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第178話 頼み

 椿を雇い入れた翌日。カイトはサボった分の仕事を片付けるため、朝早くから机に齧りついていた。


「お主……これがわかっておきながら、何故サボるのじゃ?」

「気分だ!」


 ティナがサンドイッチを食べながら、同じくサンドイッチ片手に書類仕事を行うカイトに問い掛ける。訓練後すぐに仕事を開始したので、カイトはティナの使い魔のクーに頼んでサンドイッチを1階の食堂エリアから貰ってきてもらったのであった。

 ちなみに、今の時間――6時50分頃――はまだ執務室に誰も訪れることは無いので、カイトは分身体を使用して仕事を片付けている。人海戦術が使えるなら、たまっている仕事も言うほど時間は掛からない。まあ、さすがに見られる危険性が増すので、使えてギルドホームに起居する面々が起き始めるまでだが。

 尚、ティナもカイトも訓練を終えてそのまま来たので、元の大人の状態である。当然だが、ティナは口を出すだけで、カイトの仕事を手伝うつもりはない。ミースに対するカイトとは違って彼女は甘くなかった。


「まあ、お主はそれでこそなんじゃが……あの椿じゃったか?あの娘はミックスじゃろ?」

「……やはり、気付くか。」


 カイトは手を止めず、目さえ資料から離さずに、ティナの言葉に反応する。そして、ティナはそれに苦笑しつつ胸を張る事も無く答えた。


「当たり前じゃ。余とて元は魔王。その程度はわかって当然じゃ。」

「さすが歴代最高と謳われる魔王、か。」


 カイトは顔に少しだけ賞賛の笑みを浮かべる。さしものカイトも一見しただけではミックスと見抜けなかったのだが、さすが天才と言われる元魔王と言った所である。ティナは一度見ただけで理解したらしかった。そして、カイトは続ける。これから先は少しカイトには自信が無かったのだ。


「ベースは龍族だと思うが?」

「恐らく、じゃがな。性質には獣人族、容姿には妖精族。おまけに天族あたりの柔和な種族の因子も加わっておるのう。主に忠実で、主の嘘を見抜き、それを癒し許せるだけの知性と慈愛を有し、主の如何な趣向にも応えられるだけの強靭さを持ち得、更には主の自分以外の女との子をも愛せる用に調整されたようじゃな。」

「ふん、どんな貴族が望んだのやら……」


 まさに男の理想の愛人の様な性質に、カイトが少し忌々しげに呟く。

 基本的にミックスは王侯貴族に差し出される事になっており、言い方が悪くはあるが、完全受注限定で教育されるのである。それ故、依頼した貴族については完全な情報規制が取られており、カイト達椿を買った公爵家であっても情報は秘されていた。それは彼女らも同様で、何が悪かったのかさえ、ミックス達にも伝えられないのである。徹底した情報封鎖であった。教えられるのは、商品(椿)()何が出来るか(スペック)だけなのだ。

 ここまで組織が情報封鎖に注意を払うのにはわけがある。もし少しでもミックス達の情報が漏れれば、そこから依頼した貴族が把握できたり逆に依頼した貴族の性的な嗜好が把握され、ハニートラップ等を仕掛けることができるからだ。

 法の目を掻い潜る事で高位の貴族を顧客に抱える彼等にとって、顧客達の隠しておきたい情報が漏れることで権力者達の目の敵にされる事は、なんとしても避けなければならないことであったのだ。


「少々急いたようじゃな。出来損ないの烙印を押されるには、押されるなりの理由がある。厄介かもしれんぞ?」


 ティナはそんな忌々しげなカイトに忠告を送る。普段のカイトであれば、もっと下調べや下準備をしてから雇い入れただろう。ティナとしては、そこに何らかの秘密があると興味が惹かれたのであった。実はティナの予想通り、カイトにはもう一つ理由があったのだが、それはカイトとしては秘密にしておきたかったのだ。


「そうか?オレにはあまり厄介な娘とは思えなかったが?」


 単なる感傷を告げられる筈も無いカイトは、苦笑するだけだ。それにこの言葉もまた事実で、カイトには言うほど厄介な性質とは思えなかった。これについてはストラも同様の判断を下している。そうでなければストラもカイトの元へ向かわせようとは思わないだろう。とは言え、これはティナとしても大して気にはしていない。彼女が気にしているのは別の事だった。


「まあ、お主であれば大抵の性質は許容しよう。じゃが……もう少し桜達にも気を使ってやれ。三人はまだ人生経験が足りておらん。三人共お主以外に心の底から惚れた男もおらんようじゃしの。」

「ほう……お前が他の女に気を回すか。珍しいな。」


 人が動き始めてきた事もあって分身たちを消失させ、一旦書類に向けていた目を上げてカイトが笑う。カイトとて桜達には気を回しているのだが、現状ではどうしても、おざなりにならざるを得なかった。それについてはカイトも申し訳なく思っていることではある。それを理解しているが故に、それについては桜達も不満を出さないのだった。


「これでも余はあれらの親友じゃからな。あ奴らがお主の性質を理解し、受け入れるにはもう少しは時間が必要じゃろう。」


 ティナは珍しく大人びた笑みを浮かべる。こういった気遣いができるからこそ、魔王として多くの者が慕うのであった。


「まあ、彼女らを悲しませるのはオレも不本意だ。……当然お前もな。」


 そう言ってカイトはティナを抱き寄せ、そしてそのままくちづけをする。ティナはただ、されるがままであった。


「はぁ……お主は……それを桜達にもしてやれ、と言うておるのじゃ。」


 唇を離し、カイトの顔の間近でティナが言う。


「やろうとしていないわけじゃない。ないんだが……どうしても慣れが足りていないらしくてな。ちょっと緊張される。」


 カイトは自分にしなだれかかるティナの言葉に苦笑する。今であれば、ティナは自然とカイトを受け入れたのだが、まだ桜達では心の準備が必要なのであった。心の準備も無しに不意打ちでやると真っ赤になって前後不覚に陥る。カイトとしては可愛く思うが、後始末が大変なのであまりやらない様にしているのであった。


「まあ、喜んではくれるんだが……」

「ならば慣れさせれば良かろう。そうやって女を自分好みにするのも、お主の役目よ。……当然、男を自分好みにするのが、余らの役目であるようにな。」


 しなだれかかったまま、ティナは妖艶な笑みを浮かべる。カイトを人の上に立つ者として教育したのは、間違いなく彼女らである。その代わりに彼女らもまた彼好みの女となっている事は、彼女ら自身が他の誰よりも理解していた。


「まあ、気長に待つしかないだろう。」


 ティナの言葉に、カイトが同意する。そうしてカイトがティナの服に手をかけようとした時、ドアが開いた。


「カイト、居る……か……お邪魔しました!」


 大人状態の2人が、どこぞの海外のラブロマンスよろしく情事に取り掛かろうとしていた事を見て取ったソラが真っ赤になって回れ右をして、大慌てで退出しようとする。


「ああ、なんだ、ソラか。別にいい。で、どうした、こんな朝早くに。」


 2人は興が削がれたとばかりに、離れる。時刻は午前7時。いつものソラであれば、今頃起き始める頃であった。


「えっと……なんか邪魔したみたいで悪かった。」


 まだ顔を赤らめたままのソラが部屋に戻ってきたが、若干居心地が悪そうであった。


「その……一つ相談いいか?」


 珍しく真面目な顔をしてソラがカイトに切り出した。親友の珍しい様子に、カイトが意外感を感じるが、聞かないことには始まらない。


「内容による。」

「えーと、な。頼む!なんかいい店紹介してくれ!」


 ソラはそう言うと、手を合わせて深く頭を下げる。カイトはソラの様子に、一旦ティナと顔を見合わせ、二人していやらしい笑みを浮かべた。その顔は先ほどまでの大人びた表情では無く新しいおもちゃを見つけた子供の様であった。


「なるほど。お前も惚れた女の為なら朝早くに起きるか。」

「ほお、なんともまあ由利も溺愛されておるのお。」

「じゃあ、まあ?ここは親友として一つ頼みを聞いてやるとするか?」

「そうじゃのう。じゃがせめて少しは対価を貰わんとな?」

「……俺に出来ることなら。」


 目の前で悪魔の笑みを浮かべて自分を見る2人を前に逃げ出したい気持ちが湧き上がったソラだが、昨日怒らせた彼女の為、腹をくくった。それを受けて、ティナが対価を告げる。


「そうじゃな。では、由利との馴れ初めを聞かせてもらうとしようかの。」

「うぐ……はい。」

「じゃあ、商談成立だな。で、予算はいくらだ?対価の方は、デートの結果に満足できたら、で構わん。さすがに商品に不満を持たれて代金を請求するわけにもいかないからな。」


 ソラが真っ赤になったのを見て、カイトが一応の慈悲を差し出した。まあ、どうやっても聞き出すのは聞き出すだろうが。

 なにせソラが告白して成功し、付き合っている事はユリィもティーネも知っている。さすがに二人も告白シーンは情けで不干渉にしたらしいが、カイトが音頭を取れば喜んで協力を申し込んできてくれるだろう。


「えっと、大体このぐらいで……」


 そう言ってソラが人差し指を立てた。1枚と言う意味であった。

「金貨一枚か……ディナーだけだと、学生にしちゃ少々気張りすぎだな。まあ、ちょっと待ってろ。ティナ、その間に衣装を見繕ってやれ。」

「うむ。」


 カイトが公爵家の所有する料亭やレストランの一覧から予算に見合うプランを選んでいき、その間ティナはソラの採寸を始めた。


「へ?何?」

「これ、動くな。採寸がずれるじゃろ。……こんなものかの。後は由利の採寸じゃな。」


 そう言ってティナは採寸した記録をメモに残していく。


「一体なんなんだよ!」


 わけのわからぬままに採寸されたソラが、ティナに怒鳴る。幾ら昔馴染みとは言えさすがに並外れた美女状態のティナに近づかれた所為で、多分に照れ隠しが混じっていた。


「お主、カイトに頼んだ時点で選ばれる店が超一流である事ぐらいはわかろう。」

「いや、まあ、それわかって頼んでるんだが……あ。」


 一流の店と言い、ソラがあることに気付いた。彼とて上流階級出身なのだ。理由は容易に想像が付いたのである。


「しまった……ドレスコードとかあるんだった……」


 由利の機嫌を取るため、店選びに熱中していて忘れていたのだが、一流ともなると、店によってはドレスコードが必要なのである。それをソラは失念していたのだった。


「ああ……まあ、衣装は必要経費としてオレが持ってやるから、気にすんな。まあ、さすがに今回はオレにも少し罪悪感がある。全部込み込みで一枚で話はつけといてやる。」


 書類を見つつ、カイトがそう言った。さすがに彼も自分が強引に個室に叩き込んだ事は少し悪いと思っていたのだ。なのでその詫びも含めて、差額は出す事にしたのだ。まあ、親友の初デートの祝いも含んでいるが、恥ずかしかったので言わない。


「は?なんで?」


 一方、そんなカイトの内心を知らないソラはてっきり予算の中から自費で出すと思っていたが、意外そうな顔で問い掛けた。それに答えたのは既に衣装のデザインを考え始めているティナである。


「貴族との夜会等に出席する時の為じゃ。ああいう場で隙を見せれば、命取りになりかねん。その程度はわかろう?」

「まあ、な。」


 ソラとて上流階級の中でも、最上位に位置する名家の生まれなのだ。その程度は嫌になるほど経験しているのであった。


「今のオレ達にとって、貴族との繋がりは是が非でも欲しいものだ。それなら、僅かな隙も見せたくはない。」

「お前でよくね?」


 カイトの爵位は、爵位として最上級の公爵である。この広いエンテシア皇国においても5つしか存在しない上、大公を除けばその力量は全ての貴族の中でも最大である。まさに最上位の貴族の援助が得られているのに、これ以上望む必要があるのか、ソラはそう疑問を呈した。


「オレ、一応まだ公には復帰してない。つーか、皇族も把握していない。」


 公爵家と学園、そして皇族の間の会談によって既に学園の存在が明らかになる日は決定したが、まだ、カイトの公表は決まっていない。なのでカイトが幾つもの資料を見ながらソラに告げた。


「ああ、そういえばそうだっけ……」


 あまりにカイトが公爵として振る舞い続ける上、周囲も公爵として扱うので何故カイトの正体を秘密にしているのかをソラは忘れていたのであった。


「でだ、まあ、そうは言ってもウチ以外にも伝手があれば何かと便利だからな。コネを得ていて損はない。」

「うぁー……親父みたいな事言うか……」


 コネを得ていて損はない、かつてソラが何度もパーティーに出席させられる度、父親が言っていた言葉である。そして、今のソラには、それが嫌と言うほど理解できた。


「まあ、嫌だ嫌だと言いつつもオレ達でやらないといけないからな。諦めてくれ。必要だから、仕方がないさ。」

「はぁ……必要、ね……そうなんだよなー……」


 カイトの言葉を聞いて、ソラは少しだけ何かを考えこむ。とは言え、冒険部上層部でこういった上流階級と問題なく社交界で渡り合えるのは数少ない。ソラも諦めるしか無かった。


「既に桜や魅衣、瑞樹の分のドレスは作ってあるし、一条先輩と凛のドレスコードも既にデザイン中だ。アルやリィルらは言うまでもないな……よし、このプランから選べ。一応このプランより上の最高級の店は何件か残している。そこは自分で何時か連れて行ってやれ。」


 そう言ってカイトがソラに渡した紙には、デートで使えそうな店を何件も選び出していた。それも敢えてカイトでしか連れて行け無さそうな最上級の店は敢えて除外しているあたり、カイトはきちんとお膳立てをしていた。


「おう……ん?……おい、カイト?」


 親友の気遣いに感謝しつつソラがカイトから渡された紙で何件か店舗を選んでいると、ふとおかしな店があることに気付いた。そうして問われたカイトは意図を理解出来ず首を傾げる。


「あ?どうした?」

「なんでホテルまで入ってんだよ!つーか、お泊りパックってなんだよ!」

「え?普通じゃね?」

「普通じゃのう。カイトなんぞ、誰かと二人の時には必ず朝帰りじゃぞ?帰った様に見えるのは、分身体じゃ。」

「はあ!?」


 二人の言葉を一瞬ソラは信じそうになる。が、顔がニヤついている事に気付き、からかわれているだけと気付いた。ちなみに、朝帰りは事実で、茶化しているのも事実だ。


「……はぁ。」

「まあ、朝帰りは許してやる。存分に楽しんで……はぁ。お前意外と煽り耐性無いよな。」


 そう言って尚も冗談を言おうとしたカイトに、ソラは半眼で睨んだ。それに、カイトは肩を竦める。そんな親友に対して、ソラが溜め息を吐いた。


「はぁ……お前ら、本当に性格変わんな……いつもの反動か?」

「そうか?」


 カイトはにっ、と笑みを浮かべる。二人共自身では変化にあまり気づけないのだ。変わっていることはわかっていても、どう変わったのかまでは、いまいち理解出来なかったのである。


「なんつーか、やりづれえ……」


 今の冒険部上層部――特に中学時代から一緒の面々――にとって、出会った時の落ち着いた状態こそが、カイトのイメージであった。それ故、本来のカイトやティナには、少しだけ違和感を感じるのである。それに、カイトもティナも肩を竦めるしか出来ない。


「そう言われてもな。本来はこっちが本当だからな。さすがにどうともできん。」

「そうじゃなぁ……余も既に数百の時を生きておるし、今更性格を矯正せよ、なぞ言われても困る。」

「そりゃ、そうなんだけどよ……まあ、慣れるしかないか。取り敢えず、ありがとな。」


 そう言ってソラはカイトとティナに礼を言う。茶化されこそはしたが、デートのプランを幾つか提案してくれただけでなく、料金まで持ってくれると言うのだ。初デートに自分でお金を出せないことは少し悔しくはあるが、せっかくの友人二人から同じく友人二人への初デートのお祝いだ。それに、自分の見せ場も残してくれている。その悔しさは甘んじて受け入れる事にした。


「まあ、朝帰りは冗談じゃない。もし雰囲気が許せば、行ってみるといい。話は通しておいてやる。」

「……考えておく。」


 カイトの言葉にソラは真っ赤になりつつも、他の面子が来る前に、一旦部屋に書類を置きに戻るのであった。


「はぁ……それにしてもソラと由利がねぇ。」

「男は胃袋から攻めろ、が素で行われたようじゃな。」


 ソラが去った後、カイトとティナは勝手に付き合い始めた理由を、あれこれと推測する。ちなみに、その結果、カイトは昨日の分の遅れを取り戻すことができず、翌日も朝早くから机に齧りつく事が決定したのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第179話『秘書着任』

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