第181話 隠蔽手段――1つ目――
今日21時に閑話を更新します。そちらもお楽しみください。
椿の紹介と承認が終わり、次いで冒険部のマネージャーの紹介に移った。
「それで、彼等が冒険部の支援を行なうマネージャーとなる生徒達だ。」
「よ、よろしくお願いします。」
カイト、瞬、桜に向かってそう言った生徒達だが、どうしてもカイトの横に居る椿に目が行き、顔を真っ赤に染めて緊張していた。それにカイトが苦笑しつつも、同じく頭を下げる。
「此方こそ、頼みます。」
「では、今日は彼等の近くの空席に座りなさい。」
そう言って桜田校長が生徒たちに座るように促す。
「はい。」
そうして生徒たちはカイト達三人の近くの席に腰を落ち着ける。尚、生徒たちはなるべく三人と椿から離れた位置なのは、やはり瞬や桜という学園トップクラスの美男美女に緊張したのかも知れなかった。そうして会議は次の議題に移った。
「おい、天音!」
そう言って男子生徒の一人がカイトに小声で話しかける。カイトと同じ、2-Aの生徒であった。実は他にもマネージャー陣は2-Aの生徒が半分であった。残りの面子にしても瑞樹のクラスメイトや冒険部上層部のクラスメイトであった。
「なんだ?」
「誰だよ!この美少女!」
「さっき説明されただろ?オレの秘書の椿だ……ああ、椿。そういえば、お前も座るといい。」
自分たちと同年代の少女に立たせたままでは具合が悪い、そう考えたカイトが、椿に座るように薦める。
「いえ、私はご主人様の秘書役ですので……」
「だが、そのままだと後ろの生徒達の視界を塞いでしまう。今日だけは座るといい。」
カイトが苦笑して、椿に着席を促す。後ろには先ほどのマネージャーとなる生徒が座っており、確かに視界の邪魔になっていた。更には今回の会議は公聴会の形式をとっていたので、他にも何人かの生徒が居たのだが、彼等も少し見えづらそうにしていた。
「……はい。」
それに気付いた椿は、少し考えるものの、カイトの斜め後ろにイスを異空間から取り出して座った。カイトは備え付けのイスに座るように薦めたのだが、どうやらカイトの近くに控える事は譲れなかったらしい。カイトもその程度は譲歩すべきか、と考えて敢えて流した。
「へ?」
いきなり何もない空間にイスが現れたので、周囲の生徒と教師達がぎょっとする。慣れている桜と瞬は何も気にしていない。
「……他の奴に手は出そうと考えるなよ、って伝えておいてくれ。あれでも公爵家のメイドだ。無茶苦茶強いからな?」
「……わかった。」
カイトは後ろのクラスメートに、そう言う。ここまで美少女なメイドとあって、馬鹿な考えを起こす生徒が居るかもしれない、そう思ったカイトが先手を打ったのである。だが、今の実力を見せられては、誰も手を出そうとは思わなかった。
「ははは……お前、最近なんでもありだな。」
学園の中でも最も付き合いの深い2-A生徒はなかなかに慣れが早いらしく、苦笑するだけで済ませた。
「やってりゃわかる。こうでもせんとやっていけん。」
「そんなもんなのか?」
慣れが早くて良いことだ、と思いつつ、カイトも苦笑して答えた。それに苦笑するしかない他の生徒だが、更に同じく2年A組の女子生徒が問い掛ける。
「ねえ、そういえば……今天音が居る所って元高級ホテルってホント?」
「ああ、一応は高級ホテルだ。」
「やった!」
その言葉に、女生徒達が小さくガッツポーズをする。そうして、この後の会議ではカイトや桜、瞬の発言機会も少なく、殆ど彼等との密かな雑談で費やされるのであった。
「桜田校長。少々よろしいでしょうか?」
会議終了後、そう言ってカイトが桜田校長を呼び止めた。横には椿と、カイトの肩の上に座るユリィだけである。ちなみに、桜と瞬は現在マネージャー達の指示を行っていた。
「何かね?」
カイトから呼び止められる事は稀であったので、意外感を感じつつも桜田校長は頷いた。
「できれば、少々お話が……後、雨宮先生もできれば……後、場所を移動したいのですが……」
桜田校長が一緒に話していた何人かの教員の中に、カイトの担任兼冒険部の顧問の雨宮も居たのでカイトが頼んでみる。
「ああ、俺は大丈夫だが……」
「校長先生もよろしいでしょうか?」
「む……今すぐで無いとダメかね?この後に少し公爵家の使者の方との相談があるのだが……」
少し困った顔で、桜田校長がカイトに告げる。それを受けて、カイトは頭を振る。別に急いでいなかった。
「ああ、いえ。別に急いでいるわけでは無いですので、お時間が空いた時でいいですよ。お昼過ぎで大丈夫ですか?」
「ああ、それなら大丈夫だ。場所は校長室でいいかね?」
「はい、では13時過ぎ頃にお伺いさせて頂きます。雨宮先生も、それでお願い出来ますか?」
「ああ、分かった。」
それを聞いたカイトは、一礼をして、椿を伴って去って行った。桜田校長と別に、もう一人会っておかなければならない人物が居たのだ。
「さて……椿、学園内の案内をしてやりたい所なんだが、もう少し付き合ってくれ。まあ、3年の教室の所までに出来る説明はしておこう。」
「わかりました。」
そうして二人は生徒たちの注目を浴びつつ、廊下の移動を始める。そうしてふと、カイトが気付いて立ち止まり、椿に問い掛ける。それに合わせて椿も立ち止まった。
「あ、椿……中津国の予定は何時を取っている?」
「え、あ、はい……中津国の『日輪』燈火様との打ち合わせを行いました所、無期限の通行証を渡しているのだから、勝手に来い、とのこと。ですので、クズハ様方と予定を調整し、今のところ数日中の出発を予定しています。」
「そうか……まあ、出ないでいいから気にする必要も無い、か……」
顎に手を当てるカイトを見て、椿が手帳を見ながら問い掛ける。主に何か不安があるならば、それに合わせて予定を見直すのも、椿の仕事であった。
「いや、一週間後に学園の存在が大々的に公表されるだろ?被るか、と思っただけだ。」
「不安でしたら、予定をずらしましょうか?」
「いや、冒険部の武器の方が危急だ。今のままで進めてくれ。ユリィ、悪いが公表の記者会見はクズハと一緒に頼んだ。」
「うん。」
「分かりました。」
カイトの言葉を受けユリィが頷き、椿は書き換える事無く手帳をメイド服のポケットに入れる。そうして二人――ユリィは相変わらずカイトの肩の上――は再び歩き始め、直ぐに3年の教室があるエリアに辿り着く。目的となる人物は、直ぐに見つかった。
「弥生さん、今少し良いですか?」
「ええ……って、ああ、成る程。真琴ね。直ぐ呼んでくるわ。」
弥生はカイトの来訪の意を悟ると、直ぐに頷いて真琴の教室へと移動し、真琴を連れて来た。そうしてカイトの姿を見つけた真琴はハイテンションにカイトに駆け寄り、声を荒らげる。まあ、事情を説明する説明すると数週間も放置されていれば仕方がないだろう。
「あー!居た、カイトくん!ちょっと、ずっと放置ってひどくない!」
「あはは、悪い悪い。今日はその説明に来たから、取り敢えず移動するぞ。」
そうして移動し始めた所で、真琴が椿に気付いた。
「え、誰この子!新しい彼女さん!?」
「いや、どうしてそんな反応になる!」
「え、だってハーレム作ってるんでしょ?」
「まあ、カイトの場合はハーレム造らないといけない側なんだけどね。やほ、真琴。」
真琴が首を傾げたのを見て、ユリィが苦笑して告げる。ユリィの挨拶を受け、真琴もユリィに挨拶する。
「やほ!で、どういうこと?」
「まあ、取り敢えず移動しない事には始まらないな。弥生さん、呼んできてくれてありがとう。一緒に来るか?」
「そうね。そうしておくわ。」
「え、あ、うん。」
真琴の了解も得られたことで、一同は再び移動を始める。目的地は生徒会室の隣の会長室だ。鍵は桜からマスターキーを借りている。そうして生徒会会長室に着いて、カイトとユリィが目を見開いた。
「すっげ。」
「これ、全部雑草刈り取ったの?」
カイトとユリィは会長室から見えた塀の外を見て、目を丸くしている。というのも、塀の外から見える景色はかなり開拓が進んでおり、草原だった周辺からは雑草が取り除かれていた。
今現在、学園の周辺を酪農や農園として開発する計画が立ち上がっており、その下準備が進んでいたのである。来る時も若干見えていたのだが、二人の予想以上に広大な敷地を開拓していたのだったのだ。学園の存在が公表されてからは学園の正門に接続する様に街道を繋げる計画も持ち上がっていた。
「頑張ってたわよー、皆。戦えないんだから、せめて腹いっぱい食えるようにはしてやらないとな、って言って。」
「あ、記録として写真とってあるから、後で見る?」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
カイトはそう言うと、来客用の椅子に腰掛ける弥生と真琴に対面するように腰掛ける。そうして椿が紅茶の用意を終わらせて全員に配るのを待ち、紅茶を一口含んで口を開いた。
「さて……まあ、疑問は幾つかあるんだろう。何が聞きたい?」
「まず……録音おけ?」
「却下。」
「ですよねー。」
真琴は報道関係者としての性なのか、ことん、と机の上にボイス・レコーダーを置いて確認したのだが、当然カイトはそれを許容する事は無い。真琴にしては簡単に引き下がったかの様に見えるが、見えるだけだ。なのでカイトは更に指摘する。
「ポケットの中のもダメ。」
「ぐ……」
「両方。」
「ぐぎゃ!」
カイトの指摘を受けて、今度は本心から無念そうな表情で真琴が残りのボイス・レコーダーを取り出して机の上に提出した。
念には念を入れて常にボイス・レコーダーを3個携帯している真琴なのだが、今回は相手がカイトと言うことですべてをフル稼働させていたのである。ちなみに、真琴が一番初めに取り出したのは制服の胸ポケットに何時も入れている普段使いのボイス・レコーダーである。
「はい、質問どうぞ。」
「はぁ……で、結局君は何者?」
「まあ、簡単に言えば勇者と呼ばれた男、ってとこか。性格も戻してやるよ。こっちのほうが実感湧くだろうからな。」
カイトがにぃ、と牙を見せて笑う。それが獰猛な、彼から幼さを消して精悍さを前面に出した表情を見せた。それに、真琴が感心する。ソラの影に隠れてあまり話題に上らないが、カイトもかっこいいという評判は有るのだ。それが僅かに残っていた幼さが消えた事で表に出て、得心したのであった。
「へえぇ……やっぱり評判通りにイケメンだね……って、勇者と呼ばれた男?」
「勇者カイト。それが、カイトだよ。」
ぽかん、となる真琴を置き去りにして、ユリィがカイトの肩の上から下りて大きくなる。それは真琴とて何度も写真を見たことのある人物だった。
「私は、ユリシア・フェリシア。勇者カイトと共に常に戦乱を駆けた大妖精。」
「大妖精じゃ無くていたずら妖精だろ。」
「ひどーい。」
カイトの軽口だが、ユリィはそれに楽しげに抗議した。カイトと共に居るのはいたずら妖精で良い、それは彼女自身の考えだった。だが、そんな二人に対して、左手で額を押さえた真琴が右手で待ったを掛けた。
「ちょっと待って……勇者カイトに妖精ユリィ?それってあの大戦の伝説的英雄の?」
「ああ、それしか無いだろ?」
カイトはそれを示す様に、自身の眼と髪を蒼色に戻す。それに再び目を丸くする真琴だが、イマイチ信じるに足りないらしい。眉間にしわを作って二人に問い掛けた。
「……ふかし、じゃないの?」
「ふむ……真琴先輩、少しだけ腹に力入れておけ。ユリィ、周囲に結界。」
「?」
「おけー。」
疑問符を浮かべる真琴を前に、カイトはユリィの準備が終わるのを待って何時もは抑えている魔力の枷を外し、本来の自身の風格を身に纏う。それだけで、真琴は思わず頭を垂れなければならない様な感覚を得た。いや、カイトの言葉通りに腹に力を入れていなければ、無意識的に跪いていただろう。
「これでまだ、全盛期には程遠い。これで信じられないなら、もっと上げてもいい。」
「ううん……今ので十分。もういい。」
少し顔を青くした真琴が心底理解したのを見て、カイトは再び自身に枷を嵌める。そうして真琴が落ち着くのを待って、再びカイトが口を開いた。
「で、聞きたいことは他にあるか?」
「そんな勇者が何故、私達と一緒に日本で学生なんてやってるの?」
「それは、まあ……一から語るか。あらましだけでもちょっと時間が掛かるが、まあ、そこは諦めてくれ。」
真琴の問い掛けを受けて、カイトは自身の来歴を語り始める。やはり詳しく話さなくても長い話なので駆け足で話しても一時間程――途中で真琴の問い掛けを受けていた事もある――掛かったのだが、なんとか真琴も何故カイトが学生をやっているのかは理解したらしい。
「なるほどねー……ほんとに物語みたいな事あるんだねー。」
「いやまったく。」
質問が終わり、二人は一度休憩を兼ねて紅茶を再び口にする。
「……あれ?今気づいたけど、これ、なんか爽やかな味……」
「まあ、ちょっとした伝手で手に入れた紅茶だ。お気に入りなんだよ。高いぞ?」
紅茶独特の渋みが薄く、何処か爽やかな味のある紅茶だった。これは椿の腕前もあるが、同時に茶葉自体がそうなるように作られていた特別な物だったのである。
「ふーん……」
「あ、興味ないな?これ超高級品なんだぞ。皇帝陛下だってあんま飲めないんだからな。」
何処か不満気なカイトだが、真琴としてはそんなカイトの方に興味がある。
「やっぱり皇帝陛下、なんだ。」
「そりゃ、これでも臣マクダウェルだからな。そりゃ非公式でも陛下と呼ぶさ。」
話題を逸らされた形だが、カイトも大して気にすること無く真琴の問い掛けに頷く。
「跪く必要無いんじゃないの?」
「さて……今はどうだかは知らない。」
「多分そうなるよ。」
カイトの言葉に、ユリィが答える。かつてカイトは大精霊達から祝福を得た上に大戦では最大の武勲を上げた。それ故にカイトは皇帝の前でも平伏と片膝をついて跪く必要を免除されたのだ。
とは言え、それはその代の皇帝――第14代皇帝――の事で、一応は次代の第15代皇帝ことウィルも認めたのだが、それが今代の皇帝レオンハルトにも通用するかは彼次第だ。まあ、皇帝その人を知るユリィの口ぶりからすれば、どうやら継続されていそうだが。
「まあ、それはいい。で、他に聞いておきたい事はあるか?」
「んー、今は無いかな。で、言いたいことがあるのそっちじゃない?」
「理解が早くて助かる。」
真琴は話の最中にも何度も質問しているので、どうやら今のところは質問は無い様子だ。そうしてカイトに要件を促したので、カイトは要件を話す。
「まあ、まずオレの正体を黙っているのは当然として……隠蔽に力を貸して欲しい。」
「ああ、成る程。いいよ、他には?」
「いや、それだけだ。今後はオレも本気でやる事があるかもしれない。が、生徒たちにオレの正体が広まって、身動きが取れなくなるのはごめんだからな。」
「でしょうねー。まあ、学生たちには私が報道部使ってそれとなく色々と否定しておいて上げる。学園の治安維持は私も必要と認められるしね。」
真琴の言葉を聞いて、カイトも頷く。そうして、真琴の協力を得られた事で、学園での自身の正体の隠蔽に対してカイトは一つの伝手を得る。だが、まだこれでは足りない。なので、桜田校長と担任にして冒険部顧問の雨宮に声を掛けたのだ。
「さて……まあ、真琴先輩は第二陣だし、何かあったら相談は受ける。万が一の場合などには公爵家も協力してくれる様に手筈は整えるが、あまり危険なことはしないようにな。」
「あはは、気を付けます。」
そうして、一同は立ち上がり、昼食を摂りに食堂へと向かうのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第182話『隠蔽手段』