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第180話 破損

 椿と小動物三匹が秘書兼マスコットとして着任し始めて数日。昼に近い頃に、執務室の扉を突き抜けてシロエがやって来た。少し慌てている様子だったので、何かのトラブルか、と一同がそちらを注目する。


「マスター!ちょっとトラブルです!」

「どうした?」

「どうにも武器が壊れたらしいです!」

「外に居るのはその生徒か……入ってもらえ。」

「はーい。」


 外の気配から、学園生と把握したカイトがそう言う。そうしてシロエが扉を開いた。


「あのー……今良い?」


 そう言って女生徒の一人が少し開いた扉から、執務室の中を窺う。


「ああ、なんだ?」

「これ、壊れちゃったんだけど……どうにか出来ないかな?」


 そう言って女子生徒は使い込まれたらしい鞘に入ったショートソードを机に置く。どうやら相当大切な物であったらしく、大切に使われていた事が見て取れた。


「抜いていいか?」

「うん……」


 その言葉を受け、カイトが鞘から剣を抜くと、半ばから折れたショートソードがあった。材質はドワーフの合金。最近の冒険部の主流である。だが、カイトが鞘の中を見ても、折れた先端は存在しなかった。そうして、鞘の中を確認してから、カイトが女子生徒に問い掛けた。


「これは……先端はどこに?」

「魔物にそのまま刺さっちゃってる……」

「その魔物は?」

「なんとか追い払えたんだけど……そのままどこか行っちゃった……」


 つまりは、失った、ということである。


「そうか……最近多くなってきたな。」


 そう言ってカイトが記憶を辿ると、武器の破損はこの一ヶ月にすでに5件以上も報告が上がっていた。ソラ然りで、冒険者としての活動が慣れてきた事もあって、少しだけメンテが疎かになっている事が主な原因だが、数日泊まりがけの依頼を受けた場合などできちんとしたメンテが出来ず、それが祟った事も少なくない。後者だけは消耗品である以上責められないので、カイトとしても頭の痛い話であった。


「うーん……これだとさすがに元には戻せんか……」


 さすがに折れた部分があれば別だが、失った部分を元に戻す事はカイトでもティナでも不可能である。


「椿、第二陣の中で鍛冶を目指している奴は居たか?」


 後は材料を継ぎ足して元に戻すだけなのだが、その為には職人が必要であった。そうして問い掛けられた椿は、手帳を開いて確認する。


「……いえ、居ません……さすがに鍛冶は一ヶ月でできることでもありませんし……記録ではご主人様が却下されています。」

「そうだったな……どうするものか……」


 椿の言葉に、カイトがはっとなる。自身も片手間だが鍛冶を習った者として、鍛冶の大変さと重要性を知るカイトが鍛冶の志望を却下したのである。命を預ける武具の整備を一ヶ月の練習だけでは任せられない、それなら外注した方が、確実だ、ということで却下したのであった。


「そっか……じゃあ、やっぱり無理?」


 落ち込んだ様子で、女生徒が尋ねる。


「ああ、すまない。これが武器庫の鍵だ。予備を持って行ってくれ。」

「うん……はぁ。」


 落ち込んだ様子の女生徒を見て、瞬が一つ思い出した。思い出したのは少し前に第二陣の初陣を行った後の宴会の事である。


「そういえば、カイト。お前鍛冶師に知り合いが居たんじゃなかったか?いい具合に仕事も楽になってきているし、明日にはマネージャーも来る。行って来たらどうだ?」

「……一度紹介してもらえるか、頼んでみるか。」


 瞬の言葉を受け、カイトが少し頭を悩ませる。今後の武器消耗率と現状を天秤に掛け、一週間空けてでも紹介してもらうほうが良いと二人は判断する。


「鍛冶師?」


 降って湧いた希望に、女生徒が食いつく。それに、カイトが説明する。


「ああ……村正、は知っているか?そこの初代と二代目と飲み友達でな。少々時間が掛かるが、丁度鍛冶場もあるからな。使わない手はない。」

「その人達なら、治せる?」

「まあ、そいつが紹介してくれれば、だが……少しだけ待ってもらえるか?教員達と協議してみないとどうにもならない。」

「うん!」


 そう言って嬉しそうに希望を胸に、女生徒は去っていった。そんな背中を見て、カイトと瞬が頷いて会話を再開する。


「さて……一度協議にかけてみるか。」

「それがいい。」

「なあ、カイト……」


 そういってソラが発言する。


「オレの片手剣も頼めるか?」

「お前……まだ直してないのか?」


 ひび割れ程度であれば、近所の鍛冶師に頼めば修理してもらえるのだが、何故か修理してもらっていないソラにカイトは呆れる。


「いや、な?例のあれで……」

「……なるほど。」


 由利のご機嫌取りのデートで少し金銭的余裕を費やしたソラは貰った武器を直せないまま、今に至るのであった。一応はディナーだけの予定だが、それ以外にも色々と考えているらしい。


「まあ、あの程度なら大丈夫だろ。」

「よっしゃ!」

「椿、次の会議は何時だった?」

「明日の午後です。場所は天桜学園第二会議室です。」

「議題は?」

「私の紹介と、冒険部宛てのマネージャーの紹介、現状報告です。」

「そうか、ちょうどいいな。ありがとう。」

「いえ……」


 カイトに礼を言われ微笑みかけられ、椿は嬉しそうに笑う。と、そこにユリィがカイトに告げる。


「カイト、私はついていかないからねー。桔梗と撫子によろしく言っといてー。馬鹿はどうでもいいや。」

「む?そういえばあ奴らは元気かの……まあ、余もこっちにおるからの。爺によう言っておいてくれ。預かった手紙はきちんと忘れるなよ。」


 ユリィとティナは二人して即断する。馬鹿とはかつての仲間の二代目である。二代目もかなりの腕前を誇っていた。


「え!?ユリィちゃん、行かないんですか?」


 明らかに女性の名前が出ていながら、ユリィが付いて行かない事を明言したのに桜が驚愕する。だが、さすがにユリィとて行く事は考えていなかった。


「だって、運悪いと何もない所で一週間待ちぼうけだよ?さすがに行ってられないよ。」

「でも、さっき女性の名前挙げてられませんでした?」

「ああ、桔梗と撫子?まあ、二人なら間違いは起こらない……かも?さすがにカイトも昔の仲間の娘に手は……出すかも……」


 そう言ってユリィは昔馴染みの双子を思い出す。昔は自分達と同じくカイトを慕っていたのだが、カイトからは対象外と見られていた。しかし、今は綺麗に育っている二人を思い出し、段々と不安になる。


「なら尚更行かないとまずいじゃないですか!本当なら私が行きたいんです!」


 そう怒鳴る桜だが、中津国の出現する魔物の関係上、今の桜達では行けないのである。そんな桜に、ユリィも怒鳴り返す。


「さすがに私達がヤルことやったのに、あの娘達にはダメって言えないでしょ!」


 こればかりはクズハや他の公爵家の面子も同じで、カイトが手を出さない事を祈ることしか出来ないのであった。それも望み薄だが。


「おいおい……オレはそこまで簡単に女に手を出すと思っているのか?」

「はい!」

「うん!」

「ええ。」

「出しますわね。」


 カイトと関係を持つ女性陣が全員同時に頷く。誰もが手を出すと疑っていなかった。


「信用ないな!」

「あると思っているお前が凄い……」


 信用されていると思っていたらしい事を見たソラが、思わず呟く。その言葉に、他の面子も頷いていた。


「……それではご主人様は一週間外出ということで予定を調整いたしますか?」


 まだ着任して数日で状況が掴めない様子の椿だが、取り敢えず主の予定を尋ねる。それが仕事である。それを受けて、カイトが頷いた。公爵家の仕事もあるし、その調整もしてもらわないといけないのだ。


「……ああ、頼んだ。」

「はい、ではそのように。」

「はぁ……」


 そうして再び一同は仕事に取り掛かったのであった。




「鍛冶師を雇い入れる?確か、お前が生徒の鍛冶志望を却下したんじゃなかったか?」


 翌日、午後からの会議でカイトが鍛冶師の雇い入れを最初の議題に上げる。元々鍛冶師についても学園生から排出するつもりであった教師陣の提案に、最も強固に反対したのはカイトであった。それ故の言葉だった。


「ええ、まあ一ヶ月やそこらでは使い物にはなりませんので……ですが、この一ヶ月に入って武器の破損は上がっている限りで8件目です。気づいていない曲がりやひび割れを含めれば、かなりの数に上ると思われます。そろそろ武器の交換やオーバーホールの時期に来ている事は確実なのでしょう。」


 そう言ってカイトが椿に作成させた書類を提示する。


「このまま武器の品質があがり続ければ、修理代や新規購入代金はかなりの金額になります。上位の腕前を持つ鍛冶師も上に行くほど少なくなり、その待ち時間と費用が掛かる事になります。専属として雇えれば、少なくとも待ち時間と費用についてはかなり大幅な改善が見込まれます。」


 外注より自分の所で作った方が安上がりで済むのは、どこの世界も同じである。原材料費と鍛冶師の人件費で済むのだから、当然であった。それに、専属として雇い入れられれば人件費は嵩むが、代わりに待ち時間は短縮出来る。結果、それは効率の向上に繋がる。金銭的余裕を考えなければ、十分に採用できるプランだった。そして、カイトは続ける。


「更には原材料も自分たちで取りに行って、作ってもらうという手段も可能となりますから、原材料費についてもかなりの改善が見込まれます。」

「ふーむ……鍛冶師についてはあてがあるのか?」

「まあ、情報収集の過程で少々有能な鍛冶師と出会えましたので、彼に紹介を頼んでみようかと思います。」

「さ、さすがだな……」


 自分たちの知らない間にかなりの人脈を得ていたカイトに、教師達が苦笑する。しかし、カイトやティナを始めとする上層部のぶっ飛びっぷりを知っているので、いまさら疑問には思わなかった。


「では、そちらは君に一任しよう……それで、一つ疑問であったのだが、そちらのお嬢さんは?」


 会議の議長を務めていた桜田校長が、カイトの横に控えたメイドの存在について問いかける。会議開始から何人もの教師たちが見惚れ、気にしていたのだが、カイトが事も無げに会議を開始してしまったので、誰も尋ねられなかったのである。


「紹介が遅れました。自分が雇い入れた椿です。」


 鍛冶師の雇入れの話を先に終わらせる為、カイトは敢えて椿の紹介を遅らせたのである。提案が通ったので、椿を紹介することにした。


「初めまして。」


 椿が言葉少なげに挨拶する。椿にとっては見知らぬ大人が多いので、少しだけ震えていた。そうして雇い入れた、という言葉に、教師の一人がカイトに問い掛ける。


「ふむ……費用はどこから出したのかね?」

「自分も貯蓄はそれなりに有りますので、そこから出しております。幸いにして、私は武器も防具も費用が要りませんからね。誓って、学園の収支には手を付けておりません。尚、椿については、公爵家より紹介していただきました。」


 桜田校長の質問を予期していたカイトは、予め作っておいた資料を提出する。学園の最近の収支に関する資料と、椿の経歴に関する偽資料であった。

 まあ椿の身元については公爵家の経営する娼館なので、半ば嘘とは言い難い。その経歴については色々と偽造しているが、公爵家がまさか偽造に携わっているとは思わない教師達は簡単に信用する。


「ふむ……確かに、学園の収支には手を付けていない様だ。スマンな。」


 カイトから提出された資料を確認し、自分たちで作成している収支報告書にも目を通す。そこに齟齬はなく、カイトの私費で雇っている事は確実であることが確認できた桜田校長は、苦笑した。

 上層部専属にマネージャーを二人供出して尚、上層部全員の仕事は忙しい事が確定しているのだ。更には有能な人材を雇い入れる余裕もなく、カイトが私費で雇い入れたのも仕方がないといえば、仕方がなかったのである。


「いえ……自分が楽をしたいというだけですから。」


 そう言ってカイトが苦笑して答える。


「そうかね。」


 桜田校長もそれに笑う。身元も保証されており、自分が楽するためである、とカイトにそう言われたのではさすがに勝手に雇用しても文句は言えなかった。逆に、学園の利益になる事を生徒の私費から拠出にさせているのだから、感謝すべきなのであった。


「後はユスティーナも自分で作成した使い魔を使用する事にした様子ですので、マネージャーの皆さんについては天道会長と一条会頭の指揮下に入っていただこうと思っております。二人共生徒会と部活連の書類を抱えていますから、マネージャーには片方を専任して担当していただこうかと。」

「そうかね……わかった。宇都宮先生、彼等を連れて来なさい。」

「はい。」


 扉の近くに居た宇都宮という女性教員に、桜田校長が指示を出す。そうして十分後、宇都宮が戻ってきた。


「桜田校長、連れてきました。」

「入ってもらいなさい。」

「はい……入って。」

「し、失礼します。」


 そう言って先頭の生徒が一礼し、緊張した面持ちで会議室に入ってきた。それに続いて入ってきた生徒達も、かなり緊張している様子である。学園の教師たちの殆どと公爵家から来た学園の監督役が集まる会議室に入ってくるのだから、当然といえば、当然である。だが、その緊張は直ぐに別の緊張にすり替わる。椿を見つけたのだ。


「うわぁ……」


 全員が椿を見て、溜め息を吐いた。学生たちが見た事も無い様な美少女に、溜め息しか出なかったのである。


「えっと……」


 6人の生徒からじっと見つめられ、椿が居心地が悪そうにしている。ちなみに、マネージャの比率は男2、女4であった。そうして、まずはマネージャー達が椿について問い掛けた。


「あの、彼女は?」

「ああ、椿君と言うらしい……扱いはどうなるのかね?」

「そうですね……一応は彼等からは独立した自分直属の秘書官とさせていただきます。ですので、彼女に仕事上の指示が出来るのは自分のみ、同じ仕事をする別部署と言った所でしょうか。」


 桜田校長の言葉を受け、カイトが椿の組織的な扱いを考える。カイトが私費で雇い入れた人物である以上、その雇用主はカイトとなる。そうである以上、学園の指揮系統からは逸脱した、カイトの個人的な秘書とした方が良いだろう、と判断したのであった。それを受け、同じ考えに至った桜田校長が頷いた。


「ふむ……君の私財から雇い入れたのであれば、それが最良か。」

「ええ。私が独断で雇用致しましたので、契約上致し方がないかと。」

「わかった。では、そうしたまえ。」

「はい。」


 そうして椿の事が周知され、今後は椿も会議に参加することとなるのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第181話『隠蔽手段』

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