第10話 方針―冒険者―
休憩を終えて第一会議室へと戻ってきたカイト一同。教員たちも戻ってきている。全員が戻ってきたことを確認した桜田が口を開いた。
「では、会議を再開する。ヴァイスリッター氏の部隊のグラウンドへの駐留だが、どうしたものか。」
桜田校長が問うと、ある教師が溜め息を吐いて挙手し、発言した。先ほど感情的にルキウスらの駐留を否定した教師であった。
「幸い学園の塀と門が無事でしたので近場、ということで良いのでは?」
どうやら落ち着いてみて、今の現状を見直し、何があっても可怪しくないと気づいたらしい。仕方なし、という感が見て取られたが、理性で納得したようだ。
「ですがそれだと野盗や魔物が闇に紛れて塀を超えた時の対応が……。」
「では学園内を見まわりしてもらうのは?」
どうやら他の教師達も同じらしく先程とは違い、時々熱くなるも、比較的冷静に議論を交わし合っている。どうやら、桜田校長が落ち着かせるべく休憩を取らせたのは正解であったらしい。
「では、ヴァイスリッター氏らにはグラウンドにいて頂いて構わないですな?」
そうして、最後に桜田校長が結論を下す。それに教師たちは不承不承と言う教師が少し居たものの、頷いた。百名程度、しかも介抱された際に自身達や生徒達への物腰が丁寧であったことなどから、生徒たちへの威圧感も少なくしてくれるだろう、と期待したのだ。
なお、騙されているのではないか、という意見には騙した所で彼らの言が真実なら、彼らに利益が少なく、また、今の我々に彼らを頼る以外にすべはない、ということで決着した。それならばルキウスらを最大限に信用しているということを示したほうが良い、という打算もあった。
結論を教師の一人に伝えに行ってもらい、次の議論となる。次の議論なのだが、それは今後の方針であった。かなり長時間会議を行っているが、どうやら、生徒達を安心させるため、大まかでも良いので今後の方針を決めておきたかったらしい。
「今後の方針なのだが、天道くん、アルフォンスさんと興味深い話をしていたようだが?」
どうやらアルと話していたのを聞いていたらしい。桜田はソラと同く、飛空艇見学で玄関近くにいたのだ。彼も既に孫が居る年齢―実際に孫も居る―なのだが、少しだけ子供っぽい所が残っていたのである。
「いらっしゃったのですか?実はルキウスさんの日々の糧を、というお話を受けまして、此方の皆さんと相談をしていたところ、偶然アルフォンスさんとお会いし、少し相談に乗って頂きました。」
「そうかね。で、何かいい話は聞けたかね。」
どこか好々爺然とした態度を取った桜田校長は、桜に対して孫娘に問いかける様に問いかけた。実は桜田校長は昔から桜を知っており、自分の孫娘の如く扱っているのであった。
「そうですね……。まず、日々の糧、ということで農家などはどうか、とおっしゃられてました。」
「ふむ、確かに自給自足できるのは有難いな。」
あごひげを擦りながら、桜田校長が思案する。食料等を公爵家から供出される学園にとって、食糧事情の改善は急務であった。
「ですが、これは帰還の見込みは少ないともおっしゃられていました。」
「当然か。先の会議でも協力はするが、帰還の方法は自分たちで探してくれ、とヴァイスリッター氏もおっしゃっていた。籠っていては探すことは出来んか。」
道理だ、とそれを聞いていた教師たちも頷く。
「次に、一部の人員を研究者などとして各地の魔法などを研究するのはどうか、と此方から提案させて頂いたのですが、それは難しいだろう、と言われました。」
「なぜかね。こちらの世界の魔法などの中には世界間転移の魔法もありそうなのだが……。」
どうやらこのアイデアは桜田校長も考えていたらしい。少しだけ残念そうに桜に問いかけた。
「確かに遺跡などにはそういったものがあるかもしれない、とのことでしたがそういった遺跡には危険が多く、護衛を頼もうにもかなり高額になる、とのことでした。」
「八方手詰まりか……。」
そう言って考えこむ桜田。落ち着いたらしく、教師たちも意見を出し合っている。そこで桜はアルから聞いた冒険者の話をしてみることにした。
「それでアルフォンスさんから一つの提案がありました。」
「それは?」
桜田が先を促し、教師たちも一度議論をやめて桜の発言に傾聴している。
「冒険者となって自分たちでそういった遺跡や各地の魔法を調査してはどうか、とのことでした。」
「ふむ、冒険者とは?」
「聞くところによると依頼者から依頼を受けて様々な仕事をこなす職業のようです。」
ゲームなどをやっている教師たちはどうやら冒険者と聞いて大凡を理解したようだが、桜田は理解できなかったらしく眉の根を寄せていた。
「便利屋のようなものか……。だが、なぜそのような便利屋が各地の遺跡などへ行けるのかね?」
「ええ。どうやらその冒険者というものには戦闘能力を求める依頼もあるらしく、彼らでなければ出来ない仕事などもある様子。そういった依頼の一環なのでしょう。」
「うーむ、それは危険性が高過ぎるのではないか?」
そういって難色を示す桜田に桜は話を続ける。
「そのように思います。アルフォンスさんも、死の危険や……陵辱されたりする可能性もある、と。」
女性としての尊厳を汚されることへの恐怖からか若干口ごもる桜だが、気丈に話を続ける。
「ですが、こうした危険性の高い依頼以外にも安全な依頼も多いらしいですね。」
「ようには多くはアルバイト感覚、というところか。」
どうやら冒険者という職業を若干理解したらしい桜田を桜は肯定する。
「アルフォンスさんもそのようにおっしゃっていました。それに冒険者として活躍すれば王侯貴族との縁も得られるらしいですね。」
「彼らが後ろ盾になってくれる、ということか……。それは我らにとって一番欲しいものだな。」
桜田はそう言うと、顎髭を撫ぜながら考えこむ。同じように教師達も考えこんだり話し合ったりしている。
今の天桜学園にとって衣食住などの必需品のほかに必要なのが、確固たる後ろ盾である。今現在彼らは公的に保護してくれる者が何もない状態だ。もし今、公爵家からの支援がなくなればすぐにでも全滅してしまう。そうならないためには協力してくれる権力者を見つける必要があるのだ。
だが、この案は同時にリスクも高い。最悪、貴族たちの権力闘争に巻き込まれる可能性があるのだ。ただでさえ、天桜学園は異世界からの来訪者ということで注目されるであろう存在なのだ。リスクを考えて誰もこの案の採用を決められないのである。
考え込んでいた桜田は自分たちだけでは結論は出ないと考えたらしく、今日の議論を切り上げる事にした。これ以上は精神的な疲れから、どうやっても良いアイデアが出ない気がしたのだ。
「仕方がない。明日にでも冒険者の件はヴァイスリッター氏らに相談することにしよう。今日はもう日が落ちるようだ。皆も今日はいろいろあって疲れているだろう。他に何もなければ、これで今日は議会を閉会し、休むとしよう。」
疲れているのを理解していた教師たちは、頷いて思考を切り上げる。そして、三々五々に部屋から出て行く教師たちであるが、誰も彼もが疲れた表情をしていたのだった。
カイトら一同も自らに割り当てられた居住スペースへ戻ろうとしたところ担任の雨宮に話しかけられる。
「天道、それに3人とも。」
「雨宮先生。はい、何でしょうか。」
雨宮の呼びかけに応じて、桜が答えた。それを受けて、雨宮が話し始める。それは注意に近かった。
「全員に話がある。……お前らなぁ、いくらなんでも勝手にアルフォンスさんについていくことはないだろ。たまたまアルフォンスさんがいい人だったから良かったものの、そうでなかったらどうするつもりだったんだ……。まぁ、教師たち全員が応対出来なかった、ということもあるんだろうが……」
雨宮はかなり真剣な顔をして言う。これに対して全員返す言葉がない。カイトとティナはここがエネフィア、しかも公爵領であるとわかっていたのであまり警戒していなかったが、確かに迂闊であった。もしかしたら、良く似た世界や、平行世界等の可能性――カイト達は平行世界の存在は疑わしいと見ているのだが――もあったかも知れないのだ。
「すいません先生。ドラゴンに襲われて混乱していたところに助けて下さった方がアルでしたので……。」
と謝罪するカイトに、雨宮は表情を和らげて安心させる様に言った。
「混乱する気持ちはわかる。だが、もう少し気をつけてくれよ。まぁ、実際俺は気絶してたしな。」
実際は茫然自失となっていただけであるが、そう冗談を言って場を和ませる雨宮。雨宮は続けて言う。
「分かったなら、今回はもう何も言わん。お前たちも色々あって疲れているだろう。俺は他のクラスの奴の様子を見てくるが、お前たちはもう休め。」
そうして雨宮はじゃあな、といって去っていった。
「こんな状況でも生徒に気を配ってくださるとは……。いい先生ですね。」
そう評価する桜に対しティナが正確に雨宮の状況を言い当てた。
「動いている方がいい、というのもあるんじゃろ。ではお言葉に甘えて余らも休むとしよう。さすがに余も今日は疲れた。」
「そうですね。わたしも今日は疲れました。」
そう言って今度こそ割り当てられた居住スペースへ向かう一同であった。
そうして、居住スペースに行く道中。カイトがティナに小声で話しかける。その顔は悪戯を思いついた子供の様に、輝いて見えた。
「ティナ、少し友人との約束を果たしに行こうと思う。手伝え。」
手伝ってくれ、でもなく、手伝え、命令であった。
「やはり何か企んでおったか……。良かろう。何をするつもりじゃ?」
どうやらカイトが休憩中から考えていた事の一つはろくでもないことであったらしい。
「ちょっとな。」
密かにそう言って悪そうに笑うカイトから、ティナはその内容を聞いて、笑みを浮かべるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
2018年2月3日 追記
・誤字修正
『先とは違い』を『先程とは違い』と修正
『急務』とすべき所が『早急』になっていた所を修正
『おっしゃって』が『おっしゃて』となっていた所を修正
『返す全員言葉』となっていた所を『全員返す言葉』に修正
『笑うカイトから』とすべき所が『笑うカイトが』となっていたのを修正