第172話 娼館
明日からは18時投稿になります。お間違えない様にお願い致します。
カイトがアクセサリーを購入してから約30分。幾つかの店を周り、お土産の購入を終わらせた。
「ひの、ふの、みの……よし、これで大丈夫。」
買った物の数を確認し、買い忘れが無い事を確認すると、カイトは買った物を全て異空間へと収納する。そして今度は再び果物屋の店主からもらった桃を取り出し、食べながら市場のひやかしを再開した。
それから約10分後、カイトは南町から離れ、西町へとやって来ていた。
「カイトさん、ありがとうございました!」
そう言って街の巡回兵がカイトに敬礼する。カイトが街を探索中、偶然ひったくりの現場を目撃し、犯人を取り押さえ、巡回中の警吏に引き渡したのである。
「おう、気にすんな。んじゃ、オレはもう少しここらへんブラつくぞー。」
そう言ってカイトは片手を上げて立ち去った。それに、巡回中の警吏が敬礼してカイトを見送る。
「いってらっしゃいませ!」
「……今日は機嫌がいいのか?」
「さあ……」
カイトの様子がいつもと異なる事に気付いた巡回兵2人が首を傾げるが、彼等も仕事中なので、すぐに仕事に戻るのであった。
「……んー、西町の治安がちょっと悪いか?」
最近まで西側のレーメス伯爵領の治安が悪かったからかもしれない、そう考えたカイトは、帰ってから調査を命じる必要を感じる。こういった所感だけは、実際に自分で見なければわからない事なのだ。なので時折カイトは市場調査名目で街をぶらついている。まあ、実態はサボタージュだが。
「まあ、さっきの一回が珍しいだけかもしれないなー。一応念の為に監視に一体放っておくか。」
そう言ってカイトは監視用の簡易な――と言っても普通から見れば随分高度だが――使い魔を創り出し、それで西町を監視する事にした。
「さて、次はどこへ行くかなー……こっちが治安悪かったし、たまにはストラの所にでも顔を出すか。」
西町でひったくりを目撃したことで、ふと東町の治安が気になったカイトは、そのままぶらりと東町へと向かっていった。この無計画さこそが、一時間ほど先に結成されるカイト捜索隊がてんやわんやする理由なのである。
「そういや一人で東町に行くのは久しぶりか……まあ、一人で行ったのバレると、いらん疑い向けられるからな……」
公爵であったカイトが一人で娼館などへと向かうと外聞的にまずいかな、そう考えていたカイトはなるべくストラの経営している娼館へは行かないようにしている。
一人で行くにしても、何らかの特別な事情があるかので、見つからないようにするか、誰かを伴って、女漁りと思われないようにしていたのである。一応、自身を慕う少女達に気を遣ってはいるのだ。役に立っているかどうかは別だが。
「まあ、ゆっくりと向かいますかね。」
そう言ってカイトはのんびりと観光しながら一度中央区から東町に近いエリアにやって来た。そこでぶらぶらしながら周囲の状況を観察していると、ふと見知った顔と目があった。
「ん?……お前、なんでいんの?」
丁度休日であったソラが、カイトに気付いた。ソラは本来執務室に居る筈のカイトが目の前にいて、驚いた様子であった。
「あ?サボり。」
「は?」
ソラの知識によると、カイトがサボるのは稀であった。一年に一度、あるかないかである。この忙しい時にその気まぐれが起きたことに、驚いていた。
「ああ?だって、こんないい天気だぞ?ふつーに仕事なんぞやってられっか。」
「ええー……」
何ら言い訳すること無く、サボりを断言したカイトに、ソラが呆れる。往年の自分もサボりはよくあったが、今は滅多に無い。逆にカイトは今も昔も滅多に無い……筈だったのである。あくまでソラの所感だが。
「つーか、お前性格変わってね?後、なんで髪と眼も元に戻してんだ?」
「あん?当たり前だろ。性格元に戻してんだから。髪と眼は変装用。」
「……そか。」
サボりというには、あまりに用意周到である。それにソラはもういっか、と思うことにした。そもそも彼は休みなのだ。どうでもよかった事も大きい。
「で、お前はなんでここにいんだよ?」
歩いて散策するでもなく、只東町に近い場所で立っているだけのソラ。カイトが疑問に思うのも、無理はない。
「ああ、ライルのおっさん待ってるんだよ。飲みに連れてってくれるんだと。」
「飲み?酒か?」
飲みに行く、という言葉に、カイトが反応する。この反応は通常のカイトに更に積極的にした様な感じなので、ソラは大して驚かなかった。
「らしい……なんでも冒険者として知っておく必要のある知識を幾つかこの際だから教えてやろうって事らしい……何かは行ってからのお楽しみ、とか言ってたんだけどよ……なんだろ?」
そう言ってソラが首を傾げる。
「ふーん。まあ、いいんじゃね?仮にもランクBまで登り詰めてるんだ。聞いておいて損にゃならねえよ。」
「……まあ、そだよな。で、お前は何やってんだ?」
カイトの言葉に、ソラも確かにそうか、と頷く。そうして告げられた問に、カイトはぼんやり空を見上げながら答えた。
「ん?ああ、これから東町行こうと思ってな。さっき西町でひったくりふんじばったんだが……まあ、ついでに東町の治安を確認しに行こっかなー、と。」
「ふーん。」
そうしてソラの暇つぶしに付き合っていると、ライルがやって来た。
「おう!待ったか小僧!……ん?そっちの小僧は……カイトの小僧か?」
「おーっす。」
そう言ってカイトが右手を半分上げる。
「……ずいぶんと機嫌がいいな。」
「ああ、気にしないでやってくれ。こいつ、疲れてんだ……」
ソラが色々めんどくなって適当に説明した。まあ、間違いではない。ライルはそんなこともあるか、と流す事にした。
「で、お前さんはなんで居るんだ?」
「ん?ああ、そのことか。」
そう言ってカイトは東町へ行く予定を伝える。
「ほう、そういうことか。なら丁度いい。お前さんも来るか?丁度東町へ行く予定だ。」
「……まあ、いっか。」
カイトは少し考え、ライル、ソラと一緒ならば、東町に行っても、クズハ達にも変な誤解を与えなくていいだろう、と考えた。
「んー、飲みならいいか。」
「おっしゃ!そんじゃ、男の冒険者流の飲み方ってやつを教えてやる!」
そう言ってライルは2人を連れて、東町へと入ってゆくのであった。
「おし、着いたぞ!」
そう言ってライルが東町の中でも一際立派な建物の入り口に立った。ソラはその内装に飲まれ、カイトは見覚えある表向きは品の良い総支配人を見つけ、苦笑する。そうして、カイトは苦笑とともに、この建物について言及する。
「おっさん。ここ娼館じゃね?」
「へ?」
「お、お前さんは知っとったか。そうだ、ここは公爵家が経営している娼館だ。酒と女を提供してくれる、素晴らしい店だ!おーい!誰かいるか!」
そう言って大声で案内人を呼び出す。
「ちょ!おっさん!俺最近付き合いだしたばっかの彼女居るんだけど!つーか二日前に告ったばっかだ!」
「お、成功したのか。おめでと。」
「あ、いや……おう。」
カイトの祝福に、ソラが少し照れて顔を赤く染めて、嬉しそうに頷いた。そうしてそんなソラに、カイトは後できっちりどんな経緯があったのかを問い詰める事を決定する。詳細はユリィにでも相談すれば大丈夫だろう。きちんときっちりと喋らせるはずだ。
そんなソラに対し、ライルは平然と告げる。
「あん?別にいいだろ?」
常に命の危険性が身近な冒険者ならば、彼女持ちが娼館に通う事は珍しく無い。血に塗れて獣欲に支配されて彼女を傷付ける位なら、というある種のエゴだが、それもまたお互いの為に致し方がないだろう。
「はぁ……まあ、ソラ。飲むだけ飲んだらそれでいい。別に女抱け、ってわけじゃない。客を満足させるのが、ここの女の流儀だ。話すだけでも向こうの面子も保つからな。」
「……ホントだな?」
尚も渋るソラだが、ここまでくれば一緒と腹をくくり、酒だけでも楽しむ事にしたらしい。
「ソラは意外と硬いな。で、カイト、お前さんは意外とそういうところは柔らかいな。」
見た目と普段の言動から、カイトはかなり堅物と考えられていたのだが、普通に乗り気であったので、ライルが意外感を覚えていた。そうこうしていると、三人の元へと、従業員の男がやって来て、恭しく一礼した。
「いっらっしゃいませ。……これはライル様。今日は三名様ですか?」
「おう!適当に席案内してくれや。」
慣れた感じでライルが従業員の男と会話する。本来ここまで豪華な店であれば客にも品格を求めそうだが、ここでは別だった。客が粗相をしない限り、大抵の客は受け入れるのがルールであった。
「畏まりました。」
そう言って従業員の男は三人をテーブルへと案内する。
「メニューは此方になります。女性については如何致しましょう。」
「そっちに任せる。」
「わかりました……では、ごゆっくり。」
そうして暫く待っていると、綺麗に着飾った女性が何人か現れ、各々に一人ずつ着いた。そうして彼女達にお酌されつつ、楽しく―ソラは若干固くなっているが―お酒を呑んでいると、総支配人ストラがやって来た。
「総支配人。」
カイトに着いていた女性がストラに気づいて、立ち上がろうとする。しかし、立ち上がる直前に、ストラに制され、再び席に着いた。
「ああ、そのままでいいですよ。ライル様、お久しぶりです。カイト様、ソラ様もお久しぶりです。」
「おう!ストラの旦那も久しぶりだ!」
「お久しぶりです。」
さすがにカイトも表向きな顔として、丁寧な言葉使いを心がける。カイトとライルはストラを知っていたので挨拶できたのであるが、ソラは誰か覚えていなかったらしい。まあ、一度しか会っていない上、会った前後で印象的な事件があったので、仕方がないのかもしれない。
「あ、え?」
「……オレの横に居たダーク・エルフだ。覚えてないか?」
「ああ、なるほど……ん?会ったのお前らだけじゃないっけ?」
「その後に一緒の飛空艇に乗ってたろ?」
「ああー……」
カイトに飛空艇に一緒に乗っていたと教えられ、ようやく記憶が戻ったらしい。
「あ、お久しぶりです。」
思い出したことで、ソラが会釈した。ストラは忘れられていた事を、笑って許した。
「で、どうしたんだ?総支配人がわざわざこんな所に来るなんて、珍しいじゃねぇか。」
確かに、余程の上客――真実、カイトはそうであるが――であればともかく、ソラやライルという一介の冒険者とユニオン職員程度に総支配人が直々に挨拶に来るとは考えられない。
「ああ、いえ、この間カイト様にはお恥ずかしい所をお見せしてしまいましたので。そのお詫びに、とでもお酒をお持ちいたしたのですよ。」
そう言って優雅に笑い、横に控えたとびきりの美女に酒を持ってこさせた。その酒の銘柄を見て、ライルが目を見開いて驚きを露わにする。
「こりゃ……レムにある皇族直営の酒蔵の逸品じゃねえか!」
「はい。そこの高級品をお持ちさせていただきました。」
その内一つはあえて銘柄は隠してあるが、これはストラの秘蔵品の一つである。ストラはカイトと同じく、無類の酒好きであった。そのストラが選んだ酒である。かなりの名品であることは確実だろう。
「いいんですか?」
「ええ。以前のお詫びです。どうぞ、お飲みください。」
「では、有り難く頂きます。……ご一緒にどうですか?」
そう言ってカイトがストラにグラスを差し出す。カイトはストラの秘蔵の逸品である事に気付き、その意図せんとする所に気付いたのである。
「……では。」
笑みを浮かべたストラがそう言ってカイトからグラスを受け取る。その様子に横に居た美女だけでなく、他の従業員達や客達、そしてライルも驚く。その様子を他所に、カイトとストラはチン、とグラスを鳴らした。
「久しく美酒は飲まなかったか。」
「ええ、まあ。ここまでの美酒は特に。」
「全く、義理堅い。」
そう言ってカイトが苦笑する。内面は荒っぽい部分があるが、ストラの義理堅さは公爵家でも一二を争うのだ。カイトが言っても聞かないあたり、筋金入りである。まあ、有事には徹底できていない所もまた、彼らしくある。
「ありがたきお言葉。」
カイトのその言葉に、ストラは笑う。彼にとって、自らの命と家族を、そして人生そのものを救ってくれたカイトは、神にも近しい存在であった。そのカイトと再び飲める美酒である。美味くない筈は無かった。その恩人の扱いを時折忘れるが。
「ステラは?」
「今は外しております……葦が双子とアニエスにて異変有り、との事です。その指示に回っております。どうやら帝国が大型の飛空艇を建造している様子です。それに触発されて、千年王国も超大型飛空艇を建造中と。現在陛下に上奏するべく、調査中です。」
そう告げるストラの顔は少しだけ、険しかった。他大陸の情報は手に入るだけでも珍しいし、貴重なのだ。それが軍事面に関する事ならば、特に顕著だ。公爵家の裏事を取り仕切るステラ自身が動いていても可怪しくはなかった。
「……そうか、助かる……引き継ぎは?」
「後数日で終わるかと。」
「あいよ、任せる。」
「御意に。」
ストラの返事を聞き、再度深くソファに腰掛けたカイト。そうして2人で他愛のない話をしつつ、一瓶を空けた所で、ストラが席を立った。
「では、私はお暇させて頂きます。ごゆっくり。」
「ああ。」
そう言ってストラは恭しく一礼し、それにカイトが答え、ストラは再び奥へと去っていった。
「えーと、カイトさん。総支配人と知り合いなんですか?」
2人がかなり親しげにしていた様子に、カイトにお酌をしていた女が目を見開いて尋ねた。
「まあ、な。古い付き合いだ。」
そう言って微笑むカイト。しかし、その言葉に、ライルが反応し、カイトへ小声で問いかけた。
「おいおい、お前さん、アレが誰だか知ってんのか!ありゃこの街の裏事を全部取り仕切ってる奴だぞ?」
「ん?当たり前だろ?言ったろ?古い付き合いだって。」
そう言って苦笑するカイト。知らない筈が無かった。
「は?でもお前さん、この間来たばっかだろ?」
「さて、な。」
そう言って意味深な笑みを浮かべるカイト。ライルはそれを疑問に思いつつも、問い返す前にソラが喋った。
「お前、どっちが本当なんだよ……」
「あ?」
「いや、今みたいに横柄だったり、いつもみたいに落ち着いていたり……時々別人か二重人格かと思うぞ。」
ソラの疑問に、カイトは笑う。
「ああ、なるほどな。どっちが、か。どっちもさ。大本は同じだ。気にすんな。」
そう言ってカイトはストラが持って来たもう一瓶をソラに注ぐ。
「さて、飲み直すか!」
カイトがそう言って再び飲み始めたのを切っ掛けに、再びライルとソラも、飲み始めるのであった。
一方の公爵邸。執務室は別の方向性ではあるが、いつもより忙しくなっていた。
「お兄様は見つかりましたか!」
「まだ見つかりません!」
「早く見つけて下さい!」
そう言ってクズハが捜索隊に更に指示を出そうとしたところに、街の警吏からの報告が上った。西町で巡回していた警吏達がカイトに助けてもらった事の報告が上がってきたのだ。
「お兄様は西町ですか!……三十分程前に暫く西町を彷徨く、と言っていたなら、まだ居る可能性は高いです!コフルに連絡を送ってください!」
「はいはーい!」
クズハの指令を受けて、ユハラが外に出て行った。生半可な腕前の追手では、簡単に振り切られるのだ。それ故、ユハラ直々なのである。しかし、当然であるが、カイトは既に西町にはいない。居ないものは追跡出来なかった。
「お兄様が西町に居たのなら、次に移動する可能性が高いのは北町です!あそこのカフェでお茶をお飲みになっている可能性が高いです!そっちにもヒトを遣って監視してください!」
「はい。」
今度はフィーネが連絡に向う。此方もユハラと同じ理由だ。道中で見かけても追跡が出来なければ意味が無いのだ。
「東町へはどう致しましょうか?」
「行くにしてもまだ先でしょう。……ストラは今仕事中でしたね。」
本当ならばストラとステラの兄妹に増援を依頼したい所であるが、他大陸に不穏な動き有り、という連絡が入ったのがつい先程である。冷静に見れば、そちらを優先させるのが正解であった。そしてクズハもその正解を選んだ。だが、後の彼女はこの時に連絡だけでも送っていれば、と非常に後悔したという。
「ならば、昼休憩に入る前にでも連絡を入れてください。お兄様もその頃には向かわれる可能性が高いです。上手く行けば、捕捉できる可能性があります。」
カイトがストラの所を訪れる場合、多くは昼休憩に合せて、である。さすがにカイトも仕事中の部下の邪魔をする事は無かった。
「分かりました。」
そう言って別のメイドがメモを取った。しかし、結果としてこの決断が、彼女達が最も恐れる未来を、現実の物とするのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第173話『娼婦』