。」
意味がわからない、そう思う真琴だが、外を見ていると、カイト等が戻ってくるところであった。
「これからもう一度、荒れそうね……」
カイトの言が本当であれば―弥生自身は真実と判断しているが―、学園はかなり荒れることになる。嵐の到来を予想しつつ、弥生は一つ、溜め息を吐いたのだった。
それから約一週間と少し。弥生は真琴と共に屋上に来ていた。学園の騒乱が落ち着いた事もあって、襲撃の時に見た光景について説明を求めたのだ。
「と、言うわけよ。」
「地球に、異族……嘘でしょ……」
「詳しくはカイトに聞きなさい。あの子が誰よりも詳しいわ。」
全てでは無いが、弥生が地球で見た物を聞き終え、真琴が呆然となる。当たり前だ。地球で魔法や異族達なんて作り話だ、今まで自分が信じてきた常識がすべて否定されたのだ。更には自分の血の中に混ざっているかもしれない、と聞けば当たり前だが呆然となるだろう。
「結局彼らは何者なの?」
「本人達に聞きなさい。それが一番確実でしょ?」
「いや、そうだけど……」
「一応、説明するようには言ってあるわ。」
これ以上自分だけで説明しても、いまいち信用はしてもらえないだろう、弥生はそう判断した。既にカイトには言っている事もあって、カイトに丸投げしたのである。
「わかった。取り敢えずカイトくんの説明を聞けばいいのね?」
「そういうことよ。まあ、でも今は忙しいみたいだから、少しだけ時間を空けてあげて。」
この時のカイトは丁度冒険部の本拠地移転に伴うごたごたでかなり忙しい時期だった。それ故、弥生がそう言い含めたのだ。
「わかった。」
今の冒険部が忙しく動いていることは真琴も承知している。なのでそれを受け入れる事にした……のは良かったのだが、それからまさか数週間待たされるとは思っていなかったらしい。数週間後。真琴が屋上で憤慨する。
「ちょっとどうなってるの!?」
「あ、あはは。」
今日も今日とて呼び出された弥生だが、さすがにあれから数週間。彼女も苦笑するしかなかった。一応は今もカイトと連絡を取り合っているのだが、あまり芳しい様子ではなかった。この時のカイトは教師達が居なくなった代償としてかなり忙しい事態になっていたのだ。
「い、一応新しい秘書の娘を雇ったらしいから、もう少しだけ待ってあげて。」
「本当に?」
苦笑して告げた弥生に、ずい、っと身を乗り出して真琴が下から睨みつける。今のところ真琴のカイトとの窓口は弥生しか無いのだ。なので彼女の言葉を信じるしか無い。そうしてその後も何とか言葉を尽くして、真琴に納得してもらう。
「うー……」
「はぁ……」
納得はしたが不満気な真琴と、何故こんな事をしているんだろう、と我に返った弥生の溜め息が学園校舎の屋上に風に乗って消えていった。この数日後。カイトが説明した後、弥生のねぎらいにカイトが苦労したのは言うまでもない事である。
お読み頂き有難う御座いました。