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第176話 契約成立

 *連絡*

 色々とご迷惑をお掛けしました。本日から普通に対応出来ます。

 椿を秘書とすることへ承諾を得たカイトは、その後椿と幾つか契約内容について打ち合わせを行い、後はストラが承諾を下ろすだけとなった。


「でも、ストラ様が承諾してくださるでしょうか?」

「あ、そっちは問題ない。んじゃ、行くか。」


 そう言って2人は部屋から出て、ストラの居る執務室へと向うのだが、道中でステラと出会った。どうやら部下への指示を終了させたようである。


「む?カイト殿よ。そちらは?」

「ん?ああ、ステラか。新しく雇う秘書だ。一度ユハラあたりにでも教育をさせるが、お前とも共同で行動することもあるだろう。挨拶しておいてくれ。」

「なんだ、そういうことか。私はステラ・マクヴェルだ。ここの総支配人のストラの妹でもある。今は引き継ぎ中だが、もう少ししたら主の護衛へと回る予定だ。そのときは、よろしく頼む。」


 一応見知らぬ少女と一緒だったのでカイトの呼び方に気をつけたのだが、身内とわかりステラはカイトの呼び方を本来の主に戻した。そうしてステラが主と告げた事に気付いて、椿が首を傾げる。


「あ、ありがとうございます。椿、と申します。あの、主、とは?」

「ん?主よ、言っていないのか?」


 事情を把握していないらしい椿を見たステラが、カイトに問いかける。それにカイトがぽん、と手を叩いた。椿の才能に歓喜して、すっかり伝え忘れていたのだ。とは言え、誰が通るとも知れない廊下で語れる内容では無い。なので、椿に移動を促す。


「ん?ああ、忘れてたわ。まあ、それはここじゃダメだな。後でストラの部屋で話す。ステラは悪いが椿の娼館での雇用書類を持って来てくれ。」

「ウチの従業員だったのか。身請けか?」

「まあな。」

「わかった。すぐに持って行こう。先に兄の部屋に行っておいてくれ。」


 そう言ってステラは去って行くのであった。


「あの、ご主人様。今のは一体……」


 カイトと新たに雇用契約を結んだことで、カイトの呼び名がご主人様に変わった椿。カイトは名前でも良かったのだが、椿が譲らなかったのである。


「ああ、少ししたらオレの護衛にあたるステラだ。一応今後は椿の同僚になるから、知っておいてくれ。」

「あ……はい。」


 ストラの妹であるステラがかなりの腕前を持つ剣士である事は、入って数日の椿とて知っていた。この娼館に入ってまず教えられるのが、彼女ら兄妹だからだ。

 とは言え、数日前に知らされた情報では彼女は兄であるストラと共に、公爵家の裏事を担当していたはずなのである。それが何故、カイトの護衛を務めるのか、椿には理解できなかった。


「まあ、行くか。」


 疑問符を頭に浮かべる椿をせかして、カイトは執務室へと向うのであった。




「で、どういうつもりなんだい?」


 一方の執務室では、昼食を食べ終えたシルミとストラの2人が机を挟んで向かい合っていた。シルミは既に身請け金を払い終えているし、現状では立場的にはストラの直参の部下に近い。執務室にも出入りが許されているのであった。


「まあ、単なる感傷、ですか。私と彼を巡りあわせてくれた少女の名前も、椿なんですよ。」

「そんな事であの娘を向かわせたのかい!」


 さすがのシルミもストラの発言に憤った。単なる感傷、それだけの為に傷心の少女をあてがうのは、同じ女として、納得しかねた。しかし、ストラはそれをいなし、更に続ける。


「後はもうひとつ。あの方なら、今の椿を癒せるかも、知れません。」


 シルミや特定の人員を除く公爵家において、最もミックスの娼妓達への思い入れがあるのは間違いなくカイトである。なればこそ、期待した面もあったのであった。


「そこまで、凄い人物なのかい?確かに、只者じゃあ無い様子だったけど……」

「まあ、只者では無い、と言う意味なら、確かに只者ではないですよ。」


 疑問で眉間に皺を作ったシルミに対して、ストラが苦笑して語る。だが、それを受けたシルミの方は逆に眉間の皺を深めた。


「うん?ここいらじゃ有名な奴は全員知ってるけど……」


 シルミはマクスウェルの街で生まれ育ったわけではないが、並の人間の寿命分ぐらいは殆ど街から出ずに生きてきたのだ。その自分が知らないのなら、最近来たと考えたのである。


「最近来た有名なカイトと言えば……冒険部の部長さんぐらいだったねぇ。でも、あの子は最近こっちに来た所か、最近異世界から来たわけだから……」


 カイト、と言う名前はエネフィアでは別段珍しい物ではないのだが、最近有名になった名前とすれば冒険部のカイトしかいなかった。ストラはというと、色々と考えこんでいるシルミをにこやかな笑顔で眺めているだけで、何か告げるわけではない。そうして居る内に、部屋の扉がノックされた。


「おーう、入っていいか?」


 ノックした後に響いた声は、カイトの声であった。それを受けて、ストラが返事をする。


「あ、どうぞ。今お開けします。」


 そう言ってストラ自らドアを開け、カイトを招き入れた。カイトが入ったのに続き、椿が一礼して入ってきた。


「おや、時間はまだあった筈だけど……もう終いかい?」


 椿の様子を観察し、シルミは特段非道はなされていない事を確認する。椿の様子が心なしか晴れやかであった事もあって、シルミはひとまずは安心した。


「まあ、そんなとこ。」

「それで、カイト様。如何なさいました?」

「ん?ああ、椿、オレの所で引き取るわ。」


 その言葉にシルミは目を見開いて驚き、ストラは公爵邸から連絡があった時点で予想していたらしく、苦笑していた。


「あんた……引き取るってその娘がいくらなのか知ってんのかい!しかも、たった一度会っただけの女に出せるのかい!?」

「あん?ミスリル銀貨2000枚だろ?……ほい。」

 そう言ってカイトはミスリル銀貨が1000枚が入った袋を2個、無造作に床の上に置いた。


「へ?」


 袋の開いた口からミスリル銀貨が飛び出し、その存在を主張する。全てが本物である事を確認したシルミは、目を見開いて驚いた。

 これだけの金額をポンと払えて自分の知らない人物とは、一体何者なのか、その疑問が頭を渦巻いていた。そうしてあまりの疑問に、シルミは本来は許されるべきでは無い客の素性を問う事にした。


「あんた……ほんとにナニモンだい?」

「というか、そっちこそ誰だよ?」

「あ、ああ。あたしはここで働いているシルミってもんだよ。一応この娼館では最上級の花で通ってるよ。まあ、今じゃその娘とかの教育が大半だけどね。」


 カイトの疑問に、それももっともだとシルミが自己紹介を行う。


「現在は身請け金も全て払い終えていますので、此方から依頼して公爵家で雇い入れております。時には公爵家のメイド等への教育も務めて頂いております。」

「ああ、報告書にあったシルミ、ってあんたの事だったのか。」


 ストラの言葉にカイトが納得する。そうしてシルミの人物評等を思い出し、自分の正体を伝えるに足ると判断した。一方のシルミは、報告書と言われ、少しだけ顔を顰めた。


「あんまりこそこそ調べられるのは趣味じゃないねぇ。」

「ははは、スマン。っと、オレの自己紹介がまだだったな。オレはカイト・アマネ。天桜学園は知っているな?」

「まあ、ね。でも、そこの部長さんなら蒼い髪じゃないはずだよ。」


 最近ようやく公になる事が決まり、公爵家の従者達ならば多くに通知された天桜学園の事は、既にシルミも知る所であった。そして冒険部の部長であるカイトのことについても、当然知っていた。

 彼女とて、マクダウェル公爵家の娼妓の筆頭として世間一般の情報は広く入手しているし、公爵家の上層部の一人として、かなり正確な情報を得ていた。


「まあ、な。オレのもう一つの名前が、カイト・マクダウェル。一応、この街の公爵を務めている。」

「まあ、そういうわけなのですよ。」


 そう言って2人は笑みを浮かべた。しかし、いきなりカイトの正体を知らされた椿とシルミの2人は、目を見開いて驚いた。そして、椿はカイトの自信の根源を知った。

 一応椿の雇用契約はストラの経営する娼館と結ばれているが、それは更に元をたどれば、カイトに行き着く。きちんと金銭面にケリを着けて上司のストラさえ認めれば、単なる配置転換に過ぎないのであった。

 そしてストラもまた、こんな所で体を売って生活するより、カイトの所で秘書として暮らすほうが良いと考えている。シルミの様に望んで娼妓をやるならば別だが、そうでなくわけありならば特にそうだった。拒む理由はないのである。


「ふかし、ってわけじゃないんだね?」

「ええ。既に我々を筆頭に、多くの方が閣下の帰還を存じ上げております。とは言え、今はまだ公にはしていませんがね。」


 そうしてストラが事情を説明していると、ステラが部屋に入ってきた。


「主よ。持って来たぞ。」

「お。サンキュ。」

「では、此方を破棄しましょう。」

「よっしゃ。んじゃ、後はこっちにサイン書いて。」

「はい。」


 そうして最後にストラが書類にサインし、正式にカイトと椿の間に契約が結ばれたのであった。


「よし、これで問題なし。椿、これから頼むな。」

「此方こそ、よろしくお願い致します。」


 そう言って椿が一礼する。そうして、正式に決定が為された事で、カイトがほっと一安心といった所でひと心地ついた。


「はぁ……これで忙しさから少しは解放されるか?」

「まあ、あんまり言わないけどね……その娘を頼むよ。」

「あいよ……さて、次はクズハにでも連絡を入れるか。」


 新たに人員を雇い入れるのだ。クズハに話しておく必要があった。普通は事前に準備する必要があるだろうが、自身が私設秘書を招き入れるだけだ。なので問題が無いはずだ、カイトはそう考えていた。


「あ、閣下。今クズハ様方が閣下をお探しになられていますので、お気を付けを。」


 何に気を付けろ、とは敢えて言わない。その程度は既にわかっているからだ。


「あ、ああ。」


 そこでようやくカイトは自分がサボタージュの真っ最中であった事を思い出した。しかし、言わないわけにもいかないので、カイトは腹をくくって念話を使用した。


『……クズハ?』

『お兄様!今どこですか!』


 カイトが連絡を入れるやいないや、即座にクズハから応答があった。


『いや、ストラのとこだ。』

『……お兄様?何をなさっておいでですか?』


 非常に平坦な声でクズハからの応答が帰ってきた。まあ、想い人が居なくなった挙句に風俗に行っていれば、不機嫌にもなるだろう。


『いや!女を買ったとかじゃないぞ!?……いや、身請けはしたが。』

『尚更悪いじゃないですか!』


 恐れていた事が現実になった、それを突き付けられたクズハから怒号が返って来た。何処か嘆く様な口調であったのは間違いではない。


『だってしょうが無いだろ!忙しすぎんだから!秘書の一人でも雇わんとやってられっか!』


 それに対してカイトがもっともな言い訳を行なう。そもそもで忙しくなければ問題は無くなるのだ。だが、その当然の指摘に対して、クズハはヒステリックに告げる。


『じゃあ、ユハラあたりが手が空くまで我慢してください!』

『無茶言うなよ!ユハラ今メイド長だろ!手が空くなんて、何時だと思ってんだ!』

『……一年先ぐらいなら、開けられると思います!』


 カイトの言葉に、クズハが頭の中で試算してみる。カイトが正体を公表すれば別だが、彼女が幾ら楽天的に試算した所で、最短で一年という計算だった。その間に何回もカイトの逃走劇があるのは目に見えていた。

 ちなみに当たり前だが、曲がりなりにも栄えあるマクダウェル公爵家メイド長であるユハラをカイトの下に派遣するとなると、様々な理由付けや調整がいる。その調整や理由付けに時間が必要なのである。


『そんなに待てるか!』

『だからってなんで女の子を雇うんですか!?』

『いや、まあ、付き合いで店行ったら偶然新人の女の子と話せてな?凄いぞ?ウチの試験問題の一番難しいので満点取った。』

『……凄い事は認めます。でも、それとこれは別です!』


 カイトがこんな事で嘘を吐くとは思っていないので、クズハも椿の才能については素直にすごいと認める。クズハとて、自分の所の試験問題の難しさは把握しているのだ。それで満点を取るのであれば、実務はともかく入る前の評価としては、最高と認められた。

 認められるのだが、カイトの近くに美少女――と既にクズハは判断した――が増える事が、許容出来ないのであった。とは言え、何時までも念話で会話する必要は無いと考えたのか、クズハが怒鳴り声でカイトに告げる。


『取り敢えず、今すぐお戻りください!仕事が溜まってます!』

『……はい。』


 仕事をサボっている事は全面的にカイトが悪いので、拒否できない。そうしてカイトは念話を遮断してストラとステラに告げる。やはり怒られると落ち込むのか、心なしかカイトはしょんぼりとしていた。


「はぁ……クズハに怒られたから、一度家戻るわ。」


 それにストラは苦笑するしかなかった。


「わかりました。では、お連れのお二人には此方からお伝えしておきましょう。」

「助かる。椿、行くぞ……はぁ。」

「……はい。」


 何が起きているのかイマイチ理解できていない椿だが、カイトが立ち上がったのでそれに従う。


「んじゃ、オレは戻るわ。」

「はい。では、お見送り致します。」


 そう言ってストラが立ち上がろうとした所で、カイトが片手を上げて制した。


「いや、いい。こっから帰る。さすがに椿を好奇の目に晒してやりたく無いからな。」

「きゃ!」


 ストラの機先を制したカイトは窓を開け放ち、椿を抱きかかえた。所謂、お姫様抱っこである。そうして、カイトは椿を抱きかかえて窓に向かおうとした所で、ふと思い出してステラに告げる。


「あ、そだ……ストラ、ステラ。オレの護衛への配属が遅くなっても構わん。王国と帝国の情報をもう少し詳しく集められないかやっておいてくれ。特に王国を頼む。超巨大飛空艇というのは気に掛かる。」

「ああ、わかった。やってみよう。」


 カイトの指示を受け、ステラが頷いた。それを受け、今度こそカイトは三人に背を向ける。


「おし、行くか。」

「その娘を頼んだよ。」


 カイトが窓から出て行く直前、シルミが椿の事を頼む。数日とはいえ、自分が面倒を見た少女である。心配になるのは仕方がないだろう。


「ああ、任せろ。んじゃな!」


 カイトは最後にそう言って、窓から飛び出した。そして、そのまま隣接する屋根に飛び移り、跳躍して一度公爵邸を目指したのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第177話『お説教』

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