第177話 お説教
椿を連れ、一度怒られる為に公爵邸へと帰還したカイト。ついた瞬間、足が重くなったと感じた。感情の抑制を解いているおかげで精神的な影響を随分大きく受けているだけである。
「行きたくねぇ……」
サボった事がバレているので怒られるとは思っているカイト。尚、椿を連れ帰った事が怒られる原因とは、全く気づいていなかった。この点、まだまだ女性陣への気配りの改善点が見られた。まあ、ここまで改善されると手のつけようがないと言うのは、多くの女性陣が共通して抱く危惧であるのだが。
「あの……ここは?」
そんなカイトに対して、まだ街に来て3日の椿は、公爵邸を知らない様子であった。まあ、街に来る時は馬車に乗せられて来たと言う事なので、仕方がないかもしれない。
「ああ、まあ、ぶっちゃけるとオレの家なんだが……椿はこっちじゃなくて、当分はオレが通常詰めている冒険部のギルドホームで仕事をしてもらう。」
「はい。」
「んじゃ、入るか……うあー、怒ってんだろうなー……」
カイトがサボる度に、数時間に渡るお説教がされるのだ。ちなみに、これは始めは一時間程度で終わっていた。カイトの側に女が増える事によって比例して時間が増えているのだ。
「アウラが居ないだけ、まだまし……じゃねえよな……」
カイトがドアの前に立った所で、溜め息を吐いた。確かに義姉のアウラは居ないが、公爵邸を探ると、中には桜を筆頭に、黒いオーラを纏った魅衣と瑞樹も一緒にいた。一人減って三人増えたのでは、説教の時間が長くなるだけであった。
「はぁ……行くか。」
カイトは腹をくくり、ドアノブに手をかける。公爵邸に行かなかった所で、何方にせよ冒険部のギルドホームにて捕捉されるのだ。諦めるが吉であった。
「……ただいまぁー……」
ゆっくりと玄関を開けて中を窺い見るカイト。そこには、予想に違わず何人もの少女達が待ち構えていた。
「……お帰りなさいませ、お兄様。」
クズハがカイトに気づいて、にこやかに、されど目が笑っていない笑顔でお出迎えする。
「さ、カイト。取り敢えずは部屋行こっか?」
そう言ってユリィがその細腕に見合わぬとてつもない力でカイトを連行する。逆の腕はユハラが捕まえている。
「……はい。あ、その前に!ユハラ、その娘今日から入った新人さんだから!服とか用意してやってくれ!」
「……御自分で用意してくださいねー。あ、でもそのままなのもかわいそうですねー……えーと、あ、そこの娘達でいいですね。その娘の服とかを拵えてあげてください。」
据わった目をしているユハラ達に戦々恐々としていた事情のわからぬメイド達が、ひっ、と怯えた声を上げたが、ユハラはそれを無視して指示をだした。
そして指示を与えられた女の子達は、ビクビク怯えながらも急いで椿の手を取って避難していった。
「椿!その娘達は信用して大丈夫だから!取り敢えずその娘達に従っておいてくれ!明日には会えると思う!」
「え?あ、はい。」
椿はカイトの言葉に頷くが、少しだけ警戒感を露わにして、メイド達に連れられていった。カイトはそれに申し訳なく思いつつも、身動きが取れない。
そうしてカイトは何人もの女の子に連れられ、自分の部屋へと強制的に連行されるのであった。
「あーあ、説教されるのわかってんなら、いちいちサボんなきゃいいのによ。」
一連の流れを見ていたコフルが、呆れた表情で呟く。カイトが見つかった事で、なんとか自分への八つ当たりは少なくなる。少なくない安堵が彼には見えた。
「ははは、カイト殿にしても、何故怒られるのかは全くご理解していられない様子だったがな。」
コフルと共に、カイトの捜索に駆り出されていた執事の一人が、笑って答えた。
「はぁ……いい加減気付かねぇのかな。」
何に、とはカイトが毎度毎度女の子を連れ帰る事に、である。
「無理だろ。あの人にとっては単に良い人材を雇用した程度にしか考えていないだろうからな。」
コフルの副官を務めている昔なじみが、苦笑に近い笑みを浮かべる。その言葉に、他の面子も笑うのであった。
それなりに他人の心に鈍感ではない――敏感であるわけではない――カイトであるが、自身が人材雇用としか考えていないこの癖だけは、治り用が無かったようである。才能のみ、つまり容姿抜きで選んで結果として美少女や美女を連れてくるだけなのだ。
「この調子だと、日本でも何人も侍らせてたんだろうな……」
誰かがそう言う。その言葉に、全員が即座に同意した。
「ま、俺達に被害が及ば……ないことはないな。」
話している最中に、薄ら寒い魔力が渦巻いている事に気付く。見れば、カイトの居室がある3階を中心とし、公爵邸の使用人達がカイトの居室からなるべく離れるように移動していた。
「うお!さっびぃ!」
そこでコフルは見知った魔力を感じ、寒気を感じる。非常に怒気の乗った魔力であった。夏も近いのに真冬の気配を感じ、コフルは鳥肌が立った。それに、横の執事が笑う。
「久々だったからな。油断したか?」
「ああ……うあ、俺今から出かけてくる。ここに居たくねぇ。」
「俺も俺も。」
コフルが退避を決めた事に合わせ、集まっていた男性陣も三々五々に避難を開始し始めた。
「こっからなるべく遠いとなると……やっぱ孤児院行こ。」
そうしてようやく、コフルは当初の目的を開始するのであった。
一方、クズハを筆頭に女性陣に連行されたカイトは、正座をさせられていた。桜が部屋に着いて開口一番、正座させたのである。この手際の良さはクズハが非常に羨ましがっていた。
「お兄様、まずは何故怒られているのか、理解できますね?」
「……はい。申し訳ありませんでした。」
すでにかなり長い時間正座をさせられているが、日本での練習の賜物か、まだ足は痺れては居なかった。
「では、御自分が何をなさったのか、白状してください。」
「はい。私、カイトは仕事をサボタージュしてしまいました。」
正座した状態で、自分の罪を告白し始めたカイト。尚、この罪の告白は既に3回目である。
「そうです。お兄様ももう良いお年なのですから、そろそろ落ち着かれてはどうですか?」
本当は女の子を連れ帰った事に激怒しているのだが、クズハは正論を突き付けて説教を行なうので、カイトには一切反論が出来ない。
ちなみに、女の子を連れ帰るなと誰も感情的に非難しないがゆえに、カイトが今後も適時人材を拾って帰って来る事には誰も気付いていない。良家の子女として一定以上の教育が施され、理論的に叩き潰すというある種頭の良い彼女らだから故の盲点だった。
「はい。」
カイトがしょんぼりとした様子でコクリと頷く。見た目がほぼ常に十代終盤で素の性格が性格なのでよく忘れられるが、カイトは実年齢30手前の人間としてみるならばいい大人なのである。そう言われるのも、無理なかった。
「それに、お兄様は公爵なのです。その仕事がどれ程重要で、民草の命に関わる物か、お兄様もご理解されているはずです。」
「はい。」
そう言ってクズハによる説教を正座して神妙な面持ちで聞くカイト。しかし、内心では溜め息しかでなかった。
(後、何人居るんだろ……)
「それに、お兄様。お兄様とて公爵家でどのような雇用方法をとっているかはご存知の筈です。それをトップ自らがすっ飛ばすとはどういう……」
尚もクズハによるお説教が続いていく。ふとクズハの周囲を見ると、カイトに説教をする順番待ちができていた。その様子から次は桜かユリィと予想する。
「お兄様!聞いてらっしゃいますか!」
「はい!」
よそ見していた事がバレたカイトは、再度クズハの説教を一から聞き直すはめになるのであった。
「や、やっと終わった……」
日が暮れ始める頃、ようやくカイトの説教は終わりを告げた。
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ、何も。」
独り言を聞かれ、クズハから半眼で睨まれたカイトは、即座に黙りこむ。
「……そうですか。では、椿については一時的に此方でお預かり致します。テストの内容が事実なら、数日後にはお送りできると思います。」
「お願いします。」
そう言って途中から合流した椿がクズハに頭を下げた。カイトの私室に来るまで少し怯えた様子だったのだが、カイトが一緒に居ることで、怯えが小さくなった。
「ああ、わかった。じゃあ、オレは三人を送って来る。」
「はい。では、また後ほど。」
ちなみに、クズハがまた後ほどと言ったのにはきちんとわけがある。確かにカイトの異空間は現在使用していない。だが、冒険部ギルドホームの寝室にて全員集合する事が多いのだ。
なのでクズハとユハラ、フィーネの三人がそう言ってカイト達を見送る。そうして出発する直前、カイトはあることを忘れていた事を思い出した。
「あ、おっと、忘れる前に……ほれ。」
カイトはそうして仲の良い女性たち全員に、買ったプレゼントを配っていく。
「えーと、全員に似合う様に選んだんで、偶にはつけてくれると嬉しい。」
全員にプレゼントを配り終えた所で、照れた様子でカイトが言う。
「ありがとうございます!」
今まで怒っていたクズハが、プレゼントの中身を見て満面の笑みを浮かべた。どうやら彼女の遠縁の少女のデザインはクズハにも認めてもらえた様だ。同じくプレゼントを受け取った他の面子も、往々にして似たような表情を浮かべていた。
現金だとは思うが、それでもやはりひと通り怒りを発散して想い人から贈り物を送られれば怒りも和らぐ。それがきちんと自分達に似合うようにと考えられている物ならば、喜びもするのであった。
「んじゃ、行ってくる。」
そうして冒険部へと戻っていった5人であるが、その道中、女性陣の機嫌は、かなり改善されていたのであった。
「ただいま。」
性格と髪、眼の色を元に戻したカイトがそう言ってギルドホームに戻ってきた。だが、戻ってきてそうそうに目撃したのは人だかりであった。何か険悪というか居た堪れない空気が流れていた。
「あ!カイト!ちょ!マジ助けて!」
「ん?どうした?」
カイトの帰還に気付いたソラが、開口一番助けを求めてきた。見ればソラは正座させられており、怒っているらしい由利がソラの前に立っていた。
「さっきの!」
「ああ、なるほど。」
そう言ってカイトが笑うが、さすがに親友が付き合いたての彼女から誤解を受けたままなのは哀れと思ったらしく、由利をなだめることにした。
「由利……ちょっとだけ話を聞いてやってくれ。」
由利に呼びかけた瞬間、かなり据わった目で睨まれたので、カイトは少しだけのけぞった。最近、女性陣の方が影響力を持っている気がしないでもないカイトだが、諦めが肝心であった。
「なに?」
「えっと、な?何をそんなに怒っているんだ?」
大体の予想はついているのだが、取り敢えず理由を聞かないことには始まらない。と言うか口調が若干往年に戻っている。結構なお怒りのご様子であった。
「ソラってば、ウチと付き合ってるのに、別の女の子の所行ったの。」
そう言って始まる由利の愚痴大会。その愚痴に、カイトの横にいた女性陣と、由利をなだめようとしていた何人かの女子生徒達が頷いている。
ちなみに、近くには由利をなだめていた女生徒に連れて来られたティナが居るが、そちらは現在我関せずを貫いていた。
彼女にとっては、何故愛した男が好色で悪いのかが、理解出来なかったのである。この辺は、魔族と人間との種族差と言えた。とはいえ、由利が怒っている事は同じ女として理解出来たため、黙っているのであった。
「そうよねー。カイトも今一緒に行ってたみたいだしー。私達もさっき迄お説教してたのよ。」
「酷いよね。」
「ねえ。」
魅衣と由利の2人が頷き合っている。由利は魅衣や他の女生徒という共感者を得たので、少しだけ落ち着いた。そこで、ふと由利は4人の様子が出て行った時と異なる事に気付いた。
「でも、なんか4人共少し機嫌良くなってない?」
ギルドの仕事をほっぽり出して出て行った時には、周囲の生徒達が見て見ぬふりをする程、怖いオーラを纏っていた4人。由利はそれが今は薄らいでいる事に気付いた。
「というか、少し上機嫌?」
「え?そう見えますの?」
瑞樹が少し意外そうな顔をする。自分達では気づいていなかったのだが、少しだけ口元が緩んでいた。
「それに、そのネックレス。出てった時にはしてなかったよね。ユリィちゃんの髪飾りも。」
「ああ、これ?カイトがくれたの。」
そう言ってユリィが少し嬉しそうに髪飾りを指さした。妖精族用の髪飾りは実は多くは無い。大きくなった場合等に対処出来る様にすると、どうしても技術的に難しくなるからだ。それ故お店できちんと確認しなければならない上、それなりに金額も高くなる。きちんとカイトが努力した結果であった。こういう努力を全員分きちんと怠らないのが、カイトのすごい所であった。
「ああ、まあ。一応は市場調査の名目で出て行ったからな。市場を見て回っている時に、似合いそうだ、と思った物を買っただけだ。」
そう言ってどうということでもない様子のカイトに、一同の周囲の野次馬の内、男性陣が戦慄し、女性陣が自分の彼氏と比べ、羨ましそうに溜め息を吐いた。この男、素で女性を褒め、プレゼントを贈れる事を理解したのである。
「いいなー。」
そう言ってソラの方をチラチラと窺い見る由利。誰かに愚痴を話している内に、大分と怒りが和らいだようである。
「え、っと。今度一緒に飯でも食いに行くか?」
ここで持ち直さない手はない、そう決心したソラが、勇気を振り絞ってデートのお誘いを掛けた。
「本当?」
「次の休みは一緒に取れるように手配しよう。」
「そうですね。一緒に行ってきてください。」
カイトの言葉に、桜が同意する。
「じゃあ、今回は、許してあげるー。でも、本当に、その……エッチなこと……してないの?」
「あ、ああ!それは本当だ!」
「……信じてるからねー?」
真剣な表情のソラを見て、由利が真剣な目で言う。ソラはそれに頷くだけであった。そうして、この日は殆ど業務が進まず、一日が終わるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第178話『頼み』
2016年4月27日 追記
・誤字修正
『コフル』とすべき所が『ストラ』になっていたのを修正しました。