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第174話 雛菊

 前回次回予告を忘れて申し訳ありませんでした。気を付けます。


 *連絡*

 私事ですが、本日体調不良の為、感想等を頂いてもご返事が出来そうにありません。なんとか明日分は既にできていますが、誤字等への対処が遅れます事をご了承下さい。

 ストラの元から立ち去り、雛菊を呼びに行ったシルミ。そうして雛菊を引き連れ、道中幾つかアドバイスをしつつ、カイトの待つ部屋の前へとやって来た。


「本当に、いいんだね?なんだったら断っても良い、そう言われてるんだから、無理する必要はないよ。」


 娼妓にも客を選ぶ権利がある、そういうことで実際に客を断る事も可能なのだ。事実、シルミや他の娼妓達も何度か客を、それも貴族相手でさえ断ったことが何度もある。それで確かに揉めた事は無くは無いが、それらは全て公爵家が出て来て方を付けた。なので、断る事は可能なのだ。それをシルミが何度も念を押す。


「いえ……総支配人様が薦めてくださったお方ですから。」


 そう気丈に言う雛菊だが、彼女は少し俯いており、明らかに怯えが見えた。その肩はやはり初めての客としての男とあって、少しだけ震えていたのだ。


「あいつも何考えてるんだか……」


 シルミはストラの顔を思い出す。客の少年の事をえらく信頼している事が見て取れた。それが、彼女にも彼女の職権として雛菊をあてがう事を拒絶しにくくさせていた。


「まあ、あいつがあんな顔をするぐらいだからねぇ。安心できるっちゃあ安心できるんだけど……」


 シルミとて、常に柔和で物腰が柔らかいストラ――主が絡んだ時を除く――がその実、この公爵領の裏社会の大半を取り仕切る男であることは知っている。信じる者が殆どいないような裏社会に身をおくストラが、無条件と言って良い程信頼した笑みを浮かべる少年が何者なのか、気にならないわけではない。

 しかし、今気にすべきはそちらではないのだ。今、シルミが気にすべきは隣で震えている少女の方なのだ。


「いいね?もし何か無理矢理にされそうになったら、ひっぱたいておやり。」

「ふふ、はい。」


 そう言って儚げ笑った雛菊。その様子に少しだけ満足し、自分はドアからは見えない位置に離れた。さすがにシルミとて、呼ばれていないのに、客の前に出る事はない。店としても雛菊としてもシルミとしても印象が悪すぎるからだ。雛菊はシルミが離れたのを見て、少しだけ震えるも、意を決して扉をノックした。


「ああ、開いている。」


 中から少年の返事が聞こえた。そうして、雛菊は一つ深呼吸して決心して、扉を開けた。




「座敷か……さすがにストラはわかっている……よな?」


 カイトはソラを部屋に叩き込んだ後、自分に与えられた部屋に向かい、そこの座敷に座った。そうして腰掛けて、カイトは少しだけ不安になる。ここでもしストラがカイトに女をあてがった事がクズハやユリィにバレると碌な事にならない事ぐらい、ストラは手に取るように分かっている……筈だとカイトは信じている。なので、最悪でもクズハ達が事情を察せられる娘を向かわせる程度であるはずだ。

 そうして少しの間、待っていると、気配が2つ、扉の前に立ち止まった事を感じた。一つははっきりとした気配で、扉の前に立っても変わることはない。もう一方は弱々しく、扉の前に立つと、尚弱まった。


「何のつもりだ?これ、明らかに新人だろ……」


 それにしても、場馴れしていない気配だ、そう訝しんだカイトだが、直ぐに扉がノックされた。


「ああ、開いている。」


 カイトがそう言って相手の出方を待つと、扉が開いた。


「初めまして。雛菊、ともうします。」


 頭を下げたのは、今のカイトと同年代の少女。容姿は桜に似たロングの黒髪で、スタイルは非常に良い。目鼻立ちはくっきりしているが、凛とした桜と異なり、どこか花の様に儚げな印象があった。

 だが、それも相まって容姿だけで言うのなら、ティナを筆頭にクズハやユリィと言った女神に愛された美貌の持ち手達と同クラスであった。さしものカイトも、その雛菊の美貌に少しだけ見惚れてしまった。


「……あ、ああ、カイトだ。初めに言っておくが、抱く気は無い。そう緊張しないでくれ。」


 そう言ってカイトは微笑みかけた。カイトとて、少女に怯えられて喜ぶ趣味はない。そうして明らかに生娘の少女に微笑みかけた後、カイトはドアの外に顔を出す。


「そこのお姉さんも、それでいいか?」

「気づいていたのかい。」


 通路の影から、シルミが顔を出す。それに、カイトが不敵に笑う。


「まあねー。これでも戦士としての歴史は長いんで。」


 カイトの笑みには一切の虚飾はなく、シルミは真実と判断した。そしてシルミはカイトを人間だと思っていたのだが、その判断を間違いと判断した。


「あんた、何歳だい?」


 一件すると、単なる少年であったのだが、よく見れば動作の隅々に隙が無く、見せている隙は全てブラフ、手を出せば即座にカウンターを食らう事になる。

 最上級の娼妓として、多くの一流と呼ばれる戦士を見ているシルミにはそれが見て取れた。それ故に、カイトは見た目通りの年齢ではない、そう見極めたのだ。


「……おいおい、客に年齢聞くなよ。ま、年齢についてはそっちの判断に任せるよ。」


 カイトはそう言って苦笑する。自分の客ならまだしも、他人の客に年齢を問う事はいささか、褒められたものではない。そう言われたシルミは、それを確かにと苦笑して詫びる。


「おっと、そりゃそうだね。すまなかったね。ならこの娘の事を任せてもいいかい?」


 シルミは試しにそう言う。そこからカイトの出方を見るつもりであった。その言葉に、カイトは雛菊に何らかの裏事情があることを察した。


「……一つ聞きたい。彼女は入って何日だ?」


 声を潜めて、カイトはシルミに問いかけた。それに、シルミがカイトの聡さに気付いて少しだけ警戒を解いて告げる。


「まだ3日だよ。」

「何考えとるんだ……」

「そりゃ、私が聞きたいよ。全部あんたに任せる、だってさ。」


 入って3日目の、それも生娘の少女をカイトの元へと向かわせる意図が理解できず、2人で首をひねる。


「あの、何かご不満がおありでしょうか?」


 そうして2人で首を捻っていると、かなり不安そうな雛菊が尋ねてきた。まあ、自分の上司と客が揃ってこんな総支配人の采配を疑う様な言動をしていれば不安にもなるだろう。


「んあ?……あ、悪い!」


 ストラの意図が掴めず、思考の淵に沈んでいたカイトはつい雛菊を忘れてしまっていた。なので慌てて謝罪する。そして、それを見てシルミも少し照れくさそうに謝罪した。


「ああ、ゴメンゴメン。じゃ、ごゆっくり……くれぐれも、この娘に無茶させないでおくれよ。」

「はぁ……だから、抱かねえってば。」


 そう言ってカイトはドアを閉じる。行為には至らないとは言え、接待の内容を見られるのはあまり良い気分では無い。そうしてカイトは雛菊の方を向くと、雛菊はカイトと二人きりになり、少しだけ身体を強張らせた。


「でだ、初めに言った通り、抱く気は無い。」

「……はい。」


 カイトの発言を信じていない様子の雛菊は、緊張を解くことはなかった。いや、それどころか男という存在そのものに怯えている様な風があった。そこから、カイトは雛菊が男性恐怖症だと感付く。とは言え、怯えたままでは彼女の仕事にならないし、それを本来は彼女の上司の上司に当たる自分が見過ごしておけるわけはなかった。


「なんで、話しながらお酌でもしてくれ。」

「……はい。」


 そうしてカイトは先ほどまで手酌していた徳利を渡し、雛菊にお酌を命じた。てっきりカイトが欲望の赴くまま自らの身体を貪るものだと思い身構えていた雛菊は、カイトから徳利を渡されて目を見開いて驚いた。その様子にカイトが苦笑する。


「……やっぱ入りたて、か。話したければいいが、理由は聞かん。そう身構えんな。」


 雛菊が公爵家の流儀を知らない所を見ると、公爵領に来て日が浅い事は見て取れた。その様子に、カイトは尚の事ストラの意図が掴めなくなる。


「その様子だと、まだ蕾か……何考えてんだか……」


 そう呟いたカイトに、少し怯えながらではあるが雛菊が答えた。


「あの……ストラ様はただ、あなた様に全てを任せる、と。」

「……やっぱ意味がわからん。」


 単純に考えれば、上司であるカイトに上質の女と見込んだ雛菊を抱くように依頼した様にも思えるが、ストラとカイトの関係を考えれば、その可能性は低い。全てを任せる、と言われた所で、カイトは手を出すことは無いのだ。男慣れしておらず、それどころか未だ緊張の解れぬ生娘をあてがうストラの意図が掴めなかった。


「オレが手を出す事が無い事は奴も知ってるだろうし……そもそも蕾を客に出した時点で蕾の価値は無くなるだろう……」


 例えカイトと店が手を出していない、と主張しても、次に雛菊を選んだ客はそれを信じないだろう。それを考えれば、上質な娼妓となるはずの雛菊をカイトに差し出すメリットが見いだせなかった。そんなカイトを、雛菊が不安そうな顔で見ていた。


「……あの、やっぱり私はダメですか?……魅力がありませんか?」

「あ?」


 その問いかけにカイトが雛菊を見ると、彼女は少しだけ震えていた。それに、カイトは自身の不手際を認める。そうして、苦笑ながらに彼女の言葉を否定した。


「いや?オレもかなり美女と美少女を見てるけど、並以上、それどころか最高クラスの美少女だ。それはオレが自身を持って断言する。」

「……本当ですか?」

「ああ。」

「ありがとうございます。」


 伺うようにカイトを見ていた雛菊は、カイトが素の表情で何ら世辞もなく答えた事を見て、ようやく嬉しそうに笑った。花のような、儚げな笑顔であったが、カイトはそれを美しいと思った。


「ああ、やっぱ女は笑顔が一番だ。」


 カイトはそう言ってにこやかに笑った。そうして、ようやく緊張が大分とほぐれた雛菊にお酌をさせつつ、カイトは酒を飲むのであった。




「そういえば……雛菊は何が出来る?」

「何が、とは何でしょうか?」

「芸事。」


 それから数十分。いい具合に酒の入ったカイトは、座敷に備え付けられた肘掛けに肘をついて尋ねた。敢えて芸事としか言わなかったのは、ある種の試験であった。

 ちなみに、一方の雛菊はカイトと正面で正座をしている。せっかくの綺麗な顔が見えないのは勿体無いと正面に座らせたのである。


「……詩や琴、楽器類ならばひと通り扱えます。」


 カイトが一切自分に手を出さない事をようやく理解した雛菊は少し緊張がほぐれたらしく、少しだけ考え込んで答えた。ちなみに、雛菊はこれ以外にも様々な芸事は習得済みである。まあ、ストラがカイトにあてがう以上、性的行為以外が上手であって当然であった。


「……なかなかに聡いな。」


 この状況でカイトが何を求めているのかを悟るだけの実力は持ち合わせているようであった。それにカイトは満足気に頷いた。

 一方の雛菊は、カイトが只者では無い事を悟る。自分の様な特殊な事情を除けば、時折見せるカイトの落ち着き様や相手の僅かな所作から感情等を見抜く目は、自分と同年代の少年が持ちえる物では無かった。そうしてそれを見抜いた雛菊に、更にカイトは満足気に笑みを深める。


「……それにも気付けるか。尚良し。」


 カイトが小さく呟いたことで、雛菊は自分の考えが正解である事を悟る。敢えて悟れる様にしたのであるが、それでも、学園の生徒や教師には気付かれていない。少なくとも、人を見る目だけで言えば、桜達よりも上であった。


「じゃあ、なんか弾いてくれ。偶にはいいだろ。」

「詩はどうしましょうか。」

「んー、いいや。」


 雛菊の澄んだ鈴の鳴るような綺麗な声で歌われるのも良いのだが、その前に雛菊の楽器の腕前を知っておきたかったのだ。


「わかりました。では、少々お待ちください。お琴やハープ等がございますが、何方に致しましょう。」

「……全部出来んの?」

「あ……はい。ひと通りは有名な楽器は使えるように、と。」


 少しだけ逡巡しつつ、雛菊ははっきりと答えた。


「うげ、まじかよ。」


 カイトが少しだけ頬を引き攣らせる。とは言え、それは不快感などではなく、ある種の尊敬を含んだ呆れに近い物だ。

 多才に思われるカイトだが、苦手な物は当然ある。その一つが、楽器の演奏なのであった。ちなみに、カイトとて全ての楽器が使えないわけではなく、縁がある楽器は使えたりするので完全に音痴というわけでもないだろう。

 とは言え、雛菊が全ての楽器を扱えると断言したことに、カイトは心からの賞賛を抱く。それに、これだけの美少女だ。その様は非常に絵になるだろう。そうして、カイトは少しだけ考えて、雛菊に告げる。


「じゃあ、琴で。さすがに座敷でハープもな。」

「わかりました。」


 そう言って雛菊は奥の戸棚から、部屋に備え付けられている琴を取り出した。


「では一曲差し上げます。」


 そう言って雛菊が琴をつま弾く。その腕前は達人級と言って良く、迷いがなかった。そうして一曲が終わるとカイトが目を見開き、拍手した。


「すげぇ……」


 そう言ってカイトは感動と感心、少しの興奮で目を見開き、朗らかな笑みを浮かべた。確かにカイトは楽器等を弾けるだけの音感には乏しいが、それでも事芸術に関することならば、貴族として、数多の神々と知己を得た者として、並以上の目利きを有している。そんなカイトの様子に、雛菊はほんの僅かに照れた様子であった。


「アンコール、頼めるか?」


 その言葉に、雛菊は嬉しそうにもう一度、琴の弦を、爪弾き始めるのであった。


「……これでなんで娼婦なんぞやるのかねぇ……旅の一座でもやっていけるだろうに……」


 カイトは曲に聞き入り、そう呟いた。そうしている内に、カイトは今までの疲れが出たのか、うとうととし始めた。


「はぁ……最近分身使っても忙しかったからなぁ。眠い……」


 そうしている曲が終わらぬ内に、カイトは遂に寝入ってしまう。カイトにとってかなり珍しい、会ったばかりの人物の前で寝顔を晒したのだ。それだけ、雛菊の演奏が上手く、綺麗だったのだ。

 カイトの安心した様子の寝顔を見て、雛菊は少しだけ嬉しそうに微笑む。そうして、彼女はカイトが目覚めるまで、その寝顔を見続けるのであった。




 一方、その頃。カイト捜索隊はと言うと、相変わらずカイト捜索の真っ最中である。その中の一人、桜はと言うと、カイトの居る東町からは程遠い西町に足を運んでいた。


「カイトくん!」


 そう言って桜が西町の酒場のドアを勢い良く開いた。


「……カイトさんならいらっしゃいませんよ?」


 勢い良くドアが開かれたことにびっくりしつつ、従業員の女の子が応えた。いつもなら挨拶の一つも返す桜だが、それを無視し、桜は店内をひと通り見回す。それほどまでに、桜は焦っているのであった。


「そうですか!でしたら、見掛け次第、冒険部か公爵邸にご連絡お願いします!」


 そう言って再び勢い良く去っていった桜。その様子に、ドアの音に出て来た店主が唖然としていた。


「なんだ?あの小僧、修羅場ってるのか?」


 見る度に違う女の子を連れていたカイトに、店主はそう判断した。あながち間違いではなかったし、従業員の女の子達もそう判断した。どれだけカイトが取り繕おうと、何時か修羅場になっても可怪しくは無いと思われていたのである。


「よう、お姉ちゃん。今から楽しまないか?」


 一方の桜であるが、外に出た瞬間、酔っ払った冒険者らしい男に絡まれる。まあ、酒場の前を桜程の美少女が一人で出歩いていればこうなるだろう。しかし、桜はそれに怯むこと無く、短く告げる。


「邪魔です。」


 とんでもなく据わった眼で、冒険者を一蹴した桜。纏うオーラはいつもの負のオーラを更に濃縮した物である。普段ならこの程度で怯む様な冒険者ではないのだが、桜のあまりに据わった眼とドロドロとした負のオーラに、怯み、怯えて道を開けた。


「ど、どうぞ。」


 そして桜は再び、カイトの捜索を開始するのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第175話『造られし者』

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